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第6話「友達」

 放課後 氷柄(ひから)


 *


「……ただいま」


 家の中に入り、一応帰宅の報告をする。別に母に聞こえていようがいまいが、どちらでもいい。適当に脱いだ靴を揃え、洗面所に行き手洗いうがいをする。もうそこまで徹底しなくとも問題ないのだが、習慣になっておりやっておかないと落ち着かないのだ。タオルで濡れた顔と手を拭き、洗面所を出る。そのまま自分の部屋に向かおうとリビングを通ると、そこで母と出くわした。


「おかえり、(しずり)。……? どうしたの? なんだかニマニマしちゃって」

「……ニマニマなんてしてないけど」


 していない。ただ、今日学校であった出来事を思い出していただけだ。


「ふふ、そうなの? 何か学校でいいことでもあったんじゃないの?」


 母はなぜだか少し嬉しそうに、微笑みを向けてくる。


(別にいいことなんてない。そうやって私のことを勝手に決め付けないで。そもそも、高校だって……)


「……部屋行くから」


 母にそう言い残し、返事を待たずに階段を上がっていく。


(……いいことなんてない)


 改めて、今日学校であったことを想起する。一昨日病院に運転して行ったことが生徒にバレて、その生徒がわざわざそのことについて聞きに来た。どうやら妹とも話したようで、昨日は早退したことについて妹にも文句を言われた。


(チクるつもりはない? なら、わざわざ聞きに来ないでよ。……友達でもなんでもないのに)


 そう。あの生徒とは、別に友達でもなんでもない。それなのに、タイミングよく戻って来てくれたと思った保健室の先生は“友達がいたみたいで安心した”だなんて……。


(先生だけじゃない。お母さんも小米もそう。私のことを、なぜだか心配してくれる。私のことなんて、放っておけばいいのに……)


 自分の部屋に入る。妹の小米とは同じ部屋だが、まだあの子は帰ってきていない。他の生徒と帰宅時間が被るのが嫌で、私が少し早めに下校しているからだ。


「ふぅ……」


 ベッドに腰掛け、考える。別に、私のことを心配してくれる人のことが嫌いなわけでも、その人達に嫌われていたいわけでもない。ただ、私のためにその人達に心を砕かせることが嫌なのだ。そしてそれ以上に、その人達に私のことを知られることが、恥ずかしい。妹の小米は私と違って勉強ができるし、明るくて元気で友達もたくさんいる。……そんな小米と比べられることが苦痛だとか、もうそんなことで悩むような年ではない。もっと普遍的に、世間の常識的に、私は惨めで恥ずかしい。


 ……病気のせいではあるが、昔から運動ができず、勉強も碌にできない。そして友達も、いない。そのうえ高校生なのに授業をサボって、車も運転して。……私はとても恥ずかしい。だからそんな私のことを、私は誰にも知られたくない。運動ができないことも、勉強ができないことも、友達がいないことも。私は誰にも知られたくない。


 ……だからこそ、今日先生に友達がいると勘違いされたことで――少しだけ、悦に入ってしまった。誤解でしかないのに、他人に“友達がいる私”を知ってもらえたことが嬉しかった。……恥ずかしくない。私がひとりぼっちで惨めな人間ではないんだと、他人に認識してもらえたことが、ちょっとだけ嬉しかったのだ。


「……!」


 自分の表情に気付く。いつの間にか口角が上がってしまっていた。もしかしてさっき母に会ったときも、こんな顔をしていたのだろうか。


「…………」


 友達なんていらない。別にそんな風には思っていない。だけどこんな惨めで恥ずかしい私と、誰がどうして友達になりたいと思うのか。今日私のところにやってきた生徒だって、きっと私と友達になりたいなんて思っていない。本当にただ、興味本位で聞きに来ただけだろう。


(だけど……)


 私のことを校則すら守れない人間だと知りながら、わざわざ探し回って、保健室まで話し掛けに来てくれた。皆私がこんな人間だって知ったら、腫れ物扱いしてきたのに。


「……私だって本当は、友達が――」



 *


 6月16日


 *


 今日も今日とて、俺は1人で本を読んだり、スマホをいじったりして休み時間を過ごしていた。友達のいない俺はこうして時間を潰す以外することがないから仕方がない。もちろん退屈ではあるが、自分のために時間を使えるのは悲しいが有意義でもあった。しかし、次の時限は移動教室の英語だ。休み時間中に教室を移動しなければならず、案外のんびりしてはいられない。


 我が校の移動教室の科目は学力によって教室がわかれており、俺は残念ながら英語が苦手なので一番下のクラスだった。学力でクラスがわかれている以上、授業内容が難しすぎるということはないため、授業を受けること自体は別に苦痛ではない。しかし今日の俺は、英語の教室に行くことが億劫だった。なぜなら英語の授業は、昨日俺が保健室で怒らせてしまった彼女と同じ教室だからだ。昨日の様子を思い出すと、正直顔を合わせにくい。


「はぁ……」


 そう思いつつも、この教室も別クラスで使用されるためいつまでも居座るわけにはいかない。俺は教科書類を机から取り出し、教室を出ることにした。俺は休み時間で賑々しい廊下をゆっくりと歩いていく。


(もう一回ちゃんと謝っておくべきか? それとも、もう関わらないでいる方がいいか……?)


 開けっ放しの扉から教室の中に入り、自分の席に座る。教室内を見回してみるが、どうやら彼女はまだ来ていないようだった。果たして、彼女は今日授業に出席するのだろうか。欠席が多いことは2カ月同じ授業を受けているから流石に知っている。しかし昨日の今日で欠席されると、もしかして俺のせいで教室に来にくくなってしまったのではないかなどと考えてしまう。


(そもそも高1で車を運転してる時点で悪いのはあっちだし、俺が謝ることじゃないか……?)


 スマホで時間を確認する。授業まであと5分ほどある。彼女と顔を合わせれば何かしら行動の契機を得られるかと漠然と思っていたが、彼女が教室に来ていない以上、どうしようもない。ぼーっとしているだけなのも時間がもったいないため、俺は英単語帳を開いた。毎週単語のテストがあるため、暗記しておかねばならないのだ。


「……ねえ」


 しばらく単語帳を眺めていると、ふと声を掛けられた。単語帳から目を離し、声のした方を見上げる。


「昼休み、時間空いてますか……?」


 そこにいたのは、昨日の彼女――氷柄(ひから)さんだった。


「え?」


 聞き取れなかったわけでもないのに、思わず聞き返してしまった。昼休み……一体何の用だろうか。まあ昨日の話に関わることなのは、ほぼ間違いないだろうが……。


「え? あ、いや、なんでもな――」


 あたふたと目を泳がせる彼女だったが、すぐに元の調子を取り戻す。


「……いえ。この後の昼休み、話したいんですけど空いてますか?」


 そして再び、同じ問いを掛けてくる。どこか1度目よりも、腹を決めたような様子で。


「空いてますけど……話って何ですか?」


 友人のいない俺は昼休みに昼食を摂ること以外に用などないため、別段断る理由もなかった。それでも一応、用件は事前に聞いておきたい。


「あ、その……昨日病院でのことを聞きにきたでしょう? 昨日は何で言わなきゃ……って思ったけど、やっぱり話してもいいかなって……」


 やはりそのことか。てっきり口止めでもされるのかと思ったのだが……おおよそ真逆ともいえる提案をしてきた。一日経って気が変わったのだろうか。昨日はかなり不機嫌そうにしていたような気がするが……。


「別に、話したくないなら無理に話してくれなくていいですよ? 俺も昨日は、興味本位でつい聞いてしまっただけというか……」


 彼女にどんな事情があったとしても、俺には関係ない。興味がないかと問われれば、正直いまもないとはいえないが、だからといって嫌々話させるのは申し訳ない。彼女の方には、俺に話す意味なんてないはずなのだから。


「いや、何というか……わ、私が話してみたい、というか……」

「……?」


 なんだか煮え切らない答えが返ってきた。


「えっと、もう少し詳しく――」


 追求しようとするが、俺の声は鳴り響くチャイムによって掻き消された。


「あっ、授業……。えっと、初月(はづき)くん。とりあえず、昼休みに教室まで迎えに行きますからっ」


 そう言い残すと、彼女はそそくさと自身の席へと去っていった。


(迎えに来る……?)


 彼女は果たして、昼休みのいつ頃来るつもりなのだろうか。話をする前に昼食を摂ってしまいたかったが、どうしたものか。


(まあ話し終わってから食べればいいか。……まさか俺と2人で食べるつもりでもないだろうし)


 俺は頭を切り替え、授業に集中することにした。

読んでくれてありがとうございます!

基本的にはメイン陽司とサブ垂の視点で話が進みます!

7話以降もよかったら読んでください!

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