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異世界人受付カウンター  作者: 唐科静玖
最終章 復興祭
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44.鎮龍復興祭③

 アンナは不思議な気持ちに戸惑う。これは一体何なのかしら、と。

 自分の手を引くエヴァンの手を見る。そこから伝わるのは確かな安心感。

 似た感情には心当たりがあった。エヴァンが精霊解崩を行ってまでアンナを助け、それにより壊れた心がキカイにより繋ぎ止められた時にも、それを感じた。

 アンナはその感情をピッタリと表す言葉が何なのか分からず、悶々とした気分になる。

 それは、柑橘の花のベッドに横たわり肺一杯に呼吸するような、心を櫛で梳かれるような、ざわざわ落ち着かないのに心地良く感じてしまうくすぐったさ。

 ……抽象的にどうにか表現を試みても、具体化は困難を極めた。

 自分の中には答えを見つけられそうにないので、親友の言葉を借りて考えてみることにする。


『恋は柚子みたいに甘酸っぱいんだって』

『ふーん』


 その時は完全に聞き流してしまった。何故なら、その親友ユナは、趣味の釣りの後、その場で焼いた魚に柚子塩を振りかけながらそんな事を言い出したからだ。もう少し雰囲気のある場であればアンナももう少し真面目に相手をしていたかもしれない。

 自分の事は棚に上げて他人の恋路ばかりに興味を持つ、妄想が大好きなユナの、情報源も不明な言葉。もしそれを真実だとするならば……。


(柑橘、柚子……。私、会長のこと好き、ってこと!?)


 もちろん友達や家族としてでなく、異性として。

 ユナの妄言である可能性は非常に高い。だが、恋を知らないアンナが動揺するには十分な理由であった。


「きゃっ!?」


 アンナは躓いてしまった。龍災でできた大穴を間に合わせで塞いでいる木の板のほんの少しの段差に。

 片手が塞がれてバランスが取れず転んでしまうと覚悟し目を瞑るアンナ。しかし、その瞬間は訪れず。目を開けると、申し訳なさそうなエヴァンの顔があった。


「大丈夫か?歩くのが速かったな」


 その手はアンナの肩に回り、倒れかけたアンナの体を支えている。


「ひあっ!?は、はい、大丈夫です!」


 アンナは顔がカアッと熱くなるのを感じた。それは、アンナの完璧な熱操作を無効化する精神的な熱。抱きすくめられ、全身を脈打たせるかの如く心臓が高鳴る。


(顔もまともに見れない……。今までこんなこと一度も無かったのに、すごく意識しちゃってる)


 考えれば考えるほどにドツボにはまり、動揺は大きくなっていく。このままではエヴァンに異変を察知されるのも時間の問題なため、すぐに気持ちを落ち着かせなければならない。


(そう、きっとこんなの思い込みよ。ユナの言葉に振り回されてるだけ。この気持ちについてちゃんとハッキリさせるためには、他にもっと頼りになりそうな人に恋愛について聞いてみないと。頼りになる人……)


 そうして真っ先に思い浮かべるのは、やはりエヴァンだった。


(って、それはダメよ!確かにエヴァン兄さんはモテるし恋愛についても熟知してそうだけれど、自分が好きかもしれない人に直接恋愛を教えてもらうなんて、そんな、そんな……)


 どうしても思考がエヴァンに埋め尽くされてしまう、見事な依存状態。それがもうほとんど答えになっているのだが、残念ながらアンナの理解は及ばない。

 そうして無言で俯くアンナの胸中も知らず、エヴァンは目線をアンナに合わせて再び攻めた言葉を発する。


「アンナ、僕たちは歳も近いしもう学校での上下関係も無い。だから、ため口で話して欲しい」

「た、ため口……。それはちょっとハードルが高いような。あ、でも兄妹なら普通ため口ですよね」

「その、兄妹というのについても無かったことにしてくれないか。恐らくジルから僕がアンナを妹にしたがっているという話を聞いたのだろうが、それはジルの誤解なんだ」

「誤解?あー……。兄さんは確かに頭がアレなので、また間違った解釈をしてしまった感じですか。私を妹にしたいだなんて、変な話だとは思っていました。ちょっと安心です」


 アンナ自身、エヴァンの妹というのはしっくり来ていなかった。アンナが気付いていない、エヴァンとはもっと別の関係で隣に居たい、そういう深層心理が働いていた。

 エヴァンの願望を叶える為に兄さんと呼んでみたものの、エヴァン本人が誤解だと言うならそれを撤回するのは問題が無い。


(あら?けれどそれなら、妹を守るために体を張った、って話はどういうことなのかしら?)


 少しスッキリしたアンナの頭に、また別の疑問が生じる。エヴァンがアンナを命懸けで助けた理由、アンナに対する特別な想いが妹としてでないのなら、それは一体……。頭に過った一つの可能性に、アンナは再び顔が熱くなってしまった。


(いえいえいえ……。流石にそれは自意識過剰よ。ただただ底なしに親切なだけよ、きっとそうだわ)


 エヴァンが自分を好いているという可能性は、今の心がぐちゃぐちゃなアンナの心臓に悪すぎた。親切の域を明らかに凌駕しているのは明白であるのに、無意識な自己防衛が働き思考に蓋が成されてしまった。

 余計な思考を頭の隅に追いやるために、んんっ、と一つ咳ばらいをし、アンナは比較的に簡単に解決できる方の問題に意識を向けた。


「ふー……。それじゃ、ちょっと抵抗はあるけれど……。こういう感じで話すことに、するわ。エヴァン」


 エヴァンに対する初めてのため口、少したどたどしくなってしまい気恥ずかしくなった。反応を伺うために、横目でエヴァンを見る。


「ああ、それでいい。君との距離が一気に縮まった気がするよ」


 心の底から喜んでいるような微笑みがそこにあった。


(そんな目で見て、そんなことを言われたら……。せっかく仕舞い込んだ自意識過剰な想像がぶり返してしまうじゃない。人の気も知らずにナチュラルに誑すようなことを言うなんて、こうだから周りの女子が熱狂してしまうのね)


 今になってようやく学校に居た数多くのエヴァンファンクラブのメンバーの気持ちが理解できた気になる。エヴァンはアンナ以外にそのような顔を見せたことも口説き文句を放ったことも無く、アンナとファンクラブメンバーの体験には天地の差があるため、実際は全く理解できていないのだが。


 アンナの心境が一つまた一つと目まぐるしく変化している間に、目的地であるトシシゲの屋台へと到着していた。


「「あっ」」


 二つの声が重なる。アンナとユナが店の前でバッタリ出くわしたのだ。


「こ、こんなところで奇遇だねぇ~」

「そうかしら?ユナのことだから、釣りに釣られてノコノコやって来たのかと思ったけれど」

「うっ……」


 トシシゲの屋台は『ヨーヨー釣り』だ。ユナは大の釣り好きであり、そのユナに布教されてアンナもまた釣りを趣味にしている。だから、『釣り』の文字を見てここに集まることにおかしな点はない。おかしいのはユナの様子だ。何か慌てているように見える。


「そういえば……。先約があるって言ってたけど、一人なの?」

「ギクゥッ!」


 アンナはふと違和感の正体に気付き、指摘した。周りをさっと確認してみても、ユナの連れに見える人物が見当たらないのである。

 本当は先約なんて無かったのに、アンナをエヴァンとくっ付けるのを優先して嘘を吐いてしまったユナ。様子がおかしいのもアンナが指摘した点の通りである。


「先約があるっていうのは噓だったの?一人で回るくらいなら私と回れば良かったのになんでそんな嘘を」

「え、えっとね。その……。嘘じゃないの!私の先約は、そう!トシシゲさんなの!」

「ぬう??」


 衝撃の告白。屋台に居たトシシゲが寝耳に水と言わんばかりに驚いた顔をしている。ユナはささっとトシシゲに近づいてアンナに聞こえないよう注意しながら事情を説明する。


「えっと、初めまして、あたしがアンナの親友のユナです」

「ああ君が。それで、今のは一体何の話だ……?」

「これには色々と事情がありまして……」

「ほう?ふむ、なるほど、承知した」


 最初は驚いたトシシゲだが、ユナも自分と同じくアンナとエヴァンの恋路をサポートしようと動いていると知って、超速で合わせる判断に至った。


「えっと、どういうこと?ユナとトシシゲさんは今が初対面よね?なのに今日の約束をしてたっておかしくない?」


 怪しい二人に向けて、いきなり核心を突く疑問を投げかけるアンナ。この対処に失敗すれば、外野がアンナとエヴァンをくっ付けようと画策していたのがバレかねない。


「うーんとね、それは……」

「転送装置だ。祭りの準備で我々も何度か使わせてもらってな」

「そう!あたし、アンナに異世界の人たちの話を色々聞かされて、中でもトシシゲさんのことが気になってたから、個人的に連絡を取り合ってたんだ!」


 何とか意図を汲み合い、辻褄を合わせようとする。


「ふーん……?」


 アンナは訝しみながらも、確かにトシシゲはやたらと転送装置を使う機会が多かったようにも思う。それがユナとの秘密の文通だとは思いもしなかったが。


(考えてみれば、トシシゲさんってエヴァン程じゃないにしてもかなりモテるのよね。亡くなってるけど奥さんも居たし、この前も女性冒険者たちに群がられてたし。ユナに学校では男っ気が無かったのは、年上趣味だから?)


 それが事実であれば、アンナとしては喜ばしい事だった。親友が好きになった相手が信頼できる人間なのが確実なのだから。

 そして、喜ばしい点がもう一つ。恋愛経験が豊富なトシシゲであれば、先程アンナが抱いた悩みにも答えを指し示してくれるかもしれない。


「あの、トシシゲさん」

「な、なんだ?ユナさんとの関わりにまだ何か疑問があるのか?」

「いえ、そこは二人の話だから、深く詮索はしないわ。それよりも、少し相談があって。ユナ、ちょっとだけトシシゲさん借りるわね」

「あ、うん。どうぞ~?」


 あっさり信じたことで気の抜けた返事をするユナを置いて、アンナはトシシゲを屋台の裏へと連れて行く。


「相談と言ったな。エヴァンも居るのにわざわざ私に相談と言うことは、何か日本のことで気になることでも?」

「いえ、そうじゃなくて。すごくふわふわした話になるのだけれど……」


 アンナはエヴァンに手を握られた時の感情を思い返しながら話をした。あの感情が上手く咀嚼できず、喉元に引っかかってモヤモヤしていることを。

 それを聞いたトシシゲは、ふむ、と考える素振りを見せながらも、心の中でガッツポーズをしていた。


(どうやらエヴァンは上手くやっているらしい。デートに誘ってすらいなかったと知ったときはどうなることかと思ったが、決めるところは決める男のようだ)


 アンナの恋心の自覚はもうすぐそこまで迫っている。後は最高の舞台で盛大に魅せるだけだ。

 故に、ここでの立ち回りは慎重に喫さなければならない。それが恋だと教えるのは簡単だが、そうしてしまって後の盛り上がりが欠ける可能性がある。

 トシシゲは神妙に言葉を紡ぎ始める。


「私にも、君と同じ感情を抱いた時があった。亡き妻との思い出だ。菫とは高校で出会い、その時からずっと支えられ、私も彼女をこの上なく大切にしていたと自負している。その時の永遠に感じていたいと思えるこそばゆさ、あれは間違いなく恋とか愛とか呼べるものだった」

「そうなの?じゃあ、やっぱり私のエヴァンへの気持ちも……」


 キュッと胸に手を当てて気持ちを固めようとするアンナ。そんなアンナにトシシゲはフッと口元を緩めながら首を振った。


「いや、そう焦るな。恋愛感情というのは一つの形を成しているものではない。私の恋愛経験をそのまま君に当て嵌めても、歪に嵌ってしまう危険性がある。恋愛、ひいては人間の感情とは、パズルなのだよ」

「パズル……?」

「そうだ。今ある感情を焦って無理やり自分の空いた心象風景に当て嵌めてはいけない。そんなことをすれば、いずれ心のパズルは破綻して、バラバラに弾けてしまうだろう。正解のピースは、時間と共にふと心に浮かんで、これしかないと言う場所に嵌るものだ」

「うーん?抽象的ね……」

「抽象とは心そのものだからな。心のパズルは決して完成を得られない。しかし、未完成でもある程度の空白が埋まれば、それなりに満たされた気持ちになるし、それが己であると自信を持てるようになる。……話が逸れたが要は、欲しいピースが生じるまではゆっくりと柑橘の花のベッドに埋もれて待つのもいい、ということだ」

「はあ、何だか深い気がするわ。ただ待つ、人生を送る上ではそういうスタンスも重要ということかしら」


 トシシゲの話に注意深く耳を傾けていたアンナは、最初の気の迷いに俯いた表情を無くしていた。それなりに心に響いたらしい。


(場当たり的な説法としては、まあ及第点か。よくもまあそれらしいことを並べ立てられたものだと我ながら感心するな。社会の老獪どもではなく純粋な少女を言葉で弄するのは心が痛むが)


 口先で相手の思考を誘導するのは、トシシゲの得意分野である。どうせこの後全てが決着するのだから、今のアンナの気持ちをそのまま持ち越させることに心を砕いた。これで、後は本格的にエヴァンの頑張り次第となる。


(それにしても、心のパズル、か)


 トシシゲは自分でその言葉を懐疑心に転がす。


(もし心が本当にそのようなものなら、一度嵌って欠けた空白はどうなるのだろうな。同じピースは二度と手に入らないが)


 自らの心をサラリと探り、空を見上げて自嘲気味に笑った。自分もまた、どうしようもない空白に指を彷徨わせる者の内の一人なのだ、と。




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