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異世界人受付カウンター  作者: 唐科静玖
第三章 真相と地龍の目覚め
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33.精霊解崩

 後方支援組は、予想通りの魔物の襲撃に見舞われた。中距離組が巨大な魔物を倒したのを確認して安堵した直後の事である。


「ひえぇぇぇ!?こっちにも急に魔物が湧き出よった!」

「せ、先生!落ち着いてください!動けないです!」


 周囲を取り囲むように小型の魔物が大量に現れ、恐怖のあまりハピコがユウに抱き着いていた。逃げ場はなく、小型とはいえジリジリと詰め寄ってくる魔物の群れは平和ボケした日本人には恐ろしくて当然だ。


「ピュアスライム、レッグゴブリン、スモールアイ、他も下級の魔物ですが、数が多すぎますね……。戦闘要員を全て前に行かせたのは失策でした」

「案ずるな!そして、皆その場から動くなよ!《築城・(やぐら)型》!」

「うひょおぉぉ!?」

「危ないです!」


 四人の立つ地面がせり上がった。築かれたのは櫓のような高い土台を持つ石の建造物。揺れが伴ったためハピコがバランスを崩して落下しそうになりながらも、今度は逆にユウがハピコを抱き止める格好になってなんとか全員無事に避難できた。


「た、助かったのじゃあ……。ありがとの、ユウよ」

「ほっ……。落ちていれば、今頃下で魔物のご飯になっていたので、良かったです」

「ご飯なんて可愛い表現じゃ済まんて……。それで、下は今どんな感じかの?」


 ハピコは様子を見ながらちょっとずつ顔を出し、櫓の下を確認する。櫓の下の方にスライムが溶かそうと酸を飛ばし、ゴブリンが自慢の足で何度も蹴りを入れていた。

 それがしばらく続くと、櫓を構成する石の一部が突然弾け飛んだ。それは周囲の魔物を巻き込み、何体かを倒すことに成功していた。


「ふははっ!どうだ、俺の魔法は!籠城しているだけで敵を倒せる、攻守一体の力だ!」

「おおっ、すごいのじゃバスタバさん!あ奴ら、勝手に吹き飛んでゆくのじゃ!高みの見物とは正にこのことじゃの」

「バスタバ殿、流石、あのレックス様が認めるだけのことはありますね。元々は地下ダンジョンの魔物たち、対空能力は低いので、この高さは地形的に非常に有利でしょう。ですが、油断は禁物です」

「ふっふっふ、そんなこと言うても、これは勝ったもどうぜぐぎゃあああああ!!?」


 ハピコが吹っ飛んで倒れた。蜘蛛型の魔物が先端に針の付いた糸を射出し、ハピコの額に直撃させたのだ。


「先生!?今すぐ回復を……」

「間に合わんのじゃ……。これは死んだのじゃ……。ユウよ、無事に帰れたらわしの代わりに遺作を世に放っておくれ……」

「何を言っている?《築城》は近くの仲間のダメージも肩代わりしてくれるから、死ぬものか」

「……ありゃ?言われてみれば、衝撃は凄かったけども全く痛くないのじゃ。全く、驚かせおって!カトレアさんも、対空能力は無いなんて間違ったこと言わないで欲しいのじゃ!」

「私は対空能力は低いと言っただけで無いとは言っていませんが。……まあそれはいいとして、少々厄介なことになっていますね」


 先ほどハピコに射出された蜘蛛の糸を伝って、魔物たちが櫓に上ろうとしている。それが四方八方から始まっていて、時間が経てば櫓上に魔物が到達してしまいそうだった。


「ちょっ、バスタバさん!マズいのじゃ、早くその剣でプツンと斬ってやっとくれ!」

「そうしたいのは山々だが、俺は今櫓の修復で手いっぱいだ。なあに、《築城》がある限り我々は無敵、気にすることは無い!」

「気にするのじゃ!ダメージは無くとも魔物に齧られ続けるのは嫌なのじゃあ!ユウもそう思うじゃろう!?」

「それは確かに嫌ですね……。先生、今から私が言う物を魔法紙に描いてもらえますか?」

「む、なんじゃ?ライター的な物かの?じゃけど、このぶっとい蜘蛛の糸がそう簡単に焼き切れるとは」

「違います。弓です。弓の心得であれば少々ありますので。黒い弓に金の波模様と富士山の彫刻が施された物をお願いします」

「本当かの!?分かった、超特急で仕上げるから待っとれ!」


 ハピコは目にも止まらぬ早業で、ユウの注文通りの物を書き上げた。《手描きされた異界召門》で召喚されたそれを手に取り、ユウは弦を弾く。


「状態に問題は無さそうですね!」

「一応聞いとくんじゃが、それってユウの私物なんじゃよね?泥棒じゃないんじゃよね?」

「はい。七天山家に代々伝わる『不死鷹』で間違いありません」

「ん?いや、それよりも……」


 一瞬、"代々"という言葉にハピコは引っかかったが、それよりも重大な問題があることに気付く。


「弓はいいとして、矢はどうするのじゃ?」

「あっ」

「あっ!じゃないのじゃ!えっと、矢も急いで描かねばならんし、早よう特徴を教えるのじゃ!」

「特徴といっても、矢は普通の矢ですよ?」

「そうなんじゃなー、お主の家、弓はこだわるのに矢にこだわりはないんじゃなー。って、そうなるともう窃盗犯罪覚悟で普通の矢を描くしか……。いや、そうなるくらいならもう魔物に齧られる覚悟をした方が……!?」

「その必要はありません」


 中途半端な希望が仇となりハピコが更に泣きそうになったところで、ユウを見つめたカトレアが口を挟んできた。


「《魔法鑑定》で見たところ、ユウ殿には《魔力矢創造》の魔法があります。弓さえあれば矢は調達可能です」

「え?どれどれ……。あっ、本当ですね。弓を構えようとすれば矢も作れます!」


 ユウは魔力でできた矢を面白そうに引いては戻しを繰り返す。


「ユウ、お主聖女なのにそんな攻撃的な魔法も使えるのじゃ!?リョウタが知ったら泣かれそうじゃ」

「流石にリョウタさん程の威力が出る気はしないので、大丈夫ですよ。ですが、これで今は凌げそうですね。てやっ!」


 ユウの手元から矢が放たれる。気の抜ける可愛らしい掛け声とともに放たれた矢は、しかしながら十分な威力だった。猛禽のように鋭く風を切り裂き、ご丁寧に蜘蛛の糸の上に一列に並んだ魔物たちを一網打尽に貫いてその全てを仕留めきった。


「やりました!これ、結構強いみたいですよ!」


 魔物を倒せて無邪気に喜ぶユウ。しかし、それを見ていたカトレアとハピコはポカーンと口を開いて固まっていた。


「ただの魔力矢で、ここまでの威力は出ないはずなのですが……。凄いのは弓の方でしょうか?」

「これはリョウタには内緒じゃの。せめて近接武器系ならリョウタと役割が被らずに済んだものを」

「あ、近接なら薙刀であれば使えなくないかもですよ?実戦用となるとそれ用の訓練は必要だと思いますが」

「「……」」


 この聖女は一体どこを目指しているというのか、武闘派に目覚めそうなユウを、ハピコとカトレアは顔を見合わせて案じるのだった。



 

 竜馬でジルと共に最前線を駆けるエヴァンは、凪のように穏やかな心で居た。

 『精霊解崩』は心の力。精神が不安定では発動できない。地龍という本来人間が勝てるはずがない相手を前にしてその発動条件を維持できる人間は、エヴァンを置いて他にはそう居ない。エヴァンであっても、一人であれば心が折れていたはずだ。だが、今は隣にジル、後方には後のことを任せられる仲間がたくさん居る。地龍さえ倒せれば、アンナは他の者達が何とかしてくれるという安心感があった。

 普通の黒い触手は相手にしなくていい。問題は光る触手だ。二人は先程光る触手にやられた距離感にまで接近していた。


「エヴァン、そろそろ頼むぜ」

「ああ」


 エヴァンは目を閉じ、心の器に座する精霊へと意識を集中させる。

 人間と契約した精霊は、通常であればその人間が死ぬまで共に在り、死後はその人間を自然の輪廻に返した後精霊自身も世界の法則として還る。

 だが、精霊解崩は精霊を完全に消費してしまう。一時的に人間の力と同化した後は、無に消え去るのだ。


「精霊よ、君の総てを僕の今へと変えてくれ」


 エヴァンに宿る精霊は、エヴァンの呼び掛けに応えた。

 何も厭わず、最後に12の新たな魔法をエヴァンに教えてくれた。

 心は精霊の棲所。淀んでいたエヴァンの心を晴らしたのはアンナだ。そのアンナの為に全てを賭けて戦おうとするエヴァンに精霊も喜んでいた。


「《精霊解崩》」


 エヴァンの意識が一瞬明滅する。心のどこかでパリンと器が割れる音が幻聴のように響いた。地の底から這い上がり、豊穣の季節を幾百も廻ったような色が全身に迸る感覚。精霊がこれまでに辿った経験が流れてくるようだ。


「大丈夫かエヴァン!」

「……ああ。今なら何でもできそうな気がするよ。行こう、ジル」


 正面を見据える。近くに迫った地龍の巨体を全て認識できた。それだけでなく、地面の下で何かが動く気配すらも、今のエヴァンには容易に察知できた。肉体を司る地の精霊と一体になった結果だ。


「ジル、三秒後に高く跳躍しろ」

「お?おお、3・2・1!」


 訳の分からない指示だったが、ジルはすぐに従う判断をした。そして、竜馬を跳ねさせた次の瞬間、罠のように待ち構えていた光る触手が地面から飛び出した。


「《宝石生成・ラピスラズリ》、《宝石生成・トパーズ》、《宝石生成・オパール》」


 エヴァンが先程と同じように壁となる石を3重に形成した。異なるのは、それら全てがただの石ではなく、宝石である点。これらの魔法は精霊が示してくれたもので、宝石を生み出す魔法は過去にも例が無い。

 青、黄、白の輝きに彩られた壁は美しいだけでなく、光る触手に対して高い相殺能力を秘めていた。最初の青い宝石・ラピスラズリを破壊しただけで、光る触手は普通の黒い触手へと戻ったのである。

 その隙をエヴァンは見逃さない。触手が力を取り戻すよりも前に、強化された脚力で一瞬で距離を詰める。


「《宝石生成・サファイア》」


 エヴァンの右手の中に、青い宝石剣が生み出された。アンナの瞳と同じ、透き通った綺麗な青。触手は標的をエヴァンに変えてその口で丸呑みにしようとしてきたが、今のエヴァンには止まって見えた。


「散れ」


 エヴァンはひらりと身を躱させ、野菜を切るかのような軽やかさで触手をみじん切りにした。


「おお、やるなあエヴァン!」

「光る触手は僕が対処する!お前はそのまま突っ込め!」

「あいよ了解!」


 近づけば近づくほど地龍の攻撃は激しくなるとカトレアは言っていた。今は地龍との距離100メートルといったところで、現に黒い触手は常に何十本という単位で近づく者を排除するために攻撃を仕掛けてきていた。しかし、それらは中距離組に誘導され、エヴァン達に届くことは無い。

 短期決戦に持ち込めば、白い触手に魔物を準備させる時間も作らせずに済む。つまり、後は光る触手だけをエヴァンが引き受ければいい。

 そう思っている間に、攻撃は更に猛威を増す。エヴァンを狙った光る触手が上下左右から1本ずつ、計4本同時に迫ってきていた。捌ききれなければ命は無い。ならば、エヴァンも出し惜しみは無しだ。


「《宝石生成・ペリドット》《宝石生成・ルビー》《宝石生成・ムーンストーン》《宝石生成・エメラルド》《宝石生成・ダイヤモンド》《宝石生成・アクアマリン》」


 魔法の多重起動は精神に負担がかかる。高等魔法の6重起動ともなれば、それだけで精神が壊れてもおかしくない。だが、今のエヴァンには関係の無いことだ。精霊解崩は魔法の多重起動さえも思うがままなのである。

 黄緑色、赤、白、深緑の宝石の壁がそれぞれの光る触手を受け止め、砕ける。しかし、全て一枚で十分だった。

 空いている左手に透き通った宝石の剣を握り、藍緑色の宝石で足場を形成して、高所だろうと構わず輝く二刀で触手を斬り尽くした。

 時間は稼いだ。ジルはもう地龍の真横にまで接近している。エヴァンも追って近づき、そしてあることに気が付いた。地龍の頭部が赤い光を放っている。それはこれまでの不確定を確定に変えた。アンナが居場所を教えてくれているのだと、ジルにもエヴァンにも確信的に伝わっていた。


「《宝石生成・アメジスト》」

「お、ありがとよ!」


 ジルの目の前に、紫色の宝石の巨大な柱が二本立ち並ぶ。

 ジルは竜馬を二度大きく跳躍させ、高い方の柱に上った。そして、地龍の頭上を越えるように最後にもう一度跳躍させると、その途中で竜馬から飛び降りた。


「うおらあああああああ!!!アンナを返しやがれええええええ!!!!」

「……《宝石生成・ガーネット》」


 最後の宝石は、アンナとジルの髪と同じ色をしていた。それはジルの光る拳を覆うように形成され、共鳴するように眩い閃光を放つ。全ての思いを乗せた灼光の拳は、そのまま地龍の脳天を粉砕せんと叩き込まれた――。

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