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異世界人受付カウンター  作者: 唐科静玖
最終章 復興祭
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46.祈命奉納餅撒御輿

 コルヴァにはかつて、付与した物に一定時間あらゆる物を透過する効果を与える薬品、通称『透過薬』を食料に付与して地面に落とす風習があった。

 ダンジョンで行方不明になった冒険者が生きている事を願って、その家族や友人が行方不明者に支援物資を届ける意味で始まった風習である。

 そして、それはいつしか町全体に広まり、解釈が広がって、地龍への捧げ物をする方法の一つとしても認識されるようになっていった。

 後に毎年の定例となった『コルヴァダンジョン祭』では、祭りの最後にこの『帰命奉納(きめいほうのう)の儀』を参加者全員で行うのが定番であった。


* * * * * * *


《間もなく、本日最後のイベントとなる“祈命奉納(きめいほうのう)餅撒御輿(もちまきみこし)“が始まります。参加をご希望される方は、来場時に配布された耐透過加工手袋を身に着け、西門と東門を繋ぐ大通り付近にてお待ちください》


 空が夜闇に包まれ、吊り提げられた人口照明のオレンジ色の光が祭りの雰囲気を一変させた頃、町全体にアナウンスが流れた。

 祈命奉納餅撒御輿。今日のトリを飾る、リョウタの出し物だ。

 過去の祭りで行われていた帰命奉納の儀と日本の餅撒きと御輿を組み合わせた、何とも欲張りなイベントとなっている。

 その内容は、町内を移動する御輿の上からリョウタや他の投球魔法持ちの者が、透過薬とキラキラ薬を付けた食品を投げる、というものだ。その薬の為にリョウタは錬金術師クルティナに交渉を持ち掛けていたのである。

 色々と合わせすぎて迷走しているかのように思えるこのイベントだが、リョウタがこのような出し物を考案したのには理由があった。


 この町は一度は龍災で滅びた町。犠牲者の魂は全てユウが救済を終えているとはいえ、多くの命が龍災の犠牲になった事実は消えない。

 その意識は龍災の犠牲者の友人や身内には顕著だ。大切な人を失った人間が、魂が救済されたからもう悲しまなくていい、なんて簡単に気持ちを切り替えられるはずもない。

 リョウタは祭りの出し物を考えていた頃、実際にこの町を訪れた人がそうした悲しみに囚われているのを見た。どうすれば彼らの心の傷を軽くできるかを考え、カトレアが説明してくれた帰命奉納の儀のことを思い出した。

 ダンジョンでの行方不明者を思っての健気な風習から始まった祭りの締めの儀式。大切な者を思う気持ち、それは美しいものなのだろうとリョウタは理解を示す。

 しかし、それは帰らぬ命に足を引かれるようなものだとも思った。そうしてこの先何十年も故人を幻想し続けるよりは、その命にきっぱりと別れを告げ良い来世が巡るよう祈る方が、復興という新たなスタートを切るこの祭りの趣旨には合うだろう。


 ……なんて深い理由は後付けで、リョウタがこの催しを考案したのは、しんみりした空気が苦手なだけ、というのが理由の大半を占めていた。

 透過薬なんて物があるなら、多少派手な事をしても後処理とか気にしなくていいじゃん、とか考えていた。

 祭りは楽しく明るく。そんな単純な思考から生まれたこの出し物は、本当に迷走した果てなのかもしれない。


「っしゃーーー!いくぞ皆!!」

「ハズレ魔法と馬鹿にされた投球魔法の期待の星、リョウタ兄貴に続けーー!!」

「「「おぉぉぉぉぉぉ!!!」」」


 屈強な冒険者の男たちが担ぐ大きな輿の上に、法被姿のリョウタが仁王立ちしている。同じように投球魔法持ちの冒険者が乗った輿が5つ連なっている上、輿には屋根どころか座る場所さえ無いため、御輿担ぎというよりはパレードのフロートに近い様相を呈している。まあ、御輿もパレードも元々存在しない世界であるため、細かい名称問題は気にするところではない。

 御輿が動き出して少しすると、リョウタは食べ物が詰め込まれた箱に手を入れ、取り出した小さな飴を横の樽へと突っ込んだ。樽から取り出した飴はキラキラと金色の輝きを降り散らしている。クルティナに作ってもらったキラキラ薬の効果だ。


「これがこの世界の餅撒きだ!」


 リョウタは飴を夜空へと放り投げた。投球魔法の効果で花火のように舞い上がり、地上に光を降り注がせ、ある程度の所で重力と共に落下する。最後には下で待ち構えていた子供の手の中へと収まった。


「やった!飴だよ!」

「うわあ、いいなあ。僕も欲しい!」


 記念すべき第一投を手に入れた少年が、友達に手の中のキラキラを見せびらかした。羨ましがった友達が、次はまだかとリョウタの動きに注目する。


「慌てんなって!試し投げは終わったから、こっからはどんどん行くぞ!」


 リョウタは少年たちにニッと笑顔を見せ、次から次へと箱の中の様々な食べ物を投げ上げ始めた。

 他の御輿からも同じようにキラキラがうち上がる。流星群のように空を彩り、見る者の目を魅了する。落下した後は耐透過薬手袋を付けた参加者の手に受け止められるか、地面をすり抜けて大地の廻りの糧となる。

 帰命奉納の儀ほどの厳かな思いや地龍への敬意は感じられないものの、皆がそれぞれに笑い、楽しみ、多かれ少なかれ皆が町に抱く暗い感情を薄れさせる効果は十分に表れていた。




 町の中心にあるギルドの見張り台。普段は遠方からの信号を観測する為の場所であるそこに、アンナとエヴァンの姿があった。

 二人は次々と上がっては落ちていく刹那の輝きを、手を繋いで見守っていた。祭りの喧騒から離れ、絶賛二人だけの時間を満喫中なのである。


「綺麗ね」

「ああ、だが君の方が綺麗だ」

「このキラキラした食べ物と私って、比較するにはジャンルが違いすぎないかしら?」

「言われてみれば……」


 エヴァンはアンナの呟きに反応し、友人から聞いたデートの時の定番のセリフを言ってみたが、アンナには通用しなかった。

 アンナには『普通』は通用しない。これまでの経験からそれは分かりきっていたはずなのに、失敗だ。


(普通が通用しないというのは難しいものだな)


 エヴァンは冷静になって考えてみる。アンナは傍に居られたら幸せ、と言ってくれた。だが、好きかどうかは分からないとも言っていた。

 あの時は浮かれて勢いで抱き締めてしまったが、早急だったかもしれない。


「エヴァン、ちょっといいかしら?」

「?な、なんだ?」


 エヴァンの気に迷いが生じたそのタイミングを狙ったかのように、アンナが改まって話を切り出した。

 恋人気分のエヴァンに冷や水を浴びせるような一言が飛び出すかもしれない。アンナも決闘の場の雰囲気的に承諾してしまっただけで、冷静に今考えると異性としての愛は無いと気付いたのかもしれない。エヴァンは心の準備をしなければならなくなった。


「私、あなたに教えて欲しいことが増えたわ」


 しかし、エヴァンの不安、そしてついでに理性を吹き飛ばすかのように、アンナはエヴァンの左腕にスルリと抱きつき、甘え声でエヴァンにお願いをする。

 アンナにとってエヴァンは世界で唯一自分がしっかりしていなくても大丈夫な相手だ。普段しっかり者として周りを支える側のアンナはこれまでもエヴァンに無意識に甘えてしまう場面が多かったが、恋人となった今、その歯止めは無くなってしまっている。


「学校で勉強を教えてもらったけれど、ユナに言われたの。恋の勉強もしろって」

「恋の勉強……」


 エヴァンは困った。

 アンナに勉強を教えるのは何にも代え難い至福の行為だ。そして、アンナと過ごした時間の大半が勉強の時間であり、自分たちの関係を示すものとして最も適切だ。またあの時間を味わえるのは喜ばしいことのはず。

 しかし、生憎ながら恋愛は唯一と言ってもいい苦手分野。アンナに教える程の経験も知識も無い。


(もう見栄を張っても仕方がないか)


 アンナに格好悪い所は見せたくない。一端の恋する男子としてエヴァンはそんな見栄を抱え続け、アンナにはこれまで内心の動揺を悟られないように様々な嘘を吐いてきた。

 しかし、もうその必要はないだろうとエヴァンは思う。アンナが最も頼りにしてくれる人間でありたい、だが、その為には必ずしも完璧を演出する必要はない。弱みを見せ合いそれすらも愛する、それが恋の次のステップだ。


「アンナ、実は僕も恋愛をよく分かっていないんだ。何せ、君が僕の初恋の相手なのだから」

「あら、そうなの?結構経験がある方だと思っていたけれど、意外ね」


 アンナが驚いた表情でエヴァンを見上げる。だが、当然そこに失望の色はなく、あるのは親しみだ。

 アンナもこれから一緒に人生を歩むパートナーに頼りきりなのは如何なものかと感じていたのだ。同レベルの悩みを持てる安心感、それがアンナにとってとても心地良い。


「学校では君に気に入られるのに精一杯だったから、他の女性に目を向ける暇が一瞬も無かったよ。だから、これからの事は君と二人で一つずつ見つけていきたい」

「んふふ、きっと間違いだらけになるでしょうね。二人とも何も分かってないのだから。けれど、それはそれで楽しそうね」


 御輿が近づいてきた。放たれる光がアンナの横顔を照らす。アンナの嬉しそうな笑顔がカメラのフラッシュを受けたように輝き、堪らない愛おしさと共にエヴァンの心にジュンと焼き付けられる。


「早速間違うかもしれないが、もう我慢できない」

「え?」


 エヴァンはアンナの肩を抱き寄せた。

 アンナは口をポカンと開けていたが、その後エヴァンの手がアンナの顎に当てられたことで察し、唇を閉ざした。


「ん」

「……愛してる」


 唇が重なり、世界が止まったかのように、長い沈黙が流れる。

 それは、二人の愛の永遠を象徴するかのようであった。

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