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第14話「初月家-②望み」

 俺の実家は大まかに、1階が父の経営する店舗、2階が作業場、3階が生活スペースになっている。キッチンとダイニングは2階にあるため、俺達はそこで夕飯を食べた。料理はやはり父の手作りだった。久しぶりに食べた父の手料理は、当然俺の自炊とは比べ物にならない完成度だった。俺が1人久しぶりのまともな料理にがっつく中、父と(しずり)は学校のことや俺達の関係なんかについての話をしていた。垂も途中から緊張が解けてきたのか、楽しそうに笑って話していた。そんな2人を他所に俺だけ一足先に食べ終わり、そのまましばらくぼーっとして待っていると。


「――ごちそうさまでした! すごく美味しかったです!」


 どうやら垂も食べ終わったようだ。随分と元気な挨拶だったが、食事をして多少は体力が回復したのだろうか。


「お粗末さまでした。それじゃ、お風呂はもう湧かしてあるから氷柄(ひから)さん先に入ってくれる?」

「い、いえっ、私もお片付け手伝います! だからはづ……陽司(ようじ)くんから先に」


 なぜか俺の名前を言い直す垂。まあ父も初月(はづき)だから苗字で呼ぶとややこしいか。下の名前では呼ばれ慣れていないので、なんだか変な感じがする。


「氷柄さんはお客さんなんだから、ゆっくりしてていいんだよ? 手伝いは陽司にさせるから。ほら、運ぶの手伝え」

「……はいはい」


 俺は席から立ち上がり、食器を重ね始める。


「父さんの言う通り、ゆっくりしてていいよ? 明日も運転しなきゃなんだしさ」


 明後日は月曜日で普通に学校があるから、明日中には帰らなければならない。今日同様にまた長距離を運転することになるのだし、垂には早めに体を休めておいてほしい。


「うーん、そうね……わかったわ。それでは、先にいただきますね」


 まだ少し迷っている様子だったが、父に軽く頭を下げると風呂場のある3階へと上がって行った。俺は垂の背中を見送ってから、食器を流し場に運び始めた。何往復かして全ての食器を流し場へ運び終え、今度は父が洗い終わった皿を拭いて食器棚に戻していく。


「なあ陽司」


 お互いに無言で片付けをしていたが、ふと父が話し掛けてきた。


「何?」

「あの子、氷柄さん。すごいいい子なんだから、大事にするんだぞ?」

「はあ……? なに急に。そりゃまあ、大事にはするけどさ……」


 突拍子もない内容に一瞬呆気に取られたが、俺は一応の返事をした。


「……そう。なら、お前はあの子のことをどう思ってるんだ?」


 父は俺の回答に満足しなかったのか、さらに食い下がって尋ねてきた。しかしどうと言われても、抽象的過ぎてよくわからない。


「どうって?」

「だから、友達だと思ってるのか、先輩だと思ってるのか。それともやっぱり、恋愛対象として捉えてるのか。……仕事柄、いろんな関係を抱えた男女の客を相手にしてきたからわかる。中途半端な態度は、お互いのためにならないぞ」

「……」

「あの子は周りの気持ちとか態度とかを気にしすぎるタイプだろう? お前が明瞭な態度を示してやれないなら、それはあの子を大事にしてるとは言えないからな」

「まあ、それは……」


 俺は言葉に詰まった。俺と垂は友達を求めて知り合い、実際に友達としての関係を築いているはずだ。だけど、俺は彼女を“友達”という対等の相手だと明確に捉えているだろうか。今日ここに来る際も、ルールだから仕方ないにしても運転を全て彼女に負担させてしまった。明日も同様に彼女に頼り切りになることを仕方ないとしか思っていないのは、俺が彼女を“友達”ではなく“先輩”として捉える気持ちが僅かでもあるから……? そして、俺の中で垂を異性として、恋愛対象として捉える気持ちは?


 ……少なくとも、垂が俺を異性として意識していると感じたことは全くなかった。だから俺も彼女にそういう風な気持ちで接することは、ないようにしてきたつもりだ。……ないようにしてきた()()()ということは、やはりそういう気持ちが全くないとはいえないことは、認めざるを得ない。


 ……しかし、垂が望んでいたもの。それは“友達”だったはずだ。それなら、俺は――。


「……まあ別にいますぐに答えを出せとは言わないし、別に父さんに教えなくたっていい。だけどお前が自分で決めるしかないことなのは、ちゃんと覚えておけよ?」


 俺が何も言わないのを見かねたのか、結局父は話を切り上げてしまった。食器を棚に仕舞いながら考え込んでいたため、ちょうど片付けも全て終わった。


「なぁ陽司」


 話を切り上げたと思ったらまたすぐに声を掛けてきた。3階のリビングで寛いでいようと思ったが、仕方なくダイニングの椅子に座る。


「……今度は何?」


 若干不機嫌な感じで先を促す。


「お前、最近変なことに首突っ込んだりしてない?」

「……は? 変なこと?」


 再びの突拍子もない問い掛けに、俺は聞き返した。


「少し前に変な人が尋ねてきてな。金髪の綺麗な外国人だったんだが。……まぁ、何を言ってるのかさっぱりわからなかったから追い返したんだが……ほら、何日か前にお前も外国産らしいペンダントのこと、父さんに聞いてきただろ? もしかして何か関係あるんじゃないかと思ってな」

「!」


 金髪の外国人にペンダントと聞いて、真っ先に1つの可能性が頭に浮かんだ。それを確認するべく、俺は父に尋ねる。


「その人、何歳くらいだった?」

「……? さあ、どうだろう。向こうの人は見慣れてないからなぁ。多分20代ではあったと思うぞ」


 20代……となると、小蜜の探し人だとするには少々年嵩だろうか。……いや、そもそも彼女の探し人がここを訪れる理由がわからない。仮にペンダントをなくしたから新調しようと思ったとしても、偶然ここに依頼に来るなんて、あまりにも都合がよすぎる。であれば、全くの無関係と考える方が自然だ。


「やっぱり何か知ってるのか? お前はまだ子供なんだから、何かあったら大人を頼らないとダメだからな」

「いや、何でもないよ。……多分関係ないから」


 俺ははぐらかそうとする。実際関係があるとは思えないし、話した結果人探しを止めるように言われたら面倒だと思った。


「本当に? 少しでも何か――」

「あ、あの……お風呂上がったんですけど、どうかしたんですか……?」


 父が俺の肩に手を置いたとき、ちょうど風呂から上がったらしい垂がダイニングに戻ってきた。


「ああ、氷柄さん……何でもないよ。それより、髪を乾かしておいで」


 ドライヤーを使わなかったのか、髪は濡れた状態のままだった。


「すいません、ドライヤーがどこにあるのかわからなくって……」

「なら俺が教えるから付いてきて。父さん、そのまま俺が先に風呂入るよ」

「あ、お前……はぁ、わかったよ」

「垂、行こ」

「あっ、ちょっと……ど、どうしたの……?」


 俺は垂の手を引いて、逃げるようにダイニングを後にした。



 *


 30分前 初月家浴室


 *


 服を脱ぎ、髪を纏めて浴室に入る。自分の家と病院のお風呂以外に入るのは初めてだった。初月家のお風呂は私の家のお風呂場よりも大きく、湯船にはしっかりとお湯が張ってあった。これは私が浸かってもいいのだろうか。


 とりあえずシャワーで体を流す。今日は冷房の効いた車内にいる時間が多かったが、それでも疲れた体で浴びるシャワーは気持ちいい。


「はぁー……」


 溜め息とも深呼吸とも取れる息を漏らし、シャワーを止める。そしてそのまま湯船の中へ。


「ふぃー……」


 疲れた体と心に染み入るようだった。浴槽も広いためとても心地いい。


「……ん」


 そして自分が無意識にお風呂に浸かってしまっていることに気が付いた。自分が入ってもいいのかと迷っていたが、入ってしまったものは仕方がない。熱さに慣れて気持ちのいい湯舟から、いますぐ上がってしまうことなんてできなかった。


「……」


お湯に浸かりながら、今日のことを想起する。今日はここに来るために、半日も車を運転した。こんなに長い時間車を運転したことは初めてだったため、身体も精神も非常に疲れていた。


「んー……」


 この家に着いたとき、私は運転で疲れきっていたはず。しかしその割に、ここに来てからの私は結構元気だったように思える。……なんというか、初めての感覚に支配されていたのだ。その感覚を私の知っている言葉で端的に表せば、私は“張り切っていた”といえるだろう。


 いままで私は、他人に自分のことを知られることが恥ずかしかった。そして同時に、そのせいで他人に嫌われてしまっても構わないとも思っていた。何も持たない私のことを知られるくらいなら、不愛想だと避けられる方がマシだと。……しかし、初月くんのお父さんに嫌われることは、私の中では明確に“なし”だった。それはなぜなのだろう。単にペンダントの作成をお願いする立場だから、というだけ? ……なんか違う。もっと明確に、強欲に……認められたかったのだと思う。初月くんのお父さんに認められないと、私の中で何かが明確に、損なわれる気がした。


「んっ……」


 初月くんの顔を思い浮かべる。……彼ともっと一緒にいたい。いや、彼ともっと近くにいたい。ここに来てから、そんな考えが頭の中にこびり付いて消えてくれない。彼のお父さんに認められることは、これからも彼の近くにいるための大きな布石といえるだろう。


「んっ……あぁ、私っ……絶対、いけないことっ、なのに――」


 明日用事を終えて帰ってしまったら、もう二度とここに来ることはないかもしれない。こんなことができる機会は、もう二度とないかもしれない。そう思うと、私は湯舟のお湯を汚さずにはいられなかった。

読んでくれてありがとうございます!

今回は久しぶりの垂視点です。R15設定した方がいいのかいまいちわかりません。

今後も今回のような描写がもしかしたらあるかもしれませんが、それが気にならない方はよかったら続きも読んでください!

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