012.新生活
「だらっしゃああっ!」
メイスでオークの顔面にジャンピングフルスイング。
およそ生き物が出していい音ではない音を立てて、オークはそのまま倒れ伏せた。
「いぇーーい勝利ィィイ!」
上がったテンションそのままに吠える。
いやぁ気持ちいいね!これで今晩は豚肉、じゃなくてオーク肉ステーキじゃい!
「っし、捌いていきますかね」
腰にさげたナイフを抜いて、オークを解体していく。
馬車の護衛のおじさんがおすすめしてくれた道具屋のナイフだけあって、サクサクと切れていく。
切れ味と頑丈さが合わさった良いナイフで、愛用の一品だ。一緒に買った簡易砥石で、狩りに出る前日は必ず手入れしているくらい大のお気に入りです。
オークの肉を切り分け、睾丸を切り外す。
睾丸の中にあった魔石を取り出して、晩飯用に別にした分を除いた全ての可食部と魔石をまとめて袋に入れる。
「うえぇ……ったくオークの魔石の位置だけは勘弁して欲しいな…」
そろそろ重たくなってきた袋を見て、帰路につく事にする。
袋を担いで、まばらにそびえる木々の中を極力音を立てないようにして歩いていく。
ちなみに魔石だが、全ての魔物が睾丸にある訳じゃない。そんな訳あるかですよ。むしろ今のところオーク以外は違う。
マリーの話でも出てきたが、魔力の中心は心臓だ。
魔物も同じらしく、魔石は心臓にあることがほとんどである。
ここからはどうでもいい話だが。
魔石が体内にあるのではなく、死ぬ事で魔力の循環が止まって心臓に戻るように集まり、凝固・結晶化したものが魔石なんだとさ。
だからよくある生きたまま魔石を抜き取るとかは不可能なんだって。
そして心臓以外で多く魔力を使う部位が別にある魔物はその部位に魔石が出来るらしい。
このオークは睾丸だし、魔眼を持つコカトリスなんかは目にあったりする。それらのどっちかに一つある形だな。
ちなみに極稀に両方に魔石がある場合がある。コカトリスの両目とかにね。その魔石は双魔石なんて呼ばれて、色々と価値があるらしい。なんか共鳴し合う特性があるとか。
まぁそんな細かい話はいい。基本心臓にあって、たまに別の場所にあるという事を知ってれば解体するのに不便はないからな。
「おぉ、今日も帰ってこれたかい!いやぁ大したもんだよアンタは!」
そして冒険者ギルドへと辿り着き、受付で完了報告をした相手がかけてくれた言葉がこれだった。
「だははっ、任せんしゃい!早いとこA級になりたいしな!」
「怖いもんなしだねぇ、さすが冒険者だよ。ほら、そろそろアンタもD級だねぇ」
冒険者のランクはA〜F級。その上にS級があるが、割と名誉職に近いランクなので基本カウントしないんだとか。
ここに来て1ヶ月。
安宿を見つけて、侯爵家からちょろまか……嘘です、プレゼントしてもらった金で装備を整えた。
金は実は出てく時にそっとグレイが渡してくれたんだよね。あの有能すぎる家令には最後まで驚かされたよ。
グレイは最後にありがとうと言ってくれたし、あの時話してくれた恩は返せたと信じよう。
で、それからはひたすら狩り、狩り、狩りまくる日々。
護衛のおっさんも言っていたが、とにかく生き残ってなんぼ。
それについては、俺の魔力量の多さによる継戦能力が活きた。
悪質な罠がなく、自分の実力以下の敵しか出ないエリアに通いまくる。
もちろんそんな場所でも適正外の強力な個体なんてイレギュラーが出現する可能性もあるが、よくある物語みたいな無双主人公のすごさを知らしめるご都合的生贄でもあるまいし、現実ではそうそう起きない。
言い方が悪い?フッ、僻みですから。だって無双できない系の俺は死ぬんだもん。
ともかくだ。実力と金を貯めては少し上のエリアに通う、という事をひたすら繰り返した一カ月だった。
「ぬははは!かなり良いペースなんじゃない?」
「そうだねぇ、このギルド支部でなら……歴代20位には入るんじゃないかい?」
「え、なんか微妙な順位……」
「アンタねぇ。いったいどれだけの人数がここを利用したと思ってんだい。おっちんじまった奴らも入れての話なんだよ?」
まぁそう思えば頑張ってる方か。
でもなかなか異世界チートの俺つえー、とはいかないわな。
ちなみにこの受付嬢、美人でスタイルの良いお姉さん……ではなく、肝っ玉お母さんといった雰囲気のおばちゃんである。
『アンタ、その歳で色気づいてからに!それに美人ばっか受付させてるのは都会くらいだよ!会いたいなら王都にでも行きな!』
と、ここに来た当初に怒られて以降、なんやかんやで話す事も増えて、今では基本このおばちゃんに受付をお願いしている。
てか別に色気づいてた訳じゃないし!ちょっと気になっただけじゃん!くっそう王都行ったら絶対ギルド行くぅ!
「それよりアンタ、まだパーティは見つからないのかい?いくらやり手だからって1人じゃ大変だろうに」
「いや〜こればっかりはねぇ。だって怖くない?大して長くない付き合いの相手に命を預けるのって」
これも来た当初に実感した事だ。
俺がE級に昇格した際に、おばちゃんに促されるままにE級パーティに臨時加入してみた。
そして一緒にオークを討伐した。別に問題なく倒せたし、これといって諍いがあった訳じゃない。
ただ、戦闘中に俺が集中できなかったのだ。
背後に武器を持った自分を殺せる人間がいるという環境がどうしても怖かったのだ。
その為オークと戦ってる間も、常に背後にも注意を向ける形となってしまった。
そして気疲れしまくった俺は、おばちゃんにパーティ加入の案内はしばらく不要だと告げたのだ。
会ってすぐの美少女なんかとパーティを組む主人公達よ。俺は貴方達を嫌味抜きで、ガチで尊敬します。俺はビビって組めそうにありません……。
「そうかい?1人の方がよっぽど怖いと思うけどねぇ」
「明確な敵より、敵か味方か分からない相手の方が俺は怖いんだってば」
実際、新人狩りといった事件も起こっている。
噂程度だが、火のないところに煙はたたない。
そして日本と違って法整備や管理体制も緩いので、いざ罪を犯しても捕まらない事も多いのだ。
「まぁいいけど、死ぬんじゃないよ?はい、報酬だよ」
余談だけど、周りから金額が見えないように小袋に入れて渡してくれるのは気が利いてると思う。
これはオーク討伐だから大した金額じゃないけど、いざ大金を渡しているのを見た者達がどう動くかなんて分かったもんじゃない。
それを少しでも防ごうという心配りがこの小袋なんだろう。ありがたいね。
「ありがと!これでやっと欲しいもんが買えるよ」
「あぁ、前言ってたヤツかい?アンタも変わったものを欲しがるねぇ」
「いーや、これは絶対必要だって。これでまた狩りが捗るようになるぞー?そしたら歴代20位が10位くらいになるかも」
「あっははは!はいはい、楽しみにしてるよ!」
笑うおばちゃんに手を振ってギルドを出て、その足で本屋へと向かう。
そして目をつけていた本ーー『錬金術の基礎』と書かれた本を手に取った。
「おやっさーん、これくださーい」
「おぉ?なんだ坊主、もう金貯めたのか!やるじゃねぇか」
以前に立ち読みしようとしてすんごい怒られた店主は、機嫌が良さそうに笑った。
「おやっさんのおかげでやる気出たからな。この商売上手め」
「がははっ、そうか!それなら何よりだ!おっと、次のおすすめはこれだぜ?」
この商売上手のおやっさんは、本の中身は見せてくれないが、本の概要だけは教えてくれるのだ。
だからハズレではないと確信を持って買えるし、その為に金を貯めようと思えるという訳で。
「んー?『魔法陣と物体付与の基礎』ぉ?」
「おうよ。例えば魔剣なんかがあるだろ?あれは魔法陣や錬金術、付与術を組み合わせて物体に付与術を半永久的に残してるんだとよ。で、こいつにはそのやり方が書いてあるぜ」
「おぉ……?!え、マジ?そんな本をこんなボロいとこで扱ってていいの?!」
「ボロくねぇよバカたれ!ったく……けど確かにこの本は掘り出しもんだぜ。たまたま知り合いが手に入れたのを買い取った。お前さんなら買うだろうから、ちと値は張ったが損はしねぇだろうしな」
「うっはー!さすがだよ、ありがとうおやっさん!赤字にならないよーにちゃんと稼いでくるからさ、取り置きよろしく!」
「おういいぜ。死んだら許さねぇからな」
縁起でもねぇよと笑いながら、こうしておやっさんの商法に踊らされる俺です。
それでも俺に有用な所が憎めない。というかむしろ助かってる。
この街……いや町かな?ロットランド伯爵領の中で魔物の領域に最も近い、いわば最前線である此処はデリンジャと言う町だ。
境界線が近いだけあってか、本屋の店主から受付のおばちゃんまでどいつもこいつも豪気な人ばっかりだ。
まぁそれくらいじゃないとこんな危険に近い町ではやってけないんだろうが、やかましくて暑苦しくはある。
ただ、細かい事を気にしない気前の良さや、真っ直ぐな言葉で向き合ってくれるので居心地は良い。
「邪魔するよお姉様ー!」
「おっ、来たかい坊ちゃん」
そして次に来たのはハリスト道具店。
護衛のおっさんがオススメしてくれた道具屋がここだ。
「坊ちゃんはやめない?だったら俺もおばち」
「ア?」
「お姉様、今日はやっとお金をためて参りましたっ!」
という訳で、こちらが初対面でおばちゃんと言って殴られて以降お姉様と呼ぶ、ハリスト道具店デリンジャ支店店長の30前後と思われる女性です。
「ったく、生意気な坊ちゃんだね。で、これでいいんだね?……ホントに買うの?」
「買うよ。ほら、本も買ったし!」
そう言って『錬金術の基礎』と書かれた方を見せてドヤ顔してやる。
「はぁ、腕っぷしばかりの冒険者とは思えないね。まぁ買うってならありがたく売るのが商人さ、ほらよ」
「くっくっく、まいどありぃ」
「それアタシのセリフでしょうに」
そう言って受け取ったのは、アラクネの糸で作られたというレッグポーチだ。
そう、アラクネの糸ーーというか、魔力を通しやすい素材のバッグが俺の目的だ。
「クハハハハッ、これで一気に稼げるようになるぜェ」
「坊ちゃんのくせに悪い面で笑うわね……」
一言多いおばちゃんに「ありがとなーおばちゃん!」と言い残してダッシュで店を出た俺は、後ろから聞こえる怒声を背に宿へと戻ったのだった。
次に行くのは時間を置いてからにしよう。