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041.閑話 とある少年の……

 あれはテレビだったと思う。

 ニワトリが並ぶ養鶏場で、それをお世話する大人の女性が映し出されていた。


 その女性は画面に向けて笑顔を作り、しかしニワトリに向けては表情ひとつ動かさなかった。


 今にして思えば、真顔になるくらい真剣だったのかも知れない。

 でも子供ながらにその時俺は、仕事だから仕方なく世話をしているんだろうなと、そう漠然と思った。





 子供の頃の記憶はどれくらいあるのだろう。

 周りに聞けば、それぞれ違うと思う。

 ただそれは、単なる過去の記憶でしかない。


 逆に小さい子供、その時点ではどう世界が見えているのだろうか。


 もしかしたら知能が発達していないから、細かい思考はしていないのかも知れない。

 だが逆に考えれば、他の動物が小さい頃無心に母親を求めるように、人の赤ん坊も本能のまま無条件に母親を求めているのではないだろうか。





 俺の世界は、ひたすらに母が占めていた。

 母が朝ご飯を食べさせてくれて、夜まで誰もいない。

 そして夜帰ってきた母がご飯を用意してくれてそれを食べる。

 それを繰り返して、俺は小学生になった。

 


 ーー母はいつも、無表情で俺の世話をしていた。






 俺の世界に、小学校が加わった。

 同い年の子供が何十人もいて戸惑う。

 だが、周りの子達が仲良く話しているのを見て酷く羨ましく思った。

 どこかに混ざりたい。誰でもいい。そんな事を思う俺に、1人の女の子が話しかけてくれた。

 たくさん話をした。仲良くなるという体験はとても楽しかった。


 次の日、机に〇〇ちゃんにちかづくな、と書かれていた。

 顔を上げて周りを見ると、何人かの男の子が俺を見ていた。


 ーーその子の顔は、ひどく無表情に見えた





 俺の世界は、無表情の母と、無表情の同級生で作られていた。

 ある日、急に階段の上から誰かに突き飛ばされた。

 咄嗟に振り向くと、いつも無表情に見えた同級生の子が酷く俺を睨んでいる。

 世界がガタガタ揺れて、止まった時には生まれて一番の痛みが身体中を覆っていた。


 それから保健室で半日過ごしていると、母が迎えに来てくれた。

 母は先生と見た事もないくらいの笑顔で話していた。

 初めて母の顔に無表情以外の顔を見た。

 そして先生から俺に視線を移した時の顔は、残念ながら笑顔でも、ましてや無表情でもなかった。


 ーーその表情は、俺を突き落とした男の子によく似ていた。





 そうして数日間の自宅療養中に、普段点けるなと言われていたテレビを母がつけっぱなしで出ていった。

 そうだ。そこでニワトリの世話する場面を見たのだ。

 そのお世話をする女性がどうも母と被り、そして俺は根拠もなくニワトリに親近感を覚えた。


 しかし映像が進むにつれて理解した。

 俺とニワトリは似てなかった。ニワトリは卵を産んで女性にお礼をしていたのだ。

 俺は母に何のお礼も出来てない。

 

 卵を産めない俺は、きっと母にとってイラナイものなんだろうと理解した。






 母にお礼をあげれない俺はいらない子。

 同級生は仲良くなったら階段から突き落とす人達。

 

 そう理解した俺は、同級生には近寄らないようにして、母にお礼を考え始めた。

 その時学校で調理実習があり、これならばと思い、必死に教科書を読んだ。

 そして夜ご飯に目玉焼きと味噌汁、ご飯を用意して待っていた。

 帰ってきた母は作った料理を見て、手に持った弁当を見て……面倒くさそうに溜息をこぼした。

 自分で作った料理を母と食べながら、勇気を出して明日からも作っていいかと聞くと、いらないから勉強しなさいと無表情で言われた。



 そこでやっと。

 やっと理解した。

 俺はこの世界にとってイラナイもので、人に何かをすれば怒らせるか溜息をつかれるだけ。

 ただただ捨てられるまで誰とも関わろうとせずに、何もしなければいい。


 きっとそれが、唯一俺の出来る事なんだ。






「……はじめまして」


 俺の世界に1人の女の子が増えた。


 とても暗い表情をして、ずっと黙り込んでいる俺よりも少し幼い女の子。

 誰だと母に聞いていいのか悩んでいると、母から言葉を発した。


「あなたの妹よ……その子のお父さんが死んだから、今日からここに住むから。ちゃんと面倒見てあげなさい」


 この時の俺の衝撃は後にも先にもないだろうと思った。

 初めてだ。

 初めて卵を産めない俺に『仕事』が出来たのだ。


 それからはその女の子の事だけを考えて生きた。


 俺がこの世界にいていい免罪符。

 母にイラナイと捨てられない為のたった一本の蜘蛛の糸。

 この糸は自分だけでは切られてしまう。この子と一緒にしがみつかなければ。


 俺の世界に、世話をしなくてはいけない妹が加わった。






 それから妹は明るくなった。

 子供とはこんなにも元気で、我儘で、感情のまま生きるものなのかと戸惑った。

 確かに重労働で、だから母は俺を嫌うのかと推測したりもした。


 妹は、俺とはまるで違った。

 だからきっと、逆説的にこの子は世界に必要とされているんだろうと漠然と思った。


「お兄ちゃん、もう話しかけないで!」


 あれこれと世話をしていたのだが、ある時を境に俺の世話を鬱陶しそうにし始めていた。

 そしてついに、この言葉が発せられたのだ。


ーーまた、イラナイ子に戻ってしまう


 何故?とすがるように問いかけた。

 すると妹は、何考えてるか分からなくて怖いと言い捨てて、母の部屋に逃げ出してこもった。


 夜になれば母が帰ってきて、俺の仕事が失敗したのだとバレてしまう。

 冷や汗か脂汗だかを流して必死に考えた。帰るまでに戻らないと、俺は捨てられてしまうかも知れない。


 そこでふと、2人の女性が頭に浮かんだ。

 母と、ニワトリを世話する女性だ。

 あの2人は、世話をする時無表情だった。でも、他の人には………そう、笑顔だった。

 それだ、笑顔だ。同級生も、楽しそうにしている時は笑顔だったじゃないか。


 であれば、ずっと笑顔でいればいい。

 そうしたら俺は楽しんでると伝わるはずだ。

 そう思って母の部屋に入り、妹に謝ってから笑顔を見せた。

 すると妹もつられて笑った。

 あぁ、こうすれば良かったんだ。


 帰ってきた母に仕事のミスがバレてないかドキドキしていたが、バレなかった。

 ただ、小さな期待がよぎって母に笑ってみせてみた。笑顔がかえってこないかと、期待の緊張で心臓が痛い。

 母は俺の笑顔をチラリと見て、怪訝そうに眉を寄せただけだった。

 ここで俺は、笑顔は妹にしか意味がないのだと悟った。






 それから妹と会話をする中で、色々と学べた。

 人が言われて喜ぶ言葉や、言ってはダメな言葉など。

 コミュニケーションの先生は、妹だった。

 

 そして中学校。

 母に言われるがままに勉強をして試験に受かり、私立中学に行った先で、俺を知る人はいなかった。

 そこで妹から学んだことを実践したら、周りから笑顔をもらえるようになった。


 そしてそんなある日、とある女の子から告白された。

 好きです、と言われた。その子と一度しか話した事はなかったのに。

 母には言われた事なんてない。

 世話をしてきた妹にも言われた事なんてない。


 それなのに、一度話しただけで?好きって、そんなものなのか?好きって、そもそも何だ?

 混乱する頭で、きっと俺はこの子を好きにはなれないと思い、かろうじて断る事だけは出来た。


 それから話すようになった1人の男子に相談したら、世の中には嘘告白や結婚詐欺など、虚構の愛だってあるという。

 この時、俺は「好き」とは曖昧模糊な言葉であり、信頼性のない無価値なものだと感じた。


 それから色々な人と関わり、同時に色々な人達同士の関わりを見てきた。

 そして多くの人が、表裏があることを知った。人前と人のいない場所で話す内容が真逆な人もたくさんいた。

 この時、俺は人を心から信用する事を諦めた。


 ある時、母が事故で死んだ。

 妹は泣いた。泣いて泣いて、周りから慰められていた。

 俺は泣けなかった。そもそも泣いた事もないから泣き方すら分からなかった。

 すると祖父を名乗る男が俺の頭を撫でた。


「うちに来い」


 愛も信用もないが、行かなければ生きていけない。それだけは理解している。

 俺は生まれて初めて撫でられた頭を触りながら、お願いしますと頭を下げた。






 祖父は小さな定食屋を営んでいた。

 俺は、祖父のお手伝いという『仕事』を与えられて、料理や配膳なとを覚えさせられた。

 そして一通り仕事を覚えたら、祖父に頭を撫でられて言われた。


「だはははっ、マジで覚えやがった!よしお前も店長になれ。この店を半分お前にやろう。プレゼントだ!」


 プレゼントというには大きすぎるが、人生最初で最大のプレゼントだった。俺は心から喜んだ。

 それからお客を混じえながら祖父と色々話した。

 俺は初めて人を好きになるという気持ちと、信頼するという感覚を理解した。

 してしまった。


「妹を、大切にしろよ?」

 

 そう言い残して、祖父も亡くなった。病気だったそうだ。

 俺は遺言に従って残る半分の店ももらった。

 あれだけ嬉しかったプレゼントなのに、何故か全然嬉しくなかった。


 俺は人生で初めて泣いた。

 声を上げて、何も考えられず、ただただ泣いた。






「お兄、高校行かないの?」


 行けないの間違いだ。

 祖父のプレゼントの店で、お金を稼がないといけない。

 保護者はいるが、名前だけしか貸さないと言われているので稼がないと死んでしまう。

 来年には妹も高校生になる。俺が高校に行ってる場合じゃない。


「ねぇ、お兄は好きな人いないの?」


 妹が高校に進学したとある日、妹に問われた。

 俺の頭に浮かんだのは、祖父だけだった。


「違うよ、恋愛の方でだよ」


 いる訳がない。

 曖昧な上にいつか裏切られるのが分かっていて何故そんな恐ろしい気持ちを抱かねばならないのか。

 くだらないと思った質問だが、しかし俺は幼少から続けている笑顔を絶やさずに答えた。


「そっか。……あのね、お兄。ずっと言えなかったけどさ、あたしお兄の事好きだよ?」


 驚いた。

 ずっと世話の『仕事』をしてきた妹は、俺の事を好きだと思ってくれていたらしい。

 あれ程世話に苦労した小さい頃ですらそんな事言われなかったのに、楽になってきて言われるとは。やはり好きとは難しい。


 その時、祖父の最期の言葉を思い出した。

 そうだ、大事にしなければ。せめて唯一好きになった人の言葉くらい叶えたい。

 ……うん、俺もこの妹を好きになろう。仕事じゃなく、祖父と同じように好きになれるよう努力しよう。


「うん、俺も好きだよ」


 それから俺と妹は仲良くなった。


 



 そしてある日、目の前で妹が光に包まれて消えた。

 その直後、黒い光が俺を包み、次の瞬間には目の前に壮年の男がいた。


「お前に頼みたい事がある。代わりに、異世界に行った妹に会えるようにお前も異世界に運んでやるよ」


 少しだけ、考えた。

 妹がいなくなった日本で、俺が生きる意味はあるのかと。

 きっと、生きる為だけに生きる日々だ。

 死ぬ理由も生きる理由もなく、どちらも必要性がないから惰性で生きていくのだろう。

 そこで気付いた。俺が生きる理由という名の言い訳は、妹しかないのだと。


「……分かった」


「……悪いな。ただな、依頼をこなしたら、お前はもう好きに生きろ。きっと良い出会いもある。出来るだけ応援するからよ」


 妹は祖父と同じくやっと好きになれたのだ。

 妹に会いに行く。それくらいしか、生きる理由も思いつかない。

 好きに生きるなんてまだ想像もつかないけど、今の俺には妹しかないのだから。


 だから俺は、異世界に行く。

 そこに良い出会いとやらがあるかは知らないが、期待せずにいよう。


 

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