第13話「初月家-①」
6月24日
*
とある休日の正午過ぎ。
「――は、早く乗って!」
自宅の玄関から飛び出してきた垂の第一声はそれだった。
「うわっ、なんでそんな慌ててんの!?」
玄関の前で待っていた俺の横を通り過ぎ、垂は駐車場に停めてある車に乗り込んだ。釣られて俺も急ぎ気味に助手席に乗り込む。
「出先で一泊するって小米に知られちゃったのよ! そしたら一緒に連れてけって……! いまお母さんが食い止めてるから、早く出るわよ!」
「な、なるほど……」
垂の言から察するに、小米は暴れでもしているのだろうか……? しかし、どうあっても今日は小米を連れて行くわけにはいかない。なぜなら今日の目的は、小米の誕生日プレゼントを買いに行くことだからだ。一緒に連れて行くことは当然できないし、連れて行けない理由も当然、小米には説明できない。だから彼女が納得できないのも仕方ないことだろう。しかし……。
「どうして小米にバレたの? ていうか、出かける目的はバレたりしてないよね!?」
小米に目的がバレてしまったのなら、サプライズでプレゼントをすることはできなくなってしまう。慌てる俺の問い掛けを無視して、垂はせかせかと駐車場から車を発進させた。すると、ほんの数瞬後――。
「あーーっ!! 私も連ーれーてーけーー!!」
車の中からでも聞こえる叫び声。振り返ると、家から飛び出して来たのであろう小米が路上で叫んでいた。危機一髪といったところだ。それにしても、昼間とはいえ住宅街であんなに叫ぶとは……。
「ふぅ、もう大丈夫ね……。えっと、小米にバレた理由なんだけど……今日初月くんと車で出かけること自体は、昨日小米にも話してあったのよ。でも、今朝荷造りしてたら流石に泊まりだってバレちゃって。仕方なく山梨まで行くって話したんだけど、そしたら小米、旅行かなんかだと勘違いしたみたいで……」
「あー、なるほど。確かに泊まり掛けで山梨に行くって聞いたら……」
山梨県には某遊園地もある。旅行だと思っても仕方ないだろう。
「もうちょっとうまく隠すべきだったわ。まさかあんなに食い下がってくるなんて……」
そう言って項垂れる垂。どうやら相当大変だったらしい。既にお疲れの様子だが、果たして無事に山梨まで運転できるだろうか。
「……疲れたら言ってよ? 俺もなるべく気に掛けるようにするけど」
彼女だってまだ免許を取ってから2、3カ月しか経っていないはずだし、千葉から山梨なんて長距離の運転には慣れていないだろう。俺もナビ係なんぞに甘んずる以上、できる限りの補助はしなければなるまい。
「ええ、気を付けるわ。私が一番私の運転を信用してないもの。……でも本当にいいの? 運転くらいで半分も……」
「半分? ……ああ、プレゼントのお金の話か。気にしないでいいよ。小蜜の人探しも手伝ってくれてるんだし、そもそも俺が言い出したことだしね」
一昨日、俺は小米の誕生日プレゼントにアレキサンドライトのペンダントはどうかと提案した。それに対して垂は、その場でどうするかを決断できずにいた。しかし昨日学校で話しを聞いたところ、結局俺の提案を受け入れることにすると言われた。どうやら彼女の両親が、小米に誕生日プレゼントをあげようとする垂の気立てに心を打たれたらしく、金銭面では了承を得られたようだった。しかし、問題は別にあった。一昨日の夜に俺の父親に連絡を取ってみたところ、幸い欠けていて格安のアレキサンドライトの裸石と、ペンダントの用意はできるということだった。
しかし、小米の誕生日は今月末の27日。ペンダントの完成品を宅配で送ってもらうことはできるが、それだと間に合うか少し危うい。それに、いざ実物を見てみたら思っていたものと違った、なんてことになったらやりきれない。そういった事態を避けるためには、実際に垂が俺の父親の工房――つまりは俺の実家まで赴き、裸石とペンダントの実物を見て納得したら購入する、というのが確実だった。ペンダントは元々安さ重視ではあるが、工房であればある程度デザインの注文もできるだろうし、納得できなかったら最悪何か別のアクセサリーを買っても構わない。……それに、実は俺にも実家に戻りたい理由があったためちょうどよかったのだ。
そういった事情により俺と垂はこうして、休日を利用して甲府にある俺の実家へと赴くことになったのだった。
(……まさか、車で行くことになるとは思ってなかったけど)
垂は電車で行くことを嫌がった。荷物も重いし長時間の移動で座れるかもわからない。そして何より、絶対に乗り間違えるか乗り遅れる自信がある、と……。彼女らしい理由といえばらしいのだが、車であっても高速道路の乗り降りはあるし、道に迷う可能性だってあるだろう。そちらは失敗しないという自信があるのだろうか……。まあ電車代も馬鹿にならないし、俺は車の方が楽ではあるのだが。
「初月くん? 私、道分からないからナビゲーターよろしくね?」
「うん、わかってるよ。ちゃんと早めに指示出すようにするから。高速道路、乗り降り間違えないように気を付けてね」
「ええ、もちろん。任せたわよ初月くん」
「……指示はするけど、結局は垂次第だからね?」
「わ、わかってるわよっ! ジョーク!」
大きい声を出して顔を赤くする垂。うん。こんなに健康的な血色をしているなら、とりあえず体調面は問題なさそうだ。あとは彼女の判断力と……俺のナビ次第か。俺はスマホのナビアプリを起動し、改めて道順を確認した。
「……よし。何事もなく実家まで辿り着けるように、気を引き締めて行こう」
「ええ、わかってるわよ。そんな大袈裟な……」
垂は俺の言葉に若干呆れつつも、真剣な眼差しで車を走らせていった。
*
その日の夕方。出発したときに比べると少し涼しくなってきただろうかという時分に、車は山梨県甲府市に入った。十分に休憩を取りながら進んだため、ここまで来るのに4時間ほど掛かってしまったが、幸い所要時間を大幅に増やすような道の間違いをすることはなかった。
「ここまでお疲れ様。あと10分くらいで着くから、もうひと踏ん張りだよ」
もうスマホで道順を確認しなくても目的地へ案内できるため、俺はスマホを仕舞った。
「ふぃ~、やっと着くのね……やっぱりこの距離を運転するのは疲れるわ……」
信号で停止している折、両手を掲げて伸びをする垂。ナビをしていただけの俺とは違って、彼女は体の方も疲弊している様子だった。
「ご飯は用意してくれてるみたいだから、うち着いたらさっさと休もうか」
うちの父親は職場が実家なだけあって、父子家庭ながら料理をするくらいの余裕はあるのだ。俺が実家に住んでいたときも、基本的には父親の手料理を食べていた。
「そうね、早く休みたいわ。……よし、そのためにもあと少し、頑張るぞ、おーっ!」
1人で掛け声と共に片手を軽く突き上げる。疲れのせいか、テンションがおかしくなっている。俺は苦笑しつつも掛け声を返してやり、車を発進させた彼女への道案内を再開した。それから予想通り10分ほどで、実家へと到着した。駐車場に車を停め、垂と共に玄関へ。そしてそのまま家の中に入ろうと思ったのだが、垂は立ち止まって物珍しそうに俺の実家を見上げた。
「どうしたの?」
しばらく中に入ろうとせず、キョロキョロと辺りを見回す垂。
「……他のお家もそうだけど、すごく立派じゃない。もしかして初月くん家って、お金持ちなの?」
言われてうちの外観を見てから、四枝狩市の住宅街の景観を思い出す。確かに四枝狩市でうちより大きな一戸建てはまだ見たことがない気がする。ずっと住んでいたから気にしたことはなかったが、もしかしたら我が家は比較的豪勢な建物なのかもしれない。
「母さんが生きてた頃に建てた家らしいし、いまはここに見合わずひもじい生活だよ」
父親の詳しい収入は知らないが、個人経営のジュエリーショップだしがっぽり稼いでいるとは思えない。そうはいっても俺が何不自由なく暮らせるくらいには稼いでくれているし、冗談めかしてひもじいなんて言いはしたが、馬鹿にするつもりはない。
「何がひもじいって?」
「!」
くぐもった声に振り返る。いまの声は、玄関の中から聞こえてきたものだ。玄関扉が開き、中から父が顔を覗かせた。
「と、父さん? どうして玄関に?」
「どうしてって、車の音でわかるからな。脅かしてやろうと思って扉の前で待ってたのに、なかなか入って来ないから、こっちから出て来たんだよ」
そういえばそうだった。この家は山沿いに建てられていて、道路から3階にある玄関に繋がっているのだ。普段は2階にいる父でも、上から車を停める音が聞こえれば気付くだろう。数ヵ月いなかっただけで、そんなことも忘れてしまうとは。
「そちらが氷柄さんね。千葉から1人で運転なんて、疲れただろう? 大したもてなしもできないけど、今日はゆっくりしていくといい」
“1人で”と強調しているが、俺が運転できないのは俺のせいじゃない。嫌味は法律に言ってくれ。
「あ、はい! 氷柄垂と言います! 短い間ですが、よろしくお願いします!」
畏まって挨拶をする垂。初対面の相手だが、噛むことなく挨拶を言い切ることができたようだ。その相手が俺の父親なのがもったいない。
「ま、とりあえず入った入った。ご飯は作ってあるから。疲れたときはまずはエネルギーを補給しないとな」
そう言って玄関を大きく開き、俺達を中へと手招きする。俺も垂もそれに従い、家の中へと入っていった。
読んでくれてありがとうございます!
タイトルに①とありますように、しばらくは陽司の実家でのエピソードが続きます。
長くなってしまったので読むのが大変かもしれませんが、伏線もあったりしますのでよかったら14話以降もよろしくお願いします!
因みに陽司と小米は学校で交流があります。シナリオ構成上学校でのエピソードが必要ないので省いてます(一応ミステリー作品なので)が、2人はそれなりに仲良くしているという前提で読まないと置いてけぼりを食らうので、その点お含みおきください。
構成力不足です、、、