バー「イネフィシェント」 カウンター席
「結局、マジメに政治をやっている政治家なんか存在しないんですよ!」
少しばかり大きくなり過ぎたその声を受けて、私は窘めざるを得なかった。
「いいかげん、政治をネタに愚痴をこぼすのは止めませんか?酒がまずくなります」
「ですが……」
「どうしても政治をネタにしたいのなら、愚痴をこぼすのではなく、科学的に考察してみては?」
「考察?」
「その方がまだ建設的というものでしょう」
「はあ」
「では、御説の通り、マジメに政治をやっている政治家なんか、存在しないのだと仮定しましょう」
言いながら私は鞄からタブレットを取り出した。
「はい、教授」
「そうなっている原因は何なのかを考えてみましょうか」
手早く文字列を打ち込む。
「政治をしないのなら、政治家とは何を目的に動いている存在なのか――」
タブレットを見せる。
・大半の政治家は、権力の維持を目的に動く。
「――という仮説を立ててみたとしましょう。こうだとすると、政治家にはマジメに政治をやる理由はないことになります」
「なるほど……。そもそも理由がない、と」
「仮に政治をやっているように見える場合があったとしても、そう見せかけることが権力の維持のために必要な場合、だと見做します。あるいは政策や立法が、権力の維持に必要な方向性を持っている、そういう場合だと考えます」
「ああ、そういうことですか」
「人の行動には大抵理由があるものです。行動するならそうする理由があるから、行動しないのならそうする理由がないから、と考えてみるのが科学的なアプローチというものでしょう」
「確かに」
「ただ、この仮説は甘いですね。実際には、権力に与れない政治家というものも存在します」
「野党議員のことですか?」
「その通り」
「確かに、野党の連中と来たら、国会でわーわー言ってるだけの存在ですからね」
「では、仮説の対象を細分化してみましょうか――」
私はタブレットの文字列を編集した。
・大半の与党議員は、権力の維持を目的に動く。
・大半の野党議員は、立場の維持を目的に動く。
「――と、与野党に分けてみましょう。ここで加えた野党は先ほどのご指摘通り、他人のやっていることにケチを付けるだけの簡単なお仕事です。その割には給料が良い。一度味を占めると、そう簡単には辞められないでしょう」
「そうですね。仰る通りです」
「こう考えると、与野党いずれの側も、議員であり続けることが最優先になります。政治なんかやっている場合じゃありません」
「それっぽいことを言って政治家をディスってるだけ、という気もしないでもないですが、状況はよく説明できているように思います。というかこれ、仮説じゃなくて事実じゃないですかね?」
「事実であるとは証明されていません。ここは仮説としておくのが科学的なスタンスというものです」
「何か急に冷静になりましたね」
「しかしこれは、科学的な『仮説』として一般的ではありません。どこが一般的ではないのか判りますか?」
「悪意があるとこですか?」
「その通り。じゃなくて、この『仮説』は『大半の』という条件を付けています。一般的な『仮説』なら『全ての』とすべきでしょう」
「確かに」
「しかし、この『仮説』の前提には『民主主義』というものがあります。『大半』が取れれば成立してしまうんですよ」
「なるほど!」
「では、何故政治活動を目的としていない政治家が、大半を取れるのかと考えると――」
付け加えてタブレットに打ち込む。
・大半の投票者は、利益が見込める候補に投票する。
「――と仮定してみましょうか。投票者の地元、あるいは投票者の所属団体への利益を誘導する、または誘導すると見せかけている候補が優位に立つ。こういう議員が成立するのは、こういう投票者によるところが大きい、と」
「議員ばかりの問題ではない、と」
「その通り。そして――」
さらにタブレットの文字列を加える。
・利益が見込めない有権者は、あまり投票に行かない。
「――利益享受に与れない有権者はあまり選挙に行きません。それは投票率が物語っています。その結果、候補は大半を取る必要すらありません。統計上必要な最低限の集票組織を作ってしまえば、それで議員となることができます。難点は、集票組織の維持にカネがかかることぐらいでしょう」
「結局カネですか……」
「ということで、この国民と議員の組み合わせでは、正しい『民主主義』政治は成立しないことになります。観測された事実と矛盾していないので、この『仮説』の否定材料はないのが現状です。では、本日の講義はここまで」
きりっとした顔で言い放ってから私は笑った。
「ははは……ん?」
「笑えませんよ、教授。それっぽ過ぎます」
「いや、こういうのはそれっぽくやるのが良いのであって……」
「お陰様で余計に気分が暗くなりましたよ。その『仮説』って、きっちり理論的に否定できないんですか?」
「そうですねえ……。この『仮説』では、それぞれの利己的な欲がある要素だけで『民主主義』を構成しようとするから、こうなるわけです。なので、そういう動機がない要素で過半数を構成できると証明すれば、否定できることになりますね、理論的には」
「その要素って、例えばウチのアダムとかですか?」
「その話はまた今度にしましょう。そろそろ終電です。帰るとしましょう」
酒の席の与太話だったので、バーカウンターの少し離れた席で我々のやり取りを聞いていた人物が居たことに、私は注意を払っていなかった。