43.鎮龍復興祭②
ハピコのアトリエを後にしたアンナとエヴァンは、次はトシシゲの屋台へと向かい歩き出した。
「全く、ハピコにはもう少し加減を覚えて欲しいものですよね、会長」
「……」
「会長~?」
「はっ!そ、そうだな」
エヴァンは意識が半分硬直していた。想い人から長時間抱き付かれる体験は強靭な精神を持つエヴァンですら耐え難いものだった。怪しまれる前に何とか復帰できて一安心である。
中央広場から少し離れた場所にあるトシシゲの屋台に行くにはある程度歩かなければならない。そうなると、二人が人目に触れる時間も多くなる訳で。
「あの二人、凄い美男美女のカップルね~」
「というか救国の英雄の二人だよ。地龍を鎮められたのは、二人の愛の力の賜物なんだって」
すれ違う人々の視線が否応にも集まり、口々に囃し立ててくる。
エヴァンはそれを気がかりに思う。学校でもアンナと二人で歩く機会はあったが、その際に陰でコソコソ話をされるのをアンナが不快に思っていたのを知っているからだ。せっかくの楽しい祭りでアンナに不快な想いをして欲しくない。
「学校を卒業しても、やっぱり色々言われるものなんですね」
「そのようだな。嫌ならもっと人の少ない道を通るか?」
「え?嫌とは言っていませんが。もう生徒会ではないんですし、何も気にすることはありませんよ」
「ああ、そうか……」
アンナのその淡白な反応を意外に思いつつも、エヴァンは納得した。
アンナは生徒会の選挙でエヴァン狙いの他の候補者から抜きん出る為に、生徒会での異性交遊を絶対にしないと宣言していたのだ。エヴァンが在学中にアンナへのアプローチを控えていたのもそれが理由である。
今のエヴァンの胸中は複雑なものだ。不快に思っていないのは良いことだが、カップル扱いされてこの薄い反応では、脈無しに思えてしまう。もう少し攻めなければならない気がした。
「アンナ」
「?どうしました会長?真剣な顔して」
「もう生徒会ではないと言ったな」
「え、言いましたが、何かおかしいですか?」
「だったら、いつまで僕のことを会長と呼ぶつもりだ?」
「あー……」
アンナは立ち止まった。その問題に気付いていなかった訳ではない。しかし、ずっとエヴァン会長と呼んできて、ズルズルとそのままの呼び方を続けてしまっている。
「今の僕達の関係は何だ?ただの友人か?それとも……。それを呼び方に表現してくれないか」
普段のクールな瞳に僅かに熱が灯る。それを感じ取り、アンナもこれがただの呼び方の問題ではないことに気が付いた。
「私達の、関係……。あっ……!そうですね、私達はもう普通の関係では無いですよね」
「!!」
普通の関係ではないと断言する少し気恥ずかし気なアンナ。
エヴァンに緊張が走る。もしや、期待以上の関係を言い渡されるのではないか、と。
そんなエヴァンに、アンナはフッとくすぐったげな微笑みを向け。
「エヴァン……兄さん」
「違うだろおぉぉぉぉぉ!!」
後ろから盛大なツッコミが響いた。
アンナはビクつきながら振り返り、そこに居た人物に対して高い声色で責め立てた。
「リョウタじゃないの!道端でいきなり大声を出した周りに迷惑でしょ!ていうかこんな近くに居て声も掛けずに大声で驚かすだなんて……」
「ち、違う!驚かすつもりなんてなくて、咄嗟にどうしようもなくて声が出ちまっただけで」
「どうしようもなくって、一体何があったって言うのよ?」
「それは、その……」
リョウタはアンナとエヴァンを偶然見掛けて、その進展具合を確かめる為にこっそりと後ろで様子を確認していた。そして、二人の関係は何なのかという攻めた質問をエヴァンがしたことに期待が高まり、それに対するアンナの返答がズレすぎていた。思わず本能がツッコミを入れてしまうのも無理もない。
しかし、それらをありのままに説明する訳にもいかない。それは二人の恋路に対する過度な干渉になってしまう。リョウタは窮地に立たされてしまった。
「それに、あなたはユウと一緒に祭りを回っていたのでしょう?なのにどうして一人なのよ?ユウと逸れたわけじゃないでしょうね?」
「いや、ユウなら後ろにボグォっ!?」
何とか弁明しようとしたリョウタの言葉は遮られた。何故かその口にはポーションの小瓶が突っ込まれている。
「ホーホケキョ」
「!?リョウタ!?」
リョウタの口から、本物としか聞こえないウグイスの声が聞こえた。怒っていたアンナも突然の出来事に心配の目を向ける。
ポーションの瓶はリョウタの背後から何者かによって口に入れられていた。アンナが恐る恐るリョウタの背後を見ると、そこには白いローブを纏った黒銀の髪の少女がググっと背伸びをして立っていた。アンナには見覚えが無いが、特徴的な長い耳からエルフ族であることだけは分かった。
「あ、異世界人でもポーションの効果は同じなのですね。これは貴重なデータです」
「えっと……、誰?」
突然現れたポーション盛りの少女にアンナは困惑する。見たところ愛らしい少女ではあるが、行動が読めず害意のある者で無いとは断定できない。
一瞬ピリっとした緊張が走るが、ポーション少女の更に後ろからユウがタッタッと駆けてきて説明を始めた。
「アンナさん、その方は錬金術師のクルティナさんです。とにかく凄腕なので、リョウタさんが祭りの準備で足りない物を色々と作ってもらったらしいです。変わった人ですが、悪い人ではないですよ」
ユウは事情を知っているらしく、アンナは警戒を緩めた。しかし、あまりに行動が突飛すぎて、どうにも疑いを晴らしきれない。
「悪い人じゃないって、たった今リョウタをウグイスに変えられたのだけれど?」
「ホーホケキョ!ケキョケキョ!」
「ほんの一時的な効果です。あ、今のは『さっき叫んだのはポーションを飲まされそうになってビビったから』って言ってますね」
「え、リョウタが何言ってるか分かるの?適当言ってない?」
適当だった。ユウとクルティナは、リョウタが窮地に立たされているのを察知して、フォローにやってきたのだ。
「まあそこはどうでも良くないですか?それより!あたしはあなたに会いたくて遥々隣国リゴリーからやって来たのですよ!そしたらリョウタ君と出会って、祭りの準備に手を貸したら会わせてくれると約束してくれたのです」
「え、っと?」
「地龍を鎮めたのはあなたなのですよね?そ、その、そしたら持っていませんか、地龍の素材!あたしが長年追い求めた至高の錬金素材!髭でも牙でもヨダレでもいいので、買い取らせてください!!」
ずいっとアンナに詰め寄り瞳を輝かせるクルティナ。
アンナは、何を勝手な取引をしてくれたのだとリョウタにジト目を送るが、反省しているのかもよく分からないウグイスの声がケキョケキョ返ってくるだけだった。
「……はぁ、残念だけれど、素材になる物は何も持っていないわ」
仕方なく、溜息混じりにありのままの情報を伝える。
「そ、そうですか……。やはりそう簡単には手に入れられない物なのですね。それなら、地龍を召喚してもらえませんか?この町には冒険者が揃っていますし、皆で素材を剝ぎ取りに掛かればそれなりに手に入れられるはず!」
「あなた、臆病そうなのに物騒なこと言うわね……。地龍の召喚って、そんな簡単に出来るものではないわよ。私も感覚でしか分からないけれど、とにかく沢山の供物が必要になるわ。制御は出来るつもりでいるけれど、人間が襲い掛かったらその制御も利かなくなるかもしれないし」
「むぅぅ……。なら、せめてあなたの素材を!髪の毛一本、皮膚一片、内臓一粒でもひぇっ!?」
アンナの説明を受けても諦めきれなかったクルティナは手をワキワキうねらせてアンナの髪へと手を伸ばした。が、その瞬間に二人の間にエヴァンが割って入った。
「アンナに手を出すのは許さない」
その顔は氷のように冷たく恐ろしい。クルティナは瞬時に飛び退いて防衛本能からポーションを一本構えたが、その怯え切った表情を見るに立場の差は歴然だった。
「エヴァン会ちょ、じゃなくて兄さん。そんなに脅さなくても。何の役に立つかは知らないけれど、髪の毛の一本くらいなら別にね?」
「それでも、念のため、だ。すまないが、僕たちはそろそろ行かせてもらう」
「?」
エヴァンは再び道を歩き出した。自然にアンナの手を握って。
(あの女、死臭が酷い。恐らく何十人も人を殺している。それでいて全く殺気を感じなかった。手練れなのは確実。害意は無いしこの祭りで何かをしでかすとは思えないが、アンナに近付けさせるのは止めておこう)
エヴァンがクルティナを威圧した理由、それはクルティナから溢れる異質なオーラが気になったからだ。事を構えれば周囲あるいはアンナに危害が及ぶ可能性もあったと捉えており、ひとまず穏便に済ませられたことに安堵しつつ、警戒は続けている。
ユウとリョウタはエヴァンの様子がおかしいことに気付き顔を見合わせたが、何だかんだ手を繋ぐ雰囲気を作りたかっただけかと理解した。
クルティナもエヴァンには逆らってはいけないと本能で察知したのか、それ以上強引にアンナに迫りはしなかった。
そして、アンナはというと……。
(何でこんなに怒った感じなのかしら?……あ、そういえば、エヴァン兄さんは髪フェチだったわね。一本だけとはいえ、私の髪が痛むのを危惧してくれたんだわ)
とまたもやズレた納得をして、エヴァンに対する理解を深めた気になるのだった。
クルティナは3部のボスになる予定でしたが、1部で完結になったのでただ急に出てきたキャラになってしまいましたね。
2部以降の設定を完全に捨てるのはもったいない気がするので、今後の展開の詰まった設定集を上げてみるのも面白いかと思ってるんですが、見たい人は居ますかね?居ればこの話にいいねを押すか、感想で教えてください。




