016.魔弾の射手
「おっと、いたいた。少年、まだいそうか?」
モウルアントも数を減らして、ほとんどの冒険者が周囲や地面に警戒する体勢で待機している。
そんな時に俺が地面にメイスを叩きつけていると、後ろから声がかかった。
振り向くまでもなく、クレアさんだね。
「あー……このあたり一帯は、っと! これで終わりですね」
とことこ歩いて数歩先の場所の地面を叩き、下からピギャと聞こえた後に、完了を告げた。
それを見て信用してくれたのか、クレアさんはニヤリと笑って声を張り上げる。
「皆の者、蟻共は駆逐したぞ!よくやった!帰ってギルドマスターに酒でもねだろうじゃないか!」
おおおおおっ!とクレアさんの大声に負けない大歓声が鳴り響き、やいのやいのと機嫌良さそうに帰っていく冒険者達。
見たところ大きな怪我人もいなさそうだし、良かった良かった。
「というか、クレアさんが『魔撃の射手』のリーダーさんだったんすね。挨拶が遅れました、初めまして」
隣に立っているクレアさんに挨拶しておく。
「おや、急に礼儀正しいじゃないか」
「おばちゃ……キャロル受付嬢が会ったら挨拶しろってうるさいんすよ」
「あはははっ、キャロルさんの担当か。あの女傑にかかれば全員礼儀を覚えるからな!」
まぁ肝っ玉母ちゃんだしね。なんだかんだ言う事聞いちゃうんだろうよ。
俺も気持ちは分かるしね、根が良い人すぎて突っぱね辛いんだよな。
「とにかく、おかげでかなりスムーズに討伐できた。礼を言おう」
「あー、こちらこそ。クレアさんとカーラさんがいなかったらもっと大変だったでしょうし」
「ふふ、ならばお互い様かな?であればひとつ頼みたい事がある」
「あ、実は俺もお願いがあるんすよね」
そう言い合ってから、一拍置いて目を合わせて、口を開く。
「「モウルアントの発生源を見に行こう」」
あー、同じ事考えてたか。そんな気はしたんだけどね。
「くくっ、変わった少年だな。とても新人の考え方ではないよ」
「どうなんですかね。新人だから変な固定観念がなくて気になっただけかもですし」
肩をすくめて鼻を鳴らして見せると、クレアさんの笑いが深くなった。
「くっ、ははっ、捻くれ方まで年不相応だな!まるで学生の捻くれ方だぞそれは!」
「おいやめろ。そういう指摘はよくないぞ」
いやマジで。普通に恥ずいわ。なんか高二病みたいな扱いはガチで辛い。
というかクレアさんが多分20いかないくらいだと思うから、精神年齢的にほぼ同い年なんだよな。
そのせいか、そういった指摘が必要以上に刺さる。
「く、ふふっ、す、すまない」
「謝られた気がしねぇんすよ……」
全然笑い堪えれてないし。なんだこいつ、女じゃなかったらデコピンの刑だぞ。
「はぁ、よし。では気を取り直して見に行くとするか」
「うっす」
「ちょっと、どこ行くのよ!」
いざ出発、という時に後ろから声がかかる。
この耳が痛くなるような声は、振り向くまでもなくカーラさんだな。まぁ振り向くけど。
相変わらず目にうるさいという言葉が似合う赤々しい赤髪と赤目で、ハーフツインにしている。
「あぁ、今回のモンスターパレードの発生源を見に行こうと思ってね」
「えーー!!ギルマスのお酒はぁ?!」
「もらってくるといい。私は遅れて向かうとするよ」
「ちょ、なんか冷たくない?!ついてきてほしいとか言うトコじゃないの?!」
「え、いやもう片付いたようなもので、あとは確認と必要ならちょっとした後始末だけだからね。別に無理についてこなくても」
「行くわよ!仕方ないわね!」
「あ、うん。頼むよ?」
なんだこの会話。
まぁいいや。嗅覚強化に切り替えて、蟻の来た道を遡るとしよう。さっさと済ませよ。
「ちょ、どこ行く気よアンタ!」
「あー、蟻の発生源の場所っす。あ、ちょっと待って、あんま近寄らないで」
ズンズンと距離を詰めるカーラさんに、顔をしかめて停止を促す。
それをどう捉えたか、カーラさんはにまぁ〜と笑った。
「なーに?アタシの色気にやられそうとか?」
「や、今俺嗅覚強化してるんすよ。で、香水がね、ええ」
さすがに女性に臭いとは言い辛い。
なので濁して伝えるが、どうやらカーラさんは少々鈍いらしい。
「なになにー?良い匂いがしてクラクラしちゃう?」
「あー…………もういいや、正直に言います。匂いがキツイんで離れてほしいんすよ」
「はぁああああ?!」
あーはいはい、そうなると思いましたよ。
「な、ちょ、生意気!」
「クレアさんへループ!」
「あはは、仲良しだね」
何っだこいつら。めんどくぜー。
「おいおい、えらく元気じゃないの。どーしたのさ?」
そこに現れたのは緑髪と緑目を持つ少しチャラそうな雰囲気の男性だ。少し長めの髪を後で縛っている。
大きめな弓を背負っており、身のこなしがすごく、いや異常なまでに軽やかなのが気になる。
「あ、テッド。聞いてよこのガキんちょがさぁ!」
「おうおう、可愛い顔が台無しだぜー。落ち着け落ち着け」
「どーこが台無しよ!どんな表情でも可愛いのよ!」
「うっはー無敵じゃんこの人」
「ほら!聞いたテッド?!ほんっと生意気よこのおチビ!」
「あっはっは」
笑って誤魔化したな。
「この歳の生意気さは成長の余地の証じゃろう。年長者として笑って受け止めてやらんかい」
「お、モーガン」
更に1人、鋭い茶色の目のゴツいお兄さん登場。モーガンさんというらしい。
茶髪の短く刈り上げた髪が逆立っており、でかい盾を背負う様はいかにも重騎士といった風貌だ。
「……この子は、良い子」
「あはは、クルルまで来たか」
「あー……あの時の」
更に追加でもう1人。クルルさん。
蟻を潰している時に声をかけられた金髪金眼の目立つお嬢さんだ。腰くらいまで伸びる長いストレートの髪を下ろしている。
「こちらが『魔撃の射手』のパーティ5人ですか?」
「そうだ。はは、見事に揃ったな」
テッドあたりはさっさとギルマスに絡みに行くと思ったが、と続けながら、白髪をポニーテールにしているクレアさんは楽しげに笑った。
「ふむ……『魔撃の射手』のパーティメンバー様、お初にお目にかかります。D級上がりたての新米冒険者でルイと申します」
あんまりうるさいので、簡単にだが貴族時代の挨拶をかましてやった。
顔を上げると、狙い通り目を丸くして固まる5人が映った。
「よし、キャロルさんのノルマ完了。行きますか」
「ちょ、ちょいちょーい。君、もしかして貴族の子かな?」
「一応そっすね。でも今はただの新米冒険者なんで適当に扱ってください」
「無茶言うねぇ〜」
ヘラヘラ笑いながら横に並んで歩くテッドさんに、俺も笑い返しておく。
「いや、マジで気にしなくていいんで。絶賛家出中みたいなもんですし。変に警戒しなくていいっすよ」
「……やり辛いねぇ〜。怖い怖い」
「怖いのはテッドさんでしょうに。癖ですか、その足音立てない歩き方は」
そう言うと、テッドさんの表情がほんの一瞬消えた。
「あ、待って。マジで何もする気ないっすから、怒らないで。というか俺が言いたいのは、その歩法教えて欲しいなーと」
なんかピリッときたので慌てて言葉を続けると、数秒じっと俺を見てからへらりと笑う。
「変わった坊ちゃんだねぇ〜。なんでこの歩き方知りたいんだい?覗きとか?」
「あ、それもアリっすね。俄然覚えたくなりました」
後ろから「サイテー!」とかキンキン声が飛んでくるがスルー。テッドさんは一瞬目を丸くしてからケラケラ笑いだした。
「あっははは!こりゃあ確かに貴族じゃなくて冒険者だね!良いよ、今からアリの巣に行ってギルドに帰るまで、特別レッスンといこうじゃないか!」
「おぉ!マジすかありがとうございます!」
もう一度サイテー!という声が聞こえてきたが、当然スルーしてテッドさんの歩法の説明に耳を傾けるのであった。