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5.商人を名乗る少女

(………………あれ……私、生きてるの?)


驚く程に私の記憶はしっかりとしていた。

ギガント・アイスベアーの攻撃が直撃して

腹部に甚大なダメージを負っていた筈だ。

その上でつらら雨に何箇所も……何箇所も貫かれた。

身体に巡る魔力であの時受けた負傷が

如何に酷いものだったのか……

内臓の損傷がどこまで達していたのかは大体把握していた。


助かる筈の無い重傷を負ったまま

底の見えないクレバスに落下した。

その上で気を失っていたのだから

追加でつらら雨にも晒された筈……

自分で言いたくないけど生きている方が不自然だ。


少し軽くなった瞼をゆっくりと開いてみる。

私が倒れている場所は赤黒く染まっている

……多分私の血だ。


(何でこれだけ出血して生きてるの……?)


ローブを含む服にすら血の痕が残っている。

しかし奇妙な事にボロボロになっていた筈のそれらは

綺麗さっぱり穴が塞がれ、ほつれた所も無くなっていた。


ふと、視界に妙なものが映り込んだ。

花弁の縁が金色に輝く青い花だ。

その特徴的でよく目立つ色合いの花は

私達が生きるこの世界において “最もありふれた花” だ。


「ラソの花……? こんな所にも咲いてるなんて……」


世界中何処でも咲いているとまで言われてはいるが

地上の地獄と称される場所にまで咲いているなんて話は

聞いた事がない。

何より、この場所で普通の植物が根を下ろして

花を咲かせるのは無理がある。

ラソの花は魔草ではなくカテゴリー上は

普通の植物である筈だ。

……ならどうやって?


私は自身の身体が “完治” している事にも気付かないまま

ラソの花に触れようとした。


「目を覚ましたんだね」


「え……?」


不意に左隣から優しい女性の声がした。

北獄においてそれはほぼあり得ない現象であった。

私は驚いて左側を見た。

そこには、私より少しばかり背が高いくらいの

少女がいたのだ。


光の粒子を散らす黄金の髪、神秘の宝石たる

紅竜玉すらも霞む鮮やかな赤をした眼、

ラソの花を彷彿とさせる色合いのローブ。

少女はあのシルヴァですら平凡な程度にまで堕とす程の

美貌を持ち、この世界にあるどんなものよりも

整った顔立ちをしていた。


あってはならない……こんなに整った存在は

決してあってはならない。

初めて彼女を見た時に得た感情はまさにこれだ。


何故か輪郭がブレて見えるが

その異常すらも気にならない程の存在感。

魔力を全く感じられず、

北獄にしては非常に薄着をしている所からも

この少女が何もかもおかしいものであると言う

答えにしか結びつかない。


「あの……貴方は一体……」


「あー……まぁいきなり声をかけられても

お前誰って感じだよね。

私はアゲハ 旅の商人だよ」


アゲハと名乗る少女は何処からか巨大な絨毯を取り出すと

それを丁寧に敷いて見せた。

アゲハは絨毯の真ん中に座ると

こちらを見上げるような姿勢のまま口を開いた。


「まず、どうしてサンが生きているのか……

その単純な経緯から説明して行こうか」


「私の名前……何で知ってるの?」


アゲハには名乗った覚えが無いのに

何故か私の名を知っていた。


「何でも知っているよ、私は “商人” だからね。

大丈夫、私は全てを知っている。

サンが考えていた事も、考えている事も、

考える事ですら……その全てを私はもう知っているんだよ」


疑問は尽きなかったが、最早何から質問して良いのかすら

分からなくなっていた。

それすらも理解しているかのようにアゲハは言葉を紡ぐ。


「まず、サンが助かった原因についてだけど

……運が良かったとしか言えないね。

このクレバスは形が複雑だから

つらら雨が底まで届かないんだ。

そんな場所に “偶々” 私がいたんだよ」


私は自分の負傷が完治している事にようやく気付いた。

身体中を手で触って確認し、動かして確認し……

どこにも異常は見られない。


「これを……アゲハさんが?」


アゲハは首を縦に振る。


「最初は介入する気なんて無かったんだけど……

ちょっと事情が変わってね」


「見返り……ですか?」


アゲハの紡ぐ言葉は単純なものではなかったが

何故かその言葉ひとつひとつが不思議なくらい

スルスルと耳に入っていく。

答えも恐らく誘導されているのだろう

……アゲハはただ首を縦に振る。


「まず、サンにはここで買い物をしてもらう。

ただしお金での取引はしない。

私がサンの為に提示したものを受け取って

その見返りとして私の頼まれ事を2つ聞いて貰いたい」


自分に何の利益があるのかを考えようとしたが

そもそもこれは命を助けてくれた事への見返りだ。

私は口から出そうになった言葉を急いで引っ込めたが

それすらもアゲハにとって掌の上でしか無かったようだ。


「ちなみに、これはサンにとって

とても利益のある取引になるからそこは安心して欲しい。

ゴミを渡すつもりなんて無いよ」


アゲハの側にはいつの間にか色々な物品が置かれていた。

アゲハから目を逸らしたつもりは無かったにも関わらず

何が起きているのか全く分からなかった。

……それと同時に、この場に並ぶ

“商品” の異様な魅力に強く惹かれていた。


「私から提示するのはこの3つだよ」


再び商品が音も無く切り替わる。

商品の方を意識して見ていた筈なのに

切り替わる瞬間が全く見えない。


「……これ、ビャクヤの花ですか?」


私はまず左の商品についての質問をした。

ビャクヤの花みたいに見えるけど……色が違う。

夜空を溶かしたような黒いビャクヤの花とは対照的に

花、葉、茎に至るまで真っ白だった。


「これはキョクヤの花。

ビャクヤの花の変異種にあたる魔物であり

まだ誰にも発見されていない代物だよ」


「誰にも……? じゃあここに並んでいるのは

どうしてですか?」


「君が今発見者になったからだよ」


言葉の意味は分からなかったが

アゲハは楽しそうにあっさりと答えて見せた。


「ビャクヤの花は諦めた方が良い。

次にサンがあの場に姿を見せた時、

君は生きて帰って来れなったかもしれない」


「……どう言う意味ですか?」


「ビャクヤの花が咲く場所の近くには低い確率だけど

S級魔物 “氷星の騎士” がいるからね。

サンが見つけた場所は正にその “低い確率側” だよ。

何しろあれは氷星の騎士が手塩にかけて育てているものだ。

つらら雨が降り、噴氷まで起きたのは

ある意味幸運だったと言わざるを得ないよ。

とは言え、もうそれについては解決済み。

君を襲う脅威はこれとは別物さ」


「S級……ん? 解決済み? 別物?」


何かまた妙な事を言われた気がするが

最早考えても無駄だろう。

それよりもS級だ。


S級以上に区分されている魔物は本当にレベルが違う。

あの巨熊でお手玉するような連中だから絶対に近づくなと

オオカミにも念押しされていた。

S級……それすらも遥かに超越した古の魔物である

ウルティオニスフレイムを倒さんとする限り

いずれは通る道だったとしても今はぶつかるべきじゃない。


「まだ私は貴方の事をイマイチ信用出来ません……

なのでこれはただの保身です。

万が一を考えてビャクヤの花からは手を引きます」


「うん、それで良いよ。

警戒を怠らない事。

……ちゃんとオオカミの教えは守っているね」


警戒を怠らない事。

これは確かにオオカミから

耳にタコが出来るくらい聞いた言葉だ。


「それに、これも強力な “魔法眼” を作れるからね

ビャクヤの花から作れる “忌避眼” とは

全く別物にはなってしまうけど

こっちの方が強力な魔法眼を作れるよ

道具なら貸すから取引が終わり次第

すぐに作ってしまうと良い。

熊相手にはソレが必要になる筈だ」


「……本当に何でも知っているんですね。

貴方、本当に何者なんですか?」


「色々知っているだけの商人だよ。

……それでは “駄目” かな?」


問う言葉には逆らう事が出来ない程の圧迫感は無かった。

しかし、その言葉には従わなくてはならないと言う

妙な思考ばかりが脳を包み込む。


「そんな筈……はぁ、もう良いです。

道具は有り難くお借りします」


先程までキョクヤの花が置かれていた場所には

いつの間にか魔法眼を作るために必要な道具が

置かれていた。

すり潰す器具、粉末にした花を特殊な液体に混ぜる器具、

そして、角膜を覆う程小さい透明な丸い紙。

本格的に魔法眼を作る道具を見るのは初めてだ。


「使い方も後で教えるからね。

大丈夫、失敗はないよ」


「……そうですか。

それで、残りの2つは何ですか?」


私が受け取る商品は残り2つ。

そのどちらにも夜空を落としたかのような色をした

不思議な布が被されていた。


「そうだね……一応、急いであげた方が良いか。

あんまりここに尺を使うのも

“あの子” は意図していない筈だからね」


「……尺?」


「あぁごめんごめん、こっちの話だよ」


アゲハはサンの都合に合わせない “意味不明” な事を呟くと

2つの布を一気に取り払った。

布は空間に溶けるように消えてしまい、

内側に隠されていた宝が姿を現す。


「キャン!」


「…………へ?」


狼……? いや違う。

白くて、現存するウルフ系の魔物とは

大きく異なる様相をしている小さな魔物。

シルエットは丸みを帯びていて

ふわふわの毛が雪のように輝いている。


丸いもふもふは小さな足を動かして私の足元まで近寄ると

そのままふわふわの身体を押し付けてきた。


「きゅー、きゅー!」


その生き物は甘えるような高い声を出すとつぶらな瞳で

私の顔をじっと見つめてきた。

私にとってあまりにもその全てが鮮烈だった。


「か……かわ……かわ……」


厚着のせいで足にはもふもふを感じられないが

つぶらな瞳が私を捉えて離さない。

一匹の小さな魔物はまるで私との出会いを

ずっと前から心待ちにしていたかのように

甘えるような声で “泣” いては嬉しそうに

丸い身体を擦り寄せてきた。


今思い返すと、私にとって初対面だった筈なのに

何故か泣きそうになったから

そう感じただけなのかとも思ったけど……

最期の時を迎えて私は確信した。

この子は待ち望んでいてくれていたんだって。



私は分厚い手袋を外してゆっくりと小さな魔物へと

手を伸ばした。

魔物は警戒する様子すら見せずに私の手を受け入れると

あっさりと持ち上げられた。

小さな手をバタつかせて抵抗する訳でも無く

ひたすらに安心した様子でこの手に抱かれ、

身を委ねるように目を閉じたのだ。


あり得ない程に心地良い手触り。

生殺与奪の権利をも私に預けた状態でありながら

何の抵抗も示さないこの生き物を見て

私の我慢もすぐに限界を迎えてしまった。


「か、可愛い!!!!! 何なんですかこの子は!!

可愛い!!!!!! 可愛い過ぎます!!!!!!」


私は堪らず頬を擦り寄せた。

暖かくて優しい感触が私の右頬を包み込む。

その様子をアゲハは何処か満足そうな顔で見ていた。

何処か狼系の魔物にも似た面影を残す魔物は

甘い声を出しながら私の頬擦りを受け入れる。


「こほん、すまないが今は少しでも

急いで欲しい状況なんだ。

後にして欲しい」


アゲハがそう言った途端、丸いふわふわの化身が

私の手から離れて足元へと移動した。


『僕に構って欲しいけどまずはこの人の話を聞いて!』


直感的にこの子が私にそう言っているかのように思えた。

私はアゲハの方へと向き直る。

アゲハは私に渡そうとしていた

2つ目の商品を手にしていた。

虹色に輝く大きな玉だ。


「それは何ですか?」


「これはマジックオーブと言って

魔法やそれに関連する技術を記録しておけるものだよ。

これを使えばどんな者でも

記録されているものを習得出来る」


「な……何ですかその国宝級のマジックアイテムは?!」


見た事も聞いた事も無いソレは

確かに只ならない雰囲気を放っていた。

しかし、どうやらアゲハが私に渡そうとしているものは

この有難いマジックアイテムでは無いらしい。


「これに記録されているのは

今から35000年以上前に失われてしまった技術

多重魔法理論マルチアクション” 」


「マルチアクション?」


聞いた事すら無い魔法だ……いや、そもそも魔法なのか?

私はアゲハとの会話に集中する。


「この中には、魔力的技術や魔力の練度を大幅に向上させ

“同時に複数種類の魔法が発動出来るようになる特殊技術”

が記録されている」


「…………冗談ですよね?」


それは……あまりにも現実離れした話だった。

高度な魔法は複数の魔法を複合させて

発動するケースこそあるが

これは “複数の魔法的構築式を合わせて

一種類の魔法を発動している”

ものであって根本的に理屈が違う。

似たような事は出来るのかも知れないが、

きっとそれにしても従来の魔法からは

外れた理論を持つ事になる筈だ。


人の脳は1つしか無い。 手も2つ、足も2つ……

それでも100%動かし切れる人はまずいない。

つまり、同時に行える動作にも限界があると言う事だ。


別々の効果を持つ魔法を同時に発動させる事は

例えるなら……右手で文字を書きながら同時に

両手でナイフとフォークが必要な料理を食べて

その上でどちらも一瞬たりとも失速させず

スムーズに執り行うと言ったものに近い。


まず、これを行うにしても腕が足りないだろう。

物理的に無理だ。


このように不可能とする意見が現代における常識であり

あの四獄姫達ですらも

タイムラグ有りなら魔法を維持しながら

他の魔法を扱うことは出来るが

同時発動の境地には触る事すら叶わない。


そんなものが、突然目の前にあると言われた。

信じられないのは当然だろう……



しかしアゲハはやや疑心暗鬼に陥る私など

気にする様子も見せず

私のおでこを左手の人差し指で触れた。


「大丈夫、安心して……すぐに理解できるからね」


アゲハは私に笑いかけると、

右手に持つオーブへと意識を集中させた。

アゲハの様子が変わり、空気が張り詰める。

私はその光景を前に思わず息を呑んだ。

オーブの内側に溜まる虹色の光が

帯のように伸びて右手を伝っていき

左手へと移動していく……そして、

私に触れている指先から私へと光が流れ込む。


その瞬間、気付くと私の精神は別の場所にいた。

まるで膨大な情報が川のように流れているその場所において

私は全ての情報を瞬時に “理解” していく。


体感した事のない急激な情報の吸収により

激しく頭痛を起こす。

私は少しふらつきながらも辛うじて体勢を維持して

倒れずに済んだ。

僅か一瞬、刹那の出来事だった。

目の前に広がる光景は見覚えのある

白々とした雪と氷の景色ばかり

あの情報の渦に何百年もいたかのように感じたものだが

瞬きする暇すら無い程に

短い時間での出来事だった事を知った。


頭痛は既に無く、むしろ頭は冴えている。

……そして実感する。

今まで不可能だと思われていたソレを

私は使うことができる。


左手と右手に別々の意識を集中させる。

そして、手の中に広がる小さな魔法を見て

胸の高鳴りが激しくなるのを感じた。


左手には太陽の魔法、

右手には氷の魔法が確かに発動していた。

本来共存する筈のない現象は

左手の上では小さな火花が無数に弾ける現象

右手の上では雪の結晶と

絶えない冷気として具現化していた。


「どう? 凄いでしょ?」


「…………言葉が出ません」


感動と興奮、私の心を掴んで離さない熱は

大きな脈動となって解き放たれた。

魔法……いや、魔力自体が物凄く扱いやすくなっている。

身体を巡る魔力の流れが先程までと全く違う。

……これはもう、魔女としての在り方そのものが

変わってしまっている。


これなら……突破口が開いたかも知れない。

私はどん底にいた状況から微かな希望を見出した。




-2日前-



サンが姿を消してから既に “2日” が経とうとしていた。

俺には魔力を感知する才は無い。

精々自身に向けられる殺気や、近くにいる生命の息吹を

感じ取るのが関の山と言うものだ。


俺は周囲を注意深く観察しながら

サンが飛んで行った方角へと歩み続けている。

幾ら俺でも不安定な雪と氷の足場ではあの速度で移動する

娘を捉える事などできる筈も無い。

悔いる事ばかりだ……もうサンは死んでいるかも知れない。

そんな考えばかりが脳裏を通過して行く。


「はぁ……出てこい。

こう何時間も背後に付き纏われては気持ちが悪い」


俺は自分の後方40mくらいの場所にある

氷柱へと話しかけた。

殺気……と言うには少し混ざり物がある視線。

間違いなくただの魔物から発されているものでは無い。


読みが当たったと言うべきか、

氷柱の影からソイツは姿を見せた。

全身が透き通った氷のような鎧で出来た

動く女性型の甲冑……

手に携える剣すらも透けているが、

それでいて重厚感のある佇まい。


「お前…… “氷星の騎士” か。

聞いていた話より随分と強そうだな」


直感で理解出来た……コイツはS級の魔物なんて

可愛らしいものではない。

間違いなくそれよりも格上の……そう、

少なく見積もってもSSS級の魔物。


氷星の騎士に出会ったのは初めてだったが、

まさか北獄にこのレベルの魔物がいるとは

思ってもいなかった。

やれやれ…… “逸話級” とまでは言わないにしろ

果たしてこれを放置しておいて良いものか……


「………… “氷星の騎士” ですか。

“キュケオーンの民” に、私はそう呼ばれているのですね」


「キュケオーン……? 何だそりゃ?」


参ったな……高い知性は持っているだろうとは思っていたが

まさか会話まで出来るのか……


「…………成程、長らく外界と隔絶されている間に

この言葉は通じないものとなっていたのですね」


俺と騎士が対峙した事で空気が変わったかのように

つらら雨が降り始める。

俺はつらら雨程度では傷1つ負う事は無いが

それは相手も同じらしい……


「人の身でありながらその強度。

やはり只者ではありませんね?

……申し訳ありませんが、そこを退いて頂きたい。

私の友人達を傷付けようとしたあの少女を

放置しておきたくは無い」


あの少女……友人達……?

何の話かは全く分からないが、

このうんざりするくらい真っ白な世界で

少女に該当する人物なんて1人しか知らない。


「お前、サンをどうするつもりだ?」


騎士はただ黙っている。

今のやり取りで何となくは理解出来たが

コイツは恐らく元人間だ。

ハッキリとした自我を持っているが

魔物に堕ちたせいで理性的な行動が難しくなっている。


今、この状態のコイツをサンに引き合わせてしまうのは

非常にまずい。


「そうか……悪いが退く事は出来ない。

だが、どうやらお前は

サンの居場所が分かるらしいな……?」


「その、サンと呼ばれる者が何なのかは存じ上げませんが

この場合……少女の名であると推察できますね。

つまり、心当たりがあるのですね」


魔物には魔力を感知する能力が必ず備わっている。

相手は理性こそ欠落しているが話は通じる相手……

なら、やり方は簡単だ。


力でねじ伏せて、屈服させて、

俺に逆らえないようにするしか無い。


騎士は静かに剣を構えた……美しい型だ。


「私の名はベガ かつてこの星の半分が氷だった時代に

三天騎士の1人に名を連ねた英傑の成れ果てだ」


「戦前に自己紹介とは酔狂な事を

……だが、正直嫌いではないな。

俺は……ヴォルガンドだ。

……訳あって今はオオカミと名乗っている」


何故かは分からないが俺は捨てた筈の名まで明かして

ベガに拳を向けた。

戦士としての意地か本能かは分からないが

祖国において “最強” を意味するその名を漏らしていた。


この名はかつて幾度の戦地をひっくり返した大英雄の名だ。

……今の俺に、それを名乗る価値があるのかは分からないが

きっと義理には義理で返したかったのだろう……



かくして、サンの預かり知らない所で

北獄における頂上対決が幕を開けた。

最初に踏み出したのはベガだった。


つらら雨が止まって見える程の速度で

オオカミへと詰め寄ると

オオカミの右肩から斜めへと剣を振り落とす。

熊とは比べるべくもない速さだ。

しかし、オオカミはそれをあっさりと

右手で受け流してしまう。


ベガは続けて8撃……しかしそれも全て

オオカミには届かない。

ベガは斬撃を更に重ねて行く。

周囲には斬撃による衝撃波で甚大な被害が出ていたが

互いにそれを気にする様子は見せない。

何しろこの場所は地盤がとても安定している……

少しくらい飛んだり跳ねたりする程度で崩れはしない。

オオカミはそこまで理解した上で彼女に声をかけていた。


秒間40以上もの凄まじい斬撃の嵐。

最早それは北獄が誇るどの災害をも上回る脅威であり

並大抵の者が受けられる筈も無いものだった。

その一撃が熊の二十撃にすら勝り

生じる音のみで周囲のつらら雨が砕け散る。


しかし、戦況が5秒……10秒と継続されていくうちに

少しずつベガの動きが遅くなっていく。


決して疲労している訳では無い。

ただ、ベガは力量差を前に圧倒されていた。


戦闘開始から僅か17秒、

ベガは手を止めてオオカミから距離を取った。


「驚きました……まさか私の攻撃を全て素手で

あっさりと止めてしまう程の強者が存在しているとは」


「……いや、お前こそ大したものだ。

完璧に防ぎ切れると思っていたんだが

まさか “一歩” 動かされるとは思わなかった」


雪煙に覆われる中、オオカミは無傷で姿を見せた。

剣は抜いた形跡すら無いと言うのに

ボロボロになっていたのはベガの剣のみ。


ベガは再び警戒を強めた。

しかし、その頃には既にオオカミは視界にいなかった。


ベガは魔力感知と勘で視覚より先に

オオカミの位置を把握した。

“真横” だ……真横から何か、

得体の知れない破壊力が押し寄せてくる。


ベガは咄嗟に右方向へと防御を固める。

しかし、それは無意味に終わった。

甲高い音が掻き消えるように重い爆発音に包まれる。

剣は粉々に砕け散り、今までに味わったことの無い

重たい衝撃がベガの横腹を叩いた。


「っ……!!!!」


ベガは理解した……ただ “殴られただけ” だったのだ。

たった1発の拳にベガは恐怖し、剣を粉砕され、

あり得ない速度で吹き飛ばされた。

一瞬前までベガが立っていた場所は

撃ち込まれた拳の衝撃で地形が変わってしまっている。

ベガはその様を300mも吹き飛ばされた先から見ていた。

腹には穴が空いたとまで錯覚する程の

強烈なダメージが残っており

痛覚の無い肉体が軋む感覚が人間だった頃には

常に感じていた種類の新鮮な恐怖を思い出させた。


気がつくと、ベガの前にはオオカミが立っていた。

ベガはオオカミの圧倒的な力を目の当たりにしながら

2日前の出来事を思い出していた。



-更に2日前 -



噴氷からビャクヤの花を守る為にベガは剣を振り下ろした。

ベガは氷を操る魔法を斬撃に乗せて噴氷を斬ったのだ。

それにより、安全地帯を作り上げたベガは

ビャクヤの花に欠損が無い事を確認して一安心した。


が、その時……ベガのすぐ側に

見覚えの無い少女がいる事に気付いた。

確かに、噴氷が来るまでは何もいなかった筈だ。

いくら安全地帯を作ったとは言え

噴氷の被害範囲内にあった筈の場所から

その少女はここまで移動してきた事になる。

ベガは何か覚えのある感情を得ていた。

忘れ去った筈の震えが手を支配していたのだ。


その少女はまるでこの世のものとは思えない美しさであり

ベガにすら一切の気配を感じさせなかった。


「何者ですか……?」


ベガはゆっくりと剣を少女へ向けた。

魔物になった事で様々な感情が欠落していたベガは

激しい感情を抱けない。

かつて無い存在を前にしても冷静でいられたのは

魔物になった事で得られた数少ない恩恵の1つだ。


「あぁごめんごめん、驚かせてしまったね。

私はアゲハと言う。

君にとって素晴らしい情報を持っているただの商人だよ」


「素晴らしい情報……?」


依然として剣は下ろせない。

ベガは自身の手が震えている事にも気付かず

ただアゲハを注視していた。


「ベガ、君はここから旅立ちたいんでしょ?

でも……その身体は北獄で無いと維持できないものだ。

もっと自由に今の世界を見てみたい君にとって

その身体は最早呪いだ」


アゲハは剣を向けられているにも関わらず

一切臆する様子すら見せない。

アゲハはビャクヤの花を前に下ろしていた腰を

ゆっくりと上げて立つと

ベガが向ける剣を自らの首に押し当てた。


「だから、良い事を教えてあげに来た。

S級なんて余りにも不十分な評価を

外界から勝手に受けてしまっている君にだ。

……君はあと少しで進化出来る。

ある者の側で鍛錬を重ねれば、

君は人に近い姿の魔物へと進化出来るんだ」


自分の首元に剣が差し込まれているような状況にも関わらず

アゲハはまるで気にしていないかのように言葉を続けた。

その様子はベガに得体の知れない感情を植え付けるには

十分過ぎるものであり

剣を引っ込めざるを得なくさせられたのだった。


「…………その怪しい話を信じろと?」


「でも、君が旅に出たいと思っているのは事実なんだろ?

どうせもう63005年は生きてきた命じゃないか。

一年くらい私の言葉に騙されてみた所で

誤差だとは思わないかな?」


「貴方は一体……何者なんですか?」


まるで全てを見透かされているかのようであり

この透ける身体にもまだ人らしい感情が残っていた事を

知ったベガは、嬉しい反面で非常に複雑な感情を抱えた。


「今、君には進化の種が宿った。

魔物としてもう一つ上に行く為の大事なトリガーを

君は今取り戻したよ」


「…………」


アゲハは質問に答えなかったが、

代わりに私の中に変化を齎したのだ。

この一瞬で……本当に末恐ろしい。


「最後に2つだけ。

まずひとつ、このお代は君が旅立った後に貰うよ。

そしてもうひとつ……このままあの少女を追って。

そうすれば君は、運命の出会いを果たす事になるよ」


アゲハは楽しそうにそう言い残すとパッと消えてしまった。

ベガは一瞬たりとも目を離していなかった。

それでも、いついなくなったのかすら気付けなかった。


「あの少女を追えば……私は何か変われるのだろうか?」


疑心暗鬼は尽きなかったが

……もうどうせ60000年以上生きたんだ。

騙されていたとしても正直どうでも良い。

なら、奇妙な存在に騙されに行って見るのも一興だろう……



ベガは2日前の記憶を思い起こし、そして気付いた。


(あぁそうか……これが、運命の出会いか)


ベガの中で既に失ったと思っていた感情が

膨れ上がっていく。

脱げなかった甲冑が脱げたかのように視界が明瞭になり

世界に色が戻る。


「私の……負けだ」


ベガはオオカミの前で負けを宣言した。

それはつまりベガがオオカミに屈すると言う事であり

サンには手を出さないと言う決意でもあった。


こうして、頂上対決は静かに幕を下ろした。

サンたちによる長く険しい旅とはまた別に

新たな伝説が生まれようとしてる訳だが

これはまた “別の話” だ。



-時は戻り 同刻 ミュージアム -



テンポ達がミュージアムを旅立ってから

既に一年近くが経過した。

ミュージアムの主であるクロノは手の届かない未来を

観測しながら2人を見守っていた。


「過度な干渉が禁じられているのは歯痒いでしょ?」


ふと、暗い空間の中で孤独だったクロノの側から

少女の声が響いた。

しかし、クロノは驚いた様子も見せず

少し嬉しそうに笑った。


「久しぶりだね。 あれからもう3000年は経ったと言うのに

中々会いに来てくれないものだから悲しかったよ

アゲハ」


クロノの側にいた少女は紛れもなくアゲハだった。


「クロノ、前にも言ったでしょ?

私は常に “どこにでもいる” んだよ」


「そう言う意味じゃ無いんだけどね……ただ、

貴方がこうして “実体” を持ってわざわざ現れたと言う事は

私に何か大事な用事があるって事じゃないのかい?」


「うん、正解だよ。

でもその前に少しだけ “無駄話” でもしようか」


アゲハはやや意味深に微笑むと気配すら無く

クロノの側に移動した。

クロノは慣れているのかその様子を見ても全く驚かない。

未来視を持つクロノにとって会話は

本来ならば必要のないプロセスだが

クロノの未来視には制限が存在している。

クロノには未来が視えない相手がいるのだ。


こうして、誰も預かり知らない場所でひっそりと

世界を動かす会話が始まった。

商人を自称する少女は北獄の方角へと視線を向けると

全てを見透かすかのように微笑んだ。



- 再び視点は戻り 北獄 大クレバスの底 -



商人を自称する謎の少女は一通りの用事を終えると

私の側から消えてしまった。


魔眼を手に入れ、新たな技術を手に入れた。

可愛らしいお供まで付いてきた。

突発的なイベントだったからよく分からなかったけど

正直とても有難い。


アゲハからの頼まれ事は極端なものだった。


・この先に進んだ所で出会えるある少女に

『アルタイルの写本は西獄にある』

と伝言して欲しい。


・ “フェニックスの成り損ない” を倒す上で

“太陽杖” だけは絶対に奪われないようにして欲しい。


まず、この先に進んで本当に少女なんているのか?

アルタイルの写本とは?

フェニックスの成り損ないとは何なのか?

もしかしてウルティオニスフレイムの事を言っているのか?

太陽杖とは?


考えても分からない事ばかりだった。


「行こっか、アルモナ」


「キャン!」


この不思議な魔物にはアルモナと名付けた。

単語の意味は知らない……でも、

何故かこの名前はとてもしっくり来た。


少しでも強くならないといけないと思った私は

歩きながらコゴエカシの実を食べ始めた。

コゴエカシによる身体能力の大幅な向上は半日くらい保つ。

更にそれとは別に食べれば食べるだけ

永続的に身体能力が底上げされる。

アルモナにもコゴエカシを与えた。

あの変な商人からアルモナにコゴエカシを与えても

問題ない事は確認済みだ。


この先にあの熊がいる事はもう分かっている。

私は改めてあの熊を倒す覚悟を決めたのだ。



アルモナはとても短い足をモチモチと動かして

私の足元をついてきた。

その様子はとても楽しそうで

思わず私まで鼻歌を口ずさみながら

リズムを取るように歩いてしまう。


アルモナは私の鼻歌に相槌でも打つように吠えた。

物凄く賢い子だ……出会ってまだそんなに

時間も経っていないけど

もう既にこの子がいない冒険なんて

考えられないと思えるくらいまで

私はアルモナを愛らしく思っていた。


新たに得た力の影響なのか魔力の巡りが捉えられる。

自然を巡る魔力、大気を流れる魔力、生き物に流れる魔力、

身体を巡る魔力……そして、身体の奥底に眠る

自分のものとは思えないくらい莫大な魔力の渦。


最初、私はこれをシルヴァさんから渡された魔力だと

思い込んでいた。

しかし、魔力の見方をこの短い時間で理解して

私は信じられない結論に辿り着いた。


この魔力……私のだ。


シルヴァさんの魔力は全て私の身体を循環していた。

つまり……現時点で使用可能な魔力量はもう既に

シルヴァさん並と言う事になる。

さっきまではこうじゃなかった。

多分致命傷を負った事が大きく魔力の流れが変わる

きっかけになったんだ。


でも……私の中に眠っている魔力は

体内を巡る魔力の総量とは比較にもならないほど膨大で

全く底が見えないものだった。


(一体何なんだろうこれ……どうして

こんなに恐ろしい魔力の塊が私の中に?)


母が持っていた魔力が今や雀の涙程度のもので

あったように思えてしまう。


「とは言え、今はどう足掻いても触れない力について

考えても無駄なだけだよね」


私は冷静になれた。

あの恐ろしい熊の元まで歩いて行こうと言うのにだ。

勝てる自信がある訳じゃない

……ただ、私はワクワクしていた。


全く修練していない筈なのに使い方が分かる不思議な感覚。

出来るのが当たり前であるかのようなこの心地良い安心感。

試したい……魔法の研究者として、魔女として

これ程夢中になれる事も多くない。


(それに……この魔眼の力。

もしこれが本物ならあの熊への勝算は大きく跳ね上がる。

物凄く燃費が悪いから多分日に4回が限度だけど

4回もあれば……)



「キャン! キャン!!」


「どうしたの? アルモn-」


アルモナがやや険しい表情で前方を見据えて吠えた直後、

私の右隣を雷が通り過ぎた。


「え?」


あまりにも考え事に没頭していたせいで

こんな状況になるまで周囲が全く見えていなかった……


あと2歩右にいれば命中していたであろうその紫色の雷から魔力を感じた。

雷が生んだ風と雪に頬を撫でられながら

私は前方の状況を見て思わず困惑を口に漏らしたのだった。


今までは5人くらいの人間が手を繋ぐくらいの幅しかない

道が続いていたが

私が立っている辺りから急に道が開けていた。


そんな開けた場所で少女が複数の魔物を相手に戦っていた。

見た感じ私と同じくらい……いや、

少し年下くらいに見える。


よく目立つ紫色の髪、薄い紫色の眼、灰色のガーディアン、

膝半分くらいの長さしかない紺色のスカート、

動きにくそうな黒めのローファーに黒いタイツ。

髪は肩に触るくらいの少し空気感のあるツインテール。

縁が紫色の眼鏡をかけており、胸元に青いリボン。


そんな彼女の周りをカラフルで一面につき

それぞれが9つの正方形に分割されている立方体が

浮遊して追従している。


(あんな寒そうな格好で……どうして無事なの?)


説明するまでも無いけど北獄の寒さは尋常じゃない。

例え魔法でその寒さを緩和出来たとしても

完全に相殺するのは並大抵の技量ではない。


そんな場違いな格好をする少女は厄介な魔物に

襲われていた。


A級魔物 リュカントロポス

体長約2.5mにもなる二足歩行の狼だ。

“北獄に住まう魔女殺しの白い悪魔”

とまで語られるように

北獄に存在する魔物の中でも代表的な存在として

広く認知されている。


リュカントロポスは非常に知性が高い上に

北獄の中では氷星の騎士を除けば最速を誇る狩猟者である。

更に厄介な事に魔法はあの熊より効きにくい上に当て辛い。

魔女殺しの所以はここにある。


しかも最悪な事にコイツらは基本的に単独行動をしない。

この場には12匹のリュカントロポスがいた。


「ちぃ?! 本当に厄介だなこのたわけ畜生共めが!!」


リュカントロポスは少女が放つ大規模な雷撃の魔法を

回避してその鋭い爪を容赦なく突き立てようと攻める。

しかし、少女の方も速度には自信があるらしく

雷のような速度で移動を繰り返していた。


(あの子……魔法を使っているのに魔法の気配が無い。

魔力は感じるのに……あの杖自体が

陣の役割を果たしているの?!)


私にとってその子は斬新の塊だった。

陣に頼らない新たな魔法の在り方。

見慣れない格好……何より、あれだけ魔物に

囲まれていながら余裕そうに振る舞っているのに

私から見てもわかる程にど素人な立ち回りをしている

そのアンバランスさ。


……ふと、私は少し前に聞いた頼まれ事を思い出した。


“この先に進んだ所で出会えるある少女に

『アルタイルの写本は西獄にある』

と伝言して欲しい”


(ひょっとしてその少女って……この子?)


助ける理由ばかりが増えていく……と言うかそもそも

リュカントロポスを倒さないと私まで先に進めないし

それを抜きにしても目の前で魔物に襲われている人を

助けない訳にはいかない。


(大丈夫……さっきまでの私とは違う。

魔法の使い方が分かる……より精緻に……より早く

……より強く……より自由に)


アルモナは素早く私の左肩へと飛び移ると

静かに前方を見据えていた。

この子は私が指示するより早く状況を把握して動いていた。


(ありがとうアルモナ。

……これでリュカントロポスに集中できる!)


複数の魔法を同時に扱う技術には

様々な応用手段が存在する。

中でも1番単純な使い方は同じ魔法を掛け合わせる事だ。


本来なら不可能な同属性魔法同士の融合……しかし、

この技術を使えばそのあり得ない現象を引き起こせる。


“マルチアクション…… 『魔法進化』 ! ”


リュカントロポス12匹全ての足元が

爆発的な勢いで凍っていく。

不透明で青みのある氷の柱はリュカントロポスの

胴を巻き込んで成長しその場へと釘付けにした。


“絶氷魔法 二段氷牢アイスロック・ダブルドライブ!!!”


桁違いの強度を持つ氷柱が

リュカントロポスの頭部を残して全身を包み込んだ。

あまりの展開速度に何が起きたのか分からず

混乱するリュカントロポス。

しかし、そんな中でも1人だけ冷静な者がいた。


「誰か知らんが良い働きだ!

よくぞそこらのたわけ共を釘付けにしてくれた!」


紫髪の少女が先程までとは比較にならない

雷撃を手元に溜め込み始めた。

変わった形の杖は目にも留まらない速さで回転し

凄まじい速度で魔法を組み上げていく。


「灰燼に帰せ! たわけ共!!! 最大出力!!

アトミック・ボルテッカァァァァ!!!!」


次の瞬間、視界の全てが紫色に染まり

凄まじい轟音が耳を支配した。

しかし、攻撃は私に触れていない

……まるで私だけを避けているかのように

雷の柱が天高くクレバスの外まで貫いている。


(これ……防御壁?)


当然私は魔法に避けられた訳では無かった。

透明な壁が魔法を防いでいたのだ。

ここまで大味な魔法でそんな気の利いたコントロールが

できる筈が無い。

私は既に防御壁を張ったのが誰かを突き止めていた。


「アルモナ……こんな事出来るんだ」


魔法を防ぐ準備自体はしていたのだが

それよりも早くアルモナが動いていたから何もしなかった。

それにしても何て強力な防御壁なの。

……これ、熊の攻撃にも耐えるんじゃないの?



次第に視界が晴れていき、状況が明らかになっていく。

A級魔物が身動きひとつ取れなくなる程に

強固な絶氷の魔法が全て撃ち砕かれている。


肝心のリュカントロポスは……全滅していた。

黒焦げで滅茶苦茶な有様だ。

あれだけ高い魔法耐性を持っている魔物に対して

こうも一方的な殺戮を行える魔法ともなると

恐ろしく高位なものになる筈だ。


それをこんな小さな少女が……


魔法を撃つ前辺りから空高く浮遊していた少女が

ゆっくりと黒焦げの灰に足をつけた。

降り立った時の音は最早生き物のソレではなく

ザクッと言ったような砂利の塊を踏み抜いたような

音だった。


「ふぅ……我ながら良い仕事だ。

こうなってしまえばたわけ共もどうする事も出来ん。

…………さて」


少女は左手の人差し指と中指だけを突き立てて

こちらへ向けると指先に微量の雷を溜め始めた。


「え……え?」


「お前、何者か答えたまえ。

こんな所で子供が何をしているんだ?」


仕切り直すように咳払いをした少女は

一切容赦なく私の頬を掠める小さな魔法を

威嚇として撃ってきた。

私は生まれて初めて、人間から殺意を向けられた。


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