19.協力
アンナが日本からの来訪者たちに魔法や精霊に関するレクチャーをした後、彼女たちはギルドへと戻った。その頃には時刻は18時半、何をするにしても外が暗いのでは遣りようが無いと、一先ずギルドに隣接する宿屋で休むことになった。
徹夜後で寝不足のハピコ以外は日本で寝て起きたばかりであり眠れそうになかったが、それでもベッドに入って体を休めながら自身の魔法について深く探るのが良いだろうという結論に至った。
寝室は前日にアンナによって整えられており、普段は金遣いの荒い高収入の冒険者が使う最高級の布団は、日本品質に慣れている者たちでも満足のいく寝心地だった。それにより全く眠気など無かったユウ、リョウタ、トシシゲも、考え事をしているうちに眠りに落ちていった。
≪エイデアス 530/4/11(金)6:00≫
≪日本 2020/7/11(土)20:45≫
次の日の朝。
昨日、どういうわけかユウ、リョウタ、トシシゲの精霊問題が解決したため、この日の朝から魔法の試用が行われていた。全員初めて魔法を使えたときは大興奮だったのは言うまでもない。
山合から太陽が顔を出すと同時に、ギルドの裏手にある訓練場に轟音が響いた。
「うおぉぉぉ!これヤベえだろ!」
「むう、とうとう壊されてしまったか」
そんなやり取りをしているのは、リョウタとトシシゲだ。二人は今、魔法を使い合って魔法の使い方と性能のテストをしている。
普通ならハズレ扱いはずの、もはや魔法とすら呼べるか怪しいリョウタの投球魔法だったが、あれからアンナのアドバイス通りに深く心を探ったところ、上位の魔法が二つ見つかった。
一つは手の中に非常に貫通力の高い魔力の球体を生成できる魔法だ。サイズ調整が可能で、野球ボールサイズにして投擲攻撃に使える。
そしてもう一つは、魔力の球代わりに火の球を生成できるもので、基本性能は同じだ。
これらの魔法の最大の特徴は、魔力を込めれば込めるだけ投げられた球の破壊力が増す点であり、コントロールと球速を自力で補えさえすれば、中距離戦では他のどの後衛攻撃系魔法よりも強力である。
リョウタは突出した才能を持つ弟に対する劣等感で自己評価は低いが、ずば抜けた運動神経を持っており、投球技術においては弟すら越えていた。そんなリョウタにとっては、正に相性抜群の魔法と言えるだろう。
一方トシシゲは、木の囮を生み出す魔法を試していた。これは昨日発覚したターゲット誘導魔法の上位魔法だ。本来は味方にしか誘導できない敵の攻撃を、生み出した木の像に誘導できる、優れたサポート魔法である。
木の像はイメージで様々な形状に創造でき、注いだ魔力量に応じて耐久力がアップする。今は野球のキャッチャー型の像を生み出してリョウタのボールを受けさせていたが、リョウタが少しずつ球に込める魔力量を増加させていった結果、とうとう囮の耐久力を貫通力が上回り、キャッチャーミットと胴体にまとめて大穴が空く無残な姿になった。これまで5球受けてもびくともせずどっしり構えていた像が壊され、若干愛着が湧いていたトシシゲが肩を落とす。さながら雪の日に作った雪だるまを子供に蹴り壊された父親のようだ。
「普通の野球ボールじゃ絶対に木に穴なんて空かねえから、すげえ快感だぜ!これでまだまだ威力が上げれるんだからヤベえよ」
「私の方もまだ耐久力を上げれるぞ。2回戦開始と行こうではないか」
「いいぜ!あ、けど、もうキャッチャー型は勘弁してくれ。さすがに人の形の物に穴を空けるのはちょっと……」
まるで同年代の友達のように仲良く楽しみながら魔法に慣れていくリョウタとトシシゲ。魔法的にも絆的にも、その向上はとても順調である。
一方で、ユウとハピコの方はというと、順調とは言えず、四苦八苦していた。
まず、ユウは回復魔法がメインであるため、試すこと自体が難しかった。どこまでの怪我なら治せるのかを試そうにも、わざと怪我をして、もし治せなければ大変だ。だから一旦は魔法の試用はお預けになっている。
そして、最も複雑で難解なのが、ハピコの《手描きされた異界召門》だ。まず、最初にハピコは普通の紙に絵を描いてみたのだが、これは何回やっても魔法を発動できなかった。
その原因にアンナはすぐに思い当たり、『ギルドにあった使えそうなものまとめボックス』から『魔法紙』と呼ばれる紙を取り出してきた。普通の紙よりも魔力伝導率が数段高い魔法紙には様々な用途があり、画家が創造魔法を使う時にも用いるのだ。
だが、これを使えば後は簡単、というわけにはいかなかった。試しに魔法紙に絵を描いてみたところ、極一部の物は召喚できたが、それでも召喚できない物の方が圧倒的に多かった。
「消しゴム、鉛筆、Gペン、下敷き……。この辺りは召喚できたんじゃけど、ペンタブや他の機械類は何故か無理じゃのう……」
「うーん、構造が複雑なものは無理なのでしょうか?あるいは構造を理解していないと無理だとか」
「そうじゃとすれば、機械の小難しい構造を勉強すればワンチャンあるのかの?あぇ?じゃけど、勉強して万が一わしの理力が上がりでもしたら、この魔法は使えなくなるのじゃ?な、なんという罠!思ったよりポンコツ魔法なのじゃ!」
ユウの推察を聞いて、椅子に座ったままギルドの机に体をベチョンと投げ出すハピコ。
そんなハピコに、アンナが呆れながらも疑問をぶつける。
「だから言ったでしょ、理外魔法は使い勝手が悪いって。というか、この召喚したものってハピコの私物?」
「ん?わしの私物をイメージしながら描いたからそれっぽくは見えるの。それがどうしたのじゃ?」
「いや、画家の魔法って普通は『創造』なのだけれど、ハピコのは『召喚』だから、この小物たちは異世界から転移してきたものなのかしらって」
「なんじゃと!?わしはコピーを生み出しておるつもりじゃったのに、コピーじゃなくて本物ってことなのじゃ!?じゃ、じゃとすれば、下手すればうっかりコンビニからお弁当を盗んでしまったりするってことかの!?あ、危なすぎるのじゃ……」
アンナからの思わぬ指摘に、ハピコは手を震わせながら机の上に転がる小物たちを確認する。ちゃんと自分の私物であり、どこかの誰かの物を盗んだわけではないと判断して、ふぃーっと、安堵の溜息を吐いた。
「それはコンビニのお弁当は描かなければいいだけでは?あ、ハピコ先生もしかしてお腹空いてます?であれば何か小腹にピッタリなものを作って来ますよ」
「わし小食じゃし、お腹は空いとらんな。じゃが、近頃ほとんど手を動かしていなかったところに二日連続の描き詰め生活、腱鞘炎が痛いのじゃ……」
「本当ですね、痛そうです……。あ、それなら私の回復魔法を試す良い機会ですよね!えっと、痛いの痛いの飛んでけー!」
ユウはここぞとばかりにハピコの手に自分の手をかざし、回復魔法を使った。ハピコの手が淡い光に包まれる。
「おおっ!すごいのじゃ、一瞬で痛みが消えたのじゃ!」
「やりました!これで炎症が治せるのが分かりましたね!」
「そうじゃの。いや、それどころか、わしの手全体が若々しく輝いておるような……?」
ハピコは腱鞘炎の治った手の甲をまじまじと見つめる。元々荒れていたというほどでも無かったが、別段手入れをしてもいなかったハピコの手は若干乾燥していた。それが、今では10代のようなぷるもち感だ。
「あー、聖属性の回復能力は『回帰』の性質由来だから、副次的効果として若返り効果もあるわ。この世界には美容目的で回復魔法を使ってもらう人もいるくらいだし」
「若返り!?そ、それはすごすぎるのではないかの?道理でアンナさんは超美人な訳じゃな」
「私はそんな事してないわよ。あくまでおまけの効果だから本当に微々たる効果だし、聖属性持ち自体が希少で回復魔法も使える人が少ないから費用も高額。美容目的にするならそれを何度も使わないといけなくて割に合わないの」
「ふむ、そうか。そう上手くはいかんもんなのじゃな。じゃが、ユウのカンストステータスであれば美容効果もとんでもなかったりするんじゃないかの?ふへへ、ユウに頼めば、わしは永遠の若さを得られるやも……」
女子3人組はそんなやり取りをしながらハピコの魔法を更に試していく。
その過程でわざと下手に描いてみたことで、絵の写実性がある程度の域に達していないと魔法紙用いても魔法が不発に終わることも判明した。
「まあ、わしの神画力なら問題なさそうじゃな!」
「流石ですハピコ先生!」
「そんなに上手く描けるものなのね……。びっくりだわ。漫画家だかなんだか知らないけれど、普通にこの世界で画家として食べていけるんじゃないかしら」
アンナすら手放しで誉めてしまうほど、ハピコの絵はリアルだった。画家職は絵の上手さが制御力に直結するため、精霊の補助を受けられない理外魔法となると相当正確に描かなければ発動しなくなるが、ハピコはそのラインを軽々越えていた。
「ほう、わし、イラストレーターとしてもやっていけておるし、画家デビューも悪くないかもしれんのう。あ、魔法紙は全部わしが持っててよいのじゃな?」
「私が持っていても使い道はないしね。けれど、そこそこ高価な物だから、無駄遣いはしないでよね」
「おーい、こっちは試運転終わったけど、そっちはどうだ?」
一段落したところで、リョウタとトシシゲが訓練場から戻ってきた。二人とも興奮気味の表情だ。
「あら、なんだか嬉しそうだけれど、何か良い事でもあったの?」
「良い事っつーか、普通に魔法なんて使えたら誰でもテンション上がるだろ?」
「うむ、私も年甲斐になく楽しんでしまった。心が若返ったようだったよ」
「ああ、あなたたちもそうなのね……」
「ほれ見ぃ、わしの反応は正常じゃったのじゃ!」
ハピコは我が意を得たり言わんばかりに腰に手を当てる。初めて魔法に成功して魔法紙に描いた消しゴムの絵が現実に飛び出した時は文字では表せないような喜叫を上げてアンナを怖がらせたのだが、自分の反応が正しかったことを証明できてご満悦だ。
実際はハピコの喜びように比べれば男性陣の喜び方はささやかなものだった。だが、誰も双方の様子を知らないため、男性陣がハピコと同レベルに狂喜したとアンナが誤解するのを止める者は居なかった。
「なんにせよ、これであなたたちに手伝いのお願いができるわね」
「ああ、外に行って魔物でも狩って来れば良いのか?」
「いえいえ、討伐なんて危ないこと、あなたたちに任せられないわよ」
張り切るトシシゲの言葉に、アンナは肩を竦めて返す。
「どうしてだ?私たちの魔法は強力に見えるが、実際は大したことはないのか?」
「いえ、強いとか弱いとかの話じゃないわ。どれだけ強かろうと魔物の討伐は大きな危険を伴うもの。報酬だって用意できないし、善意につけ込んで頼み事をするにも限度があるわ」
依頼には報酬が必要不可欠。ギルド職員魂がきっちり植え込まれているアンナには、その原則は覆しようもなかった。
ヴィナサラポーションの件があるユウだけならその理屈が通用しても、他の三人はアンナを手伝う義理などない。過分な頼みで呆れられるリスクを背負うのは得策ではない。それがアンナの見立てだった。
だが……、それを聞いた日本人4人は、顔を見合わせてからキョトンと不思議そうにする。
「報酬?善意に付け込む?何を言っているんだ?」
「あっ、ごめんなさい。不快な言い方だったわね……」
「いやいや、そうじゃねえよ。俺たちは仲間なんだから、出来る限り助けるのは当然だろ?」
「え?」
言い方を間違えたと後悔しかけたアンナは、リョウタからの予想外の言葉に驚きを表する。
「仲間、か。なんとも青臭いが悪くないな。私としては初回来訪時の汚名返上と、これからこっちの世界で世話になる分の対価でしばらくアンナさんの指示で動くのは構わんよ」
「そうじゃなー、何度も世話になるこの町がいつまでも寂れたままというのもあれじゃしな。ここは一致団結してパパっと復興のために手を取り合うのが良いじゃろう」
「あ、あの、私はヴィナサラポーション分でアンナさんの力になるのは当然なのですが……。その、私も皆さんの仲間に入れてもらえないでしょうか?」
リョウタ続いて、他の3人も嫌な顔をせずに本格的に協力することを表明した。
「皆……」
アンナは心に温かい何かが染み渡るのを感じる。復興のことで頭がいっぱいで、誰をどこまで利用できるかという計算ばかりに気を取られていた。自分が彼らに出来るのはせいぜい魔法や精霊について教えるくらいで、その礼に軽い手伝いしてもらえればラッキーだというレベルで。
だが、彼らは自分が思っていた以上に親身になって寄り添ってくれる。アンナが気を使わなくて済むように手伝う理由を提示してまで。
「まあ、アンナさんがどうしても無報酬は無理だと言うなら、あれじゃ。『報酬は君の笑顔で』という奴じゃ」
「それいいですね!私もアンナさんの心からの笑顔を見たいので賛成です!」
「ふっ、ふふっ、私の笑顔は高いわよ?学校では紅の姫君だとかなんとか言われてたくらいだし。依頼を完璧にこなしてもらわないと支払えないわね」
ハピコの精一杯の低音ボイスから繰り出された報酬内容に、アンナは可笑しくて思わず笑ってしまいそうになる。しかし、報酬の先払いになってはいけないとグッと堪えた。
そして、真面目な顔を作って、次の言葉を紡ぐ。
「……魔物の討伐、やってもらえるのなら、復興に向けた飛躍的な一歩を踏み出せるわ。その分、安全の保証はできないけれど」
「魔物討伐とはそれほどまで危険なのだな。まあ私たちは魔法は強くとも戦いに関しては素人同然なのだから、心配されるのも当然か。……だが、私たちには魔法とは別の特別な力があるだろう?」
トシシゲはニヤリと笑って、懐から身分証を取り出す。
最初は何のことかと訝んだアンナも、それを見てハッと気が付く。彼らだけが持つ特別な身分証の裏に赤く表示された、即時帰還の文字のことだ。
「あー、トシシゲさんすっげえ頭良いな。確かに即時帰還を使えば危なくなってもすぐに日本に帰れるじゃん!」
同じく即時帰還を経験しているリョウタも、すぐにピンときて納得する。
「ほー、即時帰還はわしはまだ試してないんじゃけど、これでもちゃんと帰れるんじゃの」
「えっと、この文字に触れるだけで良いんですか?それなら、咄嗟にでもできそうですね」
ハピコとユウも理解し、身分証の裏を興味深く見つめる。
「なるほどね……。その発想は無かったわ。こっちの基準だと素人のダンジョン探索は危険だけれど、あなたたちはやっぱり特別ね。危ないと少しでも思ったら即時帰還で全員退避するのを徹底してくれるなら……。きっと上手く行くわ」
安全性と全員が乗り気であることを確認し、最終的にアンナも魔物討伐による飛躍プランを進める意志を固めた。
凍土の王子と紅の姫君も更新します




