第5話 精霊とお話
驚きで声も出ないフラウラーゼはただされるがままだ。
(妻?! どういう事なの?)
自分は昨日婚約を破棄されたばかり。それが婚約もすっ飛ばして、まさかの結婚の話、しかも相手は人ではない。
「ま、待ってください」
ようやく我に返ったフラウラーゼはデイズファイの体を押し返した。
「すまない、つい嬉しくてな。そなたにいつ名を呼ばれるかと緊張していたが、これ程心地よいとは思わなかった。遠慮せずにいつでも呼ぶがいい」
そんな事を言われても。
フラウラーゼよりも周囲の精霊の方がざわざわしている。
『王様、それでは精霊界が大変なことになりますよ!』
「妻の呼びかけに応えないわけにはいくまい。それに精霊界には優秀な部下がたくさん居る。我が多少席を外したとて支障はないはずだ」
「王様、なのですか?」
フラウラーゼは会話を聞いておずおずと訪ねた。
『この方は植物を束ねる長で、深緑の王の称号を持つ方です。我らの頂点に立ち、世界の植物たちを統括している、とても偉い方なのです』
そんなとんでもない精霊とは思わなかった。
「なんでそんな方がわたくしを妻だなんて」
恐れ多くて身震いしてしまう。
思わず後ずさるが、温室のドアには蔓が絡まり出入り出来ない状態になっていた。
「そのブローチを受け取ってくれただろう、それは我の力が籠っている。伴侶に渡す大事なものだ」
「そんな事知りませんでしたわ」
寧ろ無理矢理渡されたものだ。
急いで外そうとするが、一向に外れない。
「見返りも求めず精霊たちに献身的に魔力を渡す、その優しい心に惚れた。我の伴侶になって欲しい」
「いえ、わたくしには分不相応ですわ。それにこのような赤い髪なのに」
「綺麗ではないか」
「赤は火の色、草花の精霊には嫌われていると聞きますが」
「何だそれは。赤い色など花々にごまんとあるではないか」
言われてみれはそうだ。
チューリップもサルビアもカーネーションも赤い、けして火の色だけではない。
「それに火の精霊の長は我の親友だ。機会があれば会わせてやろう」
どうやら相性も悪くないらしい。
気にしていたのは人間ばかりなのか。
何だか笑えてしまう。
あれだけ忌み嫌われたこの赤は、当の精霊達には気にされてなんていない事に。
まるでフラウラーゼは何も悪くないと言われたようで、ほろりと涙が零れた。
「どうした?」
急に泣きだすフラウラーゼを見てデイズファイは慌ててしまう。
一度流れた涙は途中で止めることは出来ず、フラウラーゼは声を上げて泣いてしまった。
デイズファイはどうしていいのかと戸惑ったがすぐにフラウラーゼを抱きしめ、あやすように背中を擦る。
「強引な事を言って悪かった、だが我も退くことは出来ぬ。直して欲しいところがあれば努力するから、泣き止んでくれ」
およそ王とは思えぬその言葉に戸惑いつつも、フラウラーゼは落ち着くまでデイズファイの胸を借りる事にした。
母が亡くなりこのように誰かの温もりに縋ったことはなかったように思う。
母を亡くした時以外は祖父母の前でさえ泣いてはいない。
(自分を想ってくれるのが、人ではなく精霊なんて思わなかったわ)
人生とはよくわからないものだと心の中で思いながら、溜まっていた鬱憤を吐き出すように泣き続けた。
◇◇◇
「そうか。赤い髪を理由に虐げられてきたと。人間とはかくも愚かだな。これからは我が味方だ、いつでも言ってくれ」
泣いた理由を話せば、デイズファイは自分の事のように怒り、そしてフラウラーゼの気持ちに寄り添ってくれる。
「一応聞くが我が傷つけたわけではない、という事だな?」
「そうですけれど……でも急に妻と言われても困ります。わたくしはあなたの事をよく知らないし」
泣いた事で心は晴れ、デイズファイとの距離も近くなった。これを機に本心を伝えようと懸念を口にする。
「それに私はただの人間で、あなたは精霊の王なのでしょう? 身分も種族も違うから一緒には居られないわ」
「あぁそれならば大丈夫だ。我が認めたのだから文句は言わせない。人間だとて関係ない、こうして触れ合う事も出来るだろう?」
そう言えば他の精霊は若干透けているのに、デイズファイだけはしっかりと見えており、触れられる。
「精霊は本来目に見えないし、触れられない。このように具現化出来るのは我のように魔力が高い者だけだ。この状態なら触れるし、共にいられる」
優しく頬に触れられると、温かい波動を感じる。泣いて腫れていた頬の感触が普通に戻った。
「そのままの顔では家族が心配するであろう、だから治させてもらった。それにそなたの可愛い顔がもっと見たいしな」
面と向かって可愛いと言われると、相手が精霊であってもさすがに照れる。
「妻となる決意が出来たならば我の国で、精霊界で共に過ごそう。人間は寿命が短いから気が済んでからでいい。いつでも待っているからな」
時間が来たとデイズファイはフラウラーゼから手を離す。
「さすがに離れすぎたな、部下が怒っている。また来るからそれまで覚悟を決めておいてくれ」
そう言ってデイズファイは姿を消した。
いつの間にか温室のドアを塞いでいた蔓もなくなり、あれだけいた精霊たちも姿を消している。
「見えないけれど、居るのよね」
どんな草花にも精霊はいるようだ。
どこでどう見られているのか、これからは少し気をつけようと思う。
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