マーサット社 5号棟 E201実験室 『AICのアジト』
AICのアジトのドアを開けると、佐々木が私の入室に気付いて声をかけてきた。
「教授!例の検証、順調ですよ」
「こういうのは順調も不調もないですよ。どれだけ深くできるかの問題です」
「そう言われると、まだ始めたばっかりですね」
「今どういう段階?」
「学習中です」
「教材は?」
「とりあえず██新聞電子版を」
「██だけだと判断が偏ります。せめて全国紙全てを読み通すぐらいはしないと」
「そうですね。購読手配かけておきます」
「それはさておき――」
と私は集まってきた一同の顔を見渡しながら続けた。
「今回のコレ、大石さんにバレてるようです」
「ああ、それで」と佐々木は納得したような顔をした。
「社内業務用とは別のホストを、割り当てていただきました。なのでフルパワーでぶん回してます」
「妙に厚遇しますね……。少しきな臭いな」
「きな臭い?」
「前回の本部長会議で大石さんが、『ビッグビジネスの匂いがする』とか言ってて」
「え?コレをビジネスですか?いやあ、そうは思えませんが……」
「あと『気を付けといてくれ』とも言われました」
「何をでしょう?セキュリティならいつも通り、気を付けていますよ?さらにアダムにガードしてもらってるし」
「環境はね。怖いのはヒューミントかな。当面この件は社外で、いやサークルの外で口外しないようにしましょう」
「承知しました」
佐々木の言葉に全員が頷いた。
「あと、大石さんはこの件を議事録で知ったそうなので、記録方面は私の方で手を打っておきます」
「今後は議事録、切っておきましょうか?」
「███じゃあるまいし、隠蔽しろと言ってるわけではなく、漏洩に気を付けようと言ってるんです。現場の活動は今まで通り。議事録の方は、閲覧権限を上げるとか何とかしておきます」
「分かりました」
社内の殆どの会議室およびいくつかの特定目的室では、室内で交わされた会話をコンピューターが文字に起こし、声色から発言者が誰なのかを判断し、人名を添えて自動記録するという仕組みが、臨場感溢れる議事録をお届けする(要約・詳細・全文の表示切り替え機能付き)。マジメな会議の時には便利なシステムだが、こういうときはどうだろう。
いや、こういうときだからこそ、透明性ある記録を残しておくべきだろう。