011. 閑話 ローズマリー
あの日ーールイお兄様がいなくなった日の事が頭から離れない。
「まだ早いと思っていたんだ。だが……これ以上ルイに怒られたくないしな、全て話そう。そしてお前達も思った事を全て話してくれ。ちゃんと受け止めることを約束する」
そう切り出した侯爵様は、本当に全てを私達に話してくれた。
侯爵様がローザンヌ様を愛していた事。
本当はルイお兄様を産むのに永く生きられない事を覚悟していた事。
しかし奇跡的に回復した事。
しかしローザンヌ様が魔物を追い払うのに限界を超える力を振るって衰弱なさった事。
今も侯爵様はローザンヌ様とルイお兄様を愛している事。
そして、お母様や私達も同様に愛してくれている事。
「ごめんなさい……」
そしてお母様も泣きながら話してくれた。
ただローザンヌ様に生きて欲しかった事。
侯爵様と2人がかりで説得しても振り切ってルイお兄様を産んだ事。
回復した時は泣いて喜び、魔物を追い払って衰弱した時は泣いて嘆いた事。
そしてお亡くなりになり、その辛さに耐えかねて愛すべきルイお兄様と、ローザンヌ様が預かれなかった私に八つ当たりの気持ちを抱いてしまった事。
そんな弱く、ローザンヌ様が亡き後にこうして彼女のいるべき場所にいる。
そんな自分を、誰よりも許せない事。
「……でも間違っていたわ。ごめんなさい、マリー」
レオンお兄様もリリーも二人の話に酷く動揺していたが、お母様のフォローもあってどうにか飲み込めたようだ。
「……ルイに言われたの」
ルイお兄様は、お母様に語気も荒く言ったそうだ。
今のお前を見て母上はなんと言うか考えろ。
的外れな八つ当たりをして何になる。
考えてみろ、何故母上が衰弱したのか。
『あの母上が遠縁の子を引き取ったくらいで動揺したりすると思うか?むしろ娘が出来たと喜ぶ光景しか想像できねぇよ!』
どうやら侯爵様にも同じ内容を言っていたらしく、侯爵様も苦笑いで「私も言われたな。そして、確かにルイの言う通りだと思わされた」と呟いていた。
そしてルイお兄様は吐き捨てるように続けたそうだ。
『お母様が衰弱した原因はベヒモウスだろうが。次点を挙げるなら俺だな。もし俺を産んでなければもっと体力が多かったかも知れない。そうすればベヒモウスを追い払っても生きていたかも知れない』
この言葉に、ずっと燻っていた感情がまるで大義名分を得たとばかりに爆発してしまったらしい。
『やっぱり貴方のせいじゃないの!ふざけないで!ローザンヌ様を返してよ!』
『お母様を返す事はできない。けど、いつまで今ある大切なものを見ないまま生きてくつもりだ?息子や娘より、もういない人ばかりを見て、今生きてる人をないがしろにするのか?ーーそんなお前を母上が見たら、悲しむとは思わないのかッ?!今一番母上を悲しませてるのは誰だ?!ふざけてるのはどっちだ!!』
ルイお兄様は犬歯を剥き出しにして吠えるかのように告げたそうだ。
その威圧に身を竦ませた。
そして、ルイお兄様はどこか実感のこもった、泣きそうにも見えた表情に見えたという。
それらのおかげで冷静になれたお母様に、願うように話した。
『レオンとリリー、そしてマリーを大切にしろ。父上と話をして、それから子供達とも話をしろ。くだらないすれ違いを放置して手遅れにしたら許さない。すでにどれだけマリーが傷ついているか気付いているのか?』
ここまで聞いた時点で、私はポロポロと涙を流していた。
そんな私をお母様は抱きしめながら、それでも話さなければと続きを口にしていく。
『父上にも話はしておく。今日の晩、しっかり話し合うんだな。その代わり、俺が仇を討ってくる。俺が帰ってきた時にくだらないすれ違いや不和があれば許さないからな』
仇?という私の疑問は、話を聞いていたお母様も同様だったようで問い返したらしい。
『ベヒモウスだよ。お母様の仇は、息子の俺が討つ。そうすればお前が憎む相手はいなくなるし、次点で憎まれる俺もこれからこの地を離れる。……だからもう言い訳はさせない。八つ当たりはやめて、家族と向き合え』
そしてその足で侯爵様の元に向かい、似たような話をされたそうだ。
当然引き止めるお父様に、しかしルイお兄様は静かに告げた。
『レオンは真面目で優秀です。立派な後継になるでしょう。それに父上もベヒモウスが憎いでしょう?一家を代表して俺が滅ぼしてきますよ。……それに、俺がいなければきっとこの家族は仲良くやれます』
そう告げたルイお兄様は、まるで知らない人のようだったと小さく呟いた。
しかし愛する息子で、愛した妻の忘れ形見をみすみす死にに行かせる訳にはいかないと必死に引き留めたそうだ。
『それは大丈夫です、絶対死にません。実は私の第二のギフトは空間魔法ですし、危なければ空間転移でここに帰ってきます。詠唱も知ってますし』
これには侯爵様も、そしてそれを話された私達も驚愕に固まった。
神の御技とされる空間魔法は、極稀にギフトを授かる人はいるが、発動する術がない。
何故なら詠唱も魔法陣もない。
行使するイメージも、すでに記録や記憶から消失しているので抱きようがない。
それを知っているのだと言うのだから、驚かないはずがない。
ましてや、まだ鑑定で発現を確認されてないギフトを言い当てるなんてあり得ない話だ。
しかし、あまりに当然のように話すし、実際『万斛把握』をもってしても嘘の様子は見当たらなかったそうだ。
そうして言葉に詰まるお父様に、ルイお兄様は「帰ってくる時は家族仲良くしておいてくださいよ」と言い残して去ったのだという。
「ルイお兄様ぁ……!」
私は泣いた。抱きしめてくれるお母様にしがみつき、何年かぶりに大声で泣いた。
なんて身勝手な人なんだろう。
殻にこもる私を無理やり引っ張り出したのに。
魔術の授業だってしてあげたのに。
たくさん話をしてくれて、思ったよりふざけたり冗談を言う人だって知れたのに。
家族だと、言ってくれたのに。
何も言わずに行ってしまうなんて、なんて身勝手なのだろう。
追いかけて、文句を言いたい。
でもそうしたらルイお兄様はきっと本気で怒る。
私がまずやるべき事は、ルイお兄様の言う通り家族の一員になれるよう努力する事。
……家族が仲良くなった後に。ちゃんと帰ってこなかったら、一生許さないんだから。
その後、リリーが爆発したように泣き出した。
家族がギスギスしてる気がして辛かった事。
必死に笑っていたけど、実はたまに泣きたくなっていた事。
そして、私に嫌われていると思ってた事。
「嫌われてるのは私だと思っていたわ……ごめんなさい、リリー」
「うぁあああ!マリー姉様ぁ〜!」
レオンお兄様も静かに泣きながらポツポツと話してくれた。
家族がだんだんと離れ離れになっていくようで辛かった事。
せめて自分が優秀になってルイお兄様の助けになれたら、家族の形が作れるのではと考えた事。
そして結果的に、家族から逃げるように勉強や稽古に打ち込んでしまっていた事。
「ルイお兄様はずっと寂しそうだったから、せめて僕が助けになれるようになりたかったんだ……」
レオンお兄様の言葉に、お母様は酷く泣いた。
声をあげて、嗚咽を漏らし、途切れ途切れの謝罪をしながら泣いた。
それを見て、レオンお兄様も決壊したように泣いた。
それから、私は泣いて懺悔にも似た思いを全て吐き出した。
お母様の子ではないと知った事。
それでもと思ったけど、お母様に睨まれて立場を自覚した事。
連れてきてもらって感謝はしているけど、ここに居ていいのかずっと分からなかった事。
この家族の雰囲気が悪いのは私のせいだと思っていた事。
全員に疎まれ、嫌われてると思っていた事。
「私は、ここにいてもいいのでしょうか……?」
結局は、これが分からなかった。
でも、誰もがすぐに当たり前だと言ってくれた。
あの父上すら目を赤くし、母上やレオンお兄様、リリーも泣きながら抱きしめてくれた。
その暖かさに安心したのか、堰き止めていたものが外れたように涙が止まらなかった。
泣き止んだ頃、使用人の人達が安心したような笑顔で泣いていたのを見て、また泣いた。
こうして家族が向き合うきっかけとなった話は終わった。
先にも言ったように、レオンお兄様やリリーはどうにか飲み込めたようだ。
もっと仲良くなりたいと素直に言葉にしていた。
私も遠慮がちにはなってしまったが、仲良くなりたいと口にする事が出来た。
きっとこれから家族として仲を深めていける。
それは希望的観測とかの話ではなく、そうしたいという全員の意思だ。
だからこそ、ぶつかる事があっても、きっと少しずつ家族になっていくだろう。
家族としての形を、家族で作っていく。
「っ……ル、ルイお兄様は…?」
「……すまない」
……家族の1人がいないまま。
あれから何日経ったっけ。
未だに夜になると、優しく微笑んで撫でてくれた感触を思い出しては頭に触れてしまう。
そして、ベッドの中で1人泣く。
泣き止めと貴方がまた頭を撫でてくれる事を期待して。
「…………ルイお兄様ぁ……!」
あぁ、レオンお兄様とリリーはすごい。
私はルイお兄様がいない事実を、飲み込めそうもないのだから。