第15話「初月家-③お泊まり」
風呂を上がってダイニングに戻ると、父と垂はテーブルを挟んで向かい合う形で座って話し込んでいた。テーブルの上にはチェーンやペンダントが並べられている。
「父さん、風呂上がったよ」
声を掛け、俺も父の横側の椅子に腰掛ける。
「ん? ああ。じゃあ氷柄さん、続きは明日にしようか」
「はい、わかりました。また明日よろしくお願いします」
父はテーブルの上に広げられていた物品をじゃらじゃらとかき集めると、それを掴んでダイニングを出ていった。
「何してたの?」
なんとなく見当は付くが、一応尋ねてみる。
「小米にあげるペンダントのデザインを選んでたのよ」
まあそうだろう。裸石と合わせて仕上げるのにも多少時間は掛かるし、デザインは早く決めてしまうに越したことはない。
「もうどんなのにするか決まったの?」
「まだ。明日もう一回見せてもらって決めるわ」
見た限り、そんなにたくさん選択肢があるわけではなさそうだった。せいぜいチェーンとペンダントトップの組み合わせが6通りくらい。いま焦って決めなくとも、明日ちゃんと見て決めれば問題ないだろうか。
「そっか。あとでやっぱり違うのが良かったーってなったらもったいないしね」
「ええ。小米が一番気に入りそうなのを選ぶわ」
小米へ贈る誕生日プレゼントなのだから、垂の言う通りそれが一番重要だ。
……そういえば、小米からは日中垂の元にも俺の元にも何度もメッセージが送られてきた。内容はもちろん、どうして出掛けるのに連れていってくれなかったのかと問い詰めてくるものだった。いくら問い詰められても本当の理由を教えるわけにはいかないため、不本意ではあるが単に旅行で来ていると嘘を吐くしかなかった。そうしたら旅行に誘われなかったことへの抗議の電話まで寄越してきた。どうすれば小米が納得してくれるか垂と共に考えた結果、とりあえず話題を逸らして夏休みに今度は小米も誘って遊びに行くことを約束をしたら、なんとか落ち着いてくれたのだった。
向こうに帰ってから小米にプレゼントを渡すまで、おおよそ2日。その期間隠し通すことができれば、サプライズで小米にプレゼントを渡すことができる。懸念点を挙げるとすれば、押しの強そうな小米に対して、押しに弱そうな垂が隠し通せるのかということ。小米も流石に荷物を勝手に漁ったりはしないだろうが……。
垂の方を見ると、やはり疲れが溜まっているのか欠伸をしている。知り合う前は彼女のことをクールな性格かと思っていたが、実際に関わってみると人前以外では案外のほほんとした性格だった。果たして彼女は、家族の前ではどちらなのだろうか。学校で見ているだけでも、垂と小米が不仲でないことはわかる。だからこそ、気が緩んでふとしたときにサプライズ計画がバレてしまわないか心配だった。
垂を見ていると、見られていることに気付いたのか彼女と目があった。すると足元の鞄から何かを取り出し、それをテーブルの上に置いた。彼女が取り出した物……それはトランプだった。
「そんなの持って来てたんだ。……いまからやるの? 2人で?」
疲れているだろうし早めに休んだ方がいいのではないかと思う。それに正直、トランプを2人でやって盛り上がるとは思えなかった。
「よ、夜にトランプやるのはお泊まりの醍醐味でしょ? まだ寝るには早いし、寝る前にちゃんと、は――」
「……? 何?」
言葉に詰まったままなぜか固まってしまった垂に、先を促す。
「……あの、ほらっ、寝る前にちゃんと……お、お父さんに挨拶しておかないと!」
お父さん……? 俺の父親のことだろうか。確かにいま風呂に入ってしまったが、別に挨拶せずに寝たくらいで気分を害するような面倒な人ではない。多分。
「別に気にしなくても大丈夫だよ。先に寝たってちゃんと言っておくから」
明日のためにも垂にはしっかり休んでほしいが、俺は垂ほど疲れていないからまだ寝なくても平気だ。眠い中2人でトランプをしてわざわざ父が風呂を上がってくるのを待つ必要はない。
「……もうっ、私まだ眠くない! だからトランプ、やーろーうーよー!」
彼女のことを思っての提案のつもりだったが、どうやらお気に召さなかったらしい。駄々を捏ねる子供のような口調で食い下がってくる。どうあっても引き下がる気はなさそうだ。彼女は押しに弱い性格かと思っていたが、別にそんなことはないのかもしれない。
「わかったよ。じゃあトランプやろっか」
「いいの? やった! ふふふっ、私トランプだけはたくさんやってたから、少しだけ得意なのです」
楽しそうにトランプを箱から取り出し始める垂。彼女にしては珍しく自信ありげな様子だった。それに。
「ははっ、なんかいまの喋り方、小米とそっくりだったよ。あんま似てないと思ってたけど、やっぱり姉妹なんだなぁ」
暗いイメージの垂と明るいイメージの小米だったが、やはり姉妹なだけあって似ている部分もあるのだろう。楽しそうな笑顔や、笑うときに少し口元を手で隠す仕草なんかはそっくりだった。というか、よく見ると顔立ちなんかはそっくりだ。
「む、いま小米のことはいいでしょっ。それよりも、何する? ババ抜き、七並べ、神経衰弱、ダウト……」
思いつくトランプゲームを枚挙しているが、やはり2人でできるものとなると限られてくる。
「んー、どうするか……」
「とりあえずババ抜きはどう? 一番メジャーだし」
「そうだね。とりあえずやってみよっか。迷ってる時間ももったいないし」
「ええ、わかったわ」
そう言うと垂はカードを切って配り始めた。そうして俺達はトランプをしながら、父が風呂から戻ってくるまでの時間を潰した。
*
垂とトランプを始めてから1時間弱。ようやく父さんは風呂を上がってダイニングに戻ってきた。父は風呂に入って毎回ついでに風呂場を掃除するため、上がるのに時間が掛かるのだ。
「へぇ、トランプか。いまは何やってるんだ?」
椅子に腰掛けつつ、尋ねてくる。
「いまは神経衰弱やってる」
いまは、と言ってももう始めてから結構時間は経ってはいるのだが。俺も垂もあまり記憶力がよくないらしく、なかなか終わらなかった。お互いあまりにもカードを揃えられないので、それはそれで笑えて面白いのだが。
「スペードの7ね。7、どこかで見た気がするわ……」
「いま捲ったカードの近くになかったっけ?」
確かあの辺りに7があった気がする。もちろんいま垂が捲ったカードではない。多分。
「ほんと? 騙そうとしてない? うーん……」
疑いつつも俺の助言に従うのか、いま捲ったカードの上辺りで手を彷徨わせている。
「……よし、これ!」
スペードの7のカードのすぐ横にあるカードをぺらりと捲る。……現れたのはダイヤの9だった。
「あー! やっぱり騙した、ひどいっ!」
捲ったカードを戻しながら責めてくる。しかし敵の助言を鵜呑みにするのが悪いのだ。俺は垂が裏返したスペードの7を再び捲り、ダイヤの9のすぐ手前にあるカードを捲った。
「よし、これだ! ……あれ」
絶対に7だと確信して掛け声と共に捲ったそのカードは、スペードの5だった。
「あははっ、外してるじゃない! ほんとはどこにあるかわからないんでしょ?」
「うーん、ここだと思ったんだけどなぁ……」
あの辺りで7を見たのは間違いない。スペードの7とは別だと思ったのだが……。
「……うん、楽しそうでなによりだよ」
俺と垂がゲームを続けていると、父はダイニングを出ていった。が、すぐにポットに入ったお茶とコップを持って戻ってきた。
「暑いからちゃんと水分補給をするように」
「あっ、わざわざありがとうございます!」
お茶の注がれたコップを受け取ると、すぐに口を付ける垂。もう夜なのでエアコンを付けるほど暑くはないが、ずっと話ながらトランプをしていたし喉を潤わせたいのは俺も同じだった。父からお茶を受け取ってすぐに口を付け、お互い喉を潤してからゲームを再開する。父はそのまま俺達の対決を横から見ているつもりのようで、椅子に腰掛けて黙って眺めてくる。少しやりにくいが、出て行けともいえないため仕方がない。そのままゲームを継続し、数分後にようやく決着がついた。結果は垂の勝ちだった。
「やったぁ、私の勝ち! 最後は残ったカードを一気に取れるから気持ちがいいわね!」
垂は俺に勝ってご満悦の様子だ。トランプが得意と言っていた割にはそれほど圧倒された気はしなかったが、それはまあ黙っておこう。
「どうする? まだ何かやりたいのある?」
カードを纏め、一応シャッフルしておく。
「そうね……ううん、もう満足したわ。……ふふ、付き合ってくれてありがとね」
垂は俺からカードを受け取ると、カードを箱の中に戻した。
「陽司、お前神経衰弱が弱いんだなぁ。母さんはむちゃくちゃ強かったのに」
「母さん? へえ、そうなんだ」
そんなことは聞いたことがなかった。母は記憶力がよかったのだろうか。自分の母親のことなのに、俺は殆ど何も知らない。
「……あ、あの」
「ん? どうかしたの、氷柄さん」
「お、奥さんはどんな方だったんですか? かなり前に亡くなってしまったというのは、聞いたんですけど……」
そういえば、母については俺もよく知らないため垂には特に何も話せていない。垂は家族のことをお節介と言いつつも大事にしているようだし、俺の家族についても気になっていたのかもしれない。
「あっ、すみません! 私なんかに話すようなことじゃないですよね……ごめんなさい」
「いや、別に謝らなくていいよ。……あいつのことは陽司にもあまり話したことがなかったけど、別に触れられたくない話題とかじゃないから。陽司、お前も少しは母さんのことが気になるんじゃないか?」
「え? うーん……」
正直あまり気にしてこなかったが……改めて気にならないかと聞かれれば、気になってくる部分もある。
「まあ知らないままよりは、知れた方がいいかな?」
「そうか。それならちょうどいい。お前のお母さんの話をしようか。氷柄さんも、聞いてくれるかい?」
「えっ、い、いいんですか?」
「もちろん、構わないよ」
なぜ垂にも聞いてほしいのかはよくわからないが、どうやら父はいまから母について話すつもりらしい。
「よし、それじゃまずは、出会ったときのことから話そう。……もう20年も前になるのか」
そうして父は自身の妻のこと――俺の母親のことを話し始めた。
読んでくれてありがとうございます!
次回は陽司の母親に関する語りです。
回想にすると長くなってしまうと思ったのですが、語りでもそこそこの文量になってしまったような気がします。
逆に言えばセリフだけ読めば内容がわかるので、よかったら16話も読んでください、よろしくお願いします!