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第19話「初月家-⑦帰宅」

「お、帰ってきたか。出かけるなら一言声掛けてな」

「あっ、ご、ごめんなさい! 上からの景色を見てみたくって……」


 家に戻ると、ダイニングで待っていた父に軽く窘められた。そういえば何も言わずに家を出てしまったのだった。いつ帰ってくるかもわからず鍵も掛けられないのだから、そりゃ迷惑だろう。素直に申し訳ない。


「ま、何事もなかったならそれでいいか。……氷柄(ひから)さん、はいこれ。確認してみて」


 そう言って(しずり)に手のひらサイズの黒いケースを差し出した。


「あ、はい!」


 それを受け取り、ケースの上蓋をパカッと開く。中には先ほど垂が選んだペンダントの完成品が入っていた。シンプルでこれといった特徴のないペンダント。選んでいる段階では個々のパーツを並べて見比べることしかできなかったが、完成品のペンダントには当然アレキサンドライトの裸石(ルース)が嵌め込まれていた。


「わぁ……やっぱり、想像してたよりもずっと綺麗です……!」

「何か問題はないかな?」

「はい、大丈夫です! きっと妹も喜んでくれると思います。ありがとうございました!」


 ケースの蓋を閉め、頭を下げる。


「そう、それならよかった」


 父は安心したように言う。これで小米への誕生日プレゼントは決まった。ということはつまり、俺と垂共に、実家に来た用件は全て終わったということだ。


「2人とも昼ご飯はどうする? これから買い出しに行こうと思ってたところだけど」


 時計を見ると、時刻は午前10時前。そろそろ昼ご飯について考えてもいい時間帯だ。いまから買い出しに行って正午頃に昼食を摂るとしたら、ここを出発するのは1時くらいになるだろう。千葉に帰るのに昨日と同じくらいの時間が掛かるとすれば、向こうに着くのは夕方の5時頃。明日学校があることを考えると、もう少し早く帰ってゆっくりしたいところではある。


「垂、どうする?」


 運転するのは俺ではなく彼女なのだから、彼女の判断に従うことにした。


「うーん、そうね……。昨晩も今朝もいただいたし、流石にお昼ご飯までいただくのは迷惑よね……私は帰り道で自分で買って食べるので、用意してもらわなくて大丈夫です」

「いや、全く迷惑ってことはないんだが……わかった。なら陽司(ようじ)も氷柄さんと一緒に食べるだろうし、お前の分も用意しなくていいな?」

「うん、いいよ」


 俺が食べるのを待たせるのも申し訳ない。それなら俺も道すがら垂と一緒に済ませた方がいいだろう。


「じゃあもうやることもないし、そろそろ帰りの準備をしようか」

「そうね。……初月さん、今回はいろいろとありがとうございました」

「気にしないで。こちらこそ氷柄さんと話せて楽しかったよ。今度は買い物とかじゃなく、普通に遊びに来るといい。歓迎するよ」

「い、いいんですか? ありがとうございます! また来ます……!」

「うん、待ってるよ。……それじゃ、2人がここを出発したら、俺も買い出しに行くとするかな」


 そう言ってテーブルに置いてあった雑誌を手に取る父。俺と垂はダイニングを出て各自の部屋に戻り、出発の準備をし始めた。



 *



 各々出発の準備を終え、ダイニングまで戻ってきた。そこで垂はペンダントの代金を父に支払い、俺も事前に約束した通り金額の半分を負担した。まあ俺はバイトをしていないため、父から貰った小遣いを父に返しただけなのだが。そのうちちゃんとバイトしよう。


「それじゃあ2人とも、気を付けて帰るんだぞ」

「はい、お邪魔しました! とっても楽しかったです!」

「……じゃ、またそのうち帰ってくるよ」


 手を振る父に別れの挨拶をして、俺達は帰路に就いた。



 *



 午後2時過ぎ、垂の運転する車は無事に俺達の住む町にまで帰ってきた。


「また明日ね。……お休みなのに、付き合ってくれてありがとうね」

「いや、俺の方こそ実家に顔出せたしいろいろと助かったよ、ありがとう。……それじゃ、ここまで来ればもうあと少しだけど、気を付けて帰ってね」


 アパートの前で降ろしてもらい、住宅街を走り去る車を見送ってから自分の部屋へと入っていく。ここが紛れもなくいまの俺の家のはずなのに、なんだか“帰ってきた”という感覚は薄い。たった1泊しかしていないというのに、もう頭は実家の方に親しみを覚えているようだ。向こうの方が圧倒的に長く住んでいるのだから、当然といえば当然か。


「ふぅ……」


 鞄を下ろして一息吐く。運転をしていないとはいえ、何時間もマップを眺めていればそれなりに疲れる。このまま眠ってしまいたい気持ちもあるが、夜眠れなくなったら困るので我慢するしかない。下ろしたばかりの鞄を引き寄せ、ファスナーを開く。荷物がパンパンに詰まった鞄の一番上には、丸められたタオルが収められている。それを取り出して展開すると、中から手のひら大の黒いケースが現われた。


「ほんとにそこまでする必要あるか……?」


 黒いケース。その中身は、垂の用意した小米への誕生日プレゼントだ。なぜそれを俺が持っているのかといえば、小米の誕生日当日まで預かっていてほしいと垂に頼まれたからだ。垂曰く、部屋が同じだから小米に見つかってしまうかもしれない、と。姉妹とはいえ流石に勝手に持ち物を漁るとは思えないが、それは俺が一人っ子だから知らないだけで、案外兄弟姉妹間では起こり得ることなのだろうか。まあ俺が持っていれば確実に見つかることはないし、断る理由もないので預かっておくことにしたわけだが。


「けどなぁ……」


 垂からのお願いはもう1つあった。小米の誕生日は27日の火曜日であり、平日なので当然学校がある。だから預かっているプレゼントは、当日学校で垂に引き渡すのが一番手っ取り早い。にもかかわらず、垂は放課後に彼女の家までプレゼントを持ってくるよう言ってきた。プレゼントを渡したあとは誕生日ケーキを食べるらしく、どうやら俺の分も用意してくれるという。……つまり俺は、氷柄家の誕生日会に招待されてしまったというわけだ。彼女等の両親には会ったことすらないのに、一家団欒の場ともいえる誕生日会にいきなり誘われても、正直気乗りしないというのが本音だった。


「どうするかなぁ……」


 とりあえず明日垂に相談してみよう。ご両親が了承していないのなら、垂に頼まれても行くのは憚られる。逆に受け入れてくれているのなら、気乗りはしないがお邪魔させてもらうことにしよう。



 *


 6月26日


 *


「心配しないでも大丈夫よ。お父さんもお母さんもぜひ来てほしいって言ってるから」


 月曜日の放課後、俺が誕生日会に参加することをご両親がどう思っているのか垂に聞いてみたところ、そんな返事が返ってきた。どうやら俺は歓迎されているらしい。それならまあ、行ってもいいだろうか。


「うーん、でもなぁ……」


 山梨にいた頃に姉や妹のいる男友達の家に遊びに行ったことはあるが、女子しかいない家庭に上がったことはなかった。娘のみの家庭にお邪魔させてもらうのは、男友達の家に行くときよりも身構えてしまう。何が許されて何が顰蹙を買うことになるのか、よくわからない。そんな俺の不安を感じ取ったのか、垂は呆れたように言ってくる。


「別に少しくらい騒いだって小言を言われたりしないわよ。……そうじゃなかったら、小米があんな我が儘な子に育ったりしないわ」

「そ、そうだね。ははは……」


 少し顔を顰める垂に、俺は苦笑を零した。どうやら垂は今日一日……というか、多分昨日帰ってきてからずっと、小米に粘着されているらしかった。休日のことをしつこく詮索されているようで、昼ご飯を食べるときにも小米は付いてきて、俺も絡まれた。そのため垂は今日一日頗る機嫌が悪く、学校ではずっと黙りこくっていた。放課後になってやっと小米から解放され、ようやくいつもの調子に戻ったのだった。……だからそんな垂の言葉にはある意味説得力がある。溌溂とした小米が家でもあんな調子だというなら、確かにご両親は心の広い人なのだろう。


「ほんとに厳しい人達じゃないから、そんなに不安にならなくて大丈夫よ」


 そこまで言うのであれば、普段通りにしている分にはご両親の不興を買うこともないだろうか。


「でもそうね……もし何かやらかしたとしても、私が味方をしてあげる!」


 ふふん、と胸を張って言ってくる。何が“やらかし”になるのかわからないから気後れしているわけだが……しかし、呼んでくれているのにいつまでも躊躇していては垂にもご両親にも失礼だろう。


「わかったよ。明日はちゃんと行くから、お母さんとお父さんにもよろしくね」

「ええ、もちろん! 皆で待ってるわ!」


 そう言うと垂はニカッと笑った。

読んでくれてありがとうございます!

今回で陽司の実家エピソードは終わりです!

因みに作者は陽司の実家のある山梨県甲府市には行ったことがないですが、今年中(2023)に行ってセルフ聖地巡礼したいなと思っています。←しました。山道きつすぎて汗だくになりました。景色はめちゃよかったです!


次回20話からは再び四枝狩でのエピソードが始まりますので、よろしくお願いします!

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