045.リーリエと
王都に呼ばれたのは1週間後。
しかし、それよりも早く向かい、行っておきたい場所がある。
「あー……クルル。ダハーカ家に行きたいから早めに出発してもいいかな?」
そう、ダハーカ侯爵家だ。
母であるローゼンヌの仇を討つ代わりに家族仲良くしてくれ、とか言って飛び出したきり帰ってなかった。
しかしこの度仇も討てたからね。
これで帰らない訳にもいかないのよ。約束だし。
まぁ実質貴族籍は抜けると言いに行くだけなんだけどね。
これだけ長く貴族としての生活を離れ、その上冒険者として大成した。
そうなれば、今更後を継ぐなんて話はまず出ないだろう……となればいいが、功績や名誉ばかり見る人からしたらベヒモウスを討伐した俺を当主に、と言いかねない。
となれば、余計な諍いの元になりかねないのだ。
そうなるくらいなら籍を抜いた方が早い。それは父上も分かってるはずだ。
「いっちょ戸籍上でも平民になりに行きたいんだよね」
「……ん。私は宿にいた方がいい?」
「あー、それは好きな方選んでくれていいぞ?実家に来ても多分歓迎してくれるしな」
万が一してくれないなら俺も一緒に追い出されるだけだし。
まぁ追い出される可能性は家族仲が崩壊している場合に限るだろう。
そうなったら抜けるとだけ言い残してさっさと逃げよう。もう俺が何かしてやれる事はないだろうしな。
「……ん、分かった。なら監視がてらお邪魔する」
「え、監視?何も変な事はしないぞ?」
「……なんか嫌な予感がする」
「いやまたかよ!行く先々で不吉な発言すんな!」
以前の王宮でも言われ、さらに実家でも嫌な予感とか言われたら行くの憂鬱になるじゃんか!
「それに、例の『勇者』ローズマリーは見てみたい」
「あー、そんな話あったな」
クルルの友達の発言だったな。
あとなんだっけ。第一王子の婚約者だったのにフラムリリーにとられるって話だったか。
「あー……ベヒモウスに夢中ですっかり忘れてた。そこらへんも考えとかないとな」
「……でももうルイはダハーカじゃなくなる」
「だからって泥沼になるのが分かってるのに見捨てるには近しい存在だったんだよ。あの家族、結構良い人達だったしな」
「……そ。なら手伝う」
いや手伝うっつっても……いや、そういやすげぇチートばりのギフトがあったか。
「助かるけど、いいのか?」
「……私はパーティの仲間。ベヒモウスでは置いてからたから、次は一緒にやる」
「ご、ごめんて」
まだ怒ってんのかねこの子。いや思い返せば我ながらないわーとは思うけどさ。
とはいえあの怪我の後も『治癒魔法』のおかげで回復早かったし、俺としては助けられてるんだけどな。
「……明日出発?」
「そだな。準備は間に合いそうか?」
「問題なし――」
「お、やるなぁ。昨日の今日で素早いじゃん」
「……ルイのマジックバッグがあれば」
「倒置法?!」
いやでもマジックバッグはともかく、指輪はいるか。
王宮って武器持ち込みダメなんだろうし、指輪に入れとけばすぐに万が一の際にすぐ武装できる。
「クルル、これ武器くらいなら収納できる指輪型空間収納な。武器はそれに入れてけ」
「……ありがと」
そういっていそいそと左手薬指にはめるクルル。
「……おぉ。私の千切り丸が消えた」
「え?その短槍の名前千切り丸なの? だっさ。てかその千切ることへの執念は何なの?」
ベヒモウスも千切る千切るっつってたし。
というかクルルの戦闘に千切る要素絡まないはずなんだけど……。
ちなみに今更だが、6年間の間でクルルは短槍を扱えるようになっていた。
勿論槍にも『頑強』『魔纏』を刻んでいる。
「……それより、準備。必要なもの渡すからバッグに入れて」
「はいはい。買いに行かないとダメなのあるっけ?」
「……調味料くらい」
あぁ、それは確かに道中で調達は難しいもんな。
んー……シヴァ様んとこにお土産用も含めて多めに買っとくか。
ついでに本屋のおやっさんとこ寄ろうかな。
ギルドのキャロルおばちゃんにはつい昨日会ったけど、おやっさんとこはベヒモウス倒してすぐに一回行ったきりだし。
ちなみにハリスト道具店にも顔は出した。さすがに寿命が来つつあるナイフを新調したかったしね。
「いやまさかクルルの勘が当たるとは……」
「……どんまい」
馬車で4日かけて王都に到着して、先にセレウスさんに会いに行ってからダハーカ家に向かった。
セレウスさんのとこには約束だったベヒモウスの素材を渡しに行ったのだ。
爪一本と尻尾一本渡してきたが、もう見てるこっちが心配になるくらいの大興奮だった。あの美人すぎる顔で鼻血はあかん。
そしてダハーカ侯爵家に着いて、止めてきた門番に顔を見せて話をしたところ、意外にも出迎えてくれたのは義母のリーリエだったのだ。
「本当に久しぶりね、ルイ」
「ええ、ご無沙汰してます。報告と挨拶が遅くなってすみません。それとこちらはクルル。私のパーティメンバーです」
「気にしないで。貴方が無事で本当に良かったわ。クルルさんもはじめまして」
「……お初にお目にかかります。クルルです」
柔らかく笑うリーリエ。クルルも頷いてるからどうやら本心らしい。
出る前に色々やらかしたとはいえ、あれだけ睨まれてたのに随分と対応が変わったな。加えてなんか上品な感じになってる気がする。
「ありがとうございます。おかげさまで無事ベヒモウスを討伐できました。……仇は、討ちましたよ」
「……ええ。ありがとう」
目を閉じて涙を堪えるような、もしくは祈るような雰囲気でお礼を述べ、しばらく黙り込む。
ローザンヌお母様に祈ってるのかも知れないので、口は挟まず待つことにした。
その時にちらとクルルを見たが、どこか痛ましいものを見るような顔だったので、やはりローザンヌの事を思い浮かべているのだろう。
「……黙り込んでごめんなさい。それで、今日はその報告に来てくれたのかしら?」
「それが半分ですね。あともう半分と、おまけにちょっとした報告があるくらいです」
「そう。ではまずその半分を聞いていいかしら?」
「はい、ダハーカ家の家族はうまくやってますか?あ、俺もクルルも言いふらしたりしないんで安心してください」
そう問うと、リーリエは言葉に詰まるようにぴくりと身体を震わせた。
「あの、まさか問題が?」
「………ええ、まだ表面化してないけど、恐らくそうなるわ」
脳裏にクルルが嫌な予感ぎすると言っていたのが過ぎる。まさかマジで面倒事になってるとは。
「……聞いてもよろしいですか?」
「……ええ、約束だし、何より家族だもの。もちろん貴方が信頼できるというならクルルさんも構わないわ」
そこまで言われるとは本当に意外だった。自分の目が丸くなってる事を自覚する。
なにしろ貴族は体裁を気にする。
それがもはや半ば他人の俺と、仲間とはいえ冒険者のクルルにまで聞かせてくれるとは。
「ありがとうございます。……その頂いた信頼の分、私に手伝えそうな事なら手伝います」
「……私も、です」
「ふふ、ありがとう。それで、問題というのがーー」
話をまとめると、デビュタントでローズマリーが第一王子に見初められたが、実はマリーは直系ではないのにとフラムリリーが少し不満げにしているらしい。
それだけならまだしも、将来の義兄になるのだからといって何かと第一王子に絡みに行っているという。
「それだけでも無礼なのだけれとね。驚いた事にジェラール殿下もまんざらじゃないみたいなのよ」
デビュタントは10歳の時だ。
今は14歳なので、この4年間でだんだんと第一王子の気持ちがフラムリリーの方に傾いていってる様子が見られるという。
それとなく注意をしても、婚約者の妹だから問題ないといって周囲の言葉に耳を傾けないらしい。
そしていよいよ今年から入学している学園で、それが顕著になってきてしまった。
当然学園では多くの貴族子息令嬢に見られてしまっており、第一王子とフラムリリーの評価は下がり始めているという。
「……絶望的じゃないですか」
「ええ、そうなのよ……」
なるほど、これは確かに親目線で見ると辛い。
なんせ問題を起こす方と起こされる方が両方とも娘なのだ。しかも親を含めた誰よりも権力がある相手が挟まっているので口出しもしにくい。
それに加えて、俺は知っている。
このままだとローズマリーはフラムリリーに婚約者をとられ、追放されて黒の森に捨てられる事を。
そこでトドメを刺しに現れるベヒモウスは倒したものの、どちらにせよローズマリーでは黒の森では生き延びる事はできないだろう。
しかもローズマリーが死ぬ事で、魔王への対抗手段を失って王国は滅びるというのだからどうしようもない。
「分かりました。とりあえずローズマリーとフラムリリーと話をしてみます。……学園へはここからの通いでしょうか?」
「ええ、このタウンハウスからそう遠くないし、今リリーから目を離すのは怖くて」
「そうですね、同感です。さしあたって、帰ってきたら話したいと思いますけど問題ないでしょうか?」
「ええ、助かるわ。ありがとう」
ほっとした笑顔に、俺も曖昧に笑ってみせる。
余程味方がいなくて藁をも掴む気持ちなのだろうが、果たして今更俺が出て何か出来るのか、我ながら疑問ではある。
「あぁ、そういえばおまけの報告があるのよね?」
「あ、はい。ベヒモウス討伐の事で王宮から呼ばれまして、勲章授与があるそうです」
「まぁ!素晴らしいわね、おめでとう!」
「ありがとうございます。ここからは蛇足かも知れませんが、知り合いから恐らく騎士か爵位授与されるのではないかと言われまして。しかし、その話は蹴って冒険者でいるつもりです」
「え、そうなの?確かにその報酬の可能性は高いけど……」
それからシンシアさんの予測と対応方法を伝えると、リーリエはうんと一度頷いた。
「ルイがそうありたいのなら、私もその方法で問題ないと思うわ」
「ありがとうございます。それともう一つ、これで私の存在が王宮に認識されてしまいます。ですので、レオンと望まぬ諍いが起きないように籍を抜こうかと思っております」
後継者争いとかね。
「っ、そっ……それは…」
「気になさらないでください。私は私なりに楽しくやっております」
「そ、そう……そう、なのね」
あれ、思った反応と違う。ぶっちゃけ言う手間が省けたーくらいの反応されるかと思ってたのに。
リーリエはしょぼんとした顔でぽつぽつ話す。
「その……残念だわ。貴方のおかげで家族が近付いたのに、その貴方が家族にならないなんて……散々な対応をしておいて差し出がましいかも知れないけど、貴方には本当に感謝しているのよ?……ずっと帰ってくるのを待ってたわ」
おぉ?マジか、あのリーリエが……これは予想外どころじゃないな。
それでも籍だけは必ず抜かせてもらうけど。
ただ、そう言ってもらって嬉しくない訳ではない。
「ありがとうございます。そう言ってもらえるとは思ってませんでしたが、本当に嬉しく思います。ですが、それに甘えて迷惑をかけるのは本意ではありません。籍は抜いてください」
「………そう……」
「ですが、例え戸籍上は別人となっても、義母上は私のもう一人の母には変わりないと思ってます。まぁそれこそ烏滸がましいかも知れませんが…」
「そっ、そんな事ないわ!あぁ、貴方がそんなことを言ってくれるなんて……嬉しいわ、ありがとう」
薄く涙を浮かべて呟くリーリエに、クルルもどこか優しげな顔でこくりと頷く。
そうか……本心から言ってくれてるのか。
前世含めてほとんど母に甘えるなんて出来なかったし、今更甘えたりは出来ないけど。
でも、こうして母と息子として話が出来るような相手に巡り会えたのは嬉しいな。
「こちらこそです。……また、機会があればお茶でも飲みに来させてください。お土産を持って参ります」
「ええ、必ず来てね。……ふふっ、『古代獣王』を討つ冒険者のお土産だなんて、なんだか緊張しちゃうわ」
そう言って笑う義母に、俺も心の奥で何かが解けるような心地になる。
「……ふ、ははっ、ええ、度肝を抜くような物を頑張って用意しますね」
そして俺も、いつの間にか笑っていたのだった。




