25.フィリ・セアダズル③
≪エイデアス 530/4/15(水)7:30≫
癒しが欲しい。地獄への旅路でフィリは切にそう願う。
これまで遊び呆けて生きてきたフィリにとって、今の余暇の無い生活は耐え難いものである。日中は冒険者相手の精神的疲労たっぷりの仕事を半泣きで終えて、家に帰れば最早疲れて趣味に時間を割く気力すら残っていない。
(こんなの、あたしが望んでた社会人生活じゃないよぉ……。誰か、誰かあたしを甘やかして……)
ボロ雑巾と成り果てたフィリのそんな願いは、誰にも届く筈もなく。
このまま職場に着いても、居るのは機械のように仕事をこなし、仕事の遅いフィリに冷たい視線を向けてくる先輩職員達だけ。フィリの不出来さは既に全職員の知るところとなり、誰もそんなフィリに優しくしてくれない。
周りの道行く人に目を向けても、誰もフィリに見向きもしない。フィリと同じく仕事へ向かうのに集中しているのだろう。しかし、フィリのように通勤中から俯いて嘆いている者は居ない。それも当然と言えば当然だ。『真面目に』職業訓練を積んでさえいれば生涯安泰が約束されるのがこの世界の仕事というものだ。フィリも自身の不真面目さが招いた事態であることをじわりと自覚し始めているが、今更自覚したところでもう遅いのである。
「もうどうしたら……。って、イヴ君?イヴくーーーん!!」
嘆きながらも進まなければならない通勤路に顔を上げると、遠くにフィリの最愛の男、エヴァン・ザッカリアが歩いていた。フィリは人目も憚らずに大声で呼び止めようとする。
(あたしの心の声が通じたんだ!イヴ君ならあたしを甘やかしてくれるはず!)
しなしなに萎れた心の花が水を得たようにパッと奮起の一輪を咲かす。卒業後は仕事漬けの日々で会いに行く余裕すら無かったが、こうして偶然出会えたならそれは運命の思し召し、最近の不幸の揺り戻しだとフィリは勝手に解釈する。
しかし、エヴァンはフィリの声に反応を示さず、街角へと消えて行った。
(あれ、聞こえなかったのかな?追いかけなきゃ!)
フィリはたったっと駆け足でエヴァンが消えた焼き物屋の角に向かう。そこで周囲を見渡すと、エヴァンが今度は路地裏の奥へと入っていくのが見えた。
「ど、どこ行くの!?待って~!」
王室近衛兵になったはずのエヴァンが路地裏に用があるとは思えない。が、今のフィリにはそんなことを疑う余裕は無かった。元々餡子が詰まったようなお気楽な脳味噌なので、疑念を精査する冷静さからして不足しているのである。
フィリはエヴァンの足跡のままに走り、路地裏の袋小路までやってきて足を止める。追っていたはずのエヴァンの姿が無い。確かにこの袋小路に曲がるところを見たのに。
「どゆこと??ひぎゃっ!?」
訳が分からずアホ面で行き止まりを眺めたのも束の間、フィリは背後から何者かに羽交い絞めにされ体の自由を奪われる。エヴァンという餌に釣られてまんまと罠に掛かったのだ。
「ははは、こうも簡単に罠に掛かるとは、愉快ですね」
男の笑い声が路地裏に響く。フィリを拘束している黒装束の女性の声ではない。フィリの足元に落ちている割れた壺が声の発生源だった。
「壺がしゃべったぁ!?な、何なのよ、ほんとどゆことよぉぉぉ!?」
「暴れても無駄ですよ。非力な貴女では彼女を振り解くのは不可能です。《偽装》」
割れた壺がぐにゃりと歪んだかと思えば、そこに人の姿が現れた。エヴァンである。が、よく見ると体型は本来のエヴァンよりも細身であった。
体の一部、あるいは全体を別の物へと変える魔法、《偽装》。変身の瞬間を目の当たりにし、ようやくフィリも目の前に居るのがエヴァンではなくエヴァンに化けた別の人物であることを理解した。
「イヴ君、じゃない!あんた誰!?こんなことしてどうゆうつもりなの!?」
「ああ、名乗り遅れましたかね。これは失礼。私はギルド職員の『レナード・アクベンス』です」
「ギルド職員!?あたしのおじいちゃんが誰か知らないの!?おじいちゃんはギルド総帥よ!言いつけられたくなかったら放しなさいよ!この変態!」
「おぉ……、なかなかに威勢がいいですね。あなたの祖父が誰かは知っています。ですが、私はギルド職員でも『ギルド暗部』の者。厳密にはギルド職員とは管轄が違うので総帥への言いつけも怖くありません。後、変態でもありませんよ」
「ぎ、ギルド暗部!?」
祖父の名で脅そうとしたフィリだったが、予想外の返しに血の気が引いて身が震える。
ギルド暗部とは、ギルドの中でも後ろ暗い仕事を担当する部署だ。職員による資金の横領や不正な取引の調査、素行の悪い冒険者の監視など、ギルドに関する悪事の是正のために影で暗躍している。目を付けられれば最後、咎のある人間は悪事を詳らかに解き明かされ、ギルド職員であれ上位の冒険者であれそれらの資格を剥奪、落伍冒険者の烙印を押される結末を迎えるのである。
そんな暗部に目を付けられていたと知ったフィリは酷く怯えた。その様に、レナードは愉しそうに話を続ける。
「貴女には今、総帥に職権を濫用させ不正に職業学校の最優秀者になった疑い、そして同じ方法で同級生だったアンナ・ガーネットをギルドが機能していないコルヴァの職員になるよう仕向けた疑いが掛かっています。いやはや、その可愛らしい顔でこれほどまでに悪逆な犯罪を行うとは、信じがたく恐ろしい話です」
「らんよう?コルヴァ?え、え??何の話……?」
フィリは狼狽える他無かった。まず言葉が難しくて前半はよく理解できなかった。そして後半についてもコルヴァの職員がどうだとか、フィリ自身の身に覚えが無い。
だが、断片的な言葉から、不正を働いてアンナを陥れたことはバレていると判断できた。
「ほう?しらばっくれるお心算ですか?貴女が不正に今の地位を得たことはどう見ても明らかなのですが。まあ、弁明があるのなら今この場でだけお聞きしますよ?さあさあ、あなたのような悪女がどのような醜い言葉を並べ立ててこの場を切り抜けるのか、興味深いです。ああ、もしここで嘘を言えば、それもまた罪に数えられますから、お気を付けくださいね。まあ更なる罪を重ねずとも、既に落伍冒険者落ちは免れない重罪ですが」
「うぇ……」
レナードの精神的に追い詰めるような口調に。
身に覚えの無い罪と身に覚えのある罪が合わさるどうしようも無さに。
何より落伍冒険者落ちという何よりも恐ろしい言葉に、フィリ頭は真っ白になる。そして……。
「うぇえぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!」
感情が溢れだし、顔をグシャグシャにして大泣きし始めてしまった。頬を滝のような涙が伝い、狭い路地裏に滝壺のような喚き声が響く。
「おや、脅しすぎましたかね?せっかくの可愛らしいお顔をそんな風にされては、もっと追い詰めたくなるではありませんか」
「やっぱ変態じゃん」
「そのような外聞の悪い呼び方は止めてください、メイさん。というか、もう拘束の必要は無いでしょうから、放してあげてください」
メイと呼ばれたフィリを羽交い締めにしていた女性は、呆れ返った目をレナードに向けるも、言われた通りにフィリを解放した。放した瞬間に足に力が入らず地面に倒れそうになったフィリの脇を支える優しさも見せる。
「うぇぐ……ぐすん……」
「ほら、もう体は自由ですよ?それに、さっきは脅し過ぎましたが、貴女の運命はまだ決まった訳ではありません。事情を話してくれれば、私が力になると約束しましょう」
「力になってくれる……。ほんとに?」
目と鼻からズビズビの液体を流しながらも、チラつかせられた希望の光にフィリは顔をあげる。エヴァンの顔で胡散臭い笑みを浮かべる目の前の男のことは信用できないが、それでも頼らなければ犯罪者扱いを免れられない。
フィリは自分のしたことを洗いざらい白状すると決めた――。
「……ふむ、大体把握しました。ギルド総帥である祖父には全く頼っておらず、貴女自身の力のみで自らを最優秀者に引き立てた、そういう言い分なのですね?」
「そうよ、お爺ちゃんはあたしには甘いけど時々厳しくて怒ったら怖いし、こんな計画話したら一週間はおやつ抜きにされちゃうもん……」
「それは一般的には厳しいとは言わないと思いますが……。まあそこはいいでしょう。それよりも、不可解なのは貴女が行った『テストの点数の改竄』です。厳重に保管されている学力テストの結果を貴女が一位になるように改竄する、そのような杜撰な計画は教師が気付いて然るべきです。しかし教師はおろか、私もその可能性については今の今まで完全に失念していました。灯台下暗しで片付けていいものとも思えません。これも、貴女が先ほどおっしゃっていた魔法の効果でしょうか?」
フィリから罪の告白を受けたレナードは、顎に手を当てて思考を巡らせた。
フィリの話の中で出てきた言葉の中で最も興味深いのは、《不存在》という理外魔法だった。当然のように理力が最低値の茶であるフィリは、その身に理外魔法を発現させていた。その効果は『一時的に自身に対する認識能力を消す』というもの。その魔法を発動させてしまえば、誰もフィリの存在を認識できなくなるのだ。
それは、透明になる等という生半可なものとは格が違う。《不存在》の魔法発動中にフィリが何か悪事を働いても、それがフィリの仕業であるとは誰も疑えない。雑にテストの保管庫に忍び込んで雑にテストの点数を書き換えても誰も異変に気付けない恐ろしい魔法だ。
「えっと、よく知らないけど、そうなのかも?」
「どうしてあなたが曖昧なのですか?よく分からないままこんな悪事を計画したのですか?」
「だ、だって、あたしがこの魔法を使えるのを知ったのも、ちょっと前に教えてもらったからだし……」
「自分も知らない魔法を誰かに教えてもらった、と?いや、それ自体は《魔法鑑定》の魔法があればできなくもないですね、とても希少な魔法ですが。それよりも、誰が何の目的で教えたのかが重要です」
レナードが視線を送って、フィリに更なる詳細の説明を促す。
「そ、それも分からない……。一か月前に家のあたしの部屋の窓の下に、魔法の効果とそれを使ってアンナに勝つ方法が書かれた紙が落ちてて、それを実行しただけだから」
「よくそのような怪しすぎる紙に従いましたね。しかし、これで今回の件の裏に得体の知れない何者かが潜んでいるのが確定しました。アンナ・ガーネットのコルヴァ送りを決めたのも、その裏にいる何者かの仕業でしょう」
「そ、そういうことなのよ!それなら、あたしはあんまり悪いことしてないわよね?もうここから離れてもいいわよね?こんなところで時間を使ってる場合じゃないのよ。早く職場に行かないと遅刻して怒られちゃうし!」
「いえ、唆されたとはいえ、それを実行したのは貴女の意思です。その罪からは逃れられませんよ?」
「うぇええええ!?やだ!ギルド総帥の家族が落伍冒険者だなんて、もう家に居られなくなるぅぅぅ!!」
フィリはなんとか事なきを得ようと話を纏めにかかったが、そんなに甘い話は無かった。
「最初から分相応の地位に甘んじれば良いものを、考え無しに欲をかくからそうなるのです。力の無い者は大切なものを失うのが道理。貴女にはお似合いですよ、落伍冒険者。……と言いたいところですが、貴女は落伍冒険者になる必要はありません」
「え?」
「フィリさん、貴女には才能がある。だから、これをお渡しします」
「え、何これ……?って、ええ!?」
レナードが懐から取り出したのは、一枚の紙切れ。そして、その一番上には『ギルド暗部 加入申請書』の文字が大きく書かれていた。
レナードの真の目的は、フィリをギルド暗部に勧誘することだったのである。
「もうお分かりでしょうが、見ての通りです。それにサインすれば、貴女はギルド暗部の仲間入り。晴れて落伍冒険者落ちを免れられます」
「ちょおおおお?!なんであたしが暗部なんて薄汚い部署に入らなきゃいけないのよ!やだ、絶対やだ!」
フィリは全力で拒否する。目の前に暗部の人間が居るのに薄汚いなどと表現するとは、相手を怒らせようとしているも同然だ。が、レナードは怒る様子を全く見せず、むしろニコニコと顔を緩めながら、膝立ちになりフィリに目線を合わせた。
「何やら誤解されているようですが、暗部の仕事は貴女が想像しているほど薄汚くなんて無いですよ?落伍冒険者の仕事に比べれば何百倍もマシでしょう」
「で、でも、噂じゃ……」
「それに、あなたの魔法はどう考えても暗部向けのものです。貴女も思ったことがあるのではないですか?ギルド本部での仕事は自分に向いていない、と」
「あ……、それは……」
完全に図星だった。魔法は本来、神に定められた仕事を有利に進められるものが発現する。しかし、フィリの魔法は《不存在》を除けば効力の弱い解毒魔法のみ。はっきり言って通常のギルドの業務上で役立つことはほぼ無い。
しかし、レナードの言う通り、それがギルド暗部に所属する前提の魔法であると考えれば、納得がいく。
「暗部は、貴女のような人材を必要としています。勧誘というのも割と大変なのですよ。数居るギルド職員の中から裏仕事に合った人材を探すのは骨ですので。ここで貴女という優秀な人材と出会えたのは正に運命としか言いようがありません」
「必要……、優秀……。ほ、本当にそう思ってくれてるの?」
レナードの熱く甘い誘い文句は、ギルド本部で無能のレッテルを貼られてズタズタにされたフィリの自尊心にじんわり優しく染み込み、溶けていく。胸の前で手をギュッと握ったフィリの表情からは期待と切望が零れ落ちんばかりだった。
「はい、貴女ほど暗部に必要な人間は居ないと言えるでしょう。さあ、この書類にサインすれば、貴女はすぐに我々の仲間入りです。もう貴女を虐げる者達の巣窟である本部に出勤する必要も無くなります。勇気を出して、貴女自身で最後の一歩を踏み出して下さい。他でもない貴女自身の為に」
「う、うん……!そこまで言ってくれるなら、あたし、暗部で頑張ってみる!」
差し出された加入申請書が、神から差し伸べられた救いの手に見えた。フィリは熱に浮かされたような気分でサインと魔力の注入を行う。魔法紙で作られた申請書の文字は、フィリの魔力を受け青い輝きを放つ。契約成立の証だ。
そんな時、ずっと静観していたメイが怪訝そうにフィリに問いかける。
「……ねえ、ちゃんと契約内容読んだ?」
「ふぇ?契約内容?」
「読んでないんだ。見せて。……あ~あ、やっぱやってるわ、このクズ男」
「やってるって何?てゆうかクズ男って」
メイが蔑んだ目をレナード向けている。フィリもそれに釣られてレナードの方を見ると、レナードは下卑た笑みを浮かべていた。
「くくく……。はーっはっは!!実に愉快です。フィリ、これで貴女は僕の所有物となりました!」
高笑いとともに宣言された突飛な言葉に、フィリは目玉が飛び出んばかりに目を見開く。
「しょ、所有物!?何言ってるの!?」
「その申請書に書いてある通りですよ。備考欄に、『甲署名者は乙レナード・アクベンスに絶対服従しなければならない』書いてあるのですが、まさか知らなかった訳ではないですよね?」
「えええ!?確かに書いてあるけど、知らなかったわよ!そもそもこんなアンタが勝手に書き加えた文字なんて無効でしょ!」
「無効ではありませんよ。暗部の仕事は特殊なので、協力関係の契約を締結する際には細かな取り決めを加えることが許可されています。そうでなくとも契約する際には内容をよく確認するのが常識ですが、それをしないとは、ああ、なんと不注意ことでしょう」
「なによそれ……。それじゃ、あたしは一生あんたの言いなり、ってこと……?」
「一生ではありませんよ?期間の定めは契約に必須ですので。今回の場合は、貴女を唆した者の正体を詳らかにするまで、です」
顔を引きつらせていたフィリは、期間があると聞いていくらか気持ちを落ち着ける。
「な、なんだ。それくらいならすぐ終わりそうね。今日中にでもそいつを見つけ出せば、あたしはあんたから解放されるのね!」
「今日中とは、やる気十分ですね。まあ、中々に大物が潜んでいる気配がしますので、終わりがいつになるかは分かりませんがね。それまでは貴女は僕の全ての命令に従ってもらいます」
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ!!!あんた絶対変な命令してくるでしょ!そんなのにずっと従うなんて無理!」
「酷い言われようですねぇ。まあ、どのみち逃れられないのですから好きに言えばいいです。さて、それでは最初の命令を出しましょうかねぇ」
「ひぃっ!?」
偽装で象られたエヴァンの顔をニヤつかせながら、レナードがフィリに迫る。エヴァンが絶対にしない顔、その気色の悪さに、フィリは蛇に睨まれた蛙のように怯えて硬直してしまっている。
レナードの手がフィリの頭にかざされ、殴られると思ったフィリは咄嗟に目を瞑る。
(いきなり暴力だなんて……。イヴ君ごめん、お嫁に行けなくなっちゃうよぅ……)
そんな風にエヴァンへの謝罪を脳に走らせるも、予想していた痛みはやってこない。何やら頭とお尻に重みを感じるだけだ。
震えながら少し目を開けて眼前のレナードを見やると、彼は既にフィリから少し距離を取っており、満足げにうんうん頷いているだけだった。
「ふふふ、思った通りです。貴方にはやはりこれが似合う」
「ふぇ?な、何を言って……。って、何これ?」
フィリは身に何かをされたのだと理解して、違和感のある頭に手を当てる。すると、そこにはもふもふとした手触りの物体が左右対称に二つ。その感触はフィリの実家で飼われている猫のような……。
「偽装製けも耳です。貴女を一目見た時から、けも化させたくて仕方ない衝動に駆られていましたが、実に素晴らしい仕上がりになりました。そして当然尻尾も付けてますが、どちらも猫仕様となっていますよ」
「けも……?ほんとに何言ってるの?ばかなの?それともばかなのはあたし?」
「馬鹿なことなどありません。僕はいつでも大真面目ですから。これから僕と会う時はその姿になってもらう、それが最初の命令です」
「「……」」
レナードを見るフィリの目もメイと同じように軽蔑を含み始めた。痛い思いをせずに済んだのは良かったが、過剰に怯えさせられた分の揺り戻しが表情に出てしまったのだ。
「なんですか、二人して。メイさんも今のフィリの方が愛らしいと思うでしょう?」
「分かるけど分かりたくない。でも確かに」
「えっ」
味方だと思い始めていたメイに裏切られ、フィリは唖然とする。
(変態の仲間はやはり変態?ま、まあ、あたしくらいの美少女に猫ちゃんのかわいさが合わされば、確かに世界一かわいくなっちゃうかも?)
段々と考えるのがアホらしくなり、フィリは雑に納得することにした。とりあえず、レナードもメイもさほど警戒しなくて良いのでは、とも思い始めていた。それよりも自分の頭のもふふわの感触を楽しむ方が有意義とさえ思える程だ。再度触れてみると最高級毛布のような手触りが心地よい。
一気に気が抜けて、ポケーっと猫耳を撫でくり回す。ただでさえ日頃の疲れが溜まっているのに、朝から飛んだ災難に見舞われ、ただでさえちっぽけなフィリの思考許容量は限界に達してしまっていた。
「さて、フィリの今日の進捗としてはこれくらいで十分でしょう。今日はゆっくり体を休めるのです」
「え?やすめる??」
フィリは猫耳に手を置いたままフリーズする。その言葉の意味を理解するのに数秒かかった。ギルド職員として働くようになってから一度もまともに休めたことが無かったフィリにとって、『休み』という言葉は無上の幸福をもたらす福音と化していた。今フィリが最も必要としていた言葉に、心の奥から熱水が沸き上がるような感動が吹き荒れ、目からじわりと涙が溢れ出す。
「おや、休みがそんなに嫌ですか?それなら、今から暗部の書類の整理を手伝ってもらってもいいですが」
「ひぐっ、嫌なわけ、ないでしょぉ……!そうよ、休みこそあたしの仕事、今までもそうやって楽して生きてきたじゃない……!それなのに最近のあたしは休みの日まで働きに働いて……。間違ってたわ!」
「うーん?少しズレていますが、まあいいでしょう。とにかく、万全の体調で明日の仕事に取り組めるようにしてください。貴女に最重要の任務を任せることになりますから」
「わーい、わーい!!」
レナードが色々言っていたが、降って沸いた休日にテンションが上がってしまったフィリはそれどころでは無かった。両手をパァっと上げて大喜びである。
明日、過酷な仕事が待っている等とは微塵も考えていないのであった。
明日は『凍土の王子と紅の姫君』のみ更新します。




