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異世界人受付カウンター  作者: 唐科静玖
第三章 真相と地龍の目覚め
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29.フィリ・セアダズル⑤ 


 レナードの相方であるメイは、大通りを突き進んでいた。その背には眠る少女、フィリ。魔族の恐怖により疲れ果ててしまったため、家まで送り届けるようレナードに頼まれたのだ。


(フィリのことをあんなに気に入ってるレナードがこんな美味しい役目をあたしに譲るなんて、余程急を要するみたいだ。あいつの代わりにあたしがフィリの体を楽しんでおこう)


 相方が何やら頑張っているというのに、メイはどこ吹く風にそんなことを考える。

 誤解を招く表現だが、身体を楽しむというのは変な意味ではない。メイは純粋に可愛いものが好きなだけであり、それをおんぶしているこの状況を楽しんでいるだけだ。セクハラ気質が含まれないのがレナードとは異なる点である。

 しかし、そんな時間も長くは続かない。背後から何かが大きな音を出しながらメイの方へと突撃してきたのだ。


「うおぉぉぉ!そこのお前!フィリちゃんをどうするつもりだぁ!」


 それはメイを追い抜いてから急ブレーキをし、メイの前に立ち塞がった。縮れた茶髪の大男、バスタバだ。


「うげ……」

「うげ、とは何だ!フィリちゃんを眠らせて連れ去ろう等、この俺が見過ごす訳がないだろう!この変質者め、一体何者だ!」


 メイは面倒な奴と出会ってしまったと露骨に嫌そうな顔をする。今フィリを知る者と会うのは面倒だというだけではない。

 落伍冒険者、自称世界一のおもちゃ職人になる者、そしてフィリのストーカー。元々ギルド暗部にその奇行から目を付けられていたが、何故か“調査の必要性無し“と上からお達しが出され、以降は暗部の調査対象から外されている。レナード曰く訳有りだそうで詮索しない方がいいと言われたが、こうして向こうからやってきて面倒を起こされるとは、ツイていない。


「あたしはただのフィリの同僚だし、怪しいのはあなたの方だと思いますけど」

「同僚だと?ただの同僚ならどうしてフィリちゃんの目元に涙の跡がある?」

「……機密事項です」


 馬鹿そうなのに無駄に鋭いのが厄介だ、とメイは苦々しく思う。

 フィリにこのタイミングで近づく人物、警戒しない訳にはいかない。いざとなれば大声で助けを呼びながら逃げれば、捕まるのはバスタバの方だと心積もっておく。

 しかし、そう上手くはいかない。バスタバの後から別の人物が姿を現した。


「また人に迷惑をかけて、お前は……」


 面倒くさそうながらも慣れた感じでそう言ったのは、銀髪のエルフ美青年、レックスだ。『星霜の矢』と呼ばれるギルド本部随一の実力者で、ギルド関係者からの信頼が厚い。

 バスタバを引き剥がしてくれたのは助かるが、このギルド最強の戦力が居合わせては逃げることも出来ない。同僚だと言ってしまったため、普通のギルド職員だと思われているはずだ。大冒険者相手では立場的にも逃げ出すわけにはいかなくなってしまった。


「そうは言うが、フィリちゃんが……!」

「先走っても意味がない。何か事情があるのだろう。お嬢さん、話を聞かせてもらえないか?ギルド職員なら、まあ僕のことは知ってくれていると思うが、冒険者としての腕には自信がある。問題があったなら助けになれるかもしれない」

「そ、そうだ!俺もフィリちゃんを泣かせた奴を許してはおけん!何があったか教えてくれ!」

「……」


 メイは密かに魔法を発動させていた。《虚偽感知》、相手の嘘を見抜く魔法だ。対象者が嘘を吐いていれば、黒いオーラで感知できる。これのお陰で昨日はフィリがその場しのぎに嘘を吐いて居ないことを見破れ、レナードの役に立てていた。フィリの周りで怪しい動きがある今のタイミングでフィリに近づき始めたこの二人は、ギルドがどれ程信用していたとして簡単に信じる訳にはいかない。

 そして診断の結果……。二人とも大嘘吐きだった。もはや嘘を着て歩いている言えるほどに、嘘のオーラを身に纏っていたのだ。

 メイは嘘が嫌いだ。他人がどれだけ日常的に嘘を吐いているか分かってしまう魔法を持っているのだから、そうなるのも当然であった。

 メイは気分が悪くなる。二人分の大きな嘘のオーラに当てられたことに。それでいて、今の二人のフィリを助けようとする発言には嘘が全く含まれていない真偽の高低差に。


(嫌だけど、嘘でごまかすしかないか)


 やはりこの二人は信用できない。メイは自分自身が嘘を吐く事を最も嫌うが、暗部の仕事上、ある程度は許容せざるを得ない。そうしてどう切り抜けるか考え始めたのだが……。思い付くより前に、背中にもぞりとした感触が走る。


「むにゃ……。んあれ?メイ?後、バスタバとレックスさんも?どゆ状況?」


 寝起きの細目を凝らしながら、フィリは接点の無さそうな組み合わせと、メイに背負われている謎さに首を傾げた。


「……レナードへの報告中にフィリが寝ちゃったから、あたしが家まで送る事になった。この二人はたまたま出会っただけ」


 ただでさえ厄介な状況なのに、フィリが起きて余計ややこしくなった。メイは唇を引き結ぶ。


「報告……?あっ!カトレアはどうなったの!?もう助けられた!?」


 眠る前の事を思い出し、ハッと顔を上げるフィリ。メイは、あちゃー、と言わんばかりにやるせなく首を振った。


「カトレア?それはギルド総帥秘書カトレア・ファスモダンのことか?」

「む、助けられた、ということはそんな大物の身に何かあったのか?だとすれば大事件ではないか」

「……そのカトレアで正解。彼女は魔族の男に連れ去られました。そして、まだ救出できていません」


 レックスに勘づかれてしまったので、メイはもう騙し通すのは諦めた。先程の二人の驚きが嘘ではなかったため、少なくとも敵陣営の差し金ではないとは判断できただけでも十分だ。代わりに、本当の事を言って重要な事を言わない、嘘をつかなくて済む独自の処世術で乗り切る方針に変えた。

 重要な事、それは自分たちがギルド暗部の人間だと気付かれないことだ。冒険者を監査する役目がある以上、ギルド暗部と冒険者の仲は良いものではない。それに、フィリが暗部に異動となった事を彼らは知らないから、そこで更に話をややこしくしたくない。だから、それが穏便に話を済ませる条件だ。


「もうギルドは動いているのか?そんな事件の割には街が静かだが」

「そうすぐには動きません。正式な調査結果ではなく、情報源がフィリの目撃情報だけなので、事実確認が行われてからになるでしょう」


 元々はエヴァンが個人的にレナードに出した依頼だ。ギルドに正式に依頼された訳ではないため、信憑性を持たせるにはいくつかの手順が必要だった。

 そして、そんな説明を聞いて、レックスが何やら懐から取り出す。


「信憑性、それなら、僕が保証させよう。大冒険者の印章を押した文書があれば、それで信に足るだろう?」

「え、それはありがたいですけど、良いんですか?」


 大冒険者の印章、それはギルドにおいて絶大な効力を発揮する。その印がある文書は他のどんな文書よりも素早く受領されるし、内容も真であることが前提で処理される。それ故においそれと使う物ではないし、もし内容が嘘でギルドに大きな損害を与えた場合、当然レックスの責任となりその信用が大きく失墜することにもなる。


「僕はフィリ嬢が嘘を吐くとは思わないからね。一刻を争う事態だ。遠慮なく利用してくれ」


 レックスは言い切った。メイのように嘘を見抜く魔法が使える訳でもないのに、どうしてフィリをそこまで信用しているのかが謎だ。そこは歴戦長寿の成せる業なのかもしれない。

 メイも、これまで幾度かフィリを監視していたが、フィリが嘘を吐いているのを見たことが無かった。本人が真実だと思い込んでいるため虚偽感知に掛からない、事実と異なる言動はいくつはあったのだが。まあ嘘吐きでないことには変わりない。

 だからメイはフィリのことはそれなりに気に入っているし、フィリの正直さを見抜けるレックスもそれなりに信用していいと思えた。相変わらず身にまとっている巨大な嘘のオーラは気になるが、メイも嘘を一括りに悪とするほど硬い頭をしていない。身を守るための嘘や、優しい嘘があるのも分かっている。嘘を吐いている人間を相手にするのは疲れるだけで、その全員が悪人だとは思ってはいない。

 そうして考えを纏めていると、突然バスタバが吠えるように叫んだ。


「ま、また自分だけフィリちゃんにカッコ良いところを見せおって!」


 レックスのイケメンな言動に、立場が無くて立腹したようだ。


「人として当然のことをしているだけなのに、器の小さい奴だ。怒ってないで、自分に何ができるかでも考ればいいんだ」

「ぐっ、それもそうだ……。あ、そうだ!落ち込んでるフィリちゃんの為におもちゃを」

「要らない。それより、その印章があれば、カトレアは助かるの?」


 バスタバの言葉をバッサリ断ち斬り、バスタバにジト目を送った後、フィリはレックスの手元へと視線を移した。


「どうだろうな。現状情報が少なすぎるから、時間がかかるのは確実だ。ギルドが大々的に捜索の計画を立てて、冒険者を総動員しても、既にどこかへ消え去った魔族を探すのは難しいからな。魔族は脅威的な身体能力を持つ者が多いから、全力で離れられれば冒険者を集める頃には国外へ出てしまっているかもしれない」


 少し元気を取り戻してきたフィリだったが、レックスの現実的な説明に、再び悲壮な顔つきになる。そして、足をもぞもぞさせ、メイに降ろしてアピールをし、それに気付いたメイはそっと屈んでフィリの足を地に付けさせた。

 フィリはフラフラとした足取りでバスタバの方へ歩く。そして、その大きな図体を見上げ、目を潤ませた。


「お願い……、カトレアを助けて。大切な友達なの……。バスタバって落伍冒険者だけどすごく強いんでしょ?」


 フィリは知っていた。いつもバスタバがフィリの受付の列に並ぶため、いつも高難易度の依頼を受けていることを。それを無傷で達成してまたフィリの受付へと得意気に帰ってくることを。レックスが認める程の実力を持つ大層な男であることを。


「ぐふっ!」


 そんな大層な男は、少女の上目遣い一つで途端に胸が潰れそうになる重体になっていたが。


「うぇ!?だ、大丈夫!?どこかケガでもしてるの?ダンジョン帰りっぽいし、アンタでもやられることがあるのね!早くポーションを……」

「ち、ちが……。君にハートを撃ち抜かれただけで、怪我はないぞ……」

「ハートを撃ち抜く?あたし、そんな魔法持ってないけど!?」

「あの庇護欲を誘う仕草、狙っていたわけではないのか。天然のロリコンキラーだな」

「うちの相方も危ないかも。……いや、何でもない」


 慌ててバスタバの肩をさするフィリの後ろで、メイとレックスが感嘆していた。

 バスタバが崩れ落ちた理由をフィリへ説明するのにに数分を要した後、バスタバも無事一命を取り留めた。アホ臭いハプニングだが、お陰で場の空気がやんわり弛緩する。そして。


「よし、任せろフィリちゃん!その涙、嬉し涙に変えて見せよう!行くぞ、レックス!」


 立ち上がったバスタバが揚々と宣言する。


「行くって、今から?ギルドが正式に依頼を出してからじゃないと報酬は出ませんけど」

「報酬はフィリちゃんの笑顔で良い!……いや、できれば、その、デート権なんかも有ったらもっと良い」

「せっかくカッコつけられていたのに、どうしてそこで欲をかくんだ」


 レックスは呆れているが、異論はないようだ。フィリとのデート権なんてレックスには価値の無いものだろうに、お人好しが過ぎる。

 メイとしては急に彼らの助力を得られることになって、良いやら不安やらが合わさった気持ちになる。レナードの予定を狂わすようなことはしたくない。しかし、龍が相手であればギルド最強戦力の参戦は願っても無いことだ。

 逡巡の後、メイは更なる情報を彼らに与えることにした。カトレアを連れ去った魔族の行き先がコルヴァであること、そして、その目的が地龍の目覚めであることを。これからエイデアス大陸が地龍によって蹂躙されるかもしれない状況で、消極的な対応をしている場合ではなかった。

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