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機械制民主主義  作者: 志賀 謙
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23/110

マーサット社 5号棟 E201実験室 『AICのアジト』

 大型モニター上のアイザックの映像が急にアダムに切り替わったので、(なに)かと思っていたら

「松宮居る?居るわよね」

 と河合が入ってきた。そりゃ社員が社員証を携帯している限り、社内のどこに誰が居るか判る仕組みだが……、なるほど、『部外者』の侵入を検知してアイザックは引っ込んだんだな。

(なん)だ?」

「ごめんなさいは?」

「ごめんなさあい……」

「二度とやるんじゃないわよ!」

 バレたな。()()()は里見さんだろう。いち早く謝罪したのでこれで終わりそうだ。内心やれやれと思っていると、佐々木が口を挟んだ。

(なん)です?今の圧縮プロトコルは?」

 バカ、掘り下げるな!河合の怒りが再燃するだろ。と思ったがもう遅い。

「コイツはね、港北大学の講演で、私のことをあることないこと言ったのよ」

「いや、ないことを言っては……」

(なに)?」

(なん)でもないですう……」

「ああ、講演ってこないだの」

 私の願いも虚しく、佐々木は掘り下げるのを()めない。

「そう。先方にも悪影響が出てるわ。コイツがね、質疑で当てて欲しければ仮装してこいとか言ったらしくて、ウチ志望の学生さん達が仮装して聴講に来るようになっちゃったとか」

「いや、『仮装』とは言って……」

 (にら)まれたので黙ることにした。

「録画を手に入れたんだけど、画像解析するとか言って、人事部が喜んで持ってったわ」

「なるほど、ウチ志望の人数が把握できるようにですね。さすがです、教授」

 と感心して見せる佐々木に、私は『違う違う』と首を小刻みに振って見せたが、通じたかどうか……。

「さて、言うべきことは言ったし――」

 と河合は、空いていた私の隣の席に座った。おいおい、ここに居座る気か?

「いや、『部外者』がここに居るとセキュリティーロックが掛かって、話が進まなくなるんだが」

「じゃあ、私もAICに入るわ。それなら『部外者』扱いされなくなるんでしょ?」

「経営本部長が?ウチに?」と驚く佐々木。

(なに)?本部長職は入会できないとでも言うの?そこに開発本部長が居るわよね?」と顎で私を指す河合。

「いや、職制の問題ではなく、職種として向き不向きが……」と弱々しく(あらが)う佐々木。

「サークルの入会規定に、入会希望者を職種で差別するなんてあった?」

「そのようなことは決して……」

「しっかりしなさい!佐々木さん。支配(r u l e)されかかってますよ」

 私の声に佐々木は救いを見つけたような顔を向け、河合は倒すべき敵を見つけたような顔を向けてきた。……仕方がない。

「河合経営本部長。当サークルは現在、セキュリティーレベルの高い案件を扱っており、現時点での新規入会には制限がかかっています」

「確かに一時的な制限をかけられると、入会規定にあります。ただし、それは社長の認可があれば除外される、ともありますよね」

「え?」

「アダム!」

『イエス、マム』

 彼女の呼びかけに大型モニターの中のアダムが応えた。何?『イエス、マム』って応えさせてるの?

「私は今回の件でAICに参加するよう、社長の要請を受けてこの場に来ました。そうですよね?」

『イエス、マム。その通りです』

「その証拠として、この件に関する社長の(こと)(づて)がありますよね。再生してください」

『イエス、マム』

 映像が切り替わり、社長席に座っている大石社長が、右手の手刀で『すまん』と身振りで表し、肩をすくめてから、両手を合わせて軽く頭を下げた。終始無言だった。苦笑していたが。

 再生が終わり、無表情なアダムの映像に戻った。静まり返る室内。

「お前、社長を脅したな!」

「脅してなんかないもん!必要性を訴えただけよ!」

「……」

「……」

 (にら)み合う我々の(こう)(ちゃく)状態を悟ったか、佐々木がおずおずと口を挟んだ。

「あのー、そういうことでしたら入会を拒む理由はありませんので、入会手続きを始めようかと思うのですが……」

「お願いします」と()い笑顔を見せる河合。

「……」無言で苦々しく(うなず)く私。

 佐々木は(うなず)き返し、モニターに向かって呼びかけた。

「アダム」

『はい』

「AICの(おさ)()()()弘和(ひろかず)の名に()いて、ここに()す経営本部・本部長・(かわ)()()(ゆき)を、我等の同志として迎えることを宣言する」

(あり)(がた)き幸せ」

『入会宣言のシークェンスを確認。登録完了しました』

 一言でも言い誤ると登録に失敗すると言われている『入会宣言』を、佐々木は何とか間違えずに言い切った。しかし、この宣言、どうにかならんかな。中世の秘密結社か(なん)かか?その割にはアダムの返答が事務的だ。今、画面上では『Welcome to AIC, Ms. KAWAI Miyuki!』という文字列の上に紙吹雪が舞っているが。

「では、これで私も(みな)さんのお仲間ですね。新参者に教えてくださる?皆さんは今何をやっているところかしら?」

 誰が答えるのか視線での譲り合いが短くも激しく繰り広げられた(のち)、サークルの代表たる佐々木が口を開いた。

「何を考えてもらうか、(みんな)で考えていたところです」

「ちょっと何言ってるのか解んないんだけど?」

 佐々木が私を見た。その眼には『私では手に負えません』という強い意志が込められていた。いや、今のは君の説明が悪いんだろ。……仕方がない。

「アイザックの――あー、『アイザック』というのはこの実験の担当な。そのアイザックのストックが十分出(そろ)った――つまり判断材料の準備が整ったので、何を判断してもらうかを、(みんな)で話し合っていたところだ」

 門外漢への説明は難しい。その説明の相手は()(げん)な顔をしていた。

「え、自動で(なに)かを判断するんじゃないの?」

「違う。具体的に『これこれの判断をしろ』と命じて初めて、判断は行われるんだ」

「コンピューターでやってるんだから、自動化されてたりしないの?」

「コンピューターだからだ。コンピューター自らに『あれをやりたい』だの『これをやりたい』だの、希望や欲求はないんだ」

「……」

「『(なに)かをどうかしたい』という欲は人間にこそある。だから、人間がその欲をインプットする必要がある」

「……」

「エンジンは政治判断用に調整されていて、判断材料は主に国内事情をストックしている。なので、ここで選べるのは国内政治のテーマだけだ」

「……」

「聞いてるのか?」

「聞いてるわよ。ちょっと頭の中で整理に時間がかかってるだけ」

 うるさそうに言い返してから、彼女は沈黙した。その沈黙に室内の(みな)が付き合わされた。今まさにこの部屋の中の空気は彼女に支配されて……

「じゃあ、『あなたをどう国内政治に使うのがいちばん()いか』って()いてみるとか?」

 この意外な言い分に一同は驚いた表情を見せた。

 その(のち)、佐々木が首を横に振った。

「判断内容が抽象的過ぎます。取り扱いは無理でしょう。できれば――」

「いや、待ってください」

 と私は遮った。

「『()い』というのをどういう評価基準で行うか具体化すれば、判断が成立する可能性はあります。評価関数に直接手を入れて、判断条件を組み込んでしまうんです」

 室内の全員が再び驚いた表情で私を見る。河合本人がいちばん驚いた顔をしていた。

「そんなことをしたら、汎用性が失われますが……」と佐々木がもっともな疑問を口にした。

「もちろん、この判断が済んだら元に戻します」

「……なるほど、我々が考えるより、その裏ワザでやっつけた(ほう)が早そうですね」

「ダメ元です。ちょっと検討してみませんか?」

「はい!」とか「ええ!」とか力強い賛同の言葉が返り、具体的な検討が始まった。


 専門家同士の会話を、門外漢の新参者はきょとんとした顔で眺めていた。モニター画面ではまだ『Welcome to AIC, Ms. KAWAI Miyuki!』の上に紙吹雪が舞っていた。

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