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第2話「四枝狩総合病院にて」

 少し涼しくなってきた住宅街を、1人歩いて帰途に就く。無事に彼女を病院に送り届けることができた。今更ながら、彼女が最初に送ってもらうことを躊躇ったのはただ、頼りない高校生に引き連れられて道路を進むのが不安だったからなのではないかと思う。……まぁ、そもそも1人でこの住宅街まで来ているのだから、そういうわけではないと思いたい。ぼーっと考えながら歩いていると、ちょうど彼女が誘拐されかけた地点にまでやって来た。この通りを真っ直ぐ進んで十字路を左に曲がれば、俺の住んでいるアパートはすぐだ。


(……ん?)


 ふと、視界にギラリと眩しい光が差し込んできた。光の方を見やると、路肩に何かが落ちている。近付いて見てみると、それは薔薇の形をした金色のペンダントだった。手入れがされていないのか、かなり黒ずみ汚れてしまっている。拾い上げてペンダントトップの裏側を見てみると、そこには筆記体で何やら言葉が刻まれていた。


「『Rose Garden』……? 薔薇の、庭?」


 筆記体だから読みにくいが、恐らくそう刻まれている。その言葉の意味するところはわからないが、何にしてもこのペンダントは誰かの落とし物だろう。しかし、先ほどここにこんなものは落ちていただろうか。状況が状況だったためよく覚えていないが……もしかしてこれは、彼女の落とし物という可能性はないだろうか。病院に着いて別れるまでに、何かを探しているような素振りはなかったが……。


「……さっそく明日、行ってみるか」


 俺は立ち上がってペンダントをポケットに仕舞い、再びアパートに向かって歩き出した。



 *



「あれ? 小蜜(こみち)ちゃん?」


 四枝狩(ししかり)総合病院に到着するや否や、通りかかった若い女性看護士が俺達に声を掛けてきた。細かいことをいえば、俺にではなく、彼女に。


「外出するなんて珍しいじゃない! うんうん、たまには外に出なきゃダメよね。付き添いは窓辺先生かしら?」


 楽しそうに話しながら俺の方を見ると、すぐに不思議そうな表情を作り、尋ねてきた。


「えーっと、外来さん? ……いや、もしかして小蜜ちゃんのお友達かしら?」


 どちらでもない。俺は彼女の……なんだ? なんて説明すればいいのやら。あんまり大ごとにはしたくないというのが彼女の意思だ。


「自分は四枝狩高校1年の、初月陽司(はづきようじ)といいます。彼女とはさっき病院の外で偶然出会って……困っていたので、病院まで送って来ました」


 嘘ではない。だいぶ端折ってはいるが。


「あら、そうだったんですか。それはご迷惑をお掛けしました。……もう、窓辺先生ったら。患者さんをほったらかしちゃうなんて、あとで注意しておかないといけないわね」


 この看護師の話を聞く限り、窓辺という人物と共に彼女は病院を出たのだろうか。てっきり彼女1人でこっそり抜け出してきたのかと思っていたが、考えてみれば盲目の身でこの規模の病院をこっそり抜け出すのは無理だろうか。


「あ、あの!」


 突然、彼女は声を上げた。俺も看護師も彼女の方を見る。


「先生は関係ないです。私が勝手に病院を抜け出しました……ごめんなさい」


 窓辺という人物を庇ったのか、単に後でバレるのがわかりきっているから観念したのか、彼女は白状することにしたらしい。


「……ふぅん、そっか。……あなた共犯者?」


 彼女を窘めるかと思ったが、看護師はジトっとした目つきで俺の方を見てきた。なぜかその矛先は俺に向けられているらしい。病院の外で偶然出会ったのだと言ったのに。


「ちっ、違いま――」


 否定しようとするも、それもなんだか自分だけ助かろうとしているようで恥ずかしく思い、言葉に詰まる。すると。


「ふふふ、冗談。今日は私準夜勤だから、勤務時間外の脱走とかぶっちゃけ私に責任ないのよねー。何事もなく無事帰って来れたんだから、小蜜ちゃんと陽司くんを叱る理由もないわ」


 ……何事もなくはなかったが、余計なことは言うまい。


「悪いのは脱走に気付かなかったお局たちよ! そうだ。このことを責任問題に発展させて、あの耄碌怒りんぼ達を――」


 準夜勤ということはいまはシフト中だろうに、目の前の看護師はとても職場で言って許されるとは思えない暴言を口走り始めた。それも、患者と部外者の前で。


「あ、あの……」

「ん、何かしら?」


 悪そうに歪めていた表情をスンッと真顔に描き換えて、こちらに向き直る。この切り替えの速さがプロの証ということなのだろうか。


「今日のことは、秘密にしておいてほしいのですが……」

「どうして? どのみち陽司くんに責任はないじゃない。小蜜ちゃんは、多少は怒られるかもしれないけれど」


 そうかもしれないが、それでも彼女だけが責任を負って自分は部外者だから関係ないというのは、なんだかモヤモヤする。別に一緒に怒られたいというわけではない。それでも彼女だけが怒られるというのは、なんだか可哀そうに思えた。


「……へぇ、わかりました。そんなにお願いするなら、黙っててあげてもいいわ。ただし、1つだけ条件付きよ!」

「じ、条件ですか……」


 そうきたか。先ほどの発言からして、この闇の深そうな看護師が何を要求してくるのか少しだけ……いや、相当に怖い。そう憂う俺だったが、しかし。


「小蜜ちゃんの面会に来ること。以上!」

「え、面会ですか? ……というか、それだけですか?」


 先輩看護師を陥れる片棒でも担がされるのかと思ったが、存外拍子抜けする内容だった。


「それだけよ。折角小蜜ちゃんが同い年の友達を連れて来たんだもの。これきりでさよならなんて、悲しいじゃない」

「同い年?」

「あら、話してなかったの? 陽司くん、高1ってことは15歳か16歳でしょ? 小蜜ちゃんも今年で16歳よ。早生まれだから、厳密には来年だけど」

「そうなんですか?」


 ……と、なぜか彼女が看護師に尋ねる。


「そうなんですか、って。小蜜ちゃん、まさか自分の年齢知らなかったの?」

「はい。ずっと病院にいますから、何歳でも関係ないですし……」

「うっわー、この病院ドン引きね。女の子の誕生日を祝ってあげないなんて、倫理観どうなってるのかしら」


 人のことを言えないだろうとは思うが、いまは黙っておく。そんなことよりも、気になることがあった。


「ずっと病院にいるって……いったいどれくらいの期間なんですか?」


 当人の方を見てみるが、答えない。それもわからなくなるくらいの期間ということなのだろうか。彼女の沈黙を受けて、代わりに看護師が答えた。


「少なくとも私がここで働き始めたときには、小蜜ちゃんはもう入院してたわね。……もう3年も前かぁ。私もあの頃はこの職場に一縷の希望を――」


 ……つまり、彼女は少なくとも3年以上前からずっと入院しているということか。目も見えず、外にも出れずにずっと病院にいなければならないというのは、俺には耐えられそうにないな。……彼女はどうなのだろう。辛かったのだろうか。それとももう慣れてしまったのだろうか。彼女は俺が面会に来たとして、嬉しいのだろうか。つい数十分前に会ったばかりの、顔も知らない俺が面会に来たとして。果たして、嬉しいものなのだろうか。


「――っと、結構話しちゃったわね。そろそろ仕事に戻らないと。小蜜ちゃん、とりあえず病室に戻りましょうか」


 唐突に、看護師は話を切り上げた。


「陽司くんはどうする? 面会時間はまだあるけど、今日は流石に帰るかしら?」


 まだ暗くなる時間ではないが、俺も勉強を進めたり自炊をしたりと、やることがある。帰るには丁度いい時間だった。


「はい、今日はもう帰ります。……看護師さん。約束、お願いしますよ」

「それは陽司くんが約束を守るか次第でしょー。ねえ小蜜ちゃん?」


 彼女は看護師に付き添われ、病棟の方へと体を向けた。


(……俺が約束を守るかどうかは、彼女次第だ)


 彼女は看護師に背中を押され、病棟内へと一歩踏み出す。


(俺と彼女は赤の他人でしかない。不要なお節介を焼いて、嫌な思いをさせたら申し訳ない)


 右手に持つ杖の先が床から離れ、少し先に接地する。しかし、それに続いて足を踏み出すことはせず――。


「あ、あの!」


 彼女は突然、こちらに振り返った。肩まである金色の後髪がバサリと横に振られ、長く茶色い前髪が、俺の正面に現れた。


「えっと、わ、私は……四枝狩総合病院の、入院病棟701号室に入院してる水質(みなじち)小蜜といいますっ! ずっといるので、その、陽司くんがよかったら……会いに来てくれたら、嬉しいです……!」


 そう自己紹介すると、彼女は目を逸らした。目の見えない彼女だが、杖を持った手で照れるように前髪を弄るその素振りは、俺にはそうとしか言い表せなかった。


「肩書きが病室ってのがいじらしいわよね。……にしても自己紹介すらしてなかったなんて、いったいどこでどういう出会いをしてここまで来たのやら」

読んでくれてありがとうございます!

小蜜の髪についてですが、第47部にイラストを載せていますので、よくわからなかった方はそちらを見てみてください。

※まとめ回なのでネタバレあります。ご注意ください。


3話以降もよかったら読んでください!

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