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愛されればいいってもんじゃない

『神様お願い。私に一番相応しい人を授けて下さい!』




 私の願いなんてどうせ叶わないとその時は、思っていた。人間いつもまでも、祈ってばかりはいられない。少しは御利益らしきものがないと、祈りも絶えるってものですよ。




 私は二十七歳の子爵令嬢だ。それ程、裕福でも貧しくもなく、ほどほどの家門だ。大らかで優しい両親、素直で仲のいい弟、まずまず問題のない家庭だ。




 その問題のない家庭の、唯一と言っていい問題が私の結婚……。




 適齢期は十八歳、平均婚姻年齢も十八歳、そこにきて、私の二十七歳、行き遅れ。


 一体両親は何をしているのか。と、何度も両親をなじった。




「まあ、ルイーゼ。何を言うの?結婚は政略でするものではありません。お父様とお母様は本当に愛し合って結婚して、すごく幸せなの。だからね。あなたにも是非幸せになって貰いたい。だから、親の探す相手なんて、期待しないで頂戴」




 お母様、それは、怠慢というものでは……。単に面倒臭いんじゃ?




「お嬢様、やっぱり夜会ですわよ!」


「エイリン、私が何年夜会に通っていると思ってるの」




「でも、出ないと、どこで殿方とお知り合いになるのです?ご両親も探してくれなくて、お友達のお茶会ばかりいらしていて、どうやって結婚できるのですか?」


 侍女のエイリンはズバズバと指摘する。エイリン……人脈を駆使して私に良いご縁を探して来るのも、侍女の役目なんじゃないの?




 それにしても初めての夜会、デビュタントは衝撃だった。他の令嬢は、私の半分くらいのサイズで、あの腰はいったいどうなっているのか?あれでは、ご飯が食べられないじゃないの!




 そうなのだ。私はサイズがどうかしている。普通のご令嬢の倍はある。お嫁に行けない最大の原因はサイズだと、乗馬や体操の教師を雇って頑張ってみた事もある。だが、サイズが落ちるどころか、食欲増進効果が際立ち、あの優しい両親でさえ止めに入るほどだった。




 じゃあ、食事を制限しようと、朝はほんの少しの果物とミルク、昼はほんの少しのパンとスープ、夜はさらにほんの少しのお肉にして、節制に努めた。あまりの苦行に、一日半しか続かなかった……。とにかく努力もしてみたが、どうにもならないのである。




「エイリン、私仕事をしようと思います」


「は?」




「私、婚活も大事だけど、結婚出来なかった場合も考えておかないといけないの」




 我が家は弟が子爵家を継ぐ。いくら両親が優しくても、弟の奥様にしたら、行き遅れの姉なんて、どんなに邪険にされるかも分からない。一応、手を打っておかないといけないと思うのだ。




「でも……お嬢様、何にも出来ないですよね?」


 うるさいですよ、エイリン。




「何を言うの。私だって……」


 確かに私は平均の中の平均である。家庭教師も両親も、どうせ将来結婚するんだからと、ほどほどの私を許してくれた。だが、その肝心の結婚が出来なかった場合はどうするのだ?それは、誰も考えてくれない。




 だったら、自分で考えないといけないのではないか。私は結構真剣なのだ。両親も侍女も、誰も真剣に考えてくれないのだから。






「エイリン、お仕事が見つかりました!」


「え、お嬢様、どんなお仕事です?」




「友人のマリアンヌ嬢が、ある公爵様がご嫡男の家庭教師を探していると、教えて下さったの。それで、応募してみたら……私合格しました!」


「え?どちらの公爵家です?」




「サルフィード公爵家ですわ」


「あの名門の?なぜお嬢様に務まるのですか?」


 エイリン、あなた失礼よ……。




 それは、私も思っていた。応募して、公爵様に面接されて、お坊ちゃまにお会いしたら、即決である。何かあるのではないか、と実は私だって思いましたとも!




 でも、仕方ないじゃないの。取り合えず、働いてみない事には、始まりません。




「アンリ、ルイーゼ・ダルトン子爵令嬢だ。これからお前の先生をして下さる」


「アンリ公子様、よろしくお願いいたします」


 私は公子様にご挨拶した。それはそれは美しい、砂糖菓子のような公子様だ。綺麗なブロンドに薄い緑の瞳。これは、大人になられたら、大変な事になりそうだ。




 お母様は残念な事に他界されたそうだ。




「ダルトン令嬢、よろしくお願いいたします」


 まだ、五歳だがきちんとご挨拶できる。基礎的なマナーを中心に教えて欲しいと言われているのだが……。あら?何だか、私なんか必要ないんじゃない?




 それにしても、美しい父子である。親子でこれ程美形だと、何だか浮世離れして見える。




 私は毎日午前中に公爵家に通った。公子はとても良い子で、聞き分けが良いので大変楽である。授業の後は、公爵父子と昼食を頂く。最初はご遠慮申し上げたのだが、もう用意してあるからと、強く勧められる。




 毎日、仕事をして公爵家で昼食。これの繰り返し。




 あら?私これで、仕事をしている言えるのかしら?何だか楽過ぎて、とても自立した職業婦人になった気がしない。




「お嬢様、あの、申し上げにくいんですが……」


「何かしら?エイリン」


「またサイズが、増えておられますわよ」


「え!」




「確実ですわ。ドレスがきつくありません事?」




 き、きついですわ。確かにきついのよ。気のせいじゃ……なかったのね。今までのドレスも、どちらかと言うと、ご飯を食べてもきつくない、というのが基準で作っていた。そのドレスがきつい。




 という事は、私は普通のご令嬢のサイズの二倍を超えた事になる。


 湯あみの時間に、おそるおそるお腹を見つめて……叫んだ事は言うまでもない。ずっと避けていたが、現実を直視してしまった。




 原因は一つだ。公爵家の昼食が美味しくて豪華すぎるからだ!あんなに美味しくては、とても残すなんて出来ない。理性を壊す味覚の暴力!とでもいうほどのお味。さすが公爵家、料理人も超一流だった。






「公爵様、これから昼食はご遠慮させて頂きたくて……」




「なぜです?ダルトン令嬢」


「その、ちょっと色々と都合が……」


「どんなご都合ですか?私がご協力出来る事はありますか?」


「いえ、大した用事でもないので……」


「じゃあ、ぜひ、我が家で召し上がって頂きたい」




 なぜだか、公爵様が食い下がる。どうされたのかしら?




「あの、我が家でも昼食を準備してくれていて……」


「では、私からダルトン子爵にご挨拶がてら、昼食をご一緒するお願いに上がりましょう」




 え?昼食をご一緒するのに、なぜここまで?




 すると公爵様が意を決したように、私に言った。


「ダルトン令嬢、正直に申し上げます」




「何でしょうか?」




「私はあなたを昼食をご一緒して下さる方として……採用させて頂きました」




「はい?」




「あなたを一目見てから、どうしても、どうしても昼食を朝食、いや、夕食、いやいや全ての食事をご一緒したいと思って、気持ちが抑えられないのです」




 この方、何を言ってるの?




 段々、熱っぽい眼差しに変わって来た。何が起こるの?




「ダルトン令嬢、どうか、私と一生、一緒に食事をしてください」


「お食事?をご一緒に?」




「はい。一生です」


 と、いう事は?




 ***




「本当に驚きましたわ!まさか、お嬢様が公爵夫人になられるなんて……。私友人に吹聴して回ってましてよ」


 止めて頂戴、エイリン。




「でも、良かったですわ。お嬢様、坊ちゃまも懐いてらして、公爵様は溺愛なさっているって、専らの評判ですわよ!こんなお幸せな事はありませんわ」




 確かに素晴らしい縁談だった。あの日、勢いで頷いてからの公爵様の行動は早かった。翌日に両親に挨拶を済ませ、三か月後には公爵邸で暮らしていた。アンリは、それは可愛くて、お母様、お母様と懐いてくる。




 自分で産まずにあんな美しい子を授かるなんて、なんてお得なのだろう。聖母もびっくりである。




 結婚が決まって、両親は目の玉が飛び出るのではないかというくらい、驚いていた。お相手は格上の公爵家である。父は緊張のあまりお断りしてしまって、公爵様に何度も頭を下げさせて、結婚を承諾した。




 傍目には、公爵様が頼み込んで私を貰ったみたいではないか。




 それにしても、公爵家の料理人は腕がいい。結婚して何が良かったかって、食事が美味し過ぎるのである。もう何度食べても美味しい。毎日幸せに美味しい。




 そして、公爵様は私に一目惚れしたそうだ。この令嬢にお腹いっぱい食べさせたいと熱望したと、熱く語ってくれた。その通りに、毎日お腹いっぱい食べさせて頂いている。




 お陰様で、サイズは順調に普通のご令嬢の三倍である。




 私はつくづく思った。


 神様は侮れない。すぐに願いを聞いて下さらなくても、根気強く私に一番相応しいお相手を探してくださったに違いない。何の努力もしなくてもいいお相手を。




 実は公爵様は、オーバーサイズ令嬢がお好みなのである。アンリ公子のお母様もオーバーサイズだったそうだ。




 それはいい。それはいいが、私は最近体が重くてならない。乗馬なんかしたら、馬がつぶれてしまいそうで、可哀そうで出来ない。馬車に乗るのも申し訳ない。何だか、椅子まで気の毒に思える時もある。




 公爵様は優しい。このサイズの私がお好みなのだから、彼はそれでもいいだろう。




 だが、私は本当にこのままでいいのだろうか?




 でも……公爵家の料理は今日も、抜群に美味しいのである。






 完

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― 新着の感想 ―
[良い点] すらすら読めて、面白いです! 令嬢の一人称ですが、違和感のない語り口が素晴らしいと思います。 [気になる点] 読後に背筋が、冷えたこと。 もしやこれは…ホラーなのでは…?
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