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第4話 シャリエール伯爵家

「フラウラーゼはどこだ!」


 日が高くなった頃、フラウラーゼの父、シャリエール伯爵は怒号をまき散らしながら屋敷のドアを開ける。


 使用人が開けるのを待たずに自ら開けて入るとは、余程頭に血が上っているようだ。


 屋敷にいた使用人はその怒り様に震えあがる。


 それと同時に主人の姿に違和感を感じた。


 服は擦り切れ、ボロボロだ。


「こちら有責で婚約を破棄されたなど、どういう事か説明してもらおうか!」


 フラウラーゼの部屋のドアを乱暴に開けるが姿はない。それどころか荷物もないし、あったのは一枚の手紙だけ。


 そこには婚約破棄をされたけれど自分には覚えがないという事。もうここに居る理由もないし、祖父母の元へ帰る事、縁を切るならばご自由にと書かれている。


 その手紙を力任せに破り、すぐに使用人に命じた。


「フラウラーゼをここに呼び戻せ!」


 そんな事は出来ないと内心で思いながら反論もせずに頷いた。何を言おうがこの主には通じないのだから。


「義姉上はいないのですか?」


 少し遅れて同じようにボロボロになったフラウラーゼの義母こと伯爵夫人と、義弟のコンラッドが姿を現す。


「もぬけの空だ、勝手なばかりしおって!」

 伯爵は机に残っていた花瓶を拳で叩き落とすと、少しだけ花が揺れた。


「落ち着いて下さい、確かに義姉上のした事は許されませんが、あちらの言う事を鵜呑みにしてはいけません」


 コンラッドは諭すように話す。


「そうして問い詰めてどうするのです? それよりも義姉上が有責だとならないよう、証拠を集めましょう。どのみち義姉上はずっとお祖父様の所におりました。そうなるとバリー様の方が怪しいとなります」


 フラウラーゼの元婚約者であるバリーの証言の方が疑わしいとコンラッドは示唆する。


「ですから父上、義姉上を追及するのはその後です。早くしないと慰謝料を取られてしまいますから、バリー様が虚偽の話をした証拠の方を集めましょう」


「確かに、フラウラーゼに何かをする時間はなかった。そうだな、コンラッドの言うとおりに調べを進めるか」


 息子のいう事に納得した伯爵はすぐさま部屋を出る。


「さすがコンラッドだわ。跡取りに相応しい冷静さね」


 自分の息子の采配にニコニコな母を見て、コンラッドはふっと微笑む。


「ありがとうございます。これも母上の教育が良かったからですよ。さっ、着替えましょう。いつまでもボロボロの服では伯爵夫人に相応しくありませんし」


「そうね。まさか会場であのような事があるなんて思わなかったし、疲れてしまったわ。誰か早く湯浴みの用意をして頂戴」


 伯爵夫人の言葉にバタバタと使用人たちは慌て出す。


 皆が出て行ったのを確認してコンラッドは伯爵が破いた手紙を拾い集める。


「義姉上……」

 このような手紙を書く時間があったという事は騒動に巻き込まれなかった、という事だ。


 フラウラーゼはバリーに婚約破棄を言い渡され、その後バリーがその旨をシャリエール伯爵に話している時に騒動は起きた。


 会場にある花々、そして庭園にあった木々や草たちが突如増殖したのだ。


 それらは人々の動きを止める程の量で、剣を振るう事も出来ないままに急成長を遂げていく。


 髪に生花をつけていたものの中にはその花に髪を絡めとられ、セットした髪が台無しになっている者もいた。


 会場は阿鼻叫喚に陥ってしまう。


 全てのものではなく、どういう基準なのか難を逃れる者達もいた。


 身動きが取れなくなるほど酷かったのはバリーの婚約破棄の話を聞いて嘲笑していた者達。そしてシャリエール伯爵家の自分達だ。


 いくら魔法を唱えようと草花が退く様子はなく、ようやっと落ち着いたのは朝方で、事情聴取やらで帰ってくるのがお昼近くになってしまった。


 剣で切ろうとしても巧みに避ける植物たちはまるで自ら意思を持っているようだった。


 騒動の少し前に姿を消した為に、「フラウラーゼがしたのでは?」と考えられたが、彼女にそのような魔力はないと皆が知っている。


 会場を覆う程の植物を操れるとは到底思えなかった。それでも状況的には怪しい。


(伯爵は連れて来いと云ったが、それは難しいだろう)


 フラウラーゼの祖父母、ヴォワール侯爵はシャリエール伯爵を嫌っているし、婚約破棄の話を聞けば大事な孫娘を簡単には寄こしはしないだろう。


 そうなるとこちらから出向くことになるが。


「義姉上は今後どうしようというのだろうか」


 あの様な大勢の人の中での婚約破棄、打撃がないわけではない。


 それに赤髪はこの国では忌み嫌われている為、今後の結婚も芳しくないだろう。


(他国に嫁がせる? それともどこかの金持ちの後妻に?)


 父はそう考えるだろう。だがそこにフラウラーゼの幸せはない。


「皆の幸せを叶える方法、か」


 コンラッドは難しい問題に頭を悩ませつつも、ふと赤い髪が落ちているのに気づく。


「まるで火の様、か。熱くもなんともないのに」


 義姉の髪を拾い上げ、ぽつりと呟いた。


 コンラッドのような若い者や、国もこの差別をなくそうという考えが徐々に生まれてしいる。


 他国との交流が増えてきた今、古い考えに囚われない者が増えているのだ。


「義姉上、待ってて下さい。俺がこんな偏見をなくしてあなたを幸せにしますからね」


 髪をそっと仕舞いこんだコンラッドの表情は些か不気味であった。


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