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第18話「初月家-⑥冷たい少女」

 家を出て坂道を上っていく。外は風も吹いており思っていたほど暑さは気にならなかった。


「やっぱり立派なお家が多いわね。お金持ちの人が多いのかしら。場所的に買い物に出掛けるには不便そうだけど」


 ここら辺は甲府市の中でも郊外寄りだ。市街地からは少し距離があるため、(しずり)の言う通り買い物が不便なのは間違いない。


「ねえ、山のてっぺんまであとどれくらい?」

「……そんなに高い山ではないけど、流石に頂上まで行ったら1時間じゃ帰って来れないよ。とりあえずこの道の一番高いところに行こう。そこでも十分街を見渡せるくらいには高いからさ」

「そうなの? それならしょうがないわね。お父さんを待たせるわけにはいかないし」


 また不満げな態度を取られるかと思ったが、特にがっかりする様子もなく俺の提案を受け入れてくれた。それから10分ほど歩き続けると、坂道の頂上が見えてきた。道自体はそこから先も続いているが、下りになっているためあそこが実質的にてっぺんなのだ。


「ほら、もうちょっとで一番高いところに着くよ。ちょうど遮るものがないから街もよく見える」

「そうなのね! 写真撮って小米にも送って見せてあげよっと」


 それはまた小米が荒れてしまいそうな気がするから、自宅に帰ってからにしてほしい。そんな俺の思いとは裏腹に、垂は既にスマホを取り出してカメラを起動していた。頂上まではもう少しあるのに、気が早い。


「おー! ほんとに街全体が見えるわね!」


 頂上まで登り切ると、垂はガードレールに寄って景色を見渡した。子供ではないからスマホを落としたり自分が落ちたりはしないだろう。俺は彼女とは逆に山の斜面の方を見やる。ここまで10分以上坂道を歩いてきたため、若干汗ばんでいる。自販機でもないかと周囲を見渡すが、やはりそんなものはなさそうだった。しかし。


(ん……?)


 道路脇の建物に続くコンクリート製の階段。そこの1段目に人が1人、俯いて座り込んでいることに気が付いた。……それだけなら、別に疑問に思うことはない。俺達がいまここにいるように、誰か別の人がここにいたって不思議はないだろう。不可解なのは、その服装だった。階段に腰を下ろして俯いているその人物は、6月だというのにコートに身を包み、マフラーまで首に巻いている。あんな格好ではいまの時期、体を動かしていなくても暑いだろう。というか、熱中症になりかねない。


「――よし、これだけ撮れば十分かしら! 流石に自撮りとかは恥ずかしくてできないわね……って、どうかしたの?」


 写真を撮り終えたらしい垂が、黙り込んでいた俺に声を掛けてきた。


「いや、あそこ」


 階段に座っている人物を指し示す。俺達に気付いていないのか、先ほどから俯いたまま動かない。


「……? 人がいるわね……って、コート?」


 垂も気付いたらしい。やはりあれはいまの季節にはありえない格好だ。何か事情があるのかもしれないが……普通の人なら、万一ということもある。


「心配だから一応声掛けてくる」

「私も行く」


 崖側を離れて斜面沿いの階段へ。俺達がこの距離まで近付いても、その人物は反応を示す様子はなかった。


「あの、すみません。大丈夫ですか……?」


 少し不気味さを感じつつも、声を掛けてみる。


「……ん」


 もしかして人ではなくて人形か何かだろうかとも思ったが、声を掛けると俯いていた顔を上げ、長い髪の隙間からこちらを見上げてきた。どうやら女性らしい。


「……すいません、こんな暑いのにそんな格好をしてるので、心配になって声を掛けたんですけど……」


 反応が薄いが大丈夫なのだろうか。ひょっとしたらすでに体調に異常をきたしているのかもしれない。そうであれば救急車を呼んだ方がいいだろうか。


「……平気。……むしろ寒くて敵わない」


 そう言うと立ち上がり、コートの尻の辺りを手で払った。顔をよく見てみると、俺達と同じくらいの年齢に見える。しかし、病的なまでに白い肌をしていた。


「あの、本当に大丈夫ですか……?」


 この暑さでコートを羽織っているにもかかわらず寒いだなんて、とても正常とは思えない。


「……しつこい。……大丈夫じゃなくても、あなたには何もできないでしょ」


 睨むように俺のことを見ると、そのまま横を通り過ぎて行ってしまった。ふらつく様子は全くない。しかし。


「! あの、それ……!」


 俺はつい声を上げ、行き去ろうとする彼女の手を掴んでしまった。すると驚く様子もなく、彼女はゆっくりとこちらに振り返る。


「……!」


 むしろ、驚いたのは俺の方だった。掴んだ彼女の白い手は、まるで氷でできているかのように冷たかった。


「……何?」

「あ、あの……その髪留め……」


 彼女の長い髪を纏めている髪留め。それは……。


「髪留め……? 別に、ただの髪留めでしょ。……離して」

「あ、すいません……」


 俺が手を離すと、彼女は再び俺達に背を向けて歩いていってしまった。


「……ねえ、あの髪留めってもしかして……?」


 ずっと黙って様子を見ていた垂だったが、彼女が去ると話し掛けてきた。


「うん。多分父さんが作った物だと思う。……まあでも、ここら辺の人ならうちの店で買ってくれた人も、そりゃいるか……」


 あの髪留めを見て一瞬何かに思い至りそうになったが、いま思えば髪留めは普通に販売している物なのだから、彼女がそれを持っていても何も特別なことではないかもしれない。


「ねえ、私達も座って休まない?」


 そう言って先ほどまで彼女が座っていた階段を指し示す。確かにまだうちに帰ってもペンダントは完成していないだろうし、ここで時間を潰すのもありだろう。


「そうだね。いったん休もうか」


 釈然としない気持ちを抱えたまま、俺は垂と共に階段に腰を下ろした。しばらくお互い黙ったままだったが、やがて垂の方から話し掛けてきた。


「……私、やっぱりこの山のてっぺんに行ってみたい。それと街の方もぶらぶら歩き回ってみたいわ」

「いや、それは無理だよ。明日は学校あるし、今日中には千葉に戻らないと」


 山の頂上には車で行けないこともないが、流石に今日街を見て回ってから千葉に帰るのは、時間的にも体力的にも厳しいだろう。それに、山の頂上だって面白いものは何もない。あるのは……。


「わかってるわよそれくらい。だから、そうじゃなくて……」

「そうじゃなくて……?」

「……また来ようよ、一緒に。今度はちゃんと、観光しに、よ」


 観光しに、か。そうなるとまた小米が……いや、今度は誕生日プレゼントとかの事情もないだろうし、小米も一緒に連れてくればいいか。小米とトランプなんてやったらうるさそうだが、それはそれで賑わいで面白そうだ。


「わかった。また一緒に来よう」

「……! うん、約束よ!」


 そのまま俺達はしばらく話して時間を潰し、ちょうど1時間ほど経ってから家へと戻った。

読んでくれてありがとうございます!

冷たい少女ちゃん、初登場したのに前編ではもう一切出てきません。

もしかしたら重要なキャラかもしれないので、頭の片隅にでも置いといてやってください!


次回19話、実家エピソード最終回です!

ぜひ読んでください!

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