046.レオンハルトと
「あ、兄上?!」
最初に帰ってきたのはレオンハルトだった。
子犬のようだった昔と違ってワイルド系な顔つきに成長したレオンハルトは、がっしりとした体つきも含めて精悍な騎士といった風格を備えつつある。
「久しぶりだなーレオン。元気そうで良かった」
リーリエには母として、貴族として始終敬語で話したが、まぁ弟くらいにはいいかと思って言葉は崩す事にした。
へらりと笑ってみせると、レオンハルトはその逞しくなった風貌には似合わないくしゃりと歪んだ泣きそうな表情になる。
「兄上、ご無事だったんですね……!あぁ、良かった!」
「無事だって。ベヒモウスを倒したって話は聞いてるんじゃないのか?」
「はい、今のところは王家や上位貴族の一部、そして我が家のみが知ってるみたいですね。ただ冒険者達から聞いた話で、全身ボロボロの血塗れになっていたと聞いたもので……」
「あー、まぁそれも事実だな……死ぬかと思ったもん。あの化け物マジで強すぎてさぁ」
「ほらぁ!だから心配してたんですよ!や、でもちゃんと回復したみたいで良かったです」
それからベヒモウスを倒した時の話や、この6年半の話、他にも他愛もない話を聞かれるがままに話していく。
「やっぱり兄上はすごいですね。昔からどこか世間離れした雰囲気もありましたし」
「いや、変に持ち上げるのはやめてね?それに貴族の立ち回りなんかは全然だしな……てか俺の話ばっかじゃなくてレオンの話も聞かせてくれって。ほら婚約者とか出来たのか?」
「え、ええ。その、クリスティア第二王女と婚約者してます」
「ええっ?!え、マジで?!いやだってローズマリーは第一子殿下とだろ?王家と近くなりすぎるとかあったりするんじゃないの?」
「はい、それは懸念されたのですが、その……クリスティア様が側妃の子であるという事と、何より彼女本人が王家と縁を切ってでも私の嫁になりたいと言ってくれて…」
だんだんと小声になるレオンハルトの顔は真っ赤で、誰がどう見ても照れてるといった表情だ。
うーん、俺の弟可愛いなおい。こんなごついってのにな。
「すっげぇ好かれてるじゃん!良かったな、レオン!いやぁ結婚式が楽しみだなー……あれ?俺って出れるのかな?籍抜くんだけど」
「せ、籍を抜く?!な、なんでですか兄上?!」
あぁ、そういや肝心な話してなかったな。ついうっかり。……うっかりするくらい、俺も浮かれてたのか。なんだかんだ会えて喜んでるんだな。
「いや、今更貴族に戻ってもな?貴族の立ち回りなんか覚えずにこの歳だし、勲章もらう程度には冒険者として稼げてるし」
「そ、それはそうでしょうけど、だからってそんな……」
しゅんと犬耳が垂れるのを幻視しそうなレオンに苦笑する。
「レオン。これは義母上にも言ったが、俺が残る事でつまらん諍いの種にしたくないんだ。分かるだろ?」
「そ、それは……」
言いにくそうなレオン。ちゃんと理解出来てるようで何よりだ。
「だから籍は抜く。でもお前がそう思ってくれるなら、俺はこれからもお前を弟だと思ってる」
「あ、兄上……!」
あーもー、俺より背が高いくせに目ぇうるうるさせんなよ。
「まぁ貴族のアレコレには力になれないと思うけど、冒険者と錬金術、おまけに付与術師としてなら力になれそうだからな。何かあったら言ってくれよ、時期当主殿?」
「ぐすっ、は、はい……!俺も力になれることがあったら言ってくださいね!」
「おー、ありがとな!じゃあとりあえず一つ言うなら、もう敬語はやめてくれよ。兄弟だし、同い年だし、あと俺平民になるし」
「う、はい、じゃなくて、おう。……うわぁ、なんか違和感がすごいぜこれ……しばらく慣れる気がしねぇ…」
「だははははっ!レオンの話し方が男前になってる!」
「ちょ、そこで笑うのは卑怯だろうがっ!兄上が言ったのに!」
「ごめ、いや、だってぶふっ!」
「あーもー知らねぇ!兄上が困ってもやっぱ助けてやんねー!」
「ぶは、だははははっ!ごめんってレオン!」
こんな感じで聞きたいことを聞けないままめちゃくちゃ盛り上がってしまった。
笑いの余韻がひいてそれに思い至る。
「あ、つい盛り上がってしまったわ。なぁレオン、聞きたいんだけど、マリーとリリーと第一王子殿下でもめてるってマジ?」
「げっ!?うわぁ……聞いたのは母上だよな?兄上を巻き込むつもりはなかったんだぜ?俺は」
思い切り顔をしかめるレオン。……状況は悪そうだなぁ。
「いやそうは言ってくれるけどな。さすがに無視するのは目覚めが悪いしなぁ」
「あー、まぁ気持ちは分かるがな。……まぁ事実だ。しかも学園ではもはや周知の事実になってて、俺も周りから心配されてるくらいだ」
そこまでか……早くない?まだ学校始まって半年とかだろ?
「その理由のひとつとして、マリーのギフトが発現しないのもあるんだ」
「あー……」
言われてみたらそうか。
俺やクルルからしたら『勇者』なんてレアギフトを持つマリーが……なんて思うけど、普通に見たらそうなるわな。
「もしかして立場が悪くなってる?」
「……まぁな。ただ、父上も母上もマリーの味方だし、当然俺も味方してるんだぜ?」
もしかしたら学園が自宅から通いなのは、フラムリリーから目を離さないだけじゃなくてマリーを少しでも守る為もあるのかもな。やるじゃんリーリエ。
「そうか、まぁそれなら安心だ。………そうだな、レオンには話してもいいかもな」
こいつは昔からドがつく真面目だし、何より味方にしておいて損はない存在だ。
悪いようにはしないだろうし、もし俺の判断が違っているならそれまでだ。
「兄上……?」
「なぁレオン。バレたら俺は国を出てくくらいの秘密をいくつか抱えてるんだが、絶対秘密にしてくれるならお前には話す。他の家族にも話してない。……聞きたいか?」
俺の言葉に目を丸くするも、次に見せた表情は笑顔だった。
「ふ、何を今更。昔から色々秘密主義だったじゃねぇか。ただ、話してくれるのは嬉しいぜ……当然、首を落とされても言わない事を誓おう」
「や、さすがに首の方を大切にしてくれ。……でも、ありがとな」
結局肝心な時にクルルの能力には頼らない事になるが、まぁそれは俺の信頼って事で。
「よし。じゃあ言うが、まずマリーのギフトは恐らく『勇者』みたいなんだ」
「…………………え?は?」
「でだ。学園の在学中に、マリーは婚約破棄させられて、リリーが代わりに婚約者になっちまうらしい。で、マリーは追放されて黒の森で捨てられて死ぬ……って予定らしいんだ」
「ちょ、え、は?あ、兄上?一体何を……?」
「あー、そんな未来予知のギフトみたいなのでその光景を見たって話を聞いたんだ。その人はもう死んでて、だから俺も確信はなかった。でもいざ帰ってきたらこれだろ?戯言と切り捨てるには出来過ぎてると思ってな」
さすがに転生者のくだりは伏せる。
それからレオンは話を呑み込むようにしばし沈黙して、それからゆっくりと口を開く。
「……やばくね?」
「やべーよなぁ……」
うん、と2人頷き合う。
「うわぁ、どうすりゃいいんだよそんなもん。くそ、あの色ボケ殿下が悪いんじゃねぇかよ……」
「ん?そうなのか?リリーから攻め込んで落としたみたいな話を義母上から聞いたんだけど」
「えっ……母上の中ではそうなってんのかよ?」
んー、どうやら違う感じか。何故だ?
「……レオン、詳しく教えてくれ」
聞けば、フラムリリーは普通に義兄として仲良くしたいと思っていたんだと。
それもローズマリーが好きだからこその考えだそうだ。
なんならローズマリーを取られたくないから突撃していた節すらあったらしい。
それが変わっていったのが、ローズマリーのギフトが発現しないまま時間が流れていってから。
優秀であるローズマリーの、唯一にして大きすぎる欠点は、徐々に周囲からの視線の中に侮蔑を含ませていった。
そしてなんと第一王子さえも、それを止めるどころか同じような視線を向けるようになったらしい。
「……王子って暗殺したらダメかな?」
「落ち着けー兄上」
それに気付いたフラムリリーは、少し頭の弱い彼女なりに考えた結果、現状をあえて利用してローズマリーを悲劇のヒロインに仕立てようとする事に決めた。
姉のローズマリーから婚約者を奪う妹。となれば、同情から周囲は味方してくれるだろうと。
そして味方にならない第一王子に姉は任せられないから、いっそ自分が姉の代わりに請け負ってみせると考えている。
「何故それを義母上は知らない?」
「今言った話は情報を集めた結果なんだ。俺も調べて分かった事だし。……実際に目撃すれば簡単だったよ、リリーはマリーの悪口を聞くと顔をしかめてたからな。おかしい事はすぐ分かった」
「あー……学園内の細かい情報は外に出にくいというし、外から見たざっくりとした情報だけが義母上にいった感じか……となると父上も知らないんじゃないか?」
そう言うと、レオンは目を丸くしてから、額に手を当てた。
「あっ……ぐわぁー……そうかも。すまねぇ、視野が狭くなってた。俺のミスだ……」
「や、それはいい。それよりマリーはその事を知ってるのか?」
「いやマリーは知らないはず……というより、リリーが隠そうとしている、が正確か。だがマリーの事だから薄々思い至ってる可能性はあるがな」
「あー、言ってはないだけって感じか……よし分かった。とりあえず2人にも話を聞いてみるわ。そうだな、個別で聞くべきか」
同時に話すとお互い気を遣い合いかねない。
それはいい事かもだけど、話が進まないのは困る。
「それがいい。基本リリーが先に帰ってくる。マリーは割と遅くに帰ってくるから、それまでにリリーと話せるはずだぜ」
了解、と返すと同時に、どうやらフラムリリーが帰ってきたようだ。
彼女の陽気な声が聞こえてくる。
「ふはっ、元気そうだなぁ相変わらず」
「まぁ……淑女教育は遅れ気味らしいんだけどよ。本人は頑張っちゃいるんだけどな」
「そこらへんは長い目で見てやれよ。本人が頑張ってる内はな」
そう言って、んじゃまた後で、とお互い手を振ってレオンハルトの部屋を後にした。
さてさて、何やらややこしい事態にしてくれたフラムリリーの話でも聞きますかね。




