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異世界人受付カウンター  作者: 唐科静玖
第三章 真相と地龍の目覚め
28/48

27.激震

 世界には、土・火・水・木・雷・聖の六つの基本属性が存在する。人間はこの六属性の内から必ず一つの属性の魔力を扱うことができ、それに沿った魔法に目覚める。


 そして、それら基本属性の他に、光・闇の二つの特殊な属性が存在する。

 闇属性を扱えるのは魔族のみ。彼らは基本属性から聖属性を除いた五属性と闇属性を掛け合わせて、破滅的な力を発揮することができる。

 しかし、その特殊な能力と引き換えるかのように、魔族は魔力量が非常に少なく、人間のように自然回復もしない。魔族とは、ボロボロに擦り切れた魂の成れの果てなのだ。

 魔族が魔力を回復する方法は、他者を殺し魂を食らうのが最も手っ取り早い。魔族が人間を襲う理由はそこにある。


 一方、光属性に関しては、その詳細を知る者はほとんど居ない。一般人からすればごく一部の御伽噺や伝承にのみ残された、迷信的存在(オカルト)となっている。

 それらの伝承で最も有名なものは、エルフの巫女と天龍の話だ。この話の舞台となっている浮島、いや、元々はエルフの国だった大地を丸々浮かせているのだから浮国と呼ぶのが相応しいその場所は、誰でも北の空を見ればいつでも見ることができる。その事実がこの伝承を他の同類の伝承よりも信憑性があるものとしている。

 世界の危機への対抗策として改造された浮国は、天龍の膨大な魔力が動力源だった。その力の維持の為には天龍を浮国に縛り付けておく必要があったが、その役目を担ったのが聖の光の巫女だった。巫女は浮国で龍と寄り添って暮らし、龍と心を通わせた。最後には魔族の侵攻により龍の心は闇の力に汚染され、聖女でもあった巫女が泣く泣く力を解放し龍を討った。そう伝承では締められるが、超自然的存在である龍を一人で討つなど非現実的であり、眉唾感は否めない。

 最も信憑性のあるものでこうなのだから、今では光属性に関する真実を求めることについての人々の関心は0と言っても差し支えないほどに薄まっていた。

 しかし、時は流れ、運命の歯車は動き出す。光と闇の相容れ得ない対立の始まりは、伝承の真偽にかかわらず、すぐそこまで差し迫っていた――。


* * * * * * *


≪エイデアス 530/4/17(金)15:15≫

≪日本 2020/7/18(土)6:00≫


 また来訪の日がやって来た。一週間前までの不安な気持ちはどこへやら、アンナは上機嫌で仲間の来訪を待つ。何気に最大の懸念点だった兄ジルの無断欠勤問題が、先に手を回してくれていたエヴァンによって解決されていたのをユナから聞けたのが、一気にアンナ心を軽くした。やっぱりエヴァン会長はどこまでも親切ですごい人だ、と何度目かも分からない尊敬の念を抱く。

 あれから新たな来訪者は来ていない。思いやりのある日本人の気質を知ったアンナは彼らとの交流を好ましく思っているため、そこは残念だった。それでも、寂しさは無い。ユウ達は四人とも、次もまた来てくれると約束してくれたからだ。


(ふふっ、ギルド運営の資金もユナから無事届いたことだし、彼らが来たら前の報酬としてたっぷり渡してあげようかしら。サプライズとか好きそうだし)


 金貨の山を前に驚く彼らを想像し、アンナは楽しそうに笑う。


(それで復興が終わったら王都を案内して、この世界での買い物や食事を楽しんでもらって……。あら?)


 想像の世界に居たアンナは、正面扉の開く音が聞こえて現実に戻ってくる。


(一番乗りはやっぱりハピコかしら?いや、彼女ならギルド内に直接来るはず。町の復興の噂を聞いてもう冒険者が駆けつけてくれたのかしら?龍災被害に怯えていた冒険者たちにしては到着が早い気もするけれど)


 引っかかりを覚えながらも、事務机の椅子からのそりと立ち上がったアンナは受付カウンターへと歩いていく。

 近頃上手くいきすぎていて気が緩んでいたのかもしれない。少なくとも、野盗を警戒していた初期であれば逃げ道や護身用具の準備を先にしていたであろう。

 カウンターテーブル越しに、やってきた相手を見て、アンナはようやく自らの不用心さを悟る。


「貴様がアンナ・ガーネットだな?まるで絶望の気配を感じないではないか。ふん、やはりこの秘書の計画は杜撰であったな」


 そうアンナを睨みつけたのは、ジルをも超える大柄な体躯の男、ゴディオバーグだった。後ろにはアンナにコルヴァ行きを言い渡した総帥秘書のカトレアも居るが、見るからに正気ではない。


(に、逃げなきゃ……)


 相手が魔族であることを見抜き、友好的でない雰囲気を感じ取ったアンナは即座に逃走を図る。


「きゃあっ!?」


 だが、それも遅く、ゴディオバーグの背から飛び出した黒い触手がアンナの体に絡みついて動きを封じた。


「逃がさん。貴様には我らが仇敵、地龍顕現のための贄となってもらう」

「地龍、顕現!?何よそれ!どうして私がそんなことにっ……!んんぐぅっ!?」

「理由を話す義理は無い。精々深い絶望に吞まれながら、尽きた命運に縋ると良い」


 ゴディオバーグは触手を操りアンナの身を引き寄せる。そして、懐からドス黒いオーラを内包した球体の連なった数珠を取り出し、アンナの手首へと装着した。


「《呪具・冥誘の呪珠》」

「うっ!?あぁぁぁ……」


 数珠の正体は呪具だった。呪具の力が解放され、球体内の淀みがアンナの体に吸い込まれていく。それに連れてアンナの気が遠のき、心は閉ざされた闇の淵へと誘われていった――。



 ゴディオバーグの能力は、火属性に闇属性が備わった『寄生』だ。カトレアはゴディオバーグに寄生されて以来、体の自由をほぼ奪われていた。しかし、五感や思考は保ったままでいる。

 カトレアは、アンナを捕え町の外れへと向かうゴディオバーグの側に付いて歩いていた。

 ゴディオバーグの傀儡になることを恐れ、有能さを証明しようと計画を練ってきたが、全て水の泡となった。不幸になる人数を増やしただけで、結局自分の運命すら救えず終わってしまった。


(余計なことをしなければ、私とアンナ・ガーネット、それとフィリと総帥の犠牲だけで済んでいたはずなのに……。皆の人生も壊してしまったわ)


 ここに来る途中、仲間にコルヴァの監視をさせていた場所で戦闘の痕跡があった。彼らからの連絡が無い点と合わせて考えるに、彼らの安否は芳しくないと推測できる。

 フィリについては、最終的に全ての責任をフィリに押し付けるつもりで動いていた。今回の騒動は全てフィリとフィリに強請られた総帥が引き起こしたもの、そうなるように仕向けてきたのだ。

 それは必要な犠牲、そう考えてカトレアは計画を遂行してきた。しかし、考えることしかできない状況に陥って、己の罪悪感と否応にも向き合わざるを得なくなってしまった今、殺したはずの良心が、己のしでかした罪の重さに軋み始めている。


(まあ、もう考えても仕方がない。思い通りの結果にはならなかった。けれど、私の復讐はもう終わる。この時をどれだけ待ちわびたか)


 今一度、良心を振り払い、達成されようとしている悲願に夢見心地に思いを浸らせ、現実から逃れる。

 カトレアの悲願とは、地龍を滅ぼすことだった。


 今から21年前、カトレアはコルヴァの近くにある小さな村から学校のギルド職員科へ通うために上京してきたごく普通の学生だった。

 成績はそれなり。しかし故郷のギルドで働くつもりであったために本部勤務には興味がなく、そのそれなりの成績で満足していた。普通程度に真面目に勉学に励めば生涯安泰が約束されるこの世界で暮らす学生の、一般的な学習態度である。

 しかしカトレアが普通の学生生活を営み2年生となった頃、彼女の日常は崩れ去ることになる。

 毎月欠かさず手紙でやり取りしていた故郷の母親との連絡が途絶えた。何かの手違いで手紙が紛失しただけかもしれない。そう思おうとするも、カトレアは胸騒ぎを抑えきれず、学校を休んでまで故郷へと帰った。そしてそこで見た光景は、カトレアの想像を絶する悲惨なものだった。かつて故郷だったはずの村の地面には多数の大穴。地龍の触手がが大地を食い破り地上の生物を蹂躙した痕跡、龍災だ。

 龍災は30年に一度の周期で起こると教えられたのに、その周期外であるはずなのに。知識と目の前の現実の食い違いに、カトレアは夢だと思い込もうとする。

 しかし、待てども夢が覚めることは無い。あるのは故郷が龍に消されたという現実だけ。

 愛した家族も、手を取り合った他の村人達も、跡形も無く消えてしまった。

 振り絞った義務心で王都の役所にこの異常事態を報告するも、返ってきたのは口止め料だけ。

 カトレアは無力にも聡かった。その瞬間に全てを悟ってしまったのだ。この国がどのようにして勢力を増強させてきたのかを。

 龍災が30年に一度、というのは真っ赤な嘘であり、実際は小規模なものはもっと短い周期起きていること。そのような嘘が常識として広まっている理由は、地龍に対する市民の反感が小さい方が、龍が生み出すダンジョンによって成り立っているこの国にとって都合が良いからだということ。

 それが分かったところでカトレアにはどうすることできない。カトレアは即座に、自分のような突如として全てを奪われる者がこれ以降生まれないように現行制度の改正を求めたかった。しかし、国を相手に個人で立ち向かうなど無謀だと分かりきっていた。

 せめて自分と同じ境遇の者と手を組まなければ。しかし、小規模な龍災の情報が揉み消されている以上、仲間を見つけるのも難しい。成す術は無いかと思い途方に暮れたその時。


「やあ、お困りのようだね」


 背後から突然声を掛けられた。その声は少年とも少女ともつかない子供の声で、振り返るとやはりそこには性別不詳の子供が立っていた。髪は茶髪で短く、顔立ちは仮面を被っているため分からない。


「……悪いけど、今は子供に構ってる余裕は無いの。どこか行って」


 カトレアは辛辣に追い払おうとする。困ってはいるが、子供にどうこうできる範疇の問題では無い。

 しかし、子供はそんなカトレアの態度に全く揺るがず、カトレアの肩に手を置いて耳元で囁く。


「お前の『同類』の居場所を知っている」

「同類……?」


 その声色は不気味であり、且つ誘惑的だ。今は心情的に何も考えたくないカトレアも、思わず聞き返してしまう。


「そう、同類。龍に故郷を奪われた者達だ」

「……!!」


 カトレアの閉じた心に一筋の光が差し込んだ。やはり自分と同じ境遇の人間が確かに居るのだ。


「案内しよう。お前と彼らが協力すれば、龍を殺せるかもしれない」

「え?……ちょっと待って、龍を殺そうって言うの!?」

「そうだ。何か不満か?」

「い、いえ。確かに龍を殺せば龍災は起きなくなるでしょうし、それは私の望みと一致する、けれど……」

「殺せるはずがない、か?」


 言い淀んだ言葉を見抜かれ、カトレアは小さく首肯して答える。


「その意見はもっともだろう。だが、まず彼らに会うだけ会ってみても損はない。人の時間は有限だ。出来ることから始めていかないと何も終わらない」


 カトレアはその物言いから、仮面の子供が人ならざる者だと悟った。だが、それは重要な問題ではない。国が動いてくれないのなら、悪魔にでも頼るしかないのだから。


「……連れていって」

「いいだろう。その前に、自己紹介がまだだったな。私のことは『ナラク』と呼べばいい」


 こうして龍を滅ぼそうとする者たちの集まり、『弑龍会(しりゅうかい)』にカトレアが加入することとなった。カトレアにはギルドの中枢に潜り込み、情報を仕入れる役目が与えられた。

 この組織にはナラクと同じく人ならざる者であるメンバーが多数居た。魔族だ。

 魔族は龍を深く憎んでいるらしい。カトレアが聞き集めた情報によると、彼らもまたカトレアと同じように龍によって故郷を奪われたようだ。本来は分かり合えないはずの魔族と人類、しかし、この弑龍会では龍という共通の仇敵を相手にするために、奇妙な共同関係が築き上げられていた。

 また、魔族は人類が知らないような龍に関する情報を多数持ち合わせていた。

 それらの知識を吸収すれば、カトレアがギルド職員なった時にギルドから高く評価されるのは間違いない。


 そして、次期ギルド総帥となる者が決まり、思惑通りにその男から声をかけられた。サタナイト鉱石を持ち帰ったは良いが、希少過ぎるあまり加工できる技術者が見つからないのだという。

 カトレアは次期総帥、ロウリー・セアダズルの依頼を見事完璧にこなした。サタナイト鉱石は地龍の鱗が剥がれ落ちたものだ。その性質の理解は地龍を滅ぼす上で特に重要であるため、それを応用して加工することはカトレアにとって造作も無いことだった。

 斯くしてカトレアはロウリーの信用を得て秘書になれた。こうなればギルドが秘匿にする情報から弑龍会が求める情報を抜き取ることも容易い。弑龍会が求める最後のピース、それは『火の光の巫女』と彼らが呼んでいる者だ。地龍を殺す準備は既に整っており、後は火の光の巫女の心に闇を差し、地龍を地の底から地上に誘き出すだけだという。

 まあ、その火の光の巫女とやらの特定が最後にして最大の鬼門だったのだが。弑龍会であっても、その者の出現の兆しが今の時代にあるということと、何かしらの『光』に纏わる魔法を覚えていることしか分かっていなかった。その点でも、カトレアは大いなる活躍を見せた。カトレアはギルド職員と教会職員に極稀に発現する《魔法鑑定》の魔法が使えたのだ。

 カトレアはギルド内の書類を漁り、職員や冒険者の中から火属性持ちの女性を絞り出して《魔法鑑定》を行っていった。しかし、全員を残さず鑑定しても、それと思しき人間は見つからなかった。カトレアの脳裏に落胆と焦燥が走る。カトレアが弑龍会で付き従うゴディオバーグは気性が荒く、無能と判断されれば彼の寄生先となりエネルギー源としてしか扱われなくなるのだ。

 無能扱いされる前になんとか功を立てなければ、そう焦りを募らせていたカトレアの前に、彼女が現れた。アンナ・ガーネット。実地演習でギルド本部にやってきた職業学校のギルド職員科の生徒。

 まるで燃え盛る焔のように揺らぐ紅の髪は火の光の巫女と呼ぶに相応しい、とカトレアの直感が囁いた。そして、《魔法鑑定》では《着火》の魔法を持っていることが判明し、これも光に纏わる魔法と呼ぶに足ると判断した。

 大きな収穫。急いでゴディオバーグに報告しようとするカトレアだったが、ここであることに懸念する。カトレアの役割は火の光の巫女を見つけ出すこと。ならば、このまま報告するだけでは、用済みと判断されてゴディオバーグに寄生され(捨てられ)てしまうのではないか、と。

 それを避ける為に、カトレアは自身の有用性を証明しようとした。ゴディオバーグに火の光の巫女について報告した上で、自分に任せてもらえれば弑龍会の仕業だと世間に一切悟られることなく火の光の巫女をコルヴァまで誘導できる、と豪語したのだ。

 性格的に動かしやすく《不存在》という強力な魔法持ちであることが分かっているフィリと怠惰な主任教師ベルナールを利用しアンナの成績をねじ曲げた。その一方で王族と繋がりがあるというナラクの力を借りてロウリーを一時的に国の端へ魔物退治の指揮を取りに行かせ、密やかにギルドの権限を手中に納める。


 その後の計画も途中までは完璧に進んでいた。

 予定通りにアンナを孤立無援のままコルヴァに無理矢理配属させることができた。

 仲間に野盗を装わせて転送装置などの使えそうな物品は使用不能にさせる裏工作も抜かり無い。

 ヴィナサラポーションは敢えて残しておいた。肉体の回復面では強力なポーションではあるが、アンナの置かれた状況では大して役には立たない。換金しようにも、コルヴァ周辺を定期的に通るキャラバンらは既にコルヴァが滅びたことで移動ルートを大きく変更していた。強力であるが故に役に立たないと分かった時の絶望は大きいだろう。

 このまま事が運べば、全責任をフィリとロウリーに押し付けて龍殺しの悲願を達成できるとカトレアは奮い勇んだ。計画は万全、後はアンナが絶望し龍が顕現するのを待つだけ、そのはずだった。

 異世界からの来訪者によって全ての計算が狂うなど、カトレアに想像できるはずもなかったのだ。その協力者の存在を知らないカトレアは、ただ自分の計画が最初から破綻していたのだと自分を卑下することしかできない。無謀で無能な自分の計画に色々な人を巻き込んでしまったことを悔い、しかしそれでも最大の目的は達成されようとしていて、独りよがりな解放感に浸りゆく。



 そんな精神状態でゴディオバーグの成すことを見届けようとしていたカトレアは、足が止まったことに気付く。


「ここで良いだろう」


 ゴディオバーグがほくそ笑み、町を出た辺りの生い茂る草の大地の上にアンナの体を転がす。

 いよいよ龍殺しが始まるのだとカトレアは察する。龍を殺す、荒唐無稽な話だが、長き時をこの日の復讐の為に費やしてきたゴディオバーグであればそれが可能なのだろうと、カトレアはそこだけは信用していた。

 ゴディオバーグは解放したアンナの代わりにカトレアを触手で縛り、後方へ大きく跳躍した。

 それと同時に、大地が轟音を立てながら震動し始めた。木々が耐え切れず枝葉を落とし、草に隠れていた鳥の群れが火でも付けられたようにバサバサと慌てて飛び去って行く。

 災いが呼び起こされた。それは悪魔のように代償を求め、地から貫き出でた黒大なる触手でもって、アンナを飲み込む。

 数秒後、大地が裂け、溶岩が噴き出した。草木や逃げ遅れた生き物が焼け、辺りに一気に焦げの臭いが立ち込める。火の海が広がり、あっという間に、火が付けられた、で済むレベルではなくなった。

 揺れは猶も強まり、大地が膨れ上がる。そして、産まれ出でるかのように地の胎を割り、50メートルを越える黒い巨影が正しく顕現した。


  大地の主『地龍』


 かつて幾度も地上の生命を枯らした自然の頂点。しかし、その本体を地上へと現すのは人類史上ではこれが初めてのことだった。

 それは一般的な生物で喩えるなら、蛇のような姿をしていた。胴体を空に持たげた部分だけで50メートル。地を這う尾を含めれば150メートルはある。背中から生えた黒い翼のような3対の触手と、尾が裂けるように形成された白い触手は、どちらも先に向けて無数に枝分かれしていた。


(な、何て化け物なの……。話には聞いていた、けれど、実際に見ると明らかに存在としての格が違う……)


 その圧倒的な存在感に、カトレアは心の底から恐怖が湧き上がる。ゴディオバーグに威圧された時でもこれほど恐れたりはしない。肉体を支配されていなければ、きっと泡を吹いて倒れていただろう。

 ゴディオバーグは怯むことなく地龍を見据えている。流石に魔族ともなれば肝も据わっている、などと感心している場合ではない。何かがおかしいのだ。宿敵を前にして、ゴディオバーグは目に憎悪を湛えながらも、手出しする気配が一切無い。


「ふん、忌々しい邪龍め。今すぐ塵に変えてやりたいところだが……」


 ゴディオバーグは憎しみの視線を地龍に向けるも、その巨体に背を向け。


「ナラクとの取り決めだ。数日は放し飼いにしてやる。最後の食事をせいぜい楽しむがいい」


(!?)


 そう言い残し、驚異的な跳躍力で地龍から離れる。

 カトレアは困惑する。ゴディオバーグの地龍への憎しみが本物であることは疑いようもない。この日の為に力を蓄えてきた彼が、何故ここまできて撤退するのか?どうして今更ナラクの名が出て来る?ナラクもゴディオバーグと同じ弑龍会のトップであり、ならば目的もゴディオバーグと同じではないのか?

 何にせよ、カトレアにとって望まない事態へと変貌した。最小限の犠牲で済ませたかったのに、数日だろうとこんな化け物を野放しにすれば間違いなく各所に甚大な被害が出る。


(あぁ……、私はなんと愚かな……)


 カトレアは己の甘さを悟った。龍を滅ぼすことはカトレアにとって復讐であると同時に、正義であった。国が動かないのなら、自分と同じように故郷を奪われる人間がこれ以上生まれないようにするには、魔族だろうとなんだろうと志を同じくする者達と手を組むしかない、と。しかし、ゴディオバーグの言動は既に正義を標榜することはできないものとなっている。彼、そして魔族にとって、人間はやはり道具同然で、仲間意識など欠片も持ち合わせていない。カトレアも邪悪な陰謀のための道具でしかなかったのだ。

 取り返しの付かない過ちを犯し、その上、体の自由は完全に奪われる。成す術の無くなったカトレアは、ただ後悔の泥沼に沈み行くしかできなかった。

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