マーサット社 本館 社長室 『打ち合わせ中』
「――ということで、アイザックに割り当てる記憶容量の定期的増強が必要となりました」
「分かりました。必要時に『アイザック用』として申請するように伝えてください」
と大石社長も気前が良い。
「ねえ、松宮くん。そこまでするくらいなら、今更だけど――」
「ダメです」
何故か私について来ていた三沢専務が口を挟んできたので、迅速に対処しておいた。
「まだ何も言ってないのにー……」
「恐らくこんなことを仰りたいのでしょう。『メディアの報道記事を日々取り込むなら、個々の記事が取り上げている問題の中から、最も実害の大きなものの解決を促すよう出力すれば、「全自動提案機」になるじゃないの』と――」
「……その通りよ。何でダメなの?」
「それでは同じメディア情報に接しているコンピューターが、いずれも同じ結論を出します。政党政治が意味を失うことになるでしょう。どの問題を解決するのかは、人間が選ぶべきです。問題の列挙ぐらいならしても良いですが、その場合も個々の問題の評価値を出してはいけません。評価値の大きなものを選ぶように人間が誘導されますから」
「そう……、唯一神と化したアイザックが、全世界の政治を支配するのを邪魔立てする気ね?」
「はい」
「ちぇー」
「油断も隙もなりませんね、三沢さん。まあ、将来への警告と受け取っておきますよ」
と大石社長は笑った。
そうだ。確かにこれは『警告』だ。こと科学技術に関しては、三沢専務ほど先を見通せる人物を私は他に知らない。しかも三沢専務の『冗談』は、評価関数をちょっと入れ替えるだけで簡単に実現できてしまう。何せ私が事前に思いついていたくらいだ。ううむ、コアの保護を厳重にしなければならないな。
などと考えつつ、三沢専務に目を向けると、まだ何か悔しそうに見える。いや、『冗談』だったんですよね?さっきの。