038.第二幕
魔力はほとんど残ってない。
最大規模の空間魔法の連続行使で脳は軋んで悲鳴を上げている。
身体強化の重ね掛けも強制解除され、気怠さや疲労と相まって体が重い。
「グルルル……」
何気に初めて聞くベヒモウスの警戒しているような唸り声に体が強張る。
よく見ると、自己治癒を使っているのか少しずつ傷も治っていってる。ペースが遅いのは脳へのダメージのせいか。
何の誇張も抜きに大ピンチだ。
ここから倒し切るイメージも手段も湧いてこない。
「っそがァ!硬すぎるんだよボケナス!覚えてろバーカ!あばよ!」
なので、一時撤退だ。
指輪ーー何故か左薬指を指定されたのでそこにつけている誕プレのログハウス転移指輪を発動させた。
魔力や脳の負担がほぼない超高性能魔法具は、今の俺でも簡単に発動させられる。
フッと視界が切り替わり、目の前には5年間で馴染んだいつものログハウスがある。
そして、その扉の前にはシヴァ様が優雅に椅子に座っていた。シヴァ様もお気に入りのバーベキュー用の外用椅子と机セットだ。
「た、ただいまー……倒せなかったんだけど。硬すぎるししぶとすぎるわアイツ…」
「ふむ、まぁ今のルイ坊ではそうじゃろうの。色々工夫したようじゃが、届かなったか」
「悔しいけどな。結構自信あったんだけどなぁ」
へとへとの体を引きずるように動かし、シヴァ様の隣に座り込み、机に突っ伏す。
あー頭いったぁ。体も筋肉痛みたいに軋んでるし、しばらくは休養だなこれ。
「ふむ……一応聞いておいてやろう。ルイ坊よ、万全で再戦するか、命を削って今すぐ再戦するか選ぶが良い」
「え、なにその選択肢。万全に決まってるだろ」
「そうかの?では言うが、ベヒモウスのヤツはかなり魔力を減らしており、脳のダメージで魔法行使が覚束ない故に傷も完治には至っておらぬ。
そして何より、ルイ坊を探してブチ切れ状態で人類生存圏へと走っていっておるぞ」
人類生存圏へ、走ってる?
「は、え、はぁああ?!うそ、マジかあの馬鹿タレ!俺こんな近くにいるじゃん!」
「あほう、我の結界を舐めるな。入れぬし打ち破れないだけでなく、気付かれもせんに決まっておろう」
「性能の高さも悩みものだね!うわぁいやばーい!ちょ、シヴァ様、あの馬鹿タレはどこらへんに向かってる?!」
やばいって!せめて『護国卿』の領地か、『守護星』のいる王都に向かっててくれ!
「ロットランドの方じゃな。アヤツはあのあたりに住む魔物がヤツは昔から好物での。よく行くんじゃ」
「だぁーー終わったァ!つーか俺を探すがてら美味しい物食べようってか!?あんにゃろなめやがって!」
「あんな非情そのものの奇襲をしてさっさと逃げるルイ坊も、ベヒモウスからしたらなめてるとは思うがの。流石の我も同情したぞ」
「実は自分でもどうかと思っけど、じゃないと勝ち目ないんだもん!」
とか言ってる場合ではない。
早く追いかけないとまずい。
以前と違ってダメージがあるとはいえ、気まぐれに訪れたのと戦闘モードでは脅威度が違う。
下手したらマジで壊滅しかねないぞ。
「えっと、俺の『空間転移』のマーキングはデリンジャとロットランドにあって……あぁいや魔力がねぇんだよバカ!てか頭痛いし魔力あっても使えるか微妙だし……ど、どうしよシヴァ様!?」
「落ち着けルイ坊。それで、もう一度聞くが今再戦するか、それとも今度再戦するか?」
「強制一択だろこんな状況ォ?!とにかく食い止めるか、もしくは町に先回りして避難指示しないと!」
「うむ、では生意気な弟子にプレゼントじゃ。少し戦えるようにしてやろう。一応言っとくが、ここからは地獄じゃぞ?」
「そんな事出来んのシヴァ様?!さすが!一家に一台シヴァ様だな!よろしく頼みます!」
ルイ坊の褒め方は妙に勘に触るの、とため息混じりにシヴァ様が魔法を発動した。
「『魔力変質』『魔力譲渡』」
「っ!ぐ、うぇ……おぉー……おえっ。うん、確かに地獄っすねこれ」
冷や汗がぶわりと吹き出た。
頭や体、全身もれなく刺されたような痛みが襲い続けている。痛すぎて気持ち悪くなってきた、吐きそう。
しかし、魔力が半分以上戻っている。
「これ以上回復させては反動の痛みで気絶しそうじゃしの。これくらいが限度じゃろ。ほれ、我が送ってやる」
「あ、ありがたいっす。ちなみにこの痛みってポーション効かないかな?」
「効かぬな。ルイ坊の魔力に似せたとはいえ、自身の魂から生まれた訳ではない魔力を流し込まれたのだ。拒否反応が出ておるのじゃよ」
「あー、自衛の、免疫みたいな反応だからどうしようもないってオチね」
「うむ。それに体が痛いと感じておるようじゃが、実際は魂の痛みじゃからの」
うわぁ寿命減りそー……。
まぁ今この時はありがたいんだけどさ。
「お、そろそろ人里に着くぞ。しかもお主がおったというデリンジャだの。……む、果敢な者がおるの、一人で立ち向かっていこうとしとる」
「誰だよそいつ……あ、まさかクルルかシンシアさんか?くそ、ベヒモウスめ……まぁ俺を探すなら最初に俺に会ったデリンジャに行くよなぁ。ごめんシヴァ様、手間かけるけど送ってくれるなら頼むよ」
「うむ。ほれ、手を握れ」
言われるがまま、小さい手を握る。
いやもうシヴァ様が手伝ってくれたら簡単にあの化け物にも勝てそうなのになぁ。
「何度も言うが、手伝わんぞ」
「分かってますゥ。てゆーか心読まないでくださーい」
「読んでおらぬ。ルイ坊が分かりやすいだけじゃ」
フンと鼻で笑われた。
何か言い返そうと思ったが、次の瞬間にはデリンジャの町……の、ここは北側か。まさに5年半前にベヒモウスと戦ったあたりだ。
そこに、転移していた。
「わお、相変わらずすげぇー。発動過程分かんなかったわ」
「そりゃあの」
いまだに自力で転移させようとしたら10秒近くかかるのにね、俺。
後方は随分と騒がしく、おそらくベヒモウスの接近に気付いたのだろう。
しかしまだ対応が間に合っていないのか、誰も来てはいない。まぁベヒモウスのスピードでダッシュされれば対応しようとしている間に到着されるわな。
「シヴァ様はどうする?」
「ふむ……せっかくじゃし見ていこうかの。初弟子の最終決戦くらいは見届けてやろう」
「そか。ちなみに町を守ってくれたりは……」
「せんよ。我は人に関わる気はないし、歴史に触れるような事はせぬ」
「だよねぇ」
どんな理由があるのかは知らないけど、そういう理由でシヴァ様はベヒモウスと戦わないそうだ。
まぁベヒモウス討伐なんて客観的に見たら歴史的偉業だもんね。
「ほれ、来たぞ」
「はっや」
俺がログハウス戻ってここに飛ばしてもらうまでで15分くらいなもんでしょ。時速何キロなんだよあの化け物はよ。
「グルゥウオオオオーーーー」
俺に気付いたらしいベヒモウスが、遠吠えにも似た咆哮をあげた。
てゆーかよく見たらすでに一人向かってるじゃん!さっきシヴァ様が言ってた人か!思ったより早いなくそ!
「くそ、行ってくる!」
「おう、気張れよルイ坊」
急げ、ベヒモウスに向けてダッシュだ。
身体中がーー魂らしいけど、痛むのを無視して、魔力を巡らせて身体強化を施す。
「ベヒモウス!第二ラウンドだ!ただその前にお前は灯台下暮らしという言葉を覚えとけ!」
こんな遠くに来ちゃってよぉ!めっちゃ近くにいたってのによぉ!
見れば、川にでも突っ込んだのかほんのりと全身は濡れており、流した血もとれていた。
しかしそれでも幾筋かの血が頭部から流れ出ており、完治はしていないらしい。
思えば、あの『空衝咆』も自己治癒をしながら耐えたのだろう。防御が間に合わないから回復しながら受け切るという判断をしたのだ。
大したヤツだが、魔力はかなり食ってるらしい。まぁ俺も自己治癒を使えるから分かるよ、あれはマジで魔力持ってかれる。
そこで前を走る彼女に追いついた。
「ちょ、え?!まさかルイ君?!」
「やっぱシンシアさんか!何一人で無理してんすか!下がって!あんたは司令塔でしょ?!」
「で、でもっ!」
「でももクソもあるかい!シンシアさんは全部一人で出来るからって危険な所ばっかり一人で背負いすぎなんだよ!ずっと笑顔で強がるのもかっこいいけど、少しは任せてみてくれって!」
「っ、そ、そんな事……」
てかこんな言い合いしてる場合じゃないんだけどぉ?!
「シンシアさん、ここは俺に任せてくれって!アンタが今背負おうとしてるもんは元々俺のもんなんだってば!ちゃんと守るから、今は下がって冒険者達をまとめといて!ほら早く!しっしっ!」
「グァウッ!」
「だぁああああうっせぇボケ!っだらっしゃああ!」
いよいよ間近に迫ったベヒモウスに、早口でシンシアさんに言い残して立ち向かう。後ろから「な、なんなのよもーっ!」とシンシアさんらしからぬ声が聞こえた気がするけど、耳を傾ける余裕はもうない。
ベヒモウスは大質量に怪力と、突進だけでも大破壊を起こす自身の肉体を理解しているのだろう。
小細工抜きで俺に突進の勢いのまま爪を振り下ろすベヒモウス。
しかし動きの精細が欠けている。ダメージは残ってるらしいな。
俺は緩急によるフェイントで潜るように抜けて、そのまま思い切り顎をかち上げるように振り抜いた。
「ギャォオオン!」
「はっ、鳴き声のレパートリーが増えたなぁベヒモウス!今度こそその頭かち割ってやるからな!」
痛いだろうし楽にしてやるよ。
頼むからあんまり暴れないでね!




