42.鎮龍復興祭①
ギルド前にある中央広場には、大きなステージが設営されていた。そこに登壇したのは祭りの責任者であるカトレアだ。大仰に手を広げて声を張る。
「お待たせ致しました。ただ今より、『コルヴァ鎮龍復興祭』の開催を宣言します!」
魔法の空砲が町全体に開始の合図として鳴り響く。
正式な祭りの開始に来場者たちは歓声を上げて盛り上がりを加速させた。
その様子を遠目に見届けた後、アンナはエヴァンへと顔を向けた。
「始まりましたね。さて、どこから攻めましょうか。時間はあるとはいえ、町全体で催し物をやっていますから、動き方は重要ですよ」
見るからにテンションが上がっているアンナ。エヴァンは微笑ましく思いながら、自分もアンナとのデートに心が弾みきっていた。
「アンナは行きたい所はあるのか?」
「そうですね。ハピコとトシシゲさんの出店には絶対に行くとして、後は闘技場ですね。冒険者や兵士の人達が実力を見せ合う大会が開かれるらしいので、会長も参加してみてはどうですか?」
「いや、それは止めておこう。時間を大きく消費してしまうからな」
エヴァンはやんわりと拒否した。
闘技大会は闘技場の整備をしてもアンナに怪しまれないようにする為のカモフラージュだ。メインの用途はジルとの決闘であるため、今はアンナを不用意に闘技場へ近づけたくないのが本音だ。
アンナは少し残念がりながらも納得し、ハピコの所へ向かうことに決まった。
ハピコの出し物は彼女のアトリエ内にあった。中央広場の近くであり、アンナとエヴァンはすぐに辿り着いた。
「あら、もう結構人がい、る……?」
アトリエに入ったアンナは、すぐに違和感を覚えた。ハピコは似顔絵が出し物だったはず。なのに、建物内には絵とは無関係そうな置物が数多く設置されていて、客はそれらに集まっている。そして、当のハピコは急設のカウンターで暇そうに椅子に座っていた。
「おー!アンナさんにエヴァンさん。よく来たのじゃ~」
「ハピコ、この状況は一体?」
「これはのう、わしも誤算じゃったのじゃ。待ち時間も退屈せぬようにアナログの遊戯を色々日本から召喚したんじゃが、何故か似顔絵よりもそっちが人気になってしもうたのじゃ」
「あー……。そういうことね」
謎の置物の正体は日本の遊戯台だった。ハピコの魔法は相変わらず電子機器は召喚できないが、仕組みの単純なアナログ式の物品は召喚できるのが判明していた。そのため、こうして出し物の一部に活用しようと考えたのだ。元はトシシゲの知り合いが収集したものの置き場に困り処分しようとしていたものを譲り受けた物である。
「わしからすればこんな昭和チックなレトロゲーは大した暇潰しにはならんのじゃが、こっちの世界ではこれでも十分な娯楽になるようじゃの」
ハピコは目を細めて苦笑いしていた。人は集まったものの本来の狙いが成立していないのは複雑な心境だろう。
「どれも目新しい物ばかりだ。娯楽の少ないこの世界の人間からすれば似顔絵よりも目を引くのは仕方ない。……それよりも、彼が居るのは何故だ?」
部屋を見回していたエヴァンが目を止めた先。そこに居たのはバスタバだった。
「あー、あの者はじゃな……。家の前で子供に呪いのアイテムを配っていて今にも通報されそうじゃったから、匿うもとい外から隔離しておるのじゃ」
「呪いのアイテムって、何してるのよバスタバさん……」
「本人曰く子供用のおもちゃらしいのじゃが、どう見ても子供より呪術師が持っている方がお似合いじゃった。自称おもちゃ職人で日本のおもちゃにも興味津々じゃったから、今は客に遊び方の説明をする役目をしてもらっておる」
「説明役というより、普通に子供たちに混ざって遊んでいるだけに見えるが」
バスタバは子供に囲まれながら「見ていろ、俺が今からこの異界のおもちゃを完全に攻略してやるからな!」などと言って、バネに加える力加減を調節してボールを穴に落とす遊戯台の前を陣取っていた。エヴァンの言う通り説明役を全うできているかは疑問である。
「そうとも言える。じゃが、外に出すよりは無害じゃし、このまま遊んでいてもらうのが祭りのためじゃろう。それよりも!お主らはちゃんと似顔絵目的で来てくれたんじゃよな!」
ハピコはバスタバの役割放棄については全く気にしていないらしく、アンナとエヴァンに満面の笑みを向けて歓迎を表した。
「まあ、そうね。知り合いの出し物なんだから折角だし体験していこうと思うけれど」
「ハピコさんの画力はこの世界の画家と比べても非常に秀でていると聞く。そんな人に自分を描いてもらえる機会などそうは無い」
「むふー、そう褒められると照れるのじゃ。よし、では早速描き始めるとしようかの」
「えっと、じゃあ先に会長から……」
「先?何を言っておる?二人同時に決まっておるじゃろ!」
後ろに下がろうとしたアンナに、ハピコが筆を空にピシッと走らせて制する。
「二人同時?絵のことはよく分からないけれど、逆に効率悪いんじゃないの、それ」
「効率とかじゃないのじゃ。知っての通りわしは漫画家、常に新たな構図を求めて日々を送っておる。二人おるなら二人でなければ出来ない構図を所望するのじゃ。ただ、一枚の色紙に描くには大分寄らんといかんからの。ほれ、アンナさん、エヴァンさんの後ろからギュっと行くのじゃ!」
「えぇ……?なんて無茶苦茶なことを。いくらハピコの願いでも、会長に迷惑を掛けるのは、ねえ?」
「迷惑ではない。少しでも時間短縮になれば、他を回る時間も増えるからな」
「くひひ、ええのうええのう。エヴァンさんはよぉく分かっておるのじゃ!」
ハピコはニヤニヤ笑う。澄ました顔を崩さないエヴァンだが、そんなでもきちんとパスを受け取ってくれて微笑ましく思ったのだ。
「時間短縮……。まあ、会長にはもっと迷惑なことをしてしまったこともありますし、少し抱き着くくらいなら何てこともないでしょうね」
アンナは学校でしでかしたある事件を思い出していた。アンナには眠っている時に側にある物に抱き着いてしまう癖があるのだが、その癖のままにエヴァンの腕を抱き枕にしてしまった記憶。その時ですらエヴァンは気にしていなかったため(本当は動揺の極地にいたがポーカーフェイスで乗り切った)今のハピコの要望に応えるくらいなら何でもないと思えてくる。
「ん?もっと迷惑なこと?その話について詳しく聞きたいのじゃが」
「んんっ!そこは今はどうでもいいの!それより、こんな感じでいいかしら?」
アンナはちょっと頬を赤くし咳払いでごまかしながら、エヴァンの後ろに立ちその首に腕を回した。
「ふおぉっ!美少女イケメンのイチャイチャ感!目の栄養!これは良い絵になるのじゃ!」
「また変なことを言って……。あ、会長、苦しくないですか?」
「全く問題ない。もう少し密着してもいいくらいだ」
「本当ですか?何だか首の脈がすごく速いので苦しいのかと思いましたが」
(エヴァンさん、意外とムッツリじゃの。わしとしては密着すればするほど良いから、構わんもっとやれぃ!)
エヴァンとハピコの利害が一致しているため、最終的にどう見てもラブラブなカップルのそれまでにアンナとエヴァンは顔と体を密着させることになった。
(こ、これは流石にやり過ぎじゃない?会長は気にしないのでしょうけれど……。何だか恥ずかしい……)
アンナの頬が更なる朱に染まる。恥ずかしいが、決して嫌な訳ではなかった。もうしばらくはこうしていても良いと思えるくらいだ。
「あ~、初めての構図じゃから、ちと時間がかかりそうじゃな~。悪いのじゃがもう少しそのままで居ておくれ~」
ハピコは悪くない雰囲気を感じ取り、棒読み口元を緩ませながらゆっくりとペンを動かすのだった。
この辺りから『凍土の王子と紅の姫君』の内容がちょこちょこ挟まるんですが、そもそもあっちにすら入ってない話が多いです。見直しのモチベが無くて更新できておらず、こっちの本編も分かりづらくなっているかと思われますが、メンタル的に厳しいのであっちの更新は期待しないでください。




