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異世界人受付カウンター  作者: 唐科静玖
第一章 窮地の受付嬢と4人の来訪者
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2.ヴィナサラポーション

≪530/4/5(金) 13:21≫


 首都ローザリアからダンジョン都市コルヴァへと至る道のりは、アンナにとっては皮肉なことではあるが順調だった。

 アンナが乗せられた馬車を走らせている魔獣・竜馬は、調教師(ビーストテイマー)によりよく強化されており、800キロメートルの距離を途中休憩を挟みながら4日で駆け抜けた。

 アンナからして最悪でなかった点は、道中で殺される等の酷い目に遭わなかったことだ。アンナを排除するのが目的ならその最悪の展開もあり得たが、未だに生きている辺り、どうやら馭者の男らは律儀にコルヴァまで送り届けてくれるらしい。


(あんまり神経をすり減らすのも良くないわね。最初の印象が悪すぎただけで、そこまで大きな悪意はないのかもしれないし。所詮噂は噂だし、コルヴァの状態も私が思っているのとは違うのかも)


 『ダンジョン都市コルヴァは地龍の暴走で廃墟となり生存者は居らず、現在も人が暮らせる場所ではない』という噂もどこまでが真実か分からず、もしかしたら水面下で復興が進んでいた可能性もある。

 復興の為の優秀な人材を必要としてのアンナの起用。噂のせいで抵抗されることを見越しての強制連行。今回の暴挙的な一連の流れをそう無理矢理解釈して精神的負担を軽くする。一旦は単に勤務地へ護送される新米ギルド職員の気持ちだ。


 最後の町を出て数時間経過したところで、馬車が停止した。ほどなくして馭者台に居た落伍冒険者の二人がアンナに荷台から降りるように指示した。


「俺たちの仕事はここまでだ。後はせいぜい無駄に足掻くんだな」

「クソ地龍に滅ぼされた町、近づくだけでぞっとするぜ。こんなところに若い女一人置いてくなんて、ギルドも随分黒くなったもんだ。……ま、俺たちにゃ関係ねえが」


 短い間ながらもアンナと共に旅をした二人は、町の入り口に荷台から食料の入った箱を下ろすだけ下ろして、あっけなく来た道を引き返していった。

 アンナはどことなくあの二人がそこまで悪人には思えなくなっていた。馬車で度々聞こえていた会話が、どれも下卑た落伍冒険者らしくなかった。落伍冒険者が全員悪人と決まっているわけではないが、何故かアンナと面と向かって会話する時だけ小悪党のような口調になっていたのだから余計に謎だ。アンナに対する敵意から、と言うには演技臭さが強かった。


「もう少し奥まで運んでくれても良かったのに。まあいいわ、さて……」


 一人残されたアンナは、一つ息をついてから町の方を見やった。そして、ホッと安堵した表情を見せる。

 アンナが期待した通り、町の状態は噂のように酷いものではなかった。廃墟と呼ぶに相応しい荒れた建築物は一つも見当たらなかったのだ。ここの住民が全員龍災で死亡したというのが信じられないほどに綺麗な外観を保っていた。

 やはり復興は進んでいたのか、それともそもそも龍災というものが大したものではなかったのか。そういった推測を立てながら、町の中の散策を始める。散策をしているうちに、アンナは妙な違和感を覚え始めた。


「地面に大きな穴がたくさんあるけれど、こんなの復興作業の邪魔になるし先に塞ぐべきじゃないのかしら……?」


 アンナは町の地面のあちこちに点在する直径50センチほどの穴をみて、そう考える。

 龍災は巻き込まれれば漏れなく命を落とすため、その実態はよく知られていない。アンナも龍災についてよくは知らないものの、地龍が大地の奥深くに潜んでいることは知っており、この穴が龍災によって出来たものだとは推測できた。うっかり落ちてしまえば助からないのは確実、復興するのであれば真っ先に木の板なりなんなりで塞ぐべきなのは間違いない。それが放置されている事実を、アンナは理解し難かった。

 そして、歩き続けるうちにもう一つ、重大な違和感を感じるようになった。


「人の気配が全くない……」


 何とか前向きに考えてきたアンナに、それは現実を突きつけてきた。これまで町を歩いてきた中で人影は一つも無かった。それどころか、復興作業中の痕跡すら見つけられなかったのである。

 進めば進むほどに確信へと変わる現実をなんとか否定しながら、アンナは大きな建物の前で足を止めた。この町のギルドだ。ダンジョン都市だけあって圧巻の佇まいである。

 アンナがここで立ち止まったのは、自らの勤務先であるからだけではない。

 町の復興には雑用や資材集めを担う冒険者の存在は欠かせなく、どのような災害に見舞われたとしてもまずはギルド機能の回復を目指す必要がある。つまり、復興中であればここには必ず人が居るのである。

 アンナは不安で高鳴る心臓を手で押さえつけながら、ギルドの扉を開いた。ギィ、と軋んで中へと誘う扉の先、そこにあるはずの冒険者と同僚の姿、活気づいた喧騒。


「嘘、でしょ……」


 アンナが求めたものは何一つなかった。あるのは床に空いた直径50センチの穴と荒れた受付カウンターだけだった。その惨状は、この町にアンナを除いて人が一人も居ないことを明らかにしていた。


「うぅ、眩暈がする……。これが私の職場?冗談じゃないわよ……」


 アンナは片手で頭を押さえながら、この悪い夢から覚める方法を考え始める。が、そんなことでどうにかなる状況ではないと脳が勝手に理解し始め、仕方なく状況整理に移った。


「いや、整理も何も、ギルドの仕事は人が居ることが前提!労働力を求める人と仕事を求める人の橋渡しになるのが業務の主軸なんだから、人が居ない時点で成立しないのよ馬っ鹿じゃないの!」


 あまりのどうしようもなさに近くの椅子を蹴飛ばすことしかできず、転がった椅子が床の穴に落ちていった。少しスカッとしたが、それでアンナの怒りが収まるはずもない。

 ギルドの仕事は橋渡し以外にも冒険者の収集物の買い取りやギルドからの直接の依頼、それらに伴う書類の整理など様々ではあるが、どれも人が居る前提なのは変わりなかった。

 仕事が成立しない以上、真っ先に帰る算段を立てるべきであるのだが……。


「ギルド総帥の指示、なのよね……」


 総帥の判断は絶対であり、遂行できなかったり背いたりすれば職員ライセンスの剥奪は必至、その上汚名まで背負わされるのだから社会的に死んだも同然になる。

 だから、王都ローザリアに帰るという選択はアンナには選べなかった。

 そもそも、徒歩しか移動手段が無いのでは、助けを求めに最も近い人間の集落に辿り着くことすら不可能である。


(せめて何か一つ、復興への足掛かり、功績を残せれば罰を受けることはないかもしれないわよね?)


 それがアンナが考えた中で最もマシな方策だった。幸い、寝泊まりする場所と数日分の食料はある。それならば、打てるだけの手は打つべきだと判断したのだ。人が居ないのでは仕事にならないが、仕事以前に自分の生死すら危うい状況。生き残るために手段を選ばないのであれば手は残されているかもしれない。


 そうと決めたアンナは、ギルド内の状態を確認してみることにした。

 得意とする《着火》の魔法で明かりをつけ、内部をよりよく見えるようにする。ロビーは床に大穴が空いている以外はあまり荒れていないが、受付カウンターより奥の職員用事務スペースは酷く荒れていた。


(棚、おそらく貨幣が入っていた場所……。地龍がお金を取っていくわけがないし、野盗が入ったのね)


 貨幣以外にも高価な素材系統の物品は根こそぎ無くなっていた。


(地図によれば近くを定期周回している商隊があるみたいだから、お金さえあればやりようがあると思ったのに……。あっ、そういえば!)


 金品が盗まれていることを嘆くのを後回しにして、アンナは駆け出した。向かった先は支部長室と扉に記された一室。アンナはその扉を躊躇わずに開け、中を物色しだした。引き出しを開け、書類の山をひっくり返して何かを探すこと小一時間、アンナは壁に掛けられた絵の裏に隠された小さな空間を見つけ出した。


「有ったわ、絶対これね!ヴィナサラポーション!」


 その空間には小さな箱が安置されていた。それを開けると、中には金色の液体の入った小瓶があり、アンナはガッツポーズを取った。

 ヴィナサラポーション。身体欠損を含むあらゆる怪我を治す至高のポーションだ。貴重な素材で作られたそのポーションは、売れば家一軒が余裕で立つほど高価な代物である。

 有事の際に備えて各ギルドの支部長に一つずつ渡されているそれの存在は野盗如きでは知りえない情報である。アンナも噂程度にしか知らなかったが、その噂が真実であったことは崖っぷちに立たされているアンナにとってこの上無い幸運だ。


「今も有事の際ではあるのだから、仕方ないわよね?ふふふ……、これを資金源にすればこのギルドも何とか回せるようになるかもしれないわ」


 資金の無いギルドに配属させられたからには、ギルドに属するなけなしの財産を勝手に使ったところで文句は言わせない。そう吹っ切れて、アンナはヴィナサラポーションで活動の土台を築くことに決めたのだった。



 アンナがギルドの状態を確認し、町の入り口に置いてきた食料の入った箱をギルドまで運搬し終わる頃には、日もすっかり落ちていた。


「ふぅ、今日のところはこれくらいにしておこうかしら」


 作業用に髪を一纏めにしたアンナが額を拭う。

 当面はギルド内の当直室で寝泊まりしながら、荒らされている箇所の片づけに専念することに決めた。そして、数日後にこの近辺を通過する商隊を捕まえてヴィナサラポーションを換金してからが活動の本番だ。

 慌てなくても盗賊に荒らされたギルド内の片付けなど数日で十分間に合う。気疲れも多かった今日は早めに休むことにする。


 そして……。異変が起きたのは、アンナが気を緩ませたそのタイミングだった。

 アンナが当直室の扉を開けようとしたその一瞬、室内から金色の光が溢れ出でた。

 それに驚いて反射的に扉から手を放すも、すぐに光は収まる。


(何、今の?疲れたせいで幻でも見えた?にしてはしっかりと目に眩しさが残っているけれど……)


 原因不明の光を警戒しないわけにもいかず、アンナは慎重に扉を開けて中の様子を探る。


(考えたくないけれど、私がギルドから出てる間に野盗が入り込んだのかもしれないわね。だとしたら、先手必勝)


 まず、暗い室内を照らすため、天井の照明に《着火》魔法を放った。そして、すかさず両手を構え、怪しい人物が居れば逆にこっちが驚かせて、その隙に服に着火させて火だるまにしてやろうと思った。が、不意に入室したアンナに驚くような人影は見当たらなかった。見つかったのは、ベッドの上に横たわる長い黒髪の少女の姿だ。


「ユナ……?いや、違う。一体誰なの!?」


 一瞬職業学校での友人に似ていると思ったが、すぐに別人だと気が付いたアンナは、その謎の少女に向けて問いかける。


「うぅ……、あぁぁ……」


 しかし、少女はアンナの問いに答えることなく、ただ呻き声を上げた。いや、そもそもアンナの声など届いていないのだと、アンナもすぐに気付かされた。何故なら、その少女は全身から血を流し、足に至ってはあらぬ方向に折れ曲がっていたのだから。


「え……?、なんてこと、酷い怪我……。一体何が?こんな状態でどうやってここまで?いや、そんなことより、早く治療しないと!」


 アンナは浮かんだ疑問を後回しにし、より緊急性の高い人命救助のために動き出した。まずは服を脱がせて怪我の状態を確認する。が、その有様を見たアンナは顔を青ざめさせ、吐き気で口を押さえた。


「うっ、そんな……、左腕が千切れかけてる……。この出血量じゃ手の施しようが」


 アンナには回復魔法は使えない。使えたとしてもここまでの傷を癒すのは到底無理な話だった。最早応急処置を施したところで助かる見込みもない。絶望的な状況に、全身から血の気が引いたアンナはその場に崩れ落ちそうになる。

 自分の不運な身の上すらも一時忘れ、今にも消えようとしている見知らぬ黒髪少女の命の灯に無念を抱き。

 そんなアンナの頭に、たった一本の光の道筋が過る。


「ヴィナサラポーション!!」


 そう、アンナが商隊に売って資金源にしようとしていた、超性能ポーションの存在だ。生きてさえいれば体の欠損さえ直ると言われるそれならば、助けられるかもしれない。

 アンナは急いで引き出しを開け、支部長室から拝借したヴィナサラポーションを取り出し、蓋を開けた。そして、苦痛に喘ぐ死に際の少女の冷たい頭を持ち上げ、その口の中に金色の液体を全て流し込んだ。


(お願い、間に合って!)


 これで無理なら、もう彼女が死ぬのを見届けることしかできない。その暗闇を切り払うために、アンナはひたすらに祈った。

 その祈りが神に届いたのか。臥した少女の体が淡い光に包まれ、いつの間にか今にも取れそうだった左腕と折れた足を含め、全身が治っていた。


「あぁ、良かった……」


 アンナの手からポーションの空き瓶をカラン、と床に落ち、体はベッドの縁に預けられる。この少女を助けられたことで緊張の糸が一気に途切れたのだ。

 そのまましばしボーっと少女の顔を見つめる。血が付いてはいるが綺麗な顔と黒髪、やはりユナに似ているため同じ出身地かもしれない、なんて考えてみたり。

 しばらくすると、少女の瞼がピクリと動き、瞳がアンナの方へと向いた。


「女神様……」


 少女は焦点の定まっていない瞳を懸命にアンナに合わせようとしながら、縋るように右手を伸ばした。


「全く、誰が女神様よ。あなたのせいで虎の子のポーションをいきなり無くしちゃったのよ?後で事情はきっちり聞かせてもらうから。けれど、今は安静にしてなさい」


 アンナは口ではグチグチ言いながらも、伸ばされたその手を握り返した。そして、その手がまだ冷たいことに気付き、そっと魔法で温める。


「あ……」


 それに安心させられた少女は、ゆっくりと瞼を再び閉ざし、安らかな寝息を立て始めたのだった。



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