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異世界人受付カウンター  作者: 唐科静玖
第一章 窮地の受付嬢と4人の来訪者
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4.七天山夕②

≪530/4/6(金) 6:30≫


「んぁふわぁ~~~……」


 窓から差し込んだ暖かい日の光が(まぶた)を刺激し、アンナの目が覚める。昨晩は黒髪少女の具合をできる限り見守っていたが、途中で睡魔に負けて床に倒れるように眠り込んでいた。アンナもアンナで昨日は疲れ切っていたのだから無理もない。

 カーペットの敷かれた床は快適とは言えず疲れは取れきっていないものの、アンナにはそれ以上どうすることもできない。何故なら、二度寝を決め込もうにも快眠できるはずのベッドには布団もシーツも無かったからだ。


「あの子……、布団泥棒?なわけないか。そうだとしたら本当に恩知らずだわ」


 布団とともに姿を消した謎の少女。今日はきっちり話を聞かなければと思っていたが、部屋のどこにもその姿は見当たらず、逃げ出された可能性も視野に入れていた。

 ひとまず、当直室のある二階から受付のある一階へと降りていく。そして、少女の存在を確かめようと見渡したのだが、そこにはアンナが想像だにしていない景色が広がっていた。


「なっ!?なんで片付いてるの!?」


 アンナが驚いた理由。盗賊によって荒らしに荒らされ書類が散らばっていたはずのカウンター奥のデスクや棚が、全て綺麗に整理整頓されている。それだけでなく、埃が溜まっていたテーブルや床が、職員総出での大掃除を行った後のようにピカピカと輝きを放っていたのだ。

 しかし、ここにアンナ以外の職員は居ない。アンナの知る限りでは、他に人間は一人しかいなかった。

 戸惑うアンナの背後で、ギルド入り口の扉がギギィと音を立てる。それを聞いたアンナがバッと振り返ると、そこには長い黒髪の少女が立っていた。……血塗れの姿で。


「あ、女神さ」

「ギャー!アンデッド!?」

「うぇえ!?それって私のことですか!?」


 アンナの悲鳴とアンデット呼ばわりにショックを受け、少女は身を竦める。


「あ、あなた、昨日の大怪我の……。まったく、驚かせないでよ」

「す、すみません、替えの服も何もなくて、このままでした。えっと、それで、アンデッドというのは勘違いなんですか?私、今の自分がどういう状態なのかもよく分かってないんですが」

「そうね、見るからに元気そうだし、アンデッドではないと思うわ。私もヴィナサラポーションが効果を発揮するのを見るのは初めてだから、確実なことは言えないけれど……」


 血みどろの服はともかく、その肌ツヤは死して尚動くアンデッドのものではない。そもそも、アンデッドはこんな陽光の下の町中に湧くことはありえない。


「ヴィナサラポーション……。それはもしかしてお薬の一種なのでしょうか?私はもう自分が死んだものと思っていましたが、もしかするとまだ死んではいないのですか?」

「もう、質問が多いわね。死んでいるとしたらどうしてあなたが私と会話できているのよ」

「えっと、それはここが死後の世界だから……?」

「馬鹿じゃないの。こんな廃れた町みたいな死後の世界があると思うわけ?」

「それは……。掃除をしている時、少し思いました。神様の世界がこんな書類で荒れているのはイメージと違うと」

「そうでしょうね。ていうか、やっぱり掃除をしたのはあなただったのね。私が数日かけて終わらせようとしていた作業を短時間で終わらせるなんて、一体なんて魔法を使ったの?」

「あ、私、家事は得意なんです。気合を入れて頑張らせてもらいました!」

「いやいや、家事が得意で片付けられるレベルじゃないでしょこれは……」


 なんてこと無いとでも言いたげに満面の笑みを見せる少女に、アンナは胡散臭いもの見る視線を向ける。だが、どうにもアンナには少女が自分を騙そうとしているようには見えなかった。一先ずは彼女の掃除スキルが異常だと考えて疑いも片付けることにする。

 そんなアンナの疑心を知りもせず、少女は人差し指をピっと口元に当てて、重ねて疑問をぶつける。


「あれ、でも、死後の世界でないならば、ここは一体どこなんですか?」

「んー……、本当に分かっていないみたいね。ここはアースウィン王国の西にあるコルヴァという町よ。どうしてあなたがあの大怪我でここのベッドに倒れていたのか気になっていたけれど、その様子だと自分でも分からなそうね。ま、とりあえず色々確認したいし、身分証を見せてもらえるかしら?」

「え、アースウィン王国?コルヴァ?聞いたことが無い地名ですね……。それに身分証って、今はそういったものは何も持ってなくて」

「はぁ?身分証は一時も肌身離さず持ち歩くのが常識でしょ?それを持っていないなんて怪しいわね。後ろ暗いことでもあるのかしら?」

「わわっ!?すみません!何か、何かあるかもしれないのでちょっと待って……。あれ、これはなんでしょう?」


 慌てて全身をまさぐった少女は胸ポケットからカードを取り出すも、心当たりがなく不思議そうにしている。

 逆にアンナはそれを見て安堵した様子を見せた。


「何よ、ちゃんと持ってるじゃない。その身分証を見せて。後、替えの服がそこのロッカー室にあるからいい加減着替えて欲しいわ。血塗れ相手に話すのは落ち着かないから」

「え?あ、これでいいんですか?そ、それでは、お言葉に甘えて着替えをお借りします……」


 少女は戸惑いながらも、怪しまれるよりはマシだと言われたとおりに身分証を渡し、すごすごロッカー室の方へと身を引いていった。

 それを見送ったアンナは、やっと落ち着けたとばかりに椅子に座り、テーブルに身分証を置いてしげしげと確認し始めた。


「名前は、『ユウ・シチテンザン』……聞いたことのない姓ね。南東の島国『ウェルシグ』で使われている姓が一番近い響きな気がするけれど、そうだとしてあの国の人がこんなところに居るのはどうして?ユナの祖先の住んでた島だし、ユナに似てる点は辻褄が合うけれど」


 ウェルシグは同じ大陸にある五つの国とは違い、海を隔てて孤立した島国である。位置関係としてはアースウィン王国が最も近い国であり、アースウィン王国の東側にはユナの実家を含むウェルシグからの移民が住んでいるが、ここは真反対の西側だ。今のコルヴァにわざわざ立ち寄る理由も無く、本人はコルヴァを知らない上にそもそも自力で動ける状態ではなかった。

 であれば、何者かの陰謀が絡んでいると考えるのが妥当だ。血塗れであっても隠せない気品はどこかのお姫様であると考えれば納得も出来る。自分のことだけで手一杯なのに、面倒くさいことに巻き込まれたと眉を顰めたのも束の間。アンナは次に目に入った項目に思考を吹き飛ばされる。


「歳は私と同じ17、そして職業は……。はあ!?聖女ぉおぉぉ!!?痛っ!」


 驚きのあまり椅子から立ち上がったアンナは、その勢いのまま机の脚に膝をぶつけた。それも仕方がない。何せ、聖女という職業はこの世界の歴史上でただ一人、天の龍災を鎮めた人物だけが手に付けていたと言われる、伝説上の職業だったのだから。


「叫び声がしましたが、大丈夫ですか!?」

「だいじょ、うぶ……。って、あなたこそどうなってるのよそれ!」


 アンナは痛みで涙目になりながらも、心配で駆けつけてくれたユウに返事をした。しかし、その目に飛び込んできたのは、上半身にギルド受付嬢の制服がぐっちゃぐちゃに絡まった人型の魔物だった。


「えぇっと、着替えてる最中に叫び声が聞こえて、急いで出てきたらこんなことに……」

「いや、それでもそうはならないでしょ……。ああもう、袖が内側に入り込んじゃってるのね。はい、これで着れるでしょ」

「あ、ありがとうございます。はぁ、すごく恥ずかしいところを見られてしまいました……」


 アンナの手を借りて、ユウは何とか魔物の姿から人間に戻ることができた。


(聖女って、意外とおっちょこちょいなのね。本当にユナを見ている気分だわ。ウェルシグの人って皆こんななのかしら)


 服を着れなくて頬を羞恥に染めるその顔を見て、アンナは伝説上の聖女のイメージがガラリと崩れ落ちるのを感じた。それと同時に、卒業式で別れたっきりの親友の姿を重ね、親近感も覚えた。

 それでも、聖女である件について問い詰めない訳にはいかない。


「それで、あなた、いえユウ。聖女ってどういうことなの?」


 真剣な顔つきでユウに迫るアンナ。しかし、当のユウはきょとんと固まっていた。


「せい、じょ?えっと、それは私のことなんですか?」

「とぼけても無駄なのは分かるでしょ。こうして身分証にはっきり書いてあるんだから」

「いえ、その。本当のことを言うと、その身分証という物自体に心当たりがなくて」

「は?身分証は15歳になった全人類に教会から発行されるでしょ?それに心当たりがないってどういうことなのよ。記憶喪失?」

「き、記憶はちゃんとあります。日本の静岡と東京で生活してきた記憶がはっきりと」

「ニホン?それはどこの国の地名?」

「いえ、日本が国名です。それが分からないということはやっぱり……」


 先ほどから噛み合わない会話が続いている理由、ユウはそれに心当たりがあった。

 ユウは本を読むのが好きだった。境遇上家に籠るしかない彼女は、花嫁修業兼家事が終わると、残った時間をひたすら読書に費やしていた。本であればどのようなものでも無制限に買ってもらえたのも、彼女が本に没頭する理由であっただろう。

 そうして積み上げられた本の中には、ファンタジー物も数多く存在し、異世界転生や転移物も含まれていた。

 そして、自分がこのような状況に陥ったのは車、恐らくトラックに轢かれたからであり、それは異世界転生ものの定番だと気付いたのである。

 確信はないものの、可能性としては大いに有り得ると判断し、アンナにそれを伝える決心をした。


「あの、今から言うことは変に聞こえるかもしれませんが、真面目に聞いてもらえませんか?」

「え、何よ急に改まって」

「えっとですね、私、多分異世界に転移してしまったんだと思います」

「はあ?異世界?なんでそんな突飛な話が出てくるのよ。生き物の転移は今の技術では不可能だし、まして、それがあるとも思えない異世界からだなんて信じられないわよ」


 異世界なんて存在しない。そうアンナのように考えるのが普通だ。ユウ自身も身に降りかかるまでは異世界転移など空想のものだと割り切りながら物語を楽しんでいた。しかし、今は空想でしかないとは言い切れない。


「ですが、私の知る限りでは、大怪我で死が目前に迫っている人間を薬だけで全快させる方法なんてありません。普通の怪我だって、基本は自然治癒に任せて時間をかけて治すしかないんです。それに、15歳の時に全人類に配られる共通の身分証なんて、私の知る世界では絶対にあり得ませんから」

「あり得ない?それ、本気で言ってる?」

「はい、命の恩人であるあなたに、嘘なんて吐きません」


 最初はばかばかしいと思っていたアンナも、ユウの真剣な顔に、澄んだ瞳に強い説得力を感じた。数秒こめかみに手を当てて考えた後、溜息気味に会話を再開させた。


「……そう。分かったわ。少なくとも、ユウが本気で言っていることは信じてもよさそうね」

「良かった、信じてもらえたんですね!」

「ええ。即席の嘘とは思えないし。ユウの勘違いかどうかの問題は置いておいて、一旦はあなたがニホンという法則も常識も違う異世界の国からやってきたという前提で考えることにしましょう。とは言っても、現状では訳が分からなすぎるし、お互いの転移前後の状況について話を共有することから始めた方がいいかもしれないわね」

「そうですね。この転移が偶然とは思えませんし、何者かの意図によるものであれば、話の共有で私が転移させられた理由が分かるかもしれません。あ、そういえば、勝手ながらそこに置いてあった食料で簡単な朝食を作らせてもらったので、それを食べながらにしましょう!」

「えぇ……?あなた、掃除だけじゃなくてそんなことまで……?実は異世界人って時間の流れ方が違うんじゃないの?」

「手抜き料理ですから、時間がかからなかっただけですよ。あ、それよりも、女神様のお名前をまだ聞いていませんでしたが、伺ってもよろしいでしょうか?」

「名前、そういえばそうね。私はアンナ・ガーネット。残念ながら女神なんて大層な存在じゃない普通の人間だから、普通にアンナとでも呼んでくれればいいわ」

「人間だろうと何だろうと、私にとっては命を救ってくれた女神様ですよ!ふふっ、これからよろしくお願いしますね、アンナさん!」


 こうして、どうにか話を噛み合わせることに成功したアンナとユウは、より深くお互いを知るために、テーブルを挟んで朝食を取りながら会話し始めたのだった。


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