マーサット社 5号棟 開発本部長室 『在室』
「松宮くーん、もう週刊██読んだ?」と挨拶もなく、唐突に入室してきている三沢専務。
「就業時間中なんですが」
「あなただってこないだ就業時間中に、皆を集めたじゃない?」
「あれは、取材対応の関係者には情報共有を急いだ方が良いかと……」
「で、読んだの?」
「読みましたよ。PPCの浅間さんが見せてくれましたので」
「どう思った?」
「特に曲解されることもなく、取材通りの内容だと思いましたが?」
三沢専務はゆっくりと首を二度横に振った。
「相変わらず自分が興味のないことは深く考えないのね。巻き込まれた以上、そんなんじゃダメよ」
それだけ言うと、来たとき同様、唐突に去っていった。
あんたがそれを言うか?という気もするが、考えてみるか。
週刊██にまず普通の紹介記事が載って何が悪い?載らなかった背景の『あんな話』は、週刊██への情報提供者から始まっている。提供された情報は、川島の評判を落とす内容だ。情報提供は川島の新党が立ち上がった直後、あるいは川島が██党を離党した後に行われた。
ここで、情報提供者は川島の動きを快く思わない勢力の差し金で動いた、と仮定してみよう。
すると、情報提供を受けたはずの週刊██が、提供された情報をネタにせず、ごく普通に新党の紹介記事を載せたことは、情報提供者とその背後に居る何者かの思惑を外したことになる。
――なるほど、背後に居る何者かが動き出すかもしれないってことか――
春川記者はその動きを摑もうとしているのかもしれない。
それはともかく、その背後の何者かが人を派遣して、川島の動きを見張ってたりしないと良いなあ。私、川島の居るところまで直接出向いてしまったからなあ。あの後自宅に帰ったが、我が家はごく普通の一戸建てで、表札も掲げてある。尾行していれば名前まで把握できることになる。翌朝出社する私を尾行していれば、会社名も把握できる。人名と勤務先が判ってしまえば、私がどういう人間かも調べが付くだろう。何せあの伊藤さんも似たようなことやったらしいからな。
――三沢専務の言う『巻き込まれた』ってそういう意味か?――
拉致とか始末とかされるなんてことはないだろうな……。そういうリスクがあるのは、春川記者の方であって、私の方には……。
ああ、私がきっかけになって色々動いてしまっているな、事態が。見方によっては邪魔な存在だ。杞憂で済めば後で笑い飛ばすとして、今は慎重に構えておくべきか……。