マーサット社 5号棟 E201実験室 『AICのアジト』
AIC: Artificial Intelligence Circleは、AIで遊ぶことを目的に設立されたサークルで、『社内公式サークル登録委員会』の帳簿によると、社内で最初に創設されたサークルということになっている。昔、私が同好の士を集めて定時後に開催していたリモートの勉強会が発端で、社内報に載ったその活動を当時の社長が面白がり、賃金は発生しないが社内設備はタダで使え、その気になれば多少の年間予算も降りる、という活動に仕立てられたのが、当社名物『サークル』という団体活動だ。
AICのアジトになっている部屋は、本来は開発中の製品などを色々試すための実験室だったはずだが、その実験室のドアの脇の予約表示ユニットは、使用者や使用目的を示すための表示欄が、『AICのアジト』と固定されたままになって久しい。そのドアを開けると、AICの一同が私の入室に気付いて声をかけてきた。
「教授!」
「お久しぶりです、教授」
「ようこそ我らがアジトへ」
「いや、元々教授のアジトですって、ここ」
口々に歓迎の言葉をかけてくる一同の間から、サークル代表の佐々木が前に出てきた。
「ようこそ、教授。お見えになったということは、考えてくださったんですね、例の件」
「考えては来ましたよ、うん」
私の言い方に否定的なニュアンスを感じたのだろう。
「まずはお話を伺えませんか?」
と私に椅子を勧め、自らも座る佐々木。それを見て一同も、並べられたテイブルの席に着く。
「皆さんもお聞き及びかもしれませんが、『例の件』とは、先日佐々木さんと呑んでいた際に話題に挙がったこういう仮説のことです」
私は自分のタブレットを操作して、部屋の大型モニターに例の『仮説』を映し出した。
1.大半の与党議員は、権力の維持を目的に動く。
2.大半の野党議員は、立場の維持を目的に動く。
3.大半の投票者は、利益が見込める候補に投票する。
4.利益が見込めない有権者は、あまり投票に行かない。
無言で何度も頷く者、唸るような声を漏らす者、何かを期待するように笑みをこぼす者――。
反応は様々だったが、皆一様に私の次の言葉を待っている。
「一つにまとめると『大半の政治関係者は政治より己が利益を優先する』ということになりますかね。この『仮説』を理論的に否定したい、というのが佐々木さんのご希望ですが……」
勿体つけてここで言葉を区切る。身動ぎもしない一同。
「苦労の割には、面白くもない結果に終わることが予想されます」
無言で深く頷く者、唸るような声を漏らす者、途端に無表情に戻る者――。
「そこで――」
勿体つけてここでまた一拍挟む。
「あ、そういえば皆さん、最近の活動は忙しいんですか?」
身体を動かして『コケた』を表現してくれる者が複数居て、ちょっと気分が良い。
「展示会出品のカタが付いたので今ちょうど次のテーマを探していたところです」
佐々木が早口で答えた。
「展示会は会社の業務ですからねえ。サークル活動を業務に使われてしまっているような――」
「それは良いですから早く続きを」
「先ほどの『仮説』は、関係者それぞれに利己的な欲がある、という前提で立てられたものです」
深く頷く一同。
「なので、全く『欲』というものがない存在に政治判断をさせてみるとどうなるか、というテーマで遊んでみるのはいかがでしょう?」