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異世界人受付カウンター  作者: 唐科静玖
第二章 来訪者の魔法と冒険
25/48

24.帰還

 【夕の帰還】

 意識の一瞬の暗転の後、夕は本棚に囲まれた和室に居た。東京にある七天山の別邸、住み慣れた自分の部屋だ。


(長く向こうに居過ぎたかと思いましたが、大丈夫そうですね)


 こっそりと襖を開けて廊下を見てみると、監視役の男が姿勢よく立っていた。異世界に行くに当たり、『全ての出入り口に監視を付けていいから、この土日は絶対に部屋の中に入らないで欲しい』と、屋敷を管理する叔父に頼んでいたのだ。

 先日の無断外出からの交通事故騒ぎがあって父龍鵬も一段と厳しく目を光らせている中で難しい頼みであると思っていたが、どうやら夕の望み通りに部屋の中を覗き見されることはなかったようだ。もし夕が居なくなっていることがバレればもっと家中大騒ぎになっていただろう。

 そもそも異世界に行っている間の日本での見え方はまだ確定していない。普通に考えれば一時的に日本には肉体ごと存在しなくなるだろうという予想の元、自由に動きやすく家も割と近いリョウタとハピコがそれを確認する手筈になっていた。

 もし夕が望んで異世界などに行っていることがバレれば、その時はいよいよ24時間体制で部屋の中にまで監視が付くことになってもおかしくはない。異世界に行けなくなればアンナには絶対に会えないし、他の仲間にも会うことは叶わなくなるだろう。それが今の夕にとって最も悲しいことだ。


(怪しい行動は避けなければ。けど……)


 夕は帰還前にアンナが話していたことを思い出す。帰還前に今回の冒険内容をアンナに報告した。魔法の名付けについてハピ子が話題にした時、アンナは魔法には真名があり、それで以て魔法を発動すると威力や効果が増すことを教えてくれた。後々考えてみた結果、夕が大規模な魂の救済の魔法を発動させた際に口に出した文言が真名であった可能性が高いという結論に至ったらしい。ここまで複雑な真名は聞いたことがないが、上位魔法であるほど真名は複雑になるため、そういうものなのだろうと納得したようだ。

 ここで重要なのは、七天山家に魔法の真名が伝わっていることだ。中位以上の魔法の真名はまだほとんどが未発見らしいが、もしかしたら七天山家を調べれば他の魔法の真名も見つかるかもしれない。


「ちょっと、すみません」


 夕は外の見張りにおずおずと声をかける。そして、屋敷内にある古い書物を読ませて欲しいと頼んだ。



* * * * * * *

【良太の帰還】

 良太は帰還早々に出掛ける準備をする。2時間後に帰還するハピ子の家に行き、異世界に行っている間と帰還の瞬間の日本での肉体の見え方を確認しなければならないのだ。


「あれ?兄ちゃん、友達の家に泊まってたんじゃなかったの」

「うわっ!圭太!」


 部屋を飛び出したところで弟の圭太と出くわした。異世界滞在のために、友達の家に泊まる、と家族には言っていたのに、泊まった翌日の午前に家に居るのは怪しまれても仕方がない。


「いや、ちょっと忘れ物して……」

「家に取りに帰るほどの忘れ物なら昨日の内に気付かない?」

「そ、それは……」

「最近様子が変な気がするし、危ないことしてないよね?」


 咄嗟の嘘も苦しく、ますます疑われてしまう。しかし、異世界に行っていた、と本当の事を伝えたところで余計におかしくなったと思われるのが目に見えている。


「マジで別になんでもねえって!あ、こないだ貸した野球漫画の最新巻買ってあるから、好きに読んでいいぞ!」

「……うん。これだけは言わせて。兄ちゃんも怪我するようなことだけは絶対にしないで」


 強引に話を変えて、良太は家を飛び出した。強引すぎてもっと怪しまれてしまったが、どうしようもなかった。



「……はぁ、圭太の為に異世界行ってるのに、それで逆に圭太に心配させちまうとか、駄目だなあ俺」


 ガックシと項垂れながら良太が呟く。


「これ以上怪しまれる前にサクッと解決策が見つかりゃ良いんだけど……。って、こっちの世界で魔法が使えるなら夕に治して貰えばいいんじゃね!?」


 良太は思い付いた名案にテンションが上がる。夕なら頼めば断らないと確信できるし、どの方法よりも確実に圭太の肩を治せると思ったのだ。

 良太はまだ時間に余裕があることを確認し、近くの公園へと向かった。魔法について検証するためだ。


「狙いはあの枯れ木でいいか」


 周囲に誰も居ないことを確認し、カバンから野球ボールを取り出す。まずは魔法を使う気無しに普通の野球ボールを投げて異常がないかを調べたい。異世界での魔法は使う意思を固めないと発動しなかったため問題ないと思うが、何せ二つの世界を行き来する前例など無いのだから何かイレギュラー的に魔法が作用してしまう可能性はある。


「せいっ!」


 そこそこの速さでボールが投げられた。コントロールも抜群で狙い通りに小さな枯れ木の幹に向かって飛んでいった。

 結果、ボールは幹に跳ね返り良太の足元へと転がった。どうやら普通のボールを普通に投げる分には異常は無さそうだと分かり、良太は安堵する。これなら大好きなキャッチボールを禁じる必要は無い。


「でもまあ、問題はここからだよなあ」


 良太は息を吞んで空になった右手を見つめる。異世界で恐ろしいまでの威力を発揮した《貫通球》と《火炎球》。あれを今度はきちんと発動する意思をもって投球に臨もうとしているのだ。当初はこの世界では魔法が使えない方が安心だと良太は考えていた。その方が暴発の心配をしなくて済むからだ。しかし、もしこの世界で魔法が使えるのなら、圭太の治療に一気に近づく。それなら、多少自分の生活が不便になろうとも圭太がまた元気に野球を出来る方が良い、と良太は迷いなく結論付ける。


「行くぞぉ!頼む、使えてくれぇ!」


 最低威力の《貫通球》を投げるつもりで、良太は構えを取る。


「うおぉ!これは!」


 精霊が望みに応えて魔力の制御をサポートするのを感じ、期待が一気に高まる。そのまま良太は大きく振りかぶり、目の前の枯れ木めがけて――、――空気を投げつけた。


「何でだよ!今の絶対出来る流れだったじゃねえか!」


 期待を完全に裏切られ、良太は絶叫する。その後何度試してみても、手が空しく空を切るだけで、魔法のボールが放たれる気配がない。


「な、何が駄目なんだ?異世界での感覚と全く同じやり方なのに……。やっぱこっちじゃ魔法は使えないのか?」

 

 精霊は確かに反応しているのに、魔法は全く発動しない。もどかしい感覚の繰り返しに、良太はただ肩を落とす。

 結局、魔法が一度も発動しないまま、約束の時間が迫ってしまった。少なくとも、良太はこの世界では魔法は使えない。特別な七天山家の夕であればまだ可能性はあるが、異世界で使える魔法がそのまま日本で使えるとも限らない。一先ずの結論はそんな期待外れのものとなり、時間に押されて良太はハピ子の家へと向かうしかなくなるのであった。



* * * * * * *

【利重の帰還】

 帰還した利重は、スマートフォンに入った大量の通知にギョッとさせられた。確認すると、全てが秘書の鬼川聡美からの連絡の通知だった。利重は慌てて聡美に通話を掛ける。


「遅い!昨日から一度も繋がらないとか何してやがったんだよ!」


 秒で繋がったと思ったら、聡美の怒声が耳を裂かんばかりに吹き荒れた。


「いや、家に携帯を忘れたまま出掛けてしまってな。それより、履歴の量が凄いが一体何の用だったんだ?」

「別に、会社のちょっとしたクレームの報告だよ!」

「それを私用の携帯にか?いつもなら仕事用の方にかけてくるだろう」

「っ……!くそっ、そういうところだけ無駄に鋭いの、ほんとムカつくな!」


 バンッと机を叩くような打音。聡美の口調は怒っているようだが、それよりも動揺が大きいと利重は長年の付き合いから感じ取る。


「つまり、私的に何か用があったということだな?」

「……別に用って程じゃねえし。たまたま映画のチケットが三人分手に入ったから、お前の息抜きに付き合ってやろうと思っただけだ。雅希も連れてけばお前らの親子関係も少しはマシになるだろうしな」


 聡美はばつが悪そうに言い連ねる。


「そうだったのか。それは無駄にしてしまって悪いことをしたな。だが、息抜きは今は間に合っているからお前が心配する必要はない」

「間に合っている、だと?……もしかして、連絡が繋がらなかったのって、女か?」


 聡美は焦り混じりに在らぬ疑いをかける。しかし、今度は逆に利重の声が重々しい怒気を帯びる。


「質の悪い冗談は止せ。女遊びなど後にも先にもしないと断言しておこう。あの世の菫を悲しませるのだけは御免だからな」


 利重、聡美、そして利重の亡き妻の菫は、高校からの友達だ。

 不良に絡まれていた利重を聡美が助け、利重はお礼に改良途中のカステラを差し出した。それ以降、聡美が利重にお菓子をねだるようになり、イジメていると勘違いしたクラス委員長の菫が介入。菫は利重が別に嫌がっていないと知り、不良だと思っていた聡美への認識を改める。それから3人の交友関係は始まったのだ。

 そして、大学で一度道を別った聡美と違い、菫と利重は同じ大学に通い、やがて愛を結実させた。深く愛し合っていたからこそ、聡美の侮辱的な憶測を咎めずにいられない。


「……あぁ、お前はそういう奴だよな。今のはあたしが悪かったよ。やっぱ、お前を支えられるのはスミしかいねえか」


 すぐに発言の浅ましさ気付き謝りながらも、聡美はどこか寂しげだ。その原因は今は亡き親友への感傷か、それとも……。



* * * * * * *

【ハピ子の帰還】

「原、原……。あった、ここで間違いねえよな?」


 良太は地図アプリが示す位置を照らし合わせながら、目的地へと辿り着く。バイト先のコンビニ近くであるため、道に迷う事はなかった。

 一応インターホンを鳴らしてみるも、反応はない。しかし、玄関の鍵は開いている。ハピ子から聞いていた通りだが、仮にも一人暮らしの女性が鍵を空けたまま留守にするのは如何なものかと良太は心配する。


「お邪魔しまーす……」


 良太は恐る恐るにドアを開け、家に入る。何気に女性の家に訪れる経験は初めてで、緊張せずにいられない。ハピ子は体型こそ高身長細身という好みが分かれそうなものであるが、顔だけ見れば整った小顔で美人なのだ。

 そうでなくとも、家主の居ない他人の家に一人で上がり込むのは悪いことをしている気分で落ち着かない。


「えっと、玄関を入って左の部屋、だったな」


 家に入る許可得ているとはいえ必要以上に歩き回るものではないと、良太はハピ子が異世界に行く前に居たという部屋にそそくさと入る。


「うおっ、なんだここ!仕事部屋……なのか?」


 まず目に入った、というよりも、それしか無かったというレベルで部屋の床に大量に散らばっていたのは紙。ただの紙ではなく四角い枠線や絵が所々に描かれているのを見るに、漫画の出来損ないのようであった。

 足の踏み場に困るその有り様に、良太は絶句する。

 紙の少ない壁際ギリギリを伝い、なんとか部屋の奥の椅子まで辿り着いた。この椅子に座った状態で異世界に行ったらしいが、そこにハピ子の姿は無い。異世界来訪中はきちんと体本体ごと異世界に行っているようだ。本体がこちらの世界に残り静止している、あるいは眠っている可能性も有ったが、それでは異世界来訪中に日本にある本体を誰かに見られたら騒ぎになりかねないため、そうでないと分かったのは大きい。

 後は帰還の瞬間の見え方を確認するだけだ。ハピ子の帰還まではまだ少し時間があり、良太は横にある本棚に目をやる。全て作者名が原ハピ子となっている辺り、自身の漫画を並べた本棚のようだ。時間があったら勝手に読んでいいと言われていたが、タイトルを見ても良太にはよく分からないものばかりである。


「何かすげえタイトル長いのとかもあるな。悪役令嬢onステージ~嫌われ令嬢はロックで貴族社会をぶっ壊す~』、ああ、これが代表作とか言ってた奴か。訳わかんねえタイトルだけど、せっかく読むならこれにしてみるか」


 良太は第一巻を本棚から取り出し、パラリと開く。その内容は、傍若無人・破天荒で嫌われている公爵令嬢ロザリナ・フォン・ヴェレーナルツァが実家に眠っていた秘宝のエレキギターを手にして音楽の力で民衆の心を掌握し堅苦しい貴族社会に歯向かう、というものだった。王道スポーツ漫画しか読まない良太には理解が難しい内容だ。何故悪役が主人公なのか?何故その悪役に登場人物が次々味方していくのか?良太はそれらの不可解な点に徐々に眉間に皺を寄せていき、最後には途中で読むのを諦めてしまった。


「絵はすげえ上手いんだけどなあ……」


 そう呟いて漫画を本棚に戻すと、今度は椅子とセットになっている机に置かれた紙の束に目を向ける。書きかけの漫画のようだが、その登場人物に見覚えがあった。


「これ、アンナさんだよな?」


 ハピ子がアンナを主人公に新たな創作を始めている痕跡であった。世界観も中世ヨーロッパ風で、あの異世界を題材に描いているのは間違いない。だが、内容は恋愛物で、そこが良太からすれば違和感しかなかったが。

 そうして机の上の原稿に意識を向けている時、突如目の前の椅子、というよりその上の空間が激しく光り輝いた。

 完全に油断していた良太は、驚きで体を本棚に張り付かせる。


「わぁっ!」


 光の中からハピ子が飛び出した。何故か鳥の威嚇のようなポーズで大声を出しながら。


「……」

「あり?なんじゃその何とも言えん反応は。せっかく『突然現れてサプライズびっくり作戦』を用意してやったというのに」

「あ、いや、その前の光で驚きすぎたっつーか、そのポーズは驚かすつもりだったんだな……」

「光、なるほどの。そういうパターンの奴じゃったか。まあわしの作戦が失敗したのはもうよい。いらっしゃいなのじゃ。家主としてもてなさんとじゃし、ちょい待ちじゃよ」


 ハピ子は一ミリも気にせず散らばる紙の上を歩いて部屋を出ていった。内容はともかくイラストとしての価値は十二分にあるのに扱いが雑すぎないかと良太はツッコみたくなったが、ハピ子本人が気にしていないならとやかく言う権利はないと飲み込む。

 お茶入りコップを持ってすぐに戻ってきたハピ子に促され、良太は椅子に座り、とりあえずお茶を一口飲んだ。


「それで、どうじゃった?」


 良太が一息付いたのを確認してから、ハピ子が真面目な顔で訊ねる。


「えっと、異世界に行っている間はこっちには姿が無かったな」

「そうではないのじゃ。お主、この鋭意制作中の異世界漫画を読んだのじゃろう?その感想を聞いておるじゃよ」

「いやそっちかよ!」


 今度は躊躇わずツッコミを入れた。見え方の検証をすると言われていたのに、漫画の感想を優先させられるとは思いもしなかった。


「じゃって、わしにとってこの漫画の出来が命綱じゃからの。是非とも批評してほしいんじゃよ」

「そんなこと言われても、この手の漫画はよく分からねえんだよなあ……。気になったのは、実際のアンナさんが恋愛に興味無さそうなのに、バリバリにアンナさんを主人公にした恋愛物になってるとこ、とか?」

「まだまだ甘いの。恋愛に興味無さそうじゃからこそ、恋に落ちた時の盛り上がりが大きくなるのじゃ」

「そういうものなのか?けどよ、せっかく異世界で魔法とかファンタジー経験をしてきたのに、恋愛重視なのは勿体無くねえか?もっと戦闘シーンを入れるとかはどうだ?」

「なるほど、それは一理ある……、じゃけど、わしが見たファンタジー戦闘シーン、なんかすっごく消極的で映えない感じじゃったのじゃ」

「うっ、それは……」


 デコイに集まった敵を遠くから打ち倒す、そんな卑怯じみた戦法を採っていたことを思い出し、良太は言葉を詰まらせる。


「次は、もっと強大な敵に正面から立ち向かう、そんなシーンが欲しいのう」

「いやいや、戦闘に関しちゃ俺達ド素人なんだから、正面から立ち向かったら瞬殺されるだけだって!」

「いひひ、それはそうじゃのう!まあ、さっきのは半分冗談じゃ。わしを誰だと思うておる。これでも人気漫画家じゃから、今日の戦いっぷりを誇張に膨らげて描くことなど造作もないのじゃ!」

「誇張前提って、それはそれで癪だなあ。……ま、良いか」


 良太は口の中が苦くなる。しかし、スランプに陥っていたハピ子がこれだけやる気に満ち溢れているのならわざわざ意見してその気勢を削ぐ必要もないか、とその苦みを笑いに変えた。

 その後、机に向かって猛作業を始めたハピ子の隣で、良太はいくつかオススメされた漫画を読んだ。ハピ子は今回の良太の指摘がお気に召したらしく、もう少し異世界漫画の知識を取り入れれば立派な編集者になれる、等と言い出したのだ。編集者になりたいかどうかはさておき、そう褒められては悪い気もせず、せっかく来たのだからと良太はハピ子の勧めに従ったのだった。

二章はこれで終わりです

三章から物語は大きく動き始めます

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