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4.生き抜く為に

時の流れは早いもので、既にシルヴァの死から

1年が経過しようとしていた。

私はオオカミから指導を受けながら様々な訓練を超えてきた。


……とは言え、オオカミが私に施したものは

肉体の訓練が主だったので魔法の訓練は半分近く独学と

シルヴァが遺してくれたメモ帳によるものだ。


魔法的な事はほぼ座学と乱れた魔力に

無理矢理正常な魔力を通すやつくらいで

基本は運動による訓練が多かった。


魔女に身体能力が必要無いと言うのは大きな間違いだ。

魔法に頼り切ってばかりでは肝心な所で大きなミスをする。

……命をかけた冒険に身体能力が必要無い訳が無い。


私はオオカミに整備してもらった安全な区画で

毎日15キロ以上走った。

筋肉を鍛える上で必要な基礎的な運動から実戦に近い事まで……

弱音を言っている暇は無い……私は一刻も早く

強い魔女にならなければいけなかった。


当然魔力は常に乱した状態のまま生活した。

魔力を乱された生き物は通常その場から動けなくなってしまう

ものだけど、慣れてしまえば生活に支障も無くなった。


生物の魔力を乱して戦闘不能に追い込む魔物は

それなりにいると学んだので

この訓練にもシルヴァなりの生存戦略が

組み込まれていた事を知った時は

改めて凄い魔女だと感心した。


運動と同じくらい座学にも励んだ。

知識は力になると2人から教わったし、

これに関しては魔女学園でも常々言われていた事だ。


魔物を知れば最適な対処を導き出せる。

植物を知れば食うに困らず、病に対抗できる。

その他にも学ぶ事は多かった。

その間にも転移陣の研究は独自で進めた。


その結果、少しだけ使えるようにはなったけど

6m移動するのが限界だ。

転移陣の構造自体は大体理解出来た。


まず分解魔法とか言う超高度な魔法で

情報体のみを抽出しつつ、私と私の持ち物を構成する物質を

一度分解する必要がある。

その上で転移先の座標で構成魔法とか言う超高度な魔法で

情報体を元に私と私の持ち物を再構成する。


これの難しいところは、構成魔法を分解魔法と並行して使って

尚且つ0.3秒以内の誤差で分解魔法が発動した後に

構成魔法が自動的に発動するようにしなくてはならない。


そもそも片方だけでももの凄い難しい魔法なので

私は今、分解と構成の魔法自体を先に極める事を視野に

……こほんッ

まぁとにかく、学べるだけ学んで身体を鍛え直した1年だった。


そして、遂にこの日が来てしまった……

私とオオカミは、修行の日々を送る上で

ひとつだけ約束をしていた。


『1年間修行をし、試験を受ける。

試験の内容は “北獄を洞窟に頼らず5日間1人で生き抜く” 事。

オオカミは試験官として常にサンの状態を確認し

仮に命の危機に瀕した場合、オオカミからストップがかかる。

試験が中断された場合、修行からやり直す』


と言うものだ。

早朝、私は身支度を終えて洞窟を出た。

洞窟を出た先にはオオカミが待っており

丸々と厚着した私を前に何処か辛そうな顔をしていた。


「分かっているとは思うが、

俺が無理だと判断した時点ですぐに割って入るからな。

決して北獄を甘く見るな」


「はい!」


私は大きく返事をする。

北獄を生き抜く上で最も重要なのは “洞窟を見つける” 事だ。

洞窟はこの北獄の中において最も安全な場所だ……

ただし、安全な場所であると言う事は

魔物も同じように洞窟を利用するし住処にもすると言う事だ。


私たちが1年を過ごしたあの洞窟は今まで

シルヴァの魔力によって守られていた。

魔物を寄せ付けない程に圧倒的な魔力の放出は

如何に彼女の魔力回復速度が

卓越していたのかを物語っていた。


シルヴァがいなくなった後もしばらくは

魔物が寄りつかなかったけど

数ヶ月前辺りから侵入を試みようとする魔物が増えてしまい

今ではオオカミがその対処にあたっている。


私は確かに北獄で1年を生き延びた。

しかしそれはオオカミが洞窟での

安全な生活を確保していてくれたからだ。


私がこれからやらなくてはならないのは

“洞窟に全く頼らず5日間生存する” 事。

ここが北獄と呼ばれる所以を骨の髄まで思い知りに行くのだ。


まず、北獄という場所で何の力も持たない一般人が

半日遭難してしまうとする。

その場合の生存確率はおよそ0.000005%だと言われている。

洞窟を見つけている場合は0.03%まで生存率が

上がるなどと言われているが、

そもそもこの確率がどうやって算出されたものであり

誰が提唱したものなのかすら分かっていない。


しかし、その数字には妙な説得力がある。

こんなおかしな確率でもこの過酷な世界においては

“まぁそんなもんだろうな” と思えてしまう。

北獄と呼ばれるこの地は、そう言う場所だ。


私も北獄と言う場所を目の当たりにするまでは

とんでもなく寒い雪山くらいに考えていた。

……実物は全くの別物だ。



私はオオカミに見送られながら北獄へ挑む。

オオカミの顔は風に舞い上がった雪でよく見えなかったけど

辛そうな顔をしていた気がする。

この1年で私もオオカミの事は少しだけ分かった。


彼は優しい……優し過ぎる。

私はその優しさにこれ以上甘える訳にはいかない。

一刻も早くここを旅立つ為にも、

この試験を1発でクリアしなくては…………


しつこいようだが今回の試験において禁止行為はひとつだけ。

“洞窟を使ってはいけない事” 以外には一切の縛りは無い。

……とは言え、その洞窟が使えないと言うのが1番の問題だ。


私は今後の対策を考えながらローブのポケットから

長細い器具を取り出した。

器具は複雑な形をしていて用途に合わせて変形させて使う。

冒険者のお供 “多目的測定器マルチジョーギ” だ。

これは本当に便利なもので本当に様々な事で使う。


私が今知りたいのは “気温” と “湿度” そして “道の傾斜” だ。

北獄において風の計測は意味を成さない。


北獄の風はあまりにも滅茶苦茶だ。

風の専門家が匙を投げ、北獄の専門家が頭を抱えて発狂する。


あまりにも不規則な風の向きと強さの変化は

予知魔法でも使わないと予測不可能とまで言われている。


「今の気温は……−86度、湿度……湿度っと。

湿度は……65%、傾斜…………」


北獄にも日によって気温差がある。

酷い日は−180度にまで達するので今日はまだマシな部類だ。

私は進行方向の足元をよく確認しながら “森” を目指している。


所々ではあるが、この北獄と言う場所では足元の全てが

不安定な雪だったりしてそれがいきなり

崩れたりする事がある。

そのまま1000m以上落下するなんて事になれば

命が幾つあっても足りない。

ふざけた話だけど北獄では何ら珍しい事では無い。


それに、今はまだ天候が安定している。

今のうちに行動しておかないと後が大変だ。


私は聖杖アネモネの力を借りて

風の魔法を使うことができるようになった。

聖杖や聖剣などと呼ばれている特殊な武器には

高度な陣が施されている。

……ただ、物や生物に陣を施しても大抵のものでは

陣に拒絶反応を示してしまうので “聖”の字が入る武器

と言うものは恐ろしく希少なものだったりする。


風の魔法は非常に汎用性が高い。

特に、過酷な自然界を渡り歩く上では

風の魔法に並び立てる程に便利な魔法は非常に少ない。


しかも聖杖アネモネに付与された陣は

普通の風魔法を扱う為の陣では無く非常に強力なもの。

つまりそれだけ扱いが難しいのだ。


私はこの杖をまだ多少扱えるだけに過ぎない。

……それでも非常に助かっている。


私はこの試験が始まってから常に風のバリアを張り続けいる。

内側からの強い衝撃に大きく反応し

外側からの強い衝撃を受け流すような作りだ。


内側からの衝撃に反応する作りにした原因は

地面の崩落に巻き込まれて落下しそうになった時

空中で停止するようにする為だ。


今の技量では高所から落ちても命は助かるかもしれないけど

大怪我は避けられないだろう……リスク回避が必要だ。


北獄にはまともな植物は無いとされているが

“森” と呼ばれている場所がある。

少し説明するのが難しいけど北獄には

“植物のような魔氷” がある。


魔氷は魔力を持った氷だ。

魔力を持つ事で物質は様々な変化を見せる。

そう言ったものは時に私たちの想定を

遥かに超えるような変化すら見せてくるのだ。


木に似た性質を持つ魔氷の群生地 “魔氷樹の森” と呼ぶのだが

北獄においてこの “森” は何ヶ所か存在している。


とは言え、別に安全な場所と言う訳では無いのだ。

……むしろ少し危ないくらいだ。

魔氷樹の森は地面の全てが氷で出来ている。

しかもその氷は並のものでは無く非常に硬い。


武器としても扱うことを想定された硬い登山用のつるはしが

全く刺さらない程だ……並の鉱石なんかより遥かに硬い。

そのくせ、常に表面だけは溶けているせいで

物凄く足を滑らせやすい。


「あった……魔氷樹の森」


私は森を視界に捉えた。

私はこの危ない場所に用があるのだ。


私は風の魔法で自身を少しだけ浮かせながら

慎重に周囲を警戒しつつ森へ近づいていく。

この5日間、私は何らかの魔法をぶっ続けで

使い続ける状態を維持しなくてはならない。


それについては対策法も考えてはあるので

使わないといけない局面だけは見誤らないようにしつつ

緊急事態に備えながら行動している。


この森に立ち寄る意味は “普通の人” であれば全く無い。

でも、私にとってはそうでは無い。


森に到着するなり私は木を1本ずつ確認していく。

“実” を探しているのだ。


「良かった……沢山あるみたい。 “コゴエカシの実” 」


私は透き通る木々の枝になる赤黒い果物を見て

胸を撫で下ろした。

美しい正十六面体をした透けの無い

鉱石みたいな見た目をした果物の名は

“コゴエカシの実” 。

その見た目からは想像が付きにくいけど正真正銘果物だ。


氷の木になる果物とは思えない程に

ジューシーな果肉を硬い薄皮に閉じ込めており

その中身に種は存在しない。

この実自体が種と同じ役割を果たしているらしく

膨大な魔力を内包している為、魔法的な触媒や

何らかの材料として非常に高値で取引されている。


硬い薄皮とは違って中身は非常に柔らかく

少し弾力がありつつも、噛んでいくと

喉奥でスッと消えていくような

面白い食感をしている。

味は非常に甘い……少しだけ糖度を抑えた紫ぶどうのジャムを

酸味が少ない白みかんに付けて食べる感じに似ている。


ここまで聞くと私以外にも利点がありそうにも聞こえる。

何せここではちゃんとした食料がとても貴重なので

基本は魔物を狩って食べる感じになってしまう。


しかし……この果物は “非常に危ない” ものとして

分厚い植物図鑑の端っこの方に載っている。


コゴエカシの実には体内魔力を回復,増幅させ

身体機能の向上を助けると共に、

一時的に身体能力を大幅に上昇させる効果がある。

ここまで聞くと美味しい上に物凄い効果を持った

有り難い果物なんだけど

問題なのは食べた直後から発生する副作用だ。

コゴエカシの実を食べてしまうと

急激に体温が奪われてしまうのだ。


体温を急激に奪われた人は急激な体温変化に

身体がついて行けず低体温症を併発する暇すら無く

“仮死状態” になってしまう。


とは言え、仮死状態なので適切な場所に安置しておけば

勝手に蘇生する。

問題なのは食べた場所で仮死状態になると言う所だ。


この果物を食べる魔物がいる。

そして、この果物を食べる魔物を食べる魔物もいる。

つまり、この森はどう言った形であれ魔物をよく引き寄せる。


そんな所に仮死状態のまま凍結保存された人間が落ちていたら

どうなってしまうのか……そんなものは想像するに易い。

まず助からない。


“凍えて仮死” するから “コゴエカシ”

なんて呼ばれているのだ。

そんな危ない果物を探してどうするのかと言うと……


「どうやって料理しよう……洞窟は使えないし……

かと言って生で食べるのも……悩ましい」


当然、食べるのだ。

食べちゃ駄目だろって声が聞こえた気もするけど

そもそも私には太陽の魔法がある。


忘れて貰っては困る。

太陽の魔法には体温を守る魔法がある事を。

つまり、私にとってコゴエカシの実は

美味しい上にとても有り難いものでしか無いのだ。


私はコゴエカシの実を美味しく食べる方法を考えながら

大量のコゴエカシの実を回収していく。

この時は周辺に魔物の姿を確認出来ず、スムーズに

コゴエカシの実を回収していくことが出来た。



コゴエカシの実を300個程 “魔法の鞄” に詰めた辺りで

私は遠くに “あるもの” を確認した。

玉のようなものが雪崩を引き連れてゴロゴロと転がっている。


「あれは…… “落氷岩” ?!

やばい……やばいやばいやばい!!」


かなり遠いしこちらへ向かって落ちてきている訳でも無い。

でも、落氷岩の怖いところはそこじゃ無い。


落氷岩とは、大きなもので直径30mにもなる巨大な氷の塊が

高所から落石を起こし

雪崩と共に広範囲を襲う自然現象の事だ。


基本的に雪崩や地崩れなど何らかの二次被害を生み

更に三次、四次にも発展していくケースが多く

遠くでこれが起きたのを見つけたとしても

更に遠くへと全力で逃げる必要があるのだ。


私の見立てが正しいならあの落氷岩は大体直径20mくらい。

周辺への被害は相当なものになる。

……何なら、別の落氷岩が併発して

更なる連鎖的な被害拡大を起こす危険性すらある。


私は風の魔法と太陽の魔法を組み合わせて爆風を生み出し、

その爆風の勢いを使って緊急離脱を図った。

風のバリアを展開したまま私の身体は高速で撃ち出された。


見立て通りと言うべきか、私が離脱した直後

森に少し近い方向へ落石していく新たな落氷岩が発生した。

大きさは12〜3mくらいだけどあのサイズでも十分デカい。

近くにいたら無事では済まない。

……巻き込まれるのは避けなくては。


私のバリアは受け流す構造にしてある為

点での衝撃に対して強く、面での衝撃には弱い。

アレは面で押し流して潰してくる災害なので

私がバリアまで張って警戒している災害とはまた種類が違う。

逃げる余地がある以上、面に強いバリアに切り替えるより

逃げて対処する方が楽だ。



風の魔法による飛行は長くは続かない。

私の練習不足もあってまだ10分くらいが限界だ。

私は比較的安全な場所を探しながら何とか着地した。


(それにしても……今日ちょっと魔物少なすぎじゃない?

それともいつもこんなもんなのかな?)


今のところ魔物の姿は一回も見ていない。

あと、私を見張っている筈のオオカミも姿を見ない。

気配は近くに感じるのだけど位置が掴めないのだ。


オオカミは一体どうやって私を見ているのだろうか……?

気になる所ではあったけど今はまず行動するべきだろう。


(今後を考えてコゴエカシの実は1000個くらい

持っておきたかったけど……まぁ無理は禁物だよね。

それに、私には採って置きたいものがまだまだあるし)


北獄にしか無いものは沢山あるが、

大体は危険なものだったり

入手難度が極端に高いものだったりする。

5日間何もしないと言うのも何だか嫌なので

私は自分の中であるルールを打ち立てていた。


それは “北獄固有のものを3種類回収する事” だ。


私は何も安全面だけを見て着地場所を選んだ訳では無い。

回収対象である “あれ” らしきものが見えたから

安全面を考慮しつつこの場所へと降り立った訳だ。


「地盤は思った通り安定してる……傾斜も少ない。

あとはあれが本当に “ビャクヤの花” の苗なのか

確認しないと」


すぐに私は確認作業へと移った。

ビャクヤの花とは、その文字通り “白夜” にしか花を咲かせない

茎も花も葉すら真っ黒な “植物のようなもの” だ。


ここでポイントなのが、ビャクヤの花は植物では無く

厳密には “魔物” に分類されるものであると言う点だ。

非常に大人しくてほとんど動かない魔物ではあるが

その中身は柔らかい肉だ。

特に分厚い花弁の中に詰まっている肉はとても美味しい。


ビャクヤの花は傾斜が少なく安定した地盤でないと

育たないので、もしこれがビャクヤの花であれば

ここは比較的安全な地である事が証明される。


ビャクヤの花の見分け方は簡単だ。

白夜にならないと花を咲かせないので普段は

私と同じくらいの丈しかない

小さくて真っ黒な枝木があるだけ。

ただし、ビャクヤの花は魔力を使って周囲に強烈な

“不快感” を与える。

特に魔力に敏感な魔女や魔物はすぐにこれを感じ取る為

すぐに見分けは付くのだ。


「間違いない……これ、 “ビャクヤの花” だ」


痛みや苦しみは無い……ただ不快な感覚が襲ってくる。

魔力的干渉を防御する方法はあるけど

私はどうにもそれが苦手でうまく出来ない。


どの道今は回収出来ないので “今晩” を待つことにした。

今日は白夜になる筈だ。


私はこの場所に “マーキング” を施した。

転移の魔法に組み込まれている “座標保存の魔法” を使った。

座標保存の魔法は特定の場所を記録して

どこからでもその場所が何処にあるのかが

分かるようにする事ができる魔法だ。


マーキングは私にしか分からないし感知出来ない。

とりあえずこれで不測の事態に襲われても

ビャクヤの花は見落とす事が無くなる。

実は森の傍にもマーキングを施しておきたかったんだけど

あっちは普通に忘れてしまっていた。


こう言う抜けてる所をたまに発揮してしまうのが

私の悪い所だ……そこは自覚している。

しっかりしなくちゃ……ここは北獄。

肝心な所でミスをすれば命は無い。


(とりあえず地盤は安定しているし……ここに

“氷の家” を建ててしまって良いよね……?)


オオカミが “かまくら” などと呼んでいたソレを

私はいそいそと氷の魔法を使って生み出していく。

なるべく頑丈なものを作っておきたい。

その一心で作業を始めたのだが……

北獄で物事が上手く行くとは考え無い方が良いものだ。


いきなり私の頭上に細長く尖った氷の柱が高速で落ちてきた。

風のバリアが機能して辛うじて一命を取り留めたが

私は慌てて上空を見上げる。


特徴的な分厚い雲、周囲に降り注ぎ始める無数の氷柱……


(やばい…… “つらら雨” が降り始めちゃった……!!)


私が1番警戒していたのはこれだ。

つららのような巨大で尖った氷の塊が天空から無数に降り注ぐ

この気象現象は北獄を代表する程にありふれた天気だ。

このつらら雨への対処が出来ないと

北獄で生きる事は絶対に出来ない。

扱いとしては雨と同じで通り雨から長期に渡るものまであるが

つらら一本の破壊力は中級魔法を凌ぐとまで言われている。


「バリアは長く保たない……!!

急がないと……っ?! うわぁっ?!!」


かまくら制作を急ごうとする中、突然地面が大きく揺れた。

大きな揺れを観測した後揺れは小さくなったが

再び揺れは少しずつ大きくなっていき、

とてつもない轟音が山々に響く。


(この前兆……まさか “アレ” も同時に来るの?!

嘘でしょ?!)


私は周囲をよく見渡していく。

つらら雨で視界が悪いがそんな事を言っている場合では無い。


そして……自身の背後にある山の頂上から

真っ白な煙が立ち昇っているのを見た。


(真後ろ?! 嘘でしょ?!!!)


私はかまくら制作を中断して慌ててその場から離脱した。

さっき使った爆風を利用した高速飛行だ。


次の瞬間、背後で物凄い爆発音が

衝撃を伝えて押し寄せてきた。

山からはきのこ雲が昇り、分厚い雲の下にもう一層

厚い雲のようなものが溜まっていく。


「うわやっぱりそうだ!!!

“噴氷” だぁあああああ!!!!」


北獄一帯にはマグマでは無く氷の粒で構成された

“アイスマグマ” を噴き出す山がそこら中にあって

“噴氷” を1日に1回以上は確実に起こす。


これがまた厄介で、とんでもなく広範囲に影響を及ぼす上に

これが起こると大体天候が崩れて “ツブテ雨” が降る。


急いで離脱しながら後方の確認をしつつ

バリアを何層にも張り直していく。

噴氷を起こした山の周囲は巨大な雪崩を引き起こしながら

“ツブテ雨” に晒される一帯が徐々に迫って来ていた。


ツブテ雨はつらら雨と比べて粒は大きく尖った箇所は少ないが

その分重量と面が大きくなっているので

大量の隕石が何時間も落ちて来るのとほぼ変わらない。

つまり……当たれば命の保証は無い。


つらら雨は依然として止む気配を見せず、かなりの速さで

ツブテ雨までもが降る氷地獄が拡大して来ていた。


「うわあああああああああ!!!!」


ツブテ雨が背後に迫ってくる。

凄まじい轟音を立てながら……最早背後確認などしている

場合では無い。


ツブテ雨の降る範囲から逃げ切る為には

上へ逃げなくてはならない。

ツブテ雨は雪崩や地崩れを併発しやすく

広範囲の地形を変えてしまう。

その上、更なる加速が必要になる。


(このままじゃ追いつかれちゃう!!

……でもこれ以上速度を上げるのは)


私は既に自分が制御できる速度の

限界ギリギリまで出していた。

しかしそれでもツブテ雨の降氷範囲の拡大速度が

私の飛行速度を上回っている。


速度を上げ過ぎて暴走すれば山肌に激突して

大怪我を負う可能性が出てくる。

私はツブテ雨と山への激突、双方のリスクを考えて

どちらがマシなのかを慌てて考える。


「……そうだ! そうすれば良いんだ!」


私は辛うじて打開策を見つけた。

かなり難しいけどやるしか無い……私は “面” の衝撃に強い

バリアを3枚だけ自身の前方に張った。


2種類のバリアを同時に展開して維持出来る時間は

かなり少ない。

しかし、今の状況であれば何とかなるかも知れないと考えた。


私は速度を上げる方を選んだ。

ツブテ雨は回避が難しく、どこに当たるかも予測しにくい。

その点、山に激突するだけなら

どこを重点的に守れば良いのかは分かり切っている。


私は大きく深呼吸をして少しずつ加速を始めた。

少しずつではあるが、自身の身体が制御不可能な速度で

吹っ飛んでいるような状態へと変わっていく。


危機感と焦燥感に包まれながら加速を繰り返していく。

怖い……物凄く怖い!!


恐怖心からか私の集中力が多少乱れてしまったのだろう……

つらら雨が一本頬を掠めた。


「あっづ!!! うわ!! あわわわわわわ!!!」


痛みを通り越した冷たい感触は度が過ぎた熱となって

私を襲った。

その熱に過剰な反応をした影響で

私は空中で大きくバランスを崩した。

完全に制御を失った私の身体は高速で空中を舞い

先程まで遥か遠くにあった山肌に激突した。


「ぐえっ!!おがっ!!! ぎゃん!!!!」


側から聞けば面白い声を出しながら転がる。

幸いと言うべきか、私が落ちたところは非常になだらかで

私は滑るように墜落したのだった。


(はぁ……はぁ……はぁ……やばい……左手が物凄く痛い)


悲鳴をあげそうになる口に必死に閉じて

私はバリアの修復と周囲の確認をする。

私はまだ回復魔法を使えない。

そもそも回復魔法と言うものは非常に高度な魔法であり

一般的な魔女が習得するのに

300年以上かかると言われている。


こうなってくると私には “構成魔法” を使って

私自身の肉体を試験開始前の

全快状態に再構成し直す必要がある。

構成魔法は失った魔力すら再構成出来るからだ。


しかし、あれを使っている間はしばらく動けない。

私にはまだ構成魔法を作業しながら扱うだけの技量が無い。


(良かった……ツブテ雨からは逃げ切ったみたい。

でも……)


先程まで近くに感じていた “オオカミ” の存在が消えた。

まさか……さっきの暴走で遠くまで

引き剥がしてしまったのでは?!


私はつらら雨を警戒しながら

円を描くように全方向を確認していく……そして、

確認を始めた時の目線から9時の方向に

“因縁” が四つ足で立っていたのだ。


「ギ、ギガント・アイスベアー……!!」


北獄において最も危険な魔物は

ギガント・アイスベアーでは無い。

だからと言ってこの巨大な 魔熊まゆう

危険では無いと言う事にはならない。

当たり前な話ではあるが、ここでは脅威の一端に過ぎない

この魔熊と改めて対面すると恐怖が先行してくる。

自身よりも数段格上の力を持った生物が目の前にいる事実が

震えとなって肌を伝って来る。


更に運が悪い事に、私とギガント・アイスベアーの目が

バッチリと合ってしまっていた。


熊系の魔物全般に見られる特徴として “スクラッチ”

と呼ばれる予備動作が存在する。

彼らは食べ物への執着が凄まじい為、

自身が獲物として定めた標的を見つけると

近場のものに爪痕を残すのだ。

こうやって一時的に縄張りを構築して

標的を独占しようとする……嫌な習性だ。


……目の前の巨大な魔熊は地面に深く爪を立てて

ゆっくりと掘るように前足を動かしながら

私の方をじっと見ていた。


「おかしいでしょ……何でつらら雨が降ってる中で

平気な顔してそんな所にいるの?!」


つらら雨は確かに魔熊へと降り注いでいた。

しかしこの熊、そんな些細な事は知らんとでも

言っているかのようにつらら雨を受けて無傷で行動していた。

AA級の魔物と言うのは伊達では無いと言う訳だ。


私は全力での移動を試みた。

あの熊は異常な程俊敏だ……生存率を少しでも上げる

手段があるなら即決即断を絶やさない事のみ。


北獄に飛ばされて1年、確かに私は見違える程強くなっている。

でも、何の準備も無くこの巨大な存在に

勝てるとは到底思えない。


私は爆風を使って飛び立とうとした。

私が出来る最速の移動手段であり、連発が出来ないソレを

振り絞るように発動させようとした。


しかし、次の瞬間には私の身体はあらぬ方向へと飛ばされていた。


「ぅお゛え゛っ!!」


腹部を中心とした強烈な痛みに耐えられず

私の口からは胃の中身と血が混じったものが

大量に吐き出された。

気絶しそうになりながらもチカチカとする視界の中で

辛うじて攻撃の正体を知った。

熊だ……地面を抉るように熊の拳が私の腹に直撃したんだ……!


人間とは比べ物にもならない圧倒的な反射速度と

瞬発力を持っているギガント・アイスベアーは

私が飛び立って逃げるよりも早く動いて

爆風を出す前に恐るべき腕力で私を容易く殴り飛ばした。

恐らく殺すつもりの一撃じゃない……魔熊系の魔物は雑食だけど

肉を食べる時は生きたままの生物を食べる事を好む。


手加減したテレフォンパンチでこの威力……

しかも私はバリアを何重にも張っていた。

たった一撃でその殆どが砕かれてしまった……


私は打ち上げられながら熊に “マーキング” を施した。

座標保存の魔法を応用すれば、特定の生物などの居場所を

常に知る事が出来る。

私はまだ生きることを諦めていない。


(でも…………このままじゃ……あれ?

襲って……来ない…………)


熊からの追撃が来るかと思っていたが運に助けられた。

魔熊のすぐ傍にツブテ雨が空中で軌道が変わって落ちてきた。

ま熊はツブテ雨を回避するために逃げて行ったのだ。

幾ら頑丈でもツブテ雨が当たれば無傷では済まないと言う事だろうか……


それでも少し遠かっただけであの熊は私を諦めていない。

周囲を警戒しながらも私の方をじっとみていた。


すぐに熊が襲ってくる様子は無いが

これで私の命が助かった訳では無いのだ。

酷い重傷を負った私に容赦なくつらら雨が降り続ける。

先程の乱暴なアッパーカットで15枚張っていた

風のバリアもあと1枚になっていた。

それも私が地面に落ちるまでの数秒間あれば

壊れてしまいそうな程に摩耗している。


しかも私はもう意識を保っていられそうにない。

私は精一杯の力を振り絞って

自分が落ちる事になるであろう地面を見た。

……そして、運が良いという先程の考えを

すぐに否定しなくてはならない “最悪の光景” を見てしまった。


大きな裂け目が見えた……クレバスだ。

私は底が見えない巨大なクレバスに落ちそうになっていた。


宙を舞いながら遂に意識を保つのに限界が来てしまった私は

重くなるばかりの瞼を閉じてしまう。

痛みも何も感じなくなった私は

バリアを維持する事が出来なくなり

遂につらら雨の猛威に晒される。

右肩、左腕、左腿、右腹部、右足……無慈悲にもつらら雨は

私の身体に突き刺さっていった。

致命傷は外れているものの、これだけの負傷となれば

命が助からない確率の方が高くなるだろう。


結局私は魔熊に見つめられながらオオカミの到着も間に合わず

身体中から激しく出血した状態で

クレバスの闇へと消えて行った。


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