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異世界人受付カウンター  作者: 唐科静玖
第三章 真相と地龍の目覚め
29/48

28.集う者達

≪エイデアス 4/16(木)15:17≫


 二頭の竜馬が森を凄まじい速さで駆けていく。それぞれの背には赤い髪と金の髪の男。ジルとエヴァンだ。


「くそっ、もっと速く走れねえのか!」

「これでもこの国で最も速い二頭だ。明日にはコルヴァに着く」


 二人はコルヴァを目指していた。アンナの身に危機が迫っている。遅れれば取り返しのつかないことになるため、ジルが焦るのも当然だった。



 エヴァンはその日、何事も無いかのように一人の王室近衛として王城に勤務していた。

 アンナの安否が分からない時は流石に仕事どころではなく裏で色々と手を回していたが、アンナの無事が分かり本人が大丈夫だと言っていると知って、それからは自分の仕事に専念していた。

 エヴァンはアンナと出会った当初に一つ失敗をしていた。エヴァンがアンナの為を思って生徒会会計の仕事を代わりに終わらせてしまったところ、とても微妙な顔をされたのだ。その時、エヴァンはアンナが自分の能力を発揮できる事に喜びを感じるのだと学んだ。今回も、アンナは自分の力で問題を解決しようとしているのだろう。ならば、ここでエヴァンが出しゃばって問題が解決しても、余計なお世話に終わってしまう。

 コルヴァの転送装置が使えるようになり、アンナの状況は定期的にユナから得られるので、助けを求められた時に手を貸せばいい。

 気になるのはフィリの後ろに居る真犯人だが、怪しいギルドの内情はギルド暗部の友人、レナードに頼んで調査中。レナードはエヴァンが職業学校に入学した時のギルド職員科の2年生であり、当時は『凍土の王子』と呼ばれるほどに周りに凍り付くような威圧感を振り撒いていたエヴァンの態度を軟化させた人物である。飄々とした男ではあるが悪人ではなくエヴァンも信用している。ギルドのことは専門家に任せるべきであり、後は焦らず報告を待つだけに思われた。


 しかし、そのレナードからの報告により、事態は一変する。レナードからもたらされたのは、良くない情報と最悪の情報だ。良くない情報は、今回の件でフィリの背後にいたのはエヴァンの想定の数倍の規模と悪意を持つ敵であるということ。そして、最悪の情報は、龍殺しを目論む反社会組織『弑龍会』が、アンナを生贄に地龍を呼び起こそうとしていることだ。

 悠長に構えている場合ではなかったのだ。敵を侮りアンナに好かれるための策略など考えず、最初から最悪を想定して形振り構わず手を貸しに行くべきだった。痛恨という言葉ですら足りないレベルの失敗。すぐに動かなければ取り返しのつかない結末を迎えてしまう。

 エヴァンはすぐさま近衛兵士長に地龍が呼び起こされようとしていることを報告した。しかし、あまりに荒唐無稽で、軍を動かすことは出来ないと言われてしまう。

 だが、近衛兵士長も融通の利かない頑固頭ではなかった。エヴァンに国最高峰のスピードと持久力を誇る竜馬を貸し与え、事の真偽を確かめ伝達せよ、と命令を下した。



 そしてエヴァンは城を飛び出し、西門で門兵をしていたジルを拾い、今に至る。


「僕がもっとアンナのことを考えていれば、こんな事態は避けられた。ジル、済まない」

「何謝ってんだ。お前はアンナのことをちゃんと考えてくれてただろ。それでお前が予想できなかったんなら、誰にも正しい対応なんて思い付かねえよ」


 ジルからの信頼が棘のように突き刺さる。本当にアンナのことを考えるなら、嫌われる覚悟でアンナを連れ戻すべきだったのに。


(アンナは必ず助ける。たとえ、この命に代えても……)


 そう決心を宿し、夜通し森を駆け、岩山を登る。その山頂からコルヴァの町並が見えた。流石は王室近衛が保有する中でも最高の竜馬だ。この速さであれば救出が間に合う。

 そう思った直後。

 大地が激しく振動した。


「な、なんだこの揺れは!?」


 走る竜馬に乗っていても分かる程の揺れに、ジルが叫ぶ。


「まさか……。あれは……!」


 エヴァンは精神を研ぎ澄ませ、震源を探る。コルヴァだ。ハッと顔を上げて遠くに見えるコルヴァを注視する。大地が割れ、城の如き巨影が立ち上がる。地龍だ。地龍の姿は誰も知らない。しかし、あれが大地の支配者である地龍であると一目で分からされてしまうほどの圧倒的な強大さだ。

 間に合わなかった。アンナは既に邪悪な魔族に犠牲にされてしまった。途端にエヴァンの視界はくらりと眩む。


「くそっ!地龍が……!アンナ!」

「ジル……?」

「何ボーッとしてんだ!アンナは地龍の中に居る!すぐ行ってあのデカブツをぶっ倒して助けねえと!」


 止まりかけたエヴァンとは逆に、ジルは竜馬を一直線に走らせる。そして、意味の分からないことを言ってエヴァンを急かした。


「……地龍の中?何故そんなことが分かる?というより、それが本当だとして、地龍に喰われたのだとすれば生きているはずが」

「いや、生きてる!何か知らねえけど俺には分かるんだよ!」

「……!」


 理屈など無かった。しかし、ジルの拳は光り輝き、微塵も諦めていないのが分かる。アンナの為に戦う時だけ発揮されるジルの理外魔法。それが発動しているのなら、アンナが生きている可能性も幾分か信じられる。

 ならば、挫けている場合ではない。

 エヴァンはすぐにジルの後を追いかけ、地龍の下へ急いだ。


 地龍は溶岩を噴出させながら東へと進んでいる。エヴァンたちが地龍の側まで近づく頃には、既に至るところで火の手が上がっていた。ただ動くだけで凶悪な災害を引き起こしているのだ。このまま真っ直ぐ進めば、やがて王都にぶつかり、甚大な被害を及ぼすだろう。

 エヴァンは一応、王都に危機を報せるための信号弾の魔道具を使ったが、救援は期待できない。地龍が接近しているとなれば、対応は迎撃ではなく避難になるのは明白だ。

 だから、アンナを救いたければ、この場にいるエヴァンとジルの二人で地龍を倒さなければならなかった。

 世界の終わりのような光景。常識的に考えて、まず勝てるはずのない化け物。だが、エヴァンは退くつもりは一切無い。アンナが居ない世界など、エヴァンにとって全く意味が無いのだから、ここで命が散る事に後悔は無かった。

 そして、勝算も0ではないと見積もっている。こちらにはジルが居る。当たれば必勝の必殺の拳を持つジルならば、地龍すらも打ち砕けるかもしれないのだ。

 地龍の本体に関する情報など皆無であり、本当に通用するかどうかはエヴァンにも全く予想が付かない。しかし、今はそれに賭けるしか方法が無い。

 幸いなのは、地龍を呼び起こした魔族の男の気配が無いことだ。最悪、地龍と同時にその魔族の相手もしなければならなかったため、そうなれば勝算は更に薄くなっていた。


「やっぱアンナは地龍の中だ!うおぉぉぉぉぉぉ!!」


 やはり理屈は分からないが、ジルは確信を得たらしい。叫びながら地龍に向けて突貫する。その後ろで、エヴァンは地龍の動きを注視し、サポートに努める。

 効く効かないに拘わらず、まずは一発食らわせてみないことには作戦も決まらない。ジルは竜馬の神速で、あっという間に数十メートルの距離まで接近した、その時。


「気付かれたか!上から来てるぞ!」

「分かったぜ!」


 ジルの頭上に、地龍の背から生え出ている黒い触手が伸びる。ジルの移動速度をも越えるそれに対処するため、ジルは竜馬を急停止し飛び降りた。上に拳を構え、迎撃体勢を取る。飛来する触手に光る拳を合わせると、触手は光塵と化し消滅した。


「超常存在相手でも通用するか。一先ずは朗報だな」

「このまま地龍に突っ込むぜ!援護を頼む!」


 ジルも行けると感じたらしく、地を蹴りガタイに似合わない速さで走り始めた。

 勝算は確かに上がっている。しかし、何かが妙だった。

 地龍は尚も変わらず東に向けて歩を進めている。触手を消し飛ばされたというのに、ジルを気にする素振りを全く見せない。

 もしかしたら触手は本体の意思、そもそも龍に意思があるかどうかが定かではないが、それとは独立した自動防衛機能なのかもしれない、エヴァンはそう推測した。本体に襲い掛かられればひとたまりも無いため、好都合だ。

 今の内に接近するべき、そう思った次の瞬間、輝く何かが目の端に入った。それは先程の黒いものとは異なる、光る触手だった。エヴァンの本能が、これは不味いと告げる。その光は見たことがある。ジルの拳に宿るものと非常に似ていたのだ。


「《岩創造 花崗岩・閃緑岩・黒曜岩》!!」


 エヴァンは咄嗟に魔法を発動させる。岩の壁を多層に連ねる多重魔法だ。本当は対ジル用の秘策であったが、ジルの前であっても躊躇なく組み上げた。エヴァンの分析の結果、ジルの光る拳には隙があることが分かっていた。一度に多大な質量の物体を塵にすると、一瞬拳の光が消えるのだ。だから、異なる性質の壁を重ねて一、二枚目で光を消し三枚目で受けることで、本来防御不能のそれを防ぐことができる。

 光る触手はジルに襲い掛かったが、間に入ったエヴァンの岩の壁を一層だけ塵に変え光を失い、次の壁を打ち砕き、最後の壁に弾き返された。


「おお!なんだこりゃ!よく分かんねーが助かったぜ!」


 説明する暇も無かったため、ジルが頭上で起こった攻防に驚く。


「今の内だ、行け!」


 魔法を同時に発動させるのは、精神に大きな負担がかかる。読みが当たって光る触手を防げたのは幸いだったが、そう何度も繰り出せるものではない。早期に決着させなければ二人の命は無いだろう。

 エヴァンの指示にジルが再び全力で駆け出す。エヴァンは注意深く地龍を観察する。相変わらず本体がこちらに気を向ける様子はない。これなら届く。

 そう思ったのは甘かった。

 足元が細かく振動する。地龍が動くことによる大きな揺れではない。


「まさか……!」

「うおっ!?」


 気付いた時には遅かった。ジルの足元、硬い地面の下から光る触手が飛び出した。地上に出ている本体が大きすぎるため、地面に対する警戒が疎かになっていた。


「だぁぁぁ!」


 完璧な不意打ちに対し、ジルは驚異の反応速度を見せる。光る拳を光る触手に向けて繰り出した。お互いに当たれば必殺。それらがぶつかり合った時、何が起こるかはエヴァンにも予想が付かない。


「ぐあぁぁっ!?」


 (まばゆ)い閃光が火花のように弾け、爆発した。爆風により、ジルの体は宙を舞い、遥か後方へと弾け飛ぶ。


「ジル!!不味い!《土壁》!!」


 エヴァンは落下するジルを受け止めるように、斜めに土の壁を生み出した。落下の加速が増す前に勢いを止めることができ、ジルは一命を取り留める。

 エヴァンも即座に後退した。触手が自動防衛機能なら、本体から一定以上離れれば襲ってくることは無いはずだと踏んで。

 その予想は当たり、触手が新たに襲い来ることは無かった。安心する間もなく、エヴァンはジルへと駆け寄る。


「大丈夫か!?」

「あ、あぁ……。体は動くぜ……、うぐっ」


 起き上がろうとするジルだったが、その姿は悲惨だった。触手とかち合った右腕が、ぐしゃりと(ひしゃ)げてしまっており、最早使い物にならないのは一目瞭然だ。最悪のダメージこそ防げたものの、爆風で土壁にぶつかったダメージも大きかったらしく、尻もちをついた体勢のまま立ち上がれてすらいない。


「無理をするな!一先ず安全なところに退く!」

「俺のことはいいから……。アンナを、助けてやってくれ……!」

「そういう訳にはいかない!痛いだろうが我慢してくれ!」


 エヴァンはジルの体を引き摺り、地龍から出来る限り離れようとする。触手は襲って来ずとも、火山の噴火のように地龍から噴き出す溶岩、そしてそれによる火災の影響は脅威であり、留まっているわけにはいかない。

 地龍の進行速度は見かけに寄らずかなり速い。暫くすればここは比較的安全圏になるだろうが、代わりに地龍を取り逃してしまうことにもなる。それは、アンナを失うに等しかった。


(何か、何か手は残されていないのか!?)


 エヴァンは自身の無力さを痛感する。愛する者、人生を捧げて守り抜くと決めた相手を、何もできないまま失う、そんな無力さを。

 燃える世界、赤い空。アンナを失えば、エヴァンの世界は再び赤に蝕まれる。アンナに救われた自分さえ守れない。アンナと出会う前に逆戻り、アンナとの出会いから否定されるそんな絶望の世界が、エヴァンの脳裏に浮かぶ。


 そしてエヴァンは耳を疑う。遠くから人の声が聞こえる。一人ではない、複数の声。あり得ない、信号は先程出したばかりで救援など来るはずもない。敵の可能性、それが最も高いが、ジルを守りながら魔族の相手をするのは至難だ。

 絶体絶命の状況。しかし、その心配は無用のものであった。


「おーい!大丈夫か!」


 それは、中年男性の声だった。はっきりと聞こえたその声の方に目を向けると、明らかに魔族ではなく、かといって訓練された冒険者や兵士でもない四人の男女の姿があった。


「ジルさん!?ううう腕がヤバいことなっとるのじゃ!ユウ、(はよ)う!」

「直ちに!《金花の綻ぶ澄朗(ちょうろう)の甘露 涸らびし星魚の口に満ち給え》!!」


 黒髪の少女が早口で唱えた瞬間、金色の魔力が辺り一面、それどころかエヴァンの視界の届く場所全てを越えるレベルで広がりゆく。

 赤い空が青さを取り戻す。猛々と燃えていた草木が、何事も無かったかのように緑に満ちていた。そして、気が付けば抱きかかえていたジルの腕すらも、その痛々しい形状は見る影も無く治っていた。

 エヴァンは夢でも見ているのかと思った。一瞬で色が変わった世界と、見たことも無い服を着た四人組。しかし、すぐに適した情報を記憶から引き出し、夢ではないと確信する。


「あなたたちは……。あなたたちが、異世界からの来訪者、か」


 ジルやユナ経由で聞いていた、異世界の日本と言う場所からやってきて、アンナを助けてくれている人々。各々が高い魔力、理力と強力な魔法を持ち合わせていて、それでいて人柄も良い。

 不便な点として、日本の特定の曜日でしか来れないという点があったが、それがまさか今日のこの時間だったとは。

しばらくは水曜日と日曜日に更新する形にします。気分次第ではもっと更新するかもです。

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