023.新たな身体魔法
「……あ、2時の方向200メートルになんかいますね。多分ボア系です」
「ん〜、その距離なら無視でいこっか。もしこっちに向かってきたらまた教えてね」
どこから情報を集めたのか、俺が察知系ギフトの持ち主という事も知っていたらしい。
先頭馬車に移動して歩く事しばし、口を開いた最初の言葉がそれだった。
『察知系ギフト持ちはありがたいねぇ。魔力に余裕がある範囲でいいからさ、索敵をお願いしていいかなー?』
それっぽい理由ーー俺達と『赤の剣』とかいうパーティが揉めたからと振り分けたが……恐らく、どちらにせよ俺が先頭馬車に来るように調整する気だったのだろう。
情報収集能力、指揮能力、そしておそらく戦闘能力。あと腹黒。
なるほど、優秀なパーティなんだろうな。怖いけど。
「それにしても無理してない?結構魔力使ってるでしょ」
「まだ大丈夫です。感覚で半分切ったら声かけますね」
「え、まだ半分以上あるの?魔力多いんだね〜」
にんまりと笑う彼女は、『魔剣の乙女』リーダー、シンシアさん。
肩にかかるくらいの髪を下ろしている薄緑の髪と紫の瞳の持ち主だ。
ちなみにもう1人先頭馬車にいる『魔剣の乙女』パーティメンバーはダリアさんといって、金髪のショートヘアに赤目の小柄な少女といった見た目だ。
「う、羨ましいっす」
「あー、ダリアちゃんあんまり魔力多くないもんねぇ」
「うぐっ、言わないでほしいっすよぉ」
「あっはは、ごめんね〜」
うわー、全然謝ってる感じじゃないよこの人。
「……うん、同感」
あ、心情読まれたか。
クルルはシンシアさんが苦手なのか、先程から非常に大人しくしている。
こうしていると深窓のお嬢様に見えるから美少女はお得だよな。
「んふふ、ところでさ。君達って『魔撃の射手』と仲が良いんだって?」
にっこり笑うシンシアさんに、ピリッと何かが反応した。
「まぁ、悪くはないですね。たまにお茶しに行きます」
「いやめっちゃ仲良しじゃんそれ。でさでさ、こないだのモンスターパレードも参加してたんだよね?」
「一応、隅っこでちまちま蟻潰ししてましたね」
「あっはは、謙遜しなくていいってば!君がいなかったら怪我人はもっと増えたと思うよ?それこそそこのクルルちゃんも怪我してただろうしさー」
……質問の形をとってるけど、どうせ全部知ってるんだろうなぁ。
「どうせ知ってるんでしょうし素直に言えば、蟻10匹以上は潰しましたね。新人にしちゃ上出来でしょ、褒めてください」
「あっははははっ!何この子かわいいなぁ〜。これはクレアが気にいるワケだよ」
「あ、やっぱ本人に聞いたんですね」
情報の精度や量的に、『魔撃の射手』じゃないかとは思ったが。
「そうだよ。今でこそAとBだけどね、ずっと同じランクで切磋琢磨してきた感じだからねぇ」
「では次は『魔剣の乙女』がA級になるんですね。応援しか出来ませんが、頑張ってください」
「うん、ありがとー。王都で模擬戦に勝てばA級になるから、上手くいけば帰り道には昇格してるかな」
「あ、試験みたいなのもあるんですか」
今までは何もなくて、C級になるには一通りの依頼の経験が必要になる。
となると、B級やA級にもあるって事か。
「そだよ。新人とはいえちゃんと覚えときなさい?B級はA級魔物の討伐経験、A級はさっき言ったように王都の騎士団相手に戦闘で採点されるの」
「うへぇ、どっちも大変そうですね」
「まぁねー。だからC級で止まる人も多いんだよねぇ。あっ、Cは依頼達成率が一定以上ないといけないから、D止まりの人もかなり多いか」
「え、そんなのあるんすか?」
「んふふ、やっと口調が崩れてきたねぇ。うんうん、あるんすよー」
わぁ、綺麗な作り笑顔。男好き、いや男を騙すタイプだなぁ。……いや、俺が男だからあえてそうしてるのかも。
「合格ラインや各個人とパーティーの達成率とかはギルド側の管理情報だから秘密なんだけどね?あぁ、あとはクレームとか依頼人の評価が酷いと達成率とは別に評価が下がったりもするね」
「はー……ギルドも色々管理しようと頑張ってたんすね。もっと適当かと思ってたっす」
お?という顔をして、それからニヤと笑ってシンシアさんは口に手を当てて言う。
「ふぅん、言うねぇ少年〜!」
「いやいや言いたくもなるでしょ。こうして冒険者パーティに内情が漏れてる以上、管理体制は見直す必要があるんじゃないすかね?」
「んふふ、そうかもねー。まぁそれくらいの方が私としては助かってるけど」
「でしょうねぇ。恐ろしいのがその情報収集がギフト使ってなさそうなんですよね。単純な自前の実力でよくまぁそこまで」
今度こそ分かりやすく目を丸くしたシンシアさんは、ニヤリとどこか肉食動物を思わせる笑顔を見せる。
「ふ〜ん、これは思ったより面白そう?とても10歳とは思えないねー」
「あんまり暇つぶしのオモチャにしないでくださいよ?こちとら冒険者になって数ヶ月のいたいけな新人なんすから」
「あっはは、どうしよっかなぁー?ここまで面白い冒険者は他ではそう見れないんだもん」
この人の面白いの基準が分からんわ。まぁろくでもなさそうだけど。
「まぁでも私ばっかり楽しむのは悪いからね。君みたいな子にはギブアンドテイクかなぁ。というワケで、ダリアー、ちょっとおいでー!」
「は、はいっすー!」
前方に少し離れて歩いていたダリアさんを呼び戻す。呼ばれた彼女は飼い主に呼ばれた子犬を思わせる笑顔だ。
横でクルルが「かわっ」とか反応してるし。
「……いや、前衛下げちゃっていいんすか?」
「いいのいいの。どうせ君が定期的に確認してくれてるし、その精度なら不意打ちはそうそうあり得ないでしょ」
「はぁ、やだなぁ。怖いなぁこのお姉さん」
「おいおーい、なんだよ可愛くないぞ〜?」
おでこをグリグリ細い指でつつくシンシアさんに、もう我慢する事なくため息をついておく。
「よ、呼んだっすか?!」
と、そこで尻尾があったらブンブン振ってそうな笑顔のダリアさんが到着した。
「んふふ、こめんねダリア。あのさ、この子にダリアの身体強化を教えてあげて欲しいんだー」
「ぅえっ?!い、いやウチはいいっすけど……え、大丈夫っすか?」
「んっふふ〜、大丈夫だいじょーぶ。この子ならきっと問題ないって」
えぇ、嫌な予感しかしねー……何今の不吉な会話。
「じゃ、じゃあ教えるっす。えと、ルイ君っすよね」
「はい、ルイです。宜しくお願いします」
「うっ、れ、礼儀正しいっす。良い子なんっすねぇ」
「あっははは、ダリアはチョロかわいいなぁー」
ダリアさんは「え?!」と目を丸くしてたけど、うん、ごめん俺も同感だわ。誰かに騙されないといいけど。
「ご、ごほん!では教えるんすけど、ウチの身体強化に加えて二つの身体魔術を併用したり切り替えたりしてるっす」
「2つ……?珍しい方法ですね」
「そっすね。しかも両方通常の強化じゃないっす」
そんなに種類があるもんなのか?
というか、身体強化をいちいち掘り下げる人が少ないからな。現状身体魔術自体の種類が少ないし、おまけに開発もあまりされてない。
なんせ魔力流しときゃ十分効果は発揮するし、何より放出系の方が使い勝手が良い。
ぶっちゃけ身体強化なんてそんな扱いだ。
「ひとつは、『身体集中強化』っす。全身に回している強化を一部に集約する事で効果を上げてるっす。ただ、操作も難しくて、ちょっとミスるとあっさりその部位は壊れます」
「……リスクリターンで見るとハードすぎません?」
「そっすね。そこでもう一つの方なんすけど、これは肉体の損傷を魔力で補う『自己治癒』っすね」
「……は?」
これにはさすがに言葉を失った。見れば、クルルも大きな目を丸くしている。
「いやちょ、治癒魔法とか覚えれるもんなんですか?」
「治癒魔法とはまた違うんすよね。ただすんません、細かい原理はリーダーに聞く方がいいっすよ。なんせ開発したのはリーダーですし」
「魔術を開発……?天才じゃん」
「ぶふっ、あっははは!急に素直な反応になっちゃって〜、ふふ、可愛いなぁ。うんうん、君にそう言われると嬉しいな〜」
いやゲラゲラ笑ってるけどマジでシャレにならんからね?
もはやなんで冒険者してるのか分かんねぇよ。それこそこれから行く王宮研究所の中にいたとしても埋もれないポテンシャルじゃないか?
なんせここ十数年、新しい魔術は生まれてないんだから。しかもそれが治癒に関する内容となれば大発見だ。
「よーし、可愛い少年のためにも簡潔に説明してあげよー!そもそも魔術の発動工程は2種類ある事には気付いてるかな?」
「あー、すみつません。ろくな魔術は身体強化くらいしかまだ使えなくて」
「あ、そうだったね、ごめんごめん。そうだなぁ、例えば飲み水を作るために水魔術を使うよね?」
こくこくと頷く。
「そうじゃなくて、水場なんかでその水を使って魔術を使うこともあるんだよ」
あぁ、それはよく聞く話だ。
得意魔法や魔術に有利な環境だと、少ない魔力で多くの量を操れるとかいうやつ。
「この二つは厳密に言えば違うの。前者は魔力による物体を生成して操作。後者は魔力による既にある物質に干渉して操作。ただ干渉するよりイチから生成する方が魔力はたくさん使うのは当然。だから干渉……つまりすでにある物質を流用した方が楽って訳なの」
「へー……あ、じゃあさっきの自己治癒は今の前者に含まれるって事っすか?」
「おぉ、やっぱり呑み込みと把握が早いね〜!正解せいかーい!」
つまり身体強化は既にある物体、つまり肉体への干渉。
自己治癒は欠けた肉体を新たに生み出す生成。
「……ん?それってもしかしなくても相当高等技術なのでは?」
「んふふ、それもせーかい!一歩間違えたら肉体が歪になっちゃうかもねー」
ありえない話ではない。なんせ体内で肉体を作るんだ。
しかも目視も出来ず、かつ相当ハイレベルな魔力操作技術が必要になるだろう。
しかし、上手くいけば継戦能力は格段に跳ね上がるし、当然命の危険も減る。
まさにハイリスクハイリターンという訳だ。
「では詠唱と魔法陣っす」
詠唱と魔法陣をメモしていく。
というか魔法陣なんで太ももなんかに刻んじゃうかなぁ……書き写すのに凝視するの恥ずいんだけど。
まるで「そうなるよう計算しました」と今にも言いそうなニマニマするシンシアさんをじとりと睨んでおく。
「あ、自己治癒は最初は目に見える外傷の方がいいっすよ」
「絶対そうします」
むしろ言われるまでもなくそうするわ。




