039.決着
腕回り何メートルあるんだって腕を地面を滑るように跳んで回避し、十の尻尾はメイスで弾きながら切り抜ける。
その合間に衝撃波つきのノクテムを叩きつけ、隙があれば『天盾』を使った三次元的動きで頭部を狙って殴りつけた。
始まって1分も経ってないくらいだが、1秒ごとに死の恐怖を味わい続けている。
正直、きつい。
「ガゥオッ!」
「ぐあっ?!」
こうして戦って分かったが、意外と厄介なのが尻尾だ。
10メートル近いんじゃないかって長さのそれがぐにゃぐにゃと動くもんだから非常に回避しにくい。
咄嗟に身体硬化でダメージを緩和しているが、それでもめちゃくちゃ痛いし、何度も受けていたら骨が折れそう。
それでも爪や牙に比べたらかなり弱いのが救いか。そっちが当たったら下手したら即死するし。
「尻尾、ちぎりてぇな……」
出来たら短期決戦で頭部狙い一択といきたいところだが、尻尾が邪魔でなかなか届かない。
遠回りになるが、尻尾を先にどうにかすべきかも知れないな。
ちなみに四肢破壊は無理。くっそ硬い。
「となれば……!」
幸い、ベヒモウスの俊敏さはいくらか落ちている。脳がやられているせいで反応が悪くなってるんだろう。
そりゃそうだ、人間なら昏倒するくらいには執拗に頭部を狙ったんだからな。むしろこれだけ動けるベヒモウスが異常なんだよ。
その意識の隙を突いて、『疾風迅雷』で尻尾の根本へと近付き、まとめて千切れないかなーと期待を込めてフルスイング。
「ギャォオオオッ!?」
「くっそ、無理か……っがはッ?!」
それなりに痛かったようで悲鳴を上げてくれたが、即座に後ろ蹴りをくらって吹き飛ばされた。
地面をバウンドして滑るように吹き飛んでいき、全身に打撲と擦り傷を積み重ねていく。
「っが………ッ!」
呼吸が出来ない程の衝撃に身体が硬直する。
しかし息つく間もなくベヒモウスの尻尾が殺到するのが視界に映った。
「ぐぞ……!」
それを『集中強化』で右脚だけ動けるように無理やり力を込めて、地面を蹴る。
まるで殴られたかのように自ら吹き飛ぶ形で距離をとり、その途中でやっと呼吸が出来るようになったのでバウンドしながらも転がるようにして立ち上がった。
「おえっ……」
痛みやら衝撃やらで胃液が込み上げる。
飲むのもしんどいので適当に吐き捨て、灼ける喉の痛みを無視して飛びかかってくるベヒモウスを睨む。
まぁ爪が当たらなかっただけラッキーか。とても嬉しいとは思えないが、そう思っておく。
「少しは、立ち止まれよ……!」
獣の体力にものを言わせた波状攻撃に嫌気がさすが、離れるように回避しても追いつかれるのは明白なので、前に向かって潜るように回避する。
そうなるとどのみち俺も息つく暇なんてないので、お互いハイペースでの戦闘にならざるを得ない。
「っ、邪魔だ尻尾ォ!」
前脚をかいくぐった先で襲いかかる尻尾を、地面に縫い付けるように叩きつける。
ベヒモウスの肉体の中で極端に細い部位だけあって力は弱いらしく、跳ね返されたりせずに叩き込めた。
「ギャオウッ?!」
「痛いだろ!だったら尻尾は下げとけ……って言った側からてめぇええ!」
怯んでくれりゃいいものを、残る9本の尻尾が容赦なく襲いかかる。
打ちつけた体勢なので全て回避するのは無理……となると、やるしかない。
「『空間魔法・天盾』!」
ガードォ!ただ魔力食うからあんまり使いたくない!
ベチベチっと縦にぶつかって止まる尻尾に、チャンスだと再び尻尾の付け根に向けて尻尾をすり抜けるようにして駆ける。
結局空間魔法も使わされた事だし、ジリ貧になるくらいならと開き直って魔力を取り出しながら。
「千切れろォ!」
『空間魔法・流喰』。
ノクテムに空間魔法を纏わせる事で対象を空間ごと殴り千切る魔法。
本来今の俺では使いこなせない断裂系の空間魔法だが、ノクテムのおかげで最小規模ながら使えている。
ノクテムの内包魔力も使うので乱発出来ないし、威力や衝撃よりも千切るーーつまり斬撃寄りの性質だから硬すぎるベヒモウスには相性が悪く使ってこなかった。
だが、この想定よりも弱い尻尾ならーー
「クァアアァアアッ?!」
ベヒモウスの驚愕混じりの悲鳴が轟く。
地面にどすんどすんと音を立てて尻尾が落ちていく。
「っしゃァア!さまぁみろ!」
尻尾の内7本が千切れ飛び、2本は千切れかけ、無事なのは1本のみ。
使用魔力に見合うだけの成果は得られた。
「ぐべふっ?!」
しかしそんな大振りを見逃してくれる相手ではない。
即座に身体を回転させたベヒモウス。その肩あたりにタックルのような形でぶつかり、吹き飛ばされた。
ちょっとふざけた感じの悲鳴が口からもれたが、シャレにならないダメージである。
「いでェッ………!ぐ、がッ…」
またもや呼吸が止まりそうになるが、先程よりはいくらかマシだ。
今すぐこのまま眠ってしまいたい気持ちに駆られるし、もう痛くない場所ねぇだろってくらい全身外も内側も痛むが、ちょっと涙をこぼしながらも立ち上がる。
そして振るわれる右腕を転がるようにして回避して、『集中強化』で懐へと飛び込む。
「いい加減にくたばれ下さいィ!」
懇願の気持ちを込めて顎を打ち抜く。
ツバを散らして顔を跳ね上がるベヒモウスに、久しぶりのクリーンヒットだと笑みを浮かべようとして、気付いた。
「あ、折れてる」
左腕、折れた。
先程の回転肩タックルで軋んでるなぁとは思ったけど、今の攻撃の反動でついにイったらしい。
しかし、このチャンスを逃す方が余程痛い。
『天盾』を使って図上に跳び上がり、読まれていたらしく残る1本の尻尾の攻撃を無理やり体を捻って回避。脇腹をかすりながらも躱して、
「『集中強化』ッ!」
『疾風迅雷』ベースから更に右腕に魔力を集約させた、文字通り全身全霊の一撃を血が流れる傷口に向けて振り抜く。
ズガンッ、とおよそ一本のメイスから発する音ではない轟音が響いた。
「ガァアアッ……!」
ビクリと全身を震わせ、どこか弱々しい悲鳴をあげるベヒモウスに、今の一撃が効いている事を確信する。
チャンスだ。
ノクテムを振りなおす時間が惜しく、右足を思い切り叩き込んで蹴りつける。
ガン、と脳を揺らすように叩き込んだ追撃に、再びベヒモウスの体がビクリと跳ねた。
ここしかない、とだいぶ減ってきた魔力を振り絞り、叩き込んだ右足を軸にして体を捻り、再度ノクテムの一撃を追撃する。
「ギャォオオッッ?!」
「がふッ!?」
その追撃と同時に、俺にもベヒモウスの振るわれた腕、しかも爪が突き刺さった。
おそらく闇雲に振るわれた腕だったのだろう。
しかしそのまま串刺しにすれば良いものを、振り抜くように払ったのでどうにか捕まるという最悪の事態は避けれた。
しかし、左肩から斜めに裂かれて右腰に伸びる切り傷からはダクダクと冗談みたいな量の血が流れていく。
「ッ、くそ!」
もう痛いの通りこしてきちゃったぜー、と案外動いてくれる体のおかげで即座に攻勢に移れた。
いや多分痛みも感じないくらいヤバい状態だろうけど、今はそれでいい。
当然というべきか、ベヒモウスもすでに攻撃体勢である。
ほんと、何回頭殴ったと思ってる。いい加減に倒れてくれ。そう嘆きたいが、その体力すらもはや惜しい。
何度も繰り返された衝突が再開される。
そう思っていたのだが、どうやらお互い思ったよりボロボロだったらしい。
「「ガッ?!」」
奇しくもお互いの苦悶の言葉が被った。
振り上げるように振るわれた腕をノクテムで振り払いながら回避する。
そうなるはずが、ベヒモウスはふらついたのか地面を削りながらの攻撃になってしまい威力は削がれ、俺も払う力が足りずに直撃こそしなかったがいなしきれずに上空に投げ出されるように吹き飛んだ。
「ッは……、ぶっ…」
口の中に溜まっていた血を吐き捨てながら空中で体勢を整えると、思ったより高く飛んでた。
眼下を眺めるように見ると、ベヒモウスは俺に追撃する気満々で右腕を引き絞るように構えている。
視界の端には、デリンジャではいつの間にか冒険者達が集まり始めていた。
その手前まで戻ってくれたらしいシンシアさんが指示してるように見える。
あ、細かく視認する余裕はないが、集団の先頭に見える眩い金髪はもしかしたらクルルかも知れないな。
「さて……」
……何気にここに来てから初めての余白の時間だ。
ずっと絶え間なくハイペースで攻防を繰り返してたからな。時間もめちゃくちゃ経った気分だけど、おそらく数分程度のもんだろう。
空中なら逃げられない、とはならない。『天盾』があるしね。
ただ、せっかくのチャンスでもある。
まともに大技の魔法の使う隙もくれないベヒモウスが初めて許した時間。
本来のベヒモウスなら軽く跳べば届く距離だし、だからこそ空中戦は避けてた。機動力は俺にあるが、そのたびに魔力を使うし。
となれば、おそらく最初で最後の魔法発動チャンスだ。
「…………………『空間魔法』……」
ほんと、自分の発動速度の遅さが嫌になる。
段々と近付いてくる地面とベヒモウスに冷や汗が伝う。
そしてついにベヒモウスの間合いにさしかかろうとして、ベヒモウスの右腕が唸りを上げて振るわれる。
「ーー……『空衝咆』」
鬱憤込めて叫びたかったが、呟くようにしか唱えられなかった。
しかし、残る魔力をほぼ注ぎ込んだ魔法は、寸分の狙いも違わずにベヒモウスの脳天を撃ち抜く。
「ッッ………………!」
悲鳴は、上がらなかった。
大きく口を開き、目を見開いたベヒモウスは、撃ち抜かれた勢いに任せるように後ろへと倒れていく。
その反動もあって、俺に振るわれた腕は俺の上を通り抜けるようにして空振りした。
おかげで無事地面へと着けそうだ。もう着地する元気ないけど、死にはしないと思うしオーケーよ。
「いだっ……くなーい。いやーんかっこいー…ごふっ」
「ルイ坊、よくこのタイミングで軽口言えるの」
そんな俺をナイスキャッチしてくれたのはシヴァ様だった。呆れたような視線が今となっては酷く懐かしい気がして、嬉しさすらある。
「あ……シヴァ様が出てきたって事は……?」
撃ち抜いた感触からしてもそうかなとは思ったが、あまりのヤツのしつこさにどうも実感がなかった。
だが、俺を下ろしたシヴァ様が視線を促すようにベヒモウスを見やる。
俺もそれを追うようにベヒモウスを見れば、流れる血の中でぴくりとも動こうとしない姿があった。
「うむ、ルイ坊……よくやった。お主の勝ちじゃ」
ッッ!
「っしゃあああああああああああああッッ!!」
動く右腕を振り上げ、その勢いで血が舞うが気にすらならない。ついでに叫んだせいで血も吐いた。
それでも天に向かって叫ぶ。
ついにやってやった!
その血塗れの雄叫びに、デリンジャの方からも応えるように歓声が上がったのだった。




