21.雷の坑道①
洞窟内は緩やかな下り道が続く。奥から流れてくる冷たい風が首筋を撫で、反響する靴音が不規則に鼓膜を震わす。この世ならざる者でも現れそうな不気味な空気の中。
「おおっ、見るのじゃ!影がどこにもないのじゃ!」
「ほんとだ、すげー!不思議な感じだ!」
ハピコとリョウタが足元を見ながらはしゃいでいた。ダンジョン内は淡い光で満たされているため、影が出来ない。そんな状況が新鮮で、緊張感が吹き飛んでしまった。
「こらっ、ここからは気を引き締めろと言っただろう」
「あっ、スマセン」「つい、じゃの」
トシシゲにピシャリと叱られ、二人は乱れた隊列へ慌てて戻った。
地下ダンジョンは地龍の触手の通過痕であるが、痕同士が干渉し合い接合するため、複雑に入り組んでいる。
死角も数多く存在し、不意に魔物に襲われれば身分証で即時帰還する間もなく致命傷を負わされるかもしれない。
そういった事態を防ぐために、普通はゆっくりと魔物の気配を探りながら進む必要があるのが地下ダンジョンだ。特に、今回のように龍災後の構造変化についての情報が全くない場合は、地図作成も並行して行う必要があり、一朝一夕でお目当ての素材に辿り着くのはほぼ不可能である。しかし……。
「それじゃトシシゲさん、早速例のを頼むのじゃ!」
ハピコは周囲を警戒するでもなく、トシシゲに対して両手をパッと差し伸ばす。その手にはハピコが管理を任されている大きな魔法紙が一枚広げられていた。
それに対し、トシシゲは、ふむ、と一つ間を取り、頷きを返した。
「勿体ぶるものでもなし、せっかくの魔法なのだから惜しみなく使わせてもらうか。『地図作成』」
『地図作成』。その名の通り周囲の地形を地図として魔法紙に記載する魔法だ。大冒険者に発現する可能性のある魔法の一つであり、魔力を注げば注いだ分だけ地図化範囲を広げられる。トシシゲの膨大な魔力と上位精霊の補助があれば、ダンジョン一つを丸々地図化するのも容易だった。
トシシゲが触れた魔法紙の中心から線が広がり、複雑なダンジョンが丸裸にされるようにビッシリと地図が書き込まれ、その如何にもファンタジーな光景に歓声が上がる。
「茶色い点が現在地、赤い点が魔物、緑の点が罠のようだ」
「そこまで分かるのかよ。これがあれば迷う心配0じゃん」
「わははは!これは勝ったのじゃ!」
「あっ、ハピコ先生、そこ罠があるのでお気を付けを」
「ひょあっ!?あ、危ないのじゃ……。歩きスマホならぬ歩き地図は良くないの」
ハピコはユウからの声掛けにより何とか足元の罠のスイッチを回避することに成功した。
ハピコは大きく油断してしまい危ういところだったが、この地図さえあればリアルタイムで罠も魔物も位置が丸分かりで、ダンジョン攻略の難易度が大幅に下がるのは明白だ。
「地図読みをハピコに任せるのは危険だな……。私とリョウタは戦闘に意識を割かねばならんし、ユウに地図を担当してもらおうか」
「分かりました。周りに危険が無いか常に注意しておきますね」
「え、じゃあわしは……。もしかして地図を広げるだけの仕事かの?これ、結構腕が辛いんじゃけど……」
ハピコが悲壮な顔をするも、耐えられなくなったら回復魔法で腕の疲労を回復すると決められ、態勢が整ったことで本格的なダンジョン攻略が始まる。
「次の分岐路、右側のすぐ角に魔物が居ますね」
ユウの細やかなナビによりいくつかの罠を回避し順調に進む一行は、そのユウの言葉に足を止める。
「いよいよお出ましか。では、手筈通りにやるぞ」
「やっと出番か。いつでもオッケーだぜ」
対魔物組のトシシゲとリョウタが気合を入れ直す。
魔物は狂暴で、戦闘に不慣れな人間では相手をするのは大きな危険が伴う。実際、冒険者の負傷率と致死率は共に初ダンジョン探索時が最大になっている。
しかし、彼らには必勝の策があった。
「『デコイ』」
まず、トシシゲが魔法の木の囮を、魔物が潜む次の分岐路に向けて投げる。
『ギャアアアアアア!!』
次の瞬間、右の道からけたたましい叫び声と共に魔物が飛び出した。下級の魔物、ゴブリンだ。下級と言えど、危険な魔物であることに変わりはない。しかし、彼らの思惑通り、ゴブリンは少し離れた位置に居る人間には目もくれず、近くの木の囮に向けて激しく棍棒を振り下ろし始める。
「よし、今だリョウタ!」
「分かってるぜ!るぅあ!」
リョウタは待ってましたと言わんばかりに構えを取り、手の中に貫通球を生み出す。そして、気合いの入った声とともに全力で投球した。それは吸い込まれるようにゴブリンの頭部に目掛けて飛んで行き。
『グエェェェ……!』
頭部に大穴を空けたゴブリンが、断末魔を上げながら地に崩れた。そして、その体は一部を残し、他は黒い塵になって霧散した。
「やりましたね!」
「『やったか!?』は禁句じゃが、これは流石にやったのじゃ!」
作戦が上手くいったのを確認し、ユウとハピコが安堵の表情を浮かべる。
「これが通用するなら、この先も行けそうだな。……だが、リョウタは大丈夫か?」
トシシゲも作戦の成功に手応えを感じ、笑みを浮かべる。しかし、先へ進む前にリョウタに確認を取る。
トシシゲが気にしているのは、体力や魔力の問題ではない。魔物を殺したことによる精神へのダメージの問題だ。
日本に生まれて常人であれば、意図的に生き物を殺す機会は害虫駆除や魚釣り程度しかない。生き物を殺すことにおいて忌避感を抱く倫理的線引きは人それぞれだとしても、ゴブリンのような二足歩行の魔物を殺すことは、本来は忌避して然るべきであろう。
「あー、大丈夫だな。死体が残ったらちょっとキツかったかもだけど」
リョウタはケロリとそう言った。
出発前にこの懸念点についてアンナに相談していたお陰だ。生命に対する価値観が二つの世界で異なるから魔物といえど戦うのに躊躇してしまうかもしれない、と。
その時、アンナから重要な情報を得られた。
地下ダンジョンの魔物というのは地龍の力の残滓から生まれるもので、魂が宿っていないらしい。それは、言ってしまえばただの人形と同じである。まあ、動く点を加味すると違うとも取れるが、単純なプログラミングが施されたロボットとでも考えておけば生物とは明確に区別できる。
その上、倒すと死体が消えて素材だけがドロップするというなんともゲームチックな光景も、魔物を殺すという行為が倫理観を抉ることから遠ざけていた。
4人全員が気掛かりにしていたこの懸念点も、実際に手に掛けたリョウタが大丈夫だと言ったことで問題では無くなった。
「あ、もう一体魔物が来てます!」
ユウの警告に一行は再び臨戦体勢に入る。現れたのはプルプルとした饅頭型の魔物、スライムだ。動きは遅いが強力な溶解液を飛ばして攻撃してくる油断できない魔物である。
「ちょっとかわいいですね」
「そうじゃの。じゃが、意外と強いと言うのが最近のスライムの定説じゃから、油断しておると痛い目を見るのじゃ。服を溶かされお色気展開に、だけじゃ済まんかもしれんからの」
「マジか、スライムなんて雑魚だと思ってたぜ。んじゃ、デコイの力が残ってるうちにサクッと……」
「いや、待つのじゃ」
投球の構えを取ったリョウタをハピコが制止する。その声色の真面目さにリョウタも攻撃するのを止めた。
何せ、このメンバーの中で一番ファンタジー知識に詳しいのはハピコだ。そのハピコに止められれば、話を聞かないわけにはいかない。
「なんだよ?まだ気を付けないといけないことがあるのか?」
「うむ、これはとっても重要な話じゃ。お主はさっき投げる時に『るぅあ!』とか言ってたじゃろ?」
「?ああ、気合入れるためにな」
「それではダメじゃ。ちゃんと技名を叫ぶのじゃ」
「は?技名?そんなの恥ずいだけだろ!」
「バトル物の鉄則じゃから仕方ないのじゃ。そうしないと映えないからの」
参考になるアドバイスかと思いきや、ただの“映え“目的だった。
「いや、けど俺の魔法に名前なんてねえし……」
「そこはお主のセンスで何とかするのじゃ。本当はちっとやってみたいんじゃろ?技名を叫びながら必殺技、男の子は大好きじゃろ?」
「べ、別に、んなことねえし!」
「まあまあ、そう恥ずかしがらんと。わしを助けると思って、な?迫力あるシーンを見せてくれたら、リョウタの雄姿を見開き1ページに描き上げてやるぞ!」
「マジか!ま、まあ、やりたくは無いけど、ハピコの要望に仕方なく答えて、やってやってもいいけど!仕方なくな!《ファイアボール》!」
仕方なくを強調しながら、思い浮かんだ技の名前を大声で叫び、燃え盛る炎の球をスライムめがけて投げつける。スライムは物理攻撃には高い耐性があるが、炎属性の攻撃に弱く、リョウタの《ファイアボール》が命中するとその熱量に耐え切れず蒸発して消えた。
「おお、確かに技名があると気合も入るな!」
リョウタは確かな爽快感を得られ、若干悔しくもハピコの言うことが分かった。
しかし、ハピコはというと、微妙そうな顔で腕を組んでいる。
「うーむ、リョウタは一発芸を勢いでごまかすタイプじゃな」
「い、一発芸?何の話だ?」
「迫力は良かったんじゃが、ネーミングセンスが安直すぎる、ということじゃ」
「な……。無茶振りしといてそりゃねえだろ!」
恥を捨てて心を解放したのに、ダメ出しされたことで恥ずかしさが戻ってくるリョウタ。
「まあまあ、確かに慣れぬ者には少し酷な要望だったのじゃ。詫びに、わしが代わりに技名を考えてやっても良いぞ?」
それはもはや、考えさせてほしい、と言っているレベルで、ハピコは不敵に笑う。
しかし、リョウタは思い出す。ハピコが自身の魔法に付けた『手描きされた異界召門』の中二ネームを。
「いや、それはちょっと……」
「む、何ゆえじゃ?漫画でバトル展開は結構描いてきておるから、かなり自信あるんじゃけど。あ、トシシゲさんも『デコイ』などと味気ない呼び方じゃったし、わしが……」
「デコイはデコイだ。おかしな名前で混乱するのは嫌いだ」
「むぅ、男連中はなんと夢が無いのじゃ。しかも、おかしな名前とは失礼じゃの」
「ハピコ先生、私は先生に名前を付けてもらいたいです!」
「ほお!やっぱりユウは分かっておるの!よし、ユウの回復魔法なら直接受けたからの、インスピレーションはすぐ湧くのじゃ!」
拒否するリョウタとトシシゲに膨れっ面を見せるハピコだったが、ハピコ全肯定のユウが颯爽と名づけを希望し、嬉しそうに思考を巡らせ始めた。
「回復、いや、時間を戻すんじゃったの。ユウの美少女っぷりなら女神と合わせても負けないのじゃ。うむ、よし、ユウの回復魔法は『時女神の抱擁』で決まりじゃ!」
ブツブツと呟き、最後にカッと目を見開いてそう言い渡すハピコ。
「わわっ、女神だなんて私には過分ですが、雰囲気は良い感じです!」
ユウも少し照れくさそうながらも、ニッコリ笑顔で異論は無さそうだ。
「そうじゃろそうじゃろ!よし、良い感じに名付けれたことじゃし、先へ進むのじゃ!」
「「ふぅ……」」
ハピコが満足して名付けへの興味を失ったのを見て、リョウタとトシシゲは安堵する。だが、ハピコの言うことも一理あるとも思う。せっかく異世界来ているのだから、ハピコくらいはっちゃけても悪くないかもしれない。
それはともかく、作戦が問題なく通用すると判明したため、4人はダンジョンの更なる深層へと向かう。




