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異世界人受付カウンター  作者: 唐科静玖
最終章 復興祭
38/48

37.獅子と龍

≪エイデアス 530/5/10(木)8:15≫

≪日本 2020/8/9(日)23:00≫


 祭りの準備が始まってから二週間が経過した。

 総帥が手配してくれたギルド職員達がコルヴァのギルドに加わり、アンナを中心にしてギルドの仕事を回していた。転送装置もアースウィン王国内の全てのギルドと繋がり、復興の要であるギルドの機能は既に完全回復と言っていい状態だ。

 総帥の働きかけで国がコルヴァの安全を盛大に告示したのも大きい。今ではギルド周り以外の人口も増加している。

 お陰で祭りの準備に回す人材も潤沢に確保できた。来訪者達が居ない間もカトレアが指揮を取って着々と準備は進んでいた。


 全てが順調に見える中、ハピコは自身の役割である祭りの装飾作りに勤しんでいた。人によっては本番よりも楽しい祭りの準備。しかし、看板に絵を描いていたハピコは時計代わりに傍らに置いている身分証をチラッと見て、溜め息を吐いた。


「はぁ、今週もユウは来んかったのう」


 元々時間に縛られずエイデアスの滞在時間を余さず使えるのはハピコくらいだ。しかし、リョウタとトシシゲも毎週欠かさず来てはいる。一度即時帰還をすればその土日は再来訪できない仕組みの中、目一杯に時間を作って。

 なのに、ユウは二週続けて来ていない。体調が悪いにしても、一瞬だけ来てそれを伝えるくらいはできるはずだ。それすらも出来ない程に具合が悪いか、そうでなければ何かしらの事件に巻き込まれている可能性すらあった。


 ハピコは勝手に(一応アンナは黙認している)アトリエにしているギルド近くの家屋を出てギルドへと戻った。


「おはよう、ハピコ」

「おはようなのじゃ、アンナさん。ま、わしは今から日本に帰って一眠りするところじゃがの。この時差は脳が変になりそうじゃのう。ふわぁ~~~……」


 今や来訪者用になったテーブルを磨いていたアンナと挨拶を交わした瞬間、徹夜だったハピコの大あくびが炸裂する。それでも日本に帰れば寝るのにちょうど良い時間帯。それを徹夜とするかどうかは議論の余地があった。


「それで、やっぱりユウは来なかったの?」

「わしもアトリエに引き込もっとったから確かなことは言えぬが、ユウの性格的にこっちが深夜の時は来んじゃろうし、来たならわしのとこに顔くらいは見せるじゃろう」

「そう……。心配ね。何か事件に巻き込まれてなければいいけれど」

「そうじゃのう。帰ったら一度リョウタとトシシゲさんと相談してみるのじゃ」


 そんな会話の後、ハピ子は日本へと帰還した。


 ベッドにダイブし、スマホの来訪者用通話グループに『帰ったのじゃ』とメッセージを送る。すると、すぐに既読1のマークが付いた。夕はスマホもパソコンも持っておらずそもそもグループに入っていないので、良太か利重だ。

 そして、ハピ子の帰還を待っていたかのようにすぐに通話がかかってきた。スピーカーから利重の重厚感ある声が鳴り響く。


『ハピ子、お帰り。作業の方はどうだ』

『進捗バッチリなのじゃ。それより、わざわざ通話をかけてくるとはどうしたのじゃ?』

『確認したいことがあってな。今週も夕はやはり来なかったか?』

『うぅむ。来んかったのう。アンナさんも心配しとったのじゃ』

『そうか……』


 やはり皆、夕が心配だった。祭りの準備の楽しい期間でも、仲間が欠けている状態では盛り上がれない。少し重い沈黙が流れる。


『こうなれば、直接様子を見に行くしかないな』

『こっちの世界で、ということかの?じゃが、それも住所を聞いとらんから難しいじゃろう』

『いや、住所、というか夕の静岡の実家なら分かるぞ』

『静岡の実家?どうして利重さんが夕の実家を知っとるのじゃ?』


 ハピ子は思わずスマホに向けて首を傾げる。ユウは今、東京に住んでいると聞いている。そちらを知っているならまだしも、現住所ではなく実家の場所を夕に聞く理由は思い付かない。


『もちろん夕に聞いたわけではないぞ。七天山家は私の地元に本家があるのだ』

『ふむ?ということは、夕と利重さんは同郷じゃったのか』

『それだけではない。夕の父親にして七天山家の現当主、七天山龍鵬は……、私の旧い友人だ』

『夕の父親が友人じゃと!?そんな偶然、世界は意外と狭いのじゃな……。というか、その龍鵬さんというのが夕の生活をガチガチに縛っとる張本人なんじゃよな?やっぱ、すごい頑固な分からず屋なのかの?』

『いや、私の知る七天山龍鵬は、奔放で且つ人の事をよく見て気遣える人物だった。だから、夕の身の上話を聞いた時、別人だと思いたかったくらいだ』

『人を気遣える、確かにそれは意外じゃのう。その口振りじゃと、同一人物で間違いなさそうじゃが』

『ああ、確実に同一人物だ。とにかく、夕については私が探りを入れてみよう。龍鵬に直接掛け合えば何かしらの策を見つけられるかもしれない』

『直接、じゃと?』

『何、久しぶりに里帰りするだけだ』


 利重の声が決意に満ちる。元々夕の扱いを問い質すべく里帰りを決めていたため、今まで全く取って来なかった有給は取得済みだ。しかし、その必要性は取得当初より急激に高まっていた。不安の輪が広がる今、どうしても夕の安否を確かめなければならない。

 



 利重と夕の故郷は、富士山を大きく望める平地の里だ。豊かな農耕地が広がり、知る人ぞ知る農作物の産地になっている。歩いているだけであちこちから奏でられる様々な野鳥の鳴き声を楽しむことも出来る。まあ、言ってしまえば普通の田舎だ。

 しかし、ただ一つ、普通の田舎とは呼べないような要素があった。

 ヒヨドリが騒がしく大合唱する林を抜けた先にある、広大な敷地面積を持つ大屋敷。500年の内に増改築が繰り返されている上に頑強な塀で囲われているため、その全容は外からでは確認できない。それが日本で最大の祈祷師の家、七天山家だ。

 

「前に来たのは30年以上前か。何度見ても立派なものだ」


 利重はそう感嘆しながら、門へと近づく。

 門の周りを見張っていた警備員の男が利重に気付き、不審な人間を見る目を向けた。

 利重の記憶では昔は門の前に警備員など居なかったはずだ。しかし、不法侵入しようとしている訳ではないのだから、人が居るのはむしろ好都合だ。落ち着いて取次ぎを頼むことにした。


「突然訪ねてすまない。私は七天山龍鵬の昔馴染みだ。富士山賊隊参謀・博学の獅子が来たと伝えてくれないか?」

「えっと、何ですって?」


 聞き慣れない言葉の羅列に、警備員が利重を見る目は更に厳しくなった。

 利重はユーモアを込めた方が警戒を解けるかと思ったが、意味を全く理解していない相手にユーモアも何も無いと言ってから気付いた。

 警備員は間抜けに聞き返しているように見えて、しっかりと腰の端末で応援を呼んでいた。出来た警備員だと称賛している場合ではない。どうにかして切り抜けなければ、ハピ子に対して格好つけたのが台無しになってしまう。

 が、その心配は杞憂だった。応援で呼び出された塀の内側の使用人と警備員が小声で話し合った後、もう一度先程の名乗りを求めてきた。一度滑ったため恥ずかしいが、ここは言われたとおりにするしかない。


「富士山賊隊参謀・博学の獅子、ですね。当主様にそのまま伝えて参ります」

「あ、ああ。よろしく頼む」

 

 恥で真っ赤に汗ばむ利重の顔は気にも留めず、使用人は扉の中へと戻っていった。

 先ほどまでの心配はどこへやら、あっさり話を通してもらえそうである。

 警備員も今や完全に気を緩めているようで、少し話し相手になってもらう分には問題が無さそうだ。


「その、少々いいかな?最初、君は私をかなり警戒していただろう?」

「ええ、そうですね」

「では、どうして私への警戒が急に無くなったんだ?」

「先程の使用人は、昔から七天山家人間の仕えている宮本さんです。彼女曰く、富士山賊隊の武勇伝は今も龍鵬様が時折話の種にするそうです。よって警戒する必要はないらしく。私は外の見回りばかりで龍鵬様と話す機会はほとんど無いため、そういった事情には詳しくありませんでした」

「そうか……。今でもあいつはあの頃のことを覚えているのだな」


 利重は目を細め、安らいだ気持ちになる。もし龍鵬が昔と違って冷酷になっているのなら、すぐに追い返されこの訪問が無意味なものとなっていただろう。しかし、子供の頃の無鉄砲さを今でも自慢にして語っているのなら、話は通じるだろうと予測できた。

 あの頃の記憶を大切にしているのは利重も同じだ。願わくば、ゆっくりと昔話に花を咲かせたい。まあ、その前にしかと確認しなければいけないことがあるのだが。


 程なくして使用人が戻り、利重は屋敷の中へと通された。

 タイムスリップしたかのような、伝統味に溢れた詫びさびのある庭を通って、建物の中へと入る。座敷へと案内された後少し待たされ、その人物が姿を現した。


「おーうおう、獅子!中学から東京に行っちまって以来じゃねえか!今になって遊びに来てくれるたあ、どういう風の吹き回しだ?」


 朗活な声色で利重に笑いかける、禿頭の男。気弱だった利重を獅子と呼んで強気にさせようとした、あの頃と変わらない雰囲気を感じる。

 七天山龍鵬。日本の祭祀の統括者であり、利重の世界を変えた男。その龍鵬に、利重も心からの笑みを向ける。


「随分変わったな、龍。特に、頭が」

「しゃーねえだろうがよ。家のしきたりなんだ。変わったつうなら、お前の方が別人じゃねえか。前にテレビで見たぜ。獅子菓子だったかの社長だ?外にビビって俺の後ろに隠れてたような奴が、随分偉くなったもんだな」


 利重は気恥ずかしくなった。龍鵬に付けてもらったあだ名から社名を付けたのがバレていた。それほどまでに獅子というあだ名を気に入っていたのだ。

 何とかその気持ちを顔に出さないようにしながら、利重は持ち込んだ大きな袋の中身を龍鵬へと差し出した。


「それは、違いないな。手土産にうちの主力商品を持ってきたから、ぜひとも食べてみてくれ」

「おお、食う食う。……ん?『宇宙一美しいカステラ』だあ?かなり攻めた名前だな」

「美を追求するために最高の職人を集め作らせている、その名に恥じない逸品だ。皇家からも注文が来るレベルだから、龍も満足させられる自信がある。たくさんあるから、この家の全員に行き渡るだろう。突然の訪問で迷惑を掛けただろうし、皆のおやつにしてもらいたい」

「ほう、そいつは楽しみだ!宮本!これ頼む!」


 龍鵬は部屋の外に控えていた宮本にカステラを渡し、切り分けるように頼んだ。

 お互い立場はかなり変わったが、気兼ねなく接する事が出来るのは昔と変わっていなかった。このまま積もりに積もった世間話に興じたいところだが、その前に忘れてはいけないことがある。


「……んで、話が逸れたが、どういった訳でうちに来たんだ?用も無く駄弁りに来たって訳じゃねえんだろ?」


 龍鵬も利重がただ遊びに来た訳ではないとは気付いており、訪問の理由を訊ねてきた。


「ああ、もちろん重要な用があって来た。だが、その前に確認して置きたい。龍、最近何か困っていることは無いか?」

「困ってることだあ?そりゃあ、こんな由緒しかねえ家の当主だから、困りごとなんざ日常茶飯事だよ」

「なら、私に話してみないか?今なら昔よりも参謀として役に立つと思うぞ」

「んなこと言われてもな。どれもこれも機密機密で、誰かに相談もできねえんだよ」

「そうか。……では、私から一つ聞かせてもらう。夕、お前の娘は今どうしている?」

「……あ?」


 龍鵬の顔色が変わった。今までの童心に返ったような人好きの良い男の顔ではなく、七天山家の厳格な当主としての顔だ。その威圧は、これまで数々の強者を相手取って来た利重すらも身を竦ませるほどだ。


「……どうしてお前が夕を知っている?あいつの存在は、外部の人間がそう簡単に認識できないようにしてきたはずだ」

「そのようだな。だが、最近彼女が家から消えたことがあっただろう?その時に会ったのだ」

「あぁ、誕生日に家から抜け出した時か。あの日はこっちも大騒ぎになったが、お前が絡んでやがったのか?」

「絡んでいた、というと語弊があるな。私は本当に偶然出会っただけなのだから」


 少しずつ探りを入れる利重。今の会話から、龍鵬が異世界と身分証の存在には気が付いていないのが明らかになった。

 龍鵬は恐ろしい顔で利重を睨んでいる。しかし、それはまだ怒りというよりも、利重の真意を測りかねているという様子だ。それを見抜いて、利重は話を続ける。

 

「夕から聞いた話によると、お前は相当彼女を縛り付けているようだな。彼女自身はそれをとても嘆いていた。そして私の予想では、今はそれが更に悪化し、24時間体制で彼女に監視が付いているレベルになっている。どうして実の娘にそこまでの仕打ちをする?」

「……何も答える気はねえ。さっきも言った機密って奴だ。逆にお前がどれだけあいつからうちの事情を聞いたか聞かせてもらう。次第によっちゃお前でも容赦なしねえ」

「そうか。では、私の予想は当たっているという前提で考えさせてもらう。龍が夕を閉じ込めている理由、それは夕が持つ強大な癒しと祈りの力のせいだろう?」

「……!!お前、どうしてそれを。そのことは夕自身にすら気付かれてねえはず……!」


 龍鵬は驚きのあまり目を見開き、二人の間に挟まれた足の低い机に身を乗り出して利重に迫る。


「私独自の情報網だ。まあ、決して口外はしないと誓う。七天山家の秘密を暴露したところで私には何の利益も無いからな。ただ、私は夕の処遇をまともなものにしてやって欲しいだけだ。あの力はうまく使えば世界をより豊かに出来る。力を恐れて逃げの策を取るなど、お前らしくもない。そうだろう、龍?」


 利重は説得に努める。龍鵬にはいくらでも付け入る隙があるように見えた。父親である以上、子供を気に掛けず生きることなどできない。同じく父親としての悩みを抱えている利重にとって、奇しくもそれが見てとれたのだ。


「世界を豊か?逃げの策?っは!お前はまだガキみたいな甘さに浸ってやがるな!」

「甘くはない。ただ、外から見れば、お前のやり方は明らかに過剰だ」

「過剰じゃねえ。俺も最初は出来る限り夕を自由にしてやってたんだ。人と極力関わらねえのを条件に学校に通わせ、外と繋がらねえ物なら何でもくれてやった。それであいつが満足していれば良かったものを、言い付けを破った挙げ句、温情を掛けれねえほどに力を成長させちまったんだ」


 諭す利重に、龍鵬は激しく反論する。反論を聞いても利重はこちらに分があると感じたが、少し引っ掛かる点があった。


「成長、それは精霊との契約のことか?」

「お前、本当にどこまで知って……。ったく、ソコまで知られてんなら機密も何もあったもんじゃねえな。『天の川に願いを捧げる日に生まれ落ちし白の血族、やがて世を滅ぼさん。忍ばせるべし』。それがうちに伝わる初代からの教えだ。夕は世界を豊かにするどころか、世界を終わらせる力を持つんだよ」

「世界を終わらせる?彼女の力は癒しの力だろう?それがどうしてそんな真逆の力になるのだ」

「考えれば分かるだろ。あいつが真の力を発揮すれば、死者すらも蘇らせることができるかもしれないんだぞ」

「死者すらも、蘇らせる……?」


 その言葉は、利重の脳裏に一人の女性の姿を思い浮かべさせた。松崎菫。亡くした最愛の妻。もし生き返らせることが出来るのなら、もう一度あの笑顔を見れるのなら。


「お前にも生き返らせたい人が居るようだな。俺ももちろんそうだし、世界で考えれば何億という人間が愛する人を蘇らせたいと思っているだろう。だが、夕の力も無限じゃねえ。限られた人間の願いしか叶えられないなら、夕の争奪戦争が始まるのは目に見えている」

「それは……」

「そうなれば、夕本人も無事では居られなくなる。あいつを人と関わらせねえのは、大切な人間ができちまったらそいつの為に力を覚醒させちまうからだ。だが、トラックに轢かれやがった時にあいつはその力を目覚めさせちまったらしい。んで、精霊と縁遠い東京に住まわせてたっつうのに、どうしてか今は精霊とまで契約済みだ。条件はもう揃ってるんだよ。夕はもう二度と外の世界に出しちゃいけねえ。この世界はあいつが生きるには器が小せえんだ」

 

 龍鵬の口から語られたのは、夕の幽閉に係る真相だ。

 そのスケールは大きすぎて、一人の少女に負わせるには残酷すぎた。

 夕を助けたいと思う利重も、人を蘇らせる力の魅力を己が心で感じ、先ほどまでの勢いを全て削がれてしまった。

 超常の力など無いこの世界で、七天山家だけが唯一の例外の力を持っている。その力は巧妙に秘匿にされ、陰から日本を守ってきた。利重は断片的な情報からそう考察していた。

 秘匿にされなければならないほどの力。七天山家が操る祈祷は、この世界では正に超常。夕はその中でも更に特異な能力を持つ。しかも、龍鵬が知らない事実として、夕が自身の力を自覚しているのも追い打ちだ。今の夕が外で事故現場や大怪我を負った人を見かければ、優しい夕のことだ、その力を発動させてしまうに違いない。それが世界の破滅に繋がるのなら、確かに外界から遮断すべき存在に思えた。


「本当に、どうしようもないのか……?」

「ねえな。文句があるなら俺にぶつけろ。クソ親だと罵ればいい。世界と娘を天秤にかけて娘を犠牲にする男なんざ、幻滅だろ?あぁ、しかも、この後昔からの友人を取り押さえなきゃなんねえ。なんだって俺の代でこんな厄介な予言が……」

「龍……」


 龍鵬は髪が無いことも忘れそれを引き掴もうとし、側頭部で指を空切りさせていた。言葉も徐々に譫言のように行き先の無いものとなっていった。それほどまでに精神が追い込まれているのだろう。

 利重はそんな龍鵬を哀れに思った。本当に誰にもロクに相談もできずに、この由緒ある家の当主として踏ん張ってきたに違いない、と。

 そして、利重に話したことでそれらが決壊してしまったのだ。七天山家の当主としての威厳も、かつての富士山賊隊の隊長としてのカリスマ性すらも、今は脆い砂上の楼閣だった。


「今最も救われるべきなのは、龍、お前なのかもしれないな」

「こんな時に人の心配か?今さら取り入ろうったってお前の処遇は変わらねえぜ。いくらなんでもお前は知りすぎた。おうい、って、はぁ……。宮本の奴はまだ戻ってねえのか」


 龍鵬は利重を拘束させようと宮本を呼ぼうとしたが、カステラを切りに行かせたのを思い出した。今は間を持たせるのも辛い空気が漂っており、ばつが悪そうに舌打ちをかました、その時。

 外から障子がガララララッ!と開け放たれた。


「話は聞かせて貰いました!って、ハピ子先生に教わったんですが、こういう時に使うんですよね!」


 気合いの入った声を弾ませたのは、たった今の話題の渦中にあった美しい黒髪の少女。囚われの身であるはずの夕だった。

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