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第8話「恥」

「……私と小米は()()じゃなくて()()。私、この前の誕生日で18歳になったの」

「…………」


 驚きですぐには声が出せなかった。いや、気まずくて、という方が正しいかもしれない。中学校までは、同学年であれば当然全員が同い年だった。しかし高校では、同学年だからといって全員が同い年とは限らない。そういうことがあり得るのは、もちろん理解はしていた。しかし実際に遭遇することはないだろうと、高を括ってもいた。もしかして俺が知らないだけで、案外よくあることなのだろうか。何にしても、15歳の俺からすれば18歳の(しずり)は、本来先輩ということだ。逆に垂からすれば、俺は本来後輩ということ。


 ……学年の差というものは、案外大きい。学年が1つや2つ上だというだけで、なぜだか怖い人達のように思えるし、逆に1つや2つ下というだけで、とても幼く、場合によっては生意気に感じられることもあるだろう。……もし俺が垂の立場だったなら、年下しかいない空間で学校生活を送るのは苦痛に感じるだろうし、実は自分が2年分年上だということは、絶対に周囲にバレたくないだろう。


「……」

「……」


 黙ったままの俺を、彼女も同じように黙って見つめてくる。きっと秘密を明かしたいま、俺がどういう態度を取ってくるのか窺っているのだろう。正直、年上相手に友達として対等に振舞うというのは気後れせざるを得ない。だけど……それは彼女も、同じなのではないだろうか。年上なのに年下の俺達と共に生活しなければならないというのは、嫌な言い方をすれば彼女が2年分遅れているということだ。どんな事情があるにせよ、彼女はきっとそのことを恥ずかしく思っていたんじゃないだろうか。


 彼女は周囲の人々に自分のことを知られるのを怖がっていた。自分のことを詳しく知られれば、皆自分のことを疎ましく思うだろうと考えていたようだ。そんな彼女に、自分のことを他人に話す勇気を与えたのは、俺だ。……そんな俺が、いざ秘密を話してもらった途端に彼女のことを拒絶したら、彼女はどう思うだろうか。きっと彼女は絶望するだろうし、俺に話してしまったことを後悔するだろう。そして自分の気持ちを弄んだ俺のことを許さないし、恨めしく思うかもしれない。


「……垂」


 俺はようやく、彼女に掛ける言葉を決めた。いつまでも黙って考えていては、覚悟を決めて俺に話してくれた彼女に失礼だろう。


(俺は垂に悲しんでほしくないし、せっかく友達になれたのに、また他人に戻りたくなんて、ない……!)


 垂は睨んでいるんじゃないかというような眼差しを俺に向けてくる。それでも俺は、なるべく優しい声で話し始めた。


「……18歳の垂がどうしていま高1なのかは、俺は聞いてないからもちろん知らないし、それを無理やり聞き出すことももちろんしない。だけど……たとえそこにどんな理由があったとしても、俺は絶対に垂の友達じゃなくなったりしないよ」


 真っ直ぐに俺を見つめてくる彼女の目を、俺も真っ直ぐに見返す。しかし同級生の女子と真正面から見つめ合うのは、正直めちゃくちゃ気恥ずかしい。つい彼女の真剣な眼差しを受けてしかつめらしく語ってしまったが、いまさら小っ恥ずかしくなって軽口を叩く。


「えーっと、だからまぁ……さっきまで同様、これからも友達としてよろしく。……垂()()()()?」

「……」


 少しでも場が和めばいいと思っての発言だったが、俺の軽口は無反応のまま聞き流された。彼女は真剣な表情を崩さず、何も言わない。俺は堪らず顔を引き攣らせた。


「……はぁ」


 それから居た堪れない沈黙が10秒ほど続いた後、垂は表情を緩めて溜め息を吐いた。それの意味するところがわからず、俺は更に混乱の様相を呈する。流石にいま冗談を言うべきではなかったかもしれないと、謝ろうかと思ったのだが――。


「どんな理由があったとしても……ね」

「へ……?」


 突然の独り言ちるような言葉に、俺は間の抜けた疑問符を投げ掛ける。


「へ? って、初月(はづき)くんが言ったんでしょう? ……どんな理由があったとしても、絶対に友達じゃなくなったりしない、って」


 確かにそんな風に言った。彼女には言われて嬉しいことではなかっただろうか。俺としては、精一杯言葉を選んだつもりだったのだが……。


「あぁ……ほんと、自分が恥ずかしい……」

「し、垂……?」


 彼女は突然しゃがみ込むと、頭を抱え出した。俺は混乱しつつも心配の声を掛ける。いったい何だというのか。


「……ここまで話したんだもの。隠したら、ダメよね」


 俺を置いてけぼりにしたまましばらく下を向いていたが、ようやく何か話してくれる気になったのか垂はゆっくりと立ち上がった。


「初月くん。私、昔から病弱だったって話したわよね」

「……? ああ、昼休みにそんな話を聞いたかな……?」


 確かにそんな話をしていた。まあ仮に聞いていなかったとしても、通院していて学校でもよく保健室にいるのだから、誰でも簡単にわかることだろう。


「……本当はね、私が病弱だったのって中学の頃までなの。成長期で体が強くなったのか、中学に上がる頃にはもう殆ど症状は回復してたのよ。……でもね、それまで学校に行けてなかったのは本当だから、どうやったら学校の皆に馴染むことができるのか、わからなかった。それで結局中学にも全然行かなくなって、そのまま高校受験もせずに中学を卒業してしまったの。いまではもう通院も数ヵ月おきでよくて……この前車で病院に行ったのも、予約を入れてたことをうっかり忘れちゃったからなのよ……。私はもう、仮にも自分を“病弱”だなんて言っちゃいけないの」


 そこまで話すと、垂は俺に向かって頭を下げた。


「ごめんなさい、初月くん……。初月くんはきっとすごく私に気を使ってくれてるのに、私はこんなしょうもない隠し事をして……」


 そう言って顔を上げた彼女は、先ほどまでとは打って変わって俺と目を合わせようとしない。逸らした目には、薄っすらと涙まで湛えていた。


「垂……」


 再び発言に窮する。確かに彼女の学校での過ごし方は、病人だと周囲に思わせるには十分なものだった。しかし……俺は垂のそういう振る舞いについてとやかくいえる立場にない。なぜなら俺も、友達がいないということについては騙し騙し会話をしてきた節があるからだ。


 誰にだって、恥ずかしくて他人に知られたくないことはあるだろう。垂にとって、いまでも病弱であるように装って生活することはきっと、彼女の心を守る手段だったのだ。その秘密を、彼女は俺に明かしてくれた。俺と関わるようになってから、まだほんの1日も経っていないというのに。……その理由は、何となくだがわかる。彼女は、18年という俺より少しだけ長い人生の中で“友達”というものを渇望してきた。きっと彼女が生きてきた18年の中で、正面から彼女のことを“友達”だと言った人間は、俺が初めてだったのだろう。


「垂」

「な、何……?」

「俺も垂に話さなきゃいけないことがある」


 少し怯えさえ孕んでいるような様子の彼女に、俺は自分のことを正直に話すことにした。それが彼女が恥じ続けてきた18年の人生を聞いた友達として、するべきことだと思った。

読んでくれてありがとうございます!

よかったら続きもよろしくお願いします!

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