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第7話「帰り道」

 英語の授業が終わり、教科書類を纏めて教室を出る。氷柄(ひから)さんは俺より先に教室を出て行ってしまったようで、既に廊下にも見当たらなかった。昼休みのいつ頃に俺のところに来るつもりなのか聞いておきたかったが、仕方ない。購買へ向かう生徒達の波を避けながら、自分の教室へと戻る。そして教科書類を机の中に仕舞い、俺も財布を持って購買へ。1人暮らしの身で節約しなければならないのは重々承知だが、流石に弁当なんて面倒臭くて作っていられない。俺は適当にあんパンを買って、教室まで戻って来た。そこで。


「……あの、氷柄さん?」


 扉の前で中の様子を窺っている彼女を発見した。まだ昼休みが始まって少ししか経っていないが、もしかしてもう迎えに来たのだろうか。


「あ、初月(はづき)くん……なんだ、逃げられたのかと」

「逃げるって。購買に昼飯を買いに行ってただけですよ。あー、それで……話をするとして、どこでしますか?」


 あまり人の多いところでは話しにくい内容のはずだ。聞き耳を立てる人などいないと思うが、なるべく人が少ない場所の方がいいだろう。


「うーん……そこでいいですか?」


 そう言って彼女が指し示したのは、教室を出てすぐにある廊下のベンチだった。


「え、そんなところでいいんですか? 誰かに聞かれるんじゃ……」

「ふ、大丈夫ですよ。誰も私の話なんて興味なんてないですから」


 さも当然のようにそう言うと、彼女はベンチに腰を下ろした。


(興味の有無とか関係なく、聞かれたらまずいのでは……?)


 それこそ告げ口をされたら、最悪退学ということも有り得るだろう。まあ彼女が気にしないならそれでいいのだろうかと、俺もベンチに腰掛けた。すると彼女は、急にそわそわとし始める。


「あ、あの、初月くん」

「はい?」

「昼ご飯、一緒に食べませんか?」


 彼女の膝の上には、ランチバッグが置いてある。どうやら最初から、そう切り出すつもりで持って来ていたらしい。俺の方も正直こういう展開になりそうな予感はあったため、特に驚くこともなかった。


「いいですよ。……弁当自分で作ってるんですか?」


 とりあえず他愛のない会話を振ってみる。今日これまでの彼女の様子を見てきて、何となく察しが付いてきた。もしかして彼女は、俺が先日見たことについて問答するつもりなのではなく、単に俺と話をしたかっただけなんじゃないだろうか、と。もし嫌々話をしに来たのなら、わざわざ一緒に昼食を摂ろうなどとは言ってこないだろう。


「あっ、こ、これはお母さんが……。私、料理できないから」


 それだけ言うと、彼女は下を向いてしまった。まずい、話題の選択を誤ったかもしれない。慌てて何か別の話題はないかと模索する。


「あれ? お姉ちゃん」


 俺が心中であれこれ話題を模索していると、廊下を通りすがった生徒が立ち止まって声を掛けてきた。


「え? あ、小米」


 声を掛けてきた生徒の方を見上げる。そこには、立ち止まってこちらの様子をまじまじと眺める女子生徒――妹の方の氷柄さんの姿があった。


「……へぇ、そういうことなのねお姉ちゃん。ふふふ、私は察しのいい妹さんなので、もう立ち去るのです。お邪魔しました!」

「え、小米?」


 それだけ言うと、彼女は廊下を小走りで去って行った。……自分で察しがいいと言っておきながら、何か勘違いをしているとしか思えない、矛盾を孕んだ台詞だった。姉の方の氷柄さんも、置いてけぼりを食ったような表情をしている。が、次第にその表情を別のものへと変えていく。


「……あの、氷柄さん?」

「ふ、べ、別に私達はと、友達なんかじゃ……ふっ」


 ニマニマしながら何やらぶつぶつ言っている。この人、こんな感じの人だったっけ?


(というか、友達というよりは恋人だと思われた感じに見えたけど……)


 しかし俺は、ここまでこの人の様子を見てきて、気が付いた。


(この人はもしかして、単に――)


「ねえ、氷柄さん」


 話を聞くにしても昼食を摂るにしても、この様子ではどちらもままならない。彼女にはきっと、こちらからの一押しが必要なのだろうと思った。


「し、(しずり)さん!」


 思い切って苗字ではなく、下の名前で呼んでみる。小蜜のようにナチュラルに転換できているとはとても言えない、不自然な感じになってしまったが。


「――ひゃっ、あい⁉」


 身体をビクリと跳ねさせると共に、おかしな返事をする。そしてようやくこちらを向いた彼女に、俺は告げる。


「あの……よかったら俺と、友達になりませんか……?」



 *



 昼休みが終わる10分前のチャイムと共に、俺は彼女と別れて教室に戻った。彼女――垂は、友達になろうという俺の申し出を動揺しつつも受け入れてくれた。その後2人で昼食を摂りながら聞いた話によると、彼女は昔から病弱で学校に行けず、友達がいなくて寂しかったらしい。ずっと人に話し掛ける勇気を持てずにいたが、昨日俺に声を掛けられたことで、俺に話し掛ける勇気を持てたという。


 ……そういった具合で色んな話を聞かせてくれたが、代わりに当初予定していた話を聞きそびれてしまった。すなわち、どうして高校1年生の彼女が車を運転していたのかという話。彼女の大人しい性格を知れば知るほど、その理由はわからなくなった。


(……まぁ、後で聞けばいいか)


 俺は今日、彼女と一緒に駅まで歩いて帰る約束をした。彼女の家は俺のアパートのある住宅街よりも1つ遠い地区にあるようで、通学には電車を利用しているという。そしてどうやら、四枝狩(ししかり)総合病院と同地区内のようだった。俺のアパートは高校近くの駅と病院近くの駅の丁度真ん中くらいの位置にあるため、普段俺は電車を使っていない。


(今日は小蜜(こみち)のところには行けないかな)


 高校近くの駅までも歩けばそこそこ掛かるし、この暑さの中体の弱い垂を家に送ってから折り返して病院へ向かうとなると、病院に着く時間はいつもより遅くなるだろう。あまり遅い時間に行っては病院に迷惑が掛かるかもしれない。だから今日は駅まで垂と一緒に向かった後、電車には乗らずにそのまま真っ直ぐ歩いて帰ることにした。小蜜のところへは一日おきに行っていたのだが、明日は休日だし明日行くことにしよう。そんな風に考えをまとめつつ授業の用意を終わらせ、俺は席に着いた。



 *



 ホームルームが終わり、放課後。俺のクラスよりも早くホームルームが終わったようで、垂は昇降口の前で靴を履いて待っていた。


「ごめん、待った?」

「いえ、私もさっき来たばかりだから大丈夫」


 俺も上靴から靴に履き替え、垂と共に校門へ向かう。


「初月くん、ごめん。もうちょっとゆっくり歩いてもらってもいい?」

「ん? わかった」


 俺としては普段よりもゆっくり歩いているつもりだったが、確かに彼女はスタスタと弾むように歩いていて、少し大変そうだ。


「これくらいなら大丈夫?」


 歩くペースを更に落として確認する。


「ええ、これなら平気。ありがと」


 初めは話題を振るたびにどぎまぎしていた彼女だったが、流石にもう俺との会話には慣れてきた様子だった。そろそろ、例のことを聞いてみてもいいだろうか。


 しばらく話しながらゆっくり歩く俺達を、他の生徒が自転車や徒歩で追い抜いていく。既に校門を出てから、そこそこの距離を進んできた。振り返って学校の方を見てみると、もう後ろからやってくる生徒の姿はない。……聞くならいまがちょうどいいだろう。


「垂、あのさ……」

「うん、わかってるわ」


 話を切り出そうとすると、彼女は食い気味に反応を返してきた。どうやら忘れていたわけではないらしい。


「……初月くん。これから話すことを聞いても、私と友達でいてくれる?」


 突然彼女は立ち止まり、そんな確認をしてくる。俺も振り返って彼女と向かい合う。友達でいてくれるか、なんてそんな確認をされるまでもない。俺だって、高校に友達がいなくて退屈していたのだ。せっかくできた友達をなくしたくなんてない。


「うん、絶対友達でいる。約束するよ」

「初月くん……ありがとう」


 そう言うと彼女は安心したように笑い、話し始める。


「……あのね。さっき、私の妹の小米のことを話したでしょう?」

「……? うん、昼も大事な妹だって言ってたね。昨日垂のクラスで声を掛けたら、垂のことを探すの手伝ってくれたよ」


 落ち着きは全くないが、愛想のいい人物だった。しかし、どうしていま彼女の話題が出てくるのだろうか。


「小米も私と同じクラスよ。まあそれはいま関係ないわ。初月くん、あのね……私と小米は、()()なの」

「な、なるほど……?」


 適当に頷く。それはたったいま知っていると確認したことなのだから、改めて宣言されても困る。彼女が何を言いたいのか、さっぱりわからない。


「えっと、だからね。私は……」


 そう呟くと彼女はカバンの中をまさぐり、財布を取り出した。そしてその中から白いカードを抜き出すと、俺に差し出してくる。


「あんまりまじまじ見ないでよ、恥ずかしいから……」

「う、うん」


 白いカードを受け取る。プラスチック製のカードの表面には、何かの有効期限等の記載と、垂の証明写真。これは彼女の運転免許証だ。しかし、これが何なのだろう。高1でも取得できる原付免許では、普通自動車は運転できない。俺だって流石にそれくらいは知っている。


「……って、あれ?」


 渡された免許証をよく見てみると、運転が許可されている種類の欄には『普通』と記載されていた。


「んん……?」


 カードの右上を見ると、そこには彼女の生年月日が記載されている。俺達はいま高校1年生。そこには『平成19年』と記されているはずだが――実際に彼女の免許証に記されている文字は、『平成17年』だった。ということは、つまり。


「……私と小米は()()じゃなくて()()。私、この前の誕生日で18歳になったの」

読んでくれてありがとうございます!

簡単な地図ですが、


駅―病院―氷柄家―――陽司アパート―――駅――高校


という風な感じになってます。基本的にはこんな感じで東西に並んでます。今後ちらほら北南方面の場所も出てきますので、もしかしたらまた補足するかもしれないです!

8話以降も読んでくれたら嬉しいです!

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