表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界人受付カウンター  作者: 唐科静玖
第二章 来訪者の魔法と冒険
19/48

18.フィリ・セアダズル②

≪エイデアス 4/10(木) 14:30≫


 王都ギルドの正面入口にある庭園にて、ぐったりと肩を落としたフィリが門へと歩いていく。


「なんで……、なんで休日に働かなきゃダメなのよぅ……!こんなの、違う、違うわ……。あたしが思い描いていた楽しい人生と、何もかも違う……!」


 彼女は初出勤から10日目にして、休日出勤という社会の闇の洗礼を受けていた。

 この世界は月曜日から土曜日の六日で一週間となっており、営利団体の職員には一週間のうち最低一日を休日として与えなければならないと国の法律で決まっている。

 しかし、その法律にも例外があり、冒険者等の個人の裁量で労働時間を変動させられる職業には適用されない他、国が認めた場合は半日までであれば休日の職員に労働させることができることになっている。

 コルヴァという国の大きな収入源・資源口が無くなり、王都ギルドの働きが重要となった今、国は一も二もなくそれを認めた。というよりは国による半強制的な命令だ。

 国が総力を挙げてコルヴァの魂の救済に努めたとしても、コルヴァの復興が始まるまで後9か月はかかる。それまでの間全ての休日を返上させられる可能性すらある。如何にして楽に生きるかが人生の最大の焦点であるフィリにとって、それは正に地獄の未来だ。


 そして、他にも辛いことがあった。それは、祖父の権威が通用しない点だ。他でもない祖父のロウリー自身から甘やかさないように通達されるとは、フィリにとって全くの想定外であった。

 そのため、受付業務以外にも雑用を色々と押し付けられるし、失敗すれば毎度怒られてしまう。完全にギルド内カーストで最下位に位置してしまっていた。


 そういうわけで既に身も心も疲労でボロボロになっているフィリは、一刻も早く家に帰って体を休めたい。そのために、ギルドを出たフィリは家への最短ルートである露店街を歩く。しかし、そこでフィリは最も面倒くさい人物と出会ってしまった。


「おお、フィリちゃんじゃないか!こんな所へ一人で来るだなんて、まさか俺に会いに来たのか?」

「うげぇ……」


 立ち並ぶ露店の中に、絨毯の上に謎のガラクタを並べている店が一つ。そして、店主として絨毯の上にあぐらをかいていたのは、初出勤の日に言い寄られ、フィリが苦手意識を持っている、バスタバだった。初日以降も毎日わざわざフィリの受付の列に並んでは愛の言葉をぶつけてきて、珍しく今日はギルドに来なかったと思ったら、待ち構えていたかのようにフィリの帰路上を陣取っているのである。気分が最悪になり、それが顔に出ることを隠す気すら起こらない。


「おーおー、せっかくの可愛らしい顔をそんなに歪めてどうしたんだ?」

「どうもこうも、ここまでストーカーされたらこんな顔にもなるわよ……」

「ち、違う!俺はフィリちゃんに出会う前からここで店をやってたんだ!だから、断じてストーカーなどではない!むしろ、ここに私が居ると知ってフィリちゃんの方から会いに来てくれたと言った方が」

「もーそー話はもうお腹いっぱいなのよ。それじゃ、ばいばい」


 変態に構っている心の余裕なんて無い。フィリがうんざりした顔で立ち去ろうとすると、バスタバは慌てて立ち上がり、フィリを引き留めに掛かる。


「ま、待て、今のは冗談だ。フィリちゃんは大分疲れているようだから、少しでも気を安らげようと」

「疲れてる原因の一部はあんたなのよ。ギルドで毎日毎日気持ち悪いこと言いに来るせいで」

「な!?気持ち悪い!?そ、そうか、俺の愛言葉はフィリちゃんには迷惑だったのか……。いつも最後まで聞いてくれるから喜ばれているものと思っていた」

「だって、客相手には丁寧にしないと後で先輩に怒られるし」

「そうだったのだな……。それは本当に申し訳ない。俺はずっと勘違いしていた」

「え、普通に謝ってくれるの?」


 頭を下げて真摯に謝ってくるバスタバを、フィリは意外に思った。


「悪いと思ったら謝るのは当然だろう。君は俺を何だと思っているんだ?」

「んーっと、人の話を聞かないウザい奴?」

「なんと辛辣!そんな悪印象を持たれていたのか。だが、今の素の反応、ギルドでの皆に等しく振りまく愛想笑いなどよりは大いに価値があるな!ハーハッハ!」

「えっと、頭大丈夫?ていうか、ここで何してるの?」


 普段の鬱憤ばらしとばかりに塩対応を決め込んでいるのに、豪快な笑いで返された。それにより、フィリはバスタバのことが苦手であると再確認させられた。

 ただ、苦手ではあっても嫌いではない。第一印象のギルドでチンピラ冒険者に絡まれた時に誰よりも早く助けようとしてくれた点は、フィリも好印象を持っている。第二印象以降が悪すぎたのも先程の謝罪で多少中和された。

 だから、本来なら逃げ去るところ、少しならバスタバの相手をしてやってもいいかと思い、尋ねた。


「やはり気になるか!ここはバスタバ印の道具店だ。普段作っているおもちゃの材料の端切れを使って作った日用品を売って小銭を稼いでいるのだ」


 バスタバが自慢げに手をかざした絨毯の上には、一見ガラクタにしか見えない謎の物品が多数転がっている。だが、良く見ると材質が不揃いで変に見えるだけで、コップや小物入れなど、確かに実用性のありそうな道具であると分かる。


「へー、結構器用なのね。てか、おもちゃ職人なの本当だったんだ」

「おや、やはりフィリちゃんはこんな物好きしか買わないガラクタよりも、おもちゃの方に興味があるのだな?それでこそ、俺が好きになったフィリちゃんだ」

「またそうやって子供扱いして!一端のレディに対してそれは失礼だって分かりなさいよ!」

「む、俺は子供心を忘れないのは美点だと思うのだがな。まあ、そうカリカリせずに、おもちゃの方も見ていくがいい。普段子供たちには一つずつ配っているが、フィリちゃんには好きなものを好きなだけ持っていってもらっていい!」

「ほ、ほんとに!?ま、まあ別に欲しくなんてないけど、見るだけ見てあげてもいいわ!」


 まんまとおもちゃに釣られたフィリ。口では仕方なくを装っていても、口角は上がっていてバスタバが背後から持ち出した袋の中身に興味津々なのが丸分かりだ。疲れで光を失っていた瞳も爛々と輝きを放つまでになっている。

 だがそれも束の間、その袋が広げられた途端、フィリの目は点になる。その理由は明白だった。バスタバが見せびらかしたのは、木片や布がぐちゃぐちゃにくっ付き合った、歪な何かの数々だったからだ。


「……なにこれ、呪いの人形?」

「な、何を言うか!どこからどうみても木のロボットだろう!?」


 フィリがそれらの中から、手のひらくらいの大きさの人型をしているものを汚いものでも触るように摘まみ上げると、バスタバは焦って言い返す。だが、フィリの顔はピーマンを食べた時よりも苦々しげに歪んだままだ。


「ほ、ほら、このボタンを押すとだな、水の流動の刻印が発動して……。なんと、自ら歩き出すのだ!」

「ほー、へー……」


 バスタバの言う通り、ロボットは2本の足で地面の上を歩き出した。それでも、フィリの心には刺さらない。フィリの家は金持ちであるため、もっと精巧な動く人形をいくつも所有している。それに比べてこのバスタバ製のロボットは、やつれたネズミのようなヒョロヒョロの形状にぎこちない動作、そして……。


 カタンッ


 数歩歩いた先でバランスを崩し、地面に倒れてしまった。


「あー……」

「な、何故倒れる!?いや、こ、これは違くてだな……」

「もういい、あたしの貴重な時間をこれ以上奪わないで」


 あまりの粗末さに、フィリは一気にテンションが下がってしまった。楽しいものであるはずのおもちゃに、逆に気分を害されるとは思っていなかった。

 他の物も見るからに面白味のない、おもちゃと呼ぶべきでないような低品質の物ばかりであり、フィリは今度こそ立ち去ろうと決めた。

 そんなフィリに、バスタバは人の目も憚らず、驚きの行動に出る。正座をして地面に頭を擦り付ける、土下座のポーズだ。


「ま、待ってくれ!確かにこのロボットは品質が最低で、他のおもちゃも出来が悪くて子供たちにも不評だ!だが、それでも俺は立派なおもちゃ職人になりたいんだ!国、いや、世界の宝である子供たちの笑顔の為に!」

「ちょっと、おかしなことしないでよ!絶対あんたにおもちゃ職人は向いてないし、そもそもアタシには関係ない話でしょ!」


 フィリは後ずさってドン引きを表すが、それでもバスタバは主張を続ける。


「確かにフィリちゃんには関係ないが、俺にはフィリちゃんしか居ないのだ!初めてなのだ、初対面の女性に対して、この者と共にあれば俺のおもちゃ職人としての道が高みに昇ると直感したのは!頼む、俺の側で行く末を見守ってくれ!」

「ほんと意味分かんない!けど!この際だから言っておくわ。あたしには心に決めた人が居るから!あんたなんかよりイケメンで、賢くて、超クールな男よ!」

「なんだとぉ!?そ、その男とはもう恋仲なのか!?」

「え、えぇ!想いは伝え合っていないけど、そりゃもうラブラブでそうなるのも時間の問題よ!」


 いつもよりも心の籠ったバスタバのプロポーズに、今は本気であるのが伝わる。そんなバスタバに諦めさせようと、フィリはキッパリとカミングアウトする。

 心に決めた人とはもちろんエヴァンのことであるが、ラブラブなどというのは完全にフィリの思い込みである。その盛られた部分はバスタバにはかなりのダメージとなったが、それでも彼は食い下がる。


「そ、それなら、まだ俺にもチャンスはあるということだな!?ならば、俺の傑作中の傑作をフィリちゃんにプレゼントしよう!だから、俺にも少しチャンスをくれ!その間にフィリちゃんの中での一番の男になって見せよう!」

「もうおもちゃはいいわよ。そんなんであたしの気持ちは揺るがな……、わあっ、きれい!」


 断固拒否の姿勢を取るつもりだったフィリだが、バスタバが豪華な装飾が施された箱から取り出した品を見て、思わず歓声を上げてしまった。

 それは、一辺が20cmくらいの木の箱で、所々に丸いガラスの小窓がある。その小窓からは複数種類の色の光が外に漏れだし、バスタバが側面に付いたボタンを押すと、心地よい子守歌のような音楽が流れ、小窓から漏れる光が順々に色を変えていく。目でも耳でも楽しめるその優雅なおもちゃは、他のバスタバのおもちゃとは一線を画す出来であり、目が肥えているフィリであっても見たことのない類の逸品であった。


「どうだ、これなら見る価値があるだろう?回る台座の上に活性化させた精霊を安定させたものを配置して、小窓から精霊の光が溢れるようにしたのだ。精霊は上位個体ほど光の強さも増すが、この箱の中に入っているのは各属性でも選りすぐりの上位個体だ。その輝きは最高にロマンティックで、回転を利用した音楽の再生機能も相まって癒し効果が高い。分類するならオルゴールと呼ぶべきだろうが、特筆すべきはやはり精霊による装飾であるし、なんなら動かさずに照明として使っても良いぞ!」

「これは確かにすごそうかも……。あんたのこと見直しちゃいそうなくらい」

「そうだろうとも。これでフィリちゃんの心を動かせないのでは、俺も流石にこの道を引退しなければならなかっただろうな」

「こんなもの、本当にもらっていいの?」

「男に二言はない。が、俺にアピールチャンスくれるという約束は守ってもらうぞ」

「そういえばそうだったわね。しょうがないからイヴ君に想いを伝えるのは待ってあげる」

「ぐおぉぉぉ、フィリちゃんの意中の相手はイヴ君というのか。俺もバッ君とか呼んで欲しい!」

「それはなんかヤダ。ちょーしに乗らないで、バスタバ」

「おお、呼び捨てもそこはかとない信頼が感じられて良いな」

「やっぱしばらくは『あんた』呼びにしようかな……」


 適当にあしらいつつ、バスタバからオルゴールを受け取る。


(ま、なんにせよ、儲けね。こんなに良い物をタダ同然で貰えるなんて)


 心の中でそうニヤつくフィリ。その気持ちは心の中では押し留まらず顔にも出てしまっているのだが、バスタバはそれを見ても喜んでもらえているのだと嬉しそうに頷くだけだった。


「その笑顔が見られれば、俺もまた頑張れるというものだ。あ、一つ注意しておかなければならないことがあったな。上に付いているボタン二つを同時に押すと……」

「押すと何かあるの?えいっ」

「あ」

「え?」


 重要なことを話そうとしたバスタバだが、最後の方しか聞いていなかったフィリは、面白いことが起こるのかと勝手に思い込んで、箱の上面に付いていた二つボタンを押してしまった。

 それと同時に、箱の蓋になっていたらしい上面がパカッと開く。バスタバが顔を真っ青にして固まっている。そして、箱の中から赤、緑、金の光の玉が飛び出して、西の空へと飛んでいった。


「うおあぁぁぁ!苦労して集めた精霊が!」

「え、えぇぇぇぇ!?ど、どうしたらいいの!?」

「蓋だ、蓋を閉めろぉ!早く!」


 指示をしながらも、結局バスタバ自身が先に動いてオルゴールの蓋は閉じられる。


「な、なんということだ……。俺の最高傑作が……」

「え、えっと……。ごめんなさいぃぃぃ……。バスタバの大切なものが……」


 おもちゃ作りに並々ならぬ熱意を持つバスタバの、よりにもよって最高傑作を壊してしまったことで、フィリは怒られる恐怖から泣き出した。

 精霊の喪失は確かにバスタバにとってショックではあったものの、それ以上にフィリの涙がバスタバの心にグサリと刺さる。


「な、泣かないでくれ!それはフィリちゃんにあげた物なのだから、俺に謝る必要はない!」

「うぅ、でも、でもぉ……」

「良いのだ良いのだ。だが、このままではせっかくのプレゼントが台無しだから、一度俺に返してくれないか?全ての精霊が無くなった訳ではないし、作り直してから再度渡させて欲しい」

「怒ってないの……?ぐすっ、うん、分かった……」


 素直にフィリからオルゴールが返され、バスタバは優しい表情でフィリの頭を撫でる。

 こういうまともな所を他の冒険者に見てもらえばロリコンだのヤバい奴だの言われずに済むはずなのだが、日頃のおもちゃ配りの絵面が絵面なため、風評はどうしても悪い方に傾いてしまうのだ。

 蛮族のような毛深い顔つきも、黙って真面目を気取っていれば精悍に見える。今まさにバスタバは真面目モードに移行して、今起こった奇怪な点について考えを進めていた。


(それにしても、開いた瞬間に精霊が出ていってしまうとは。活性状態の精霊は、精霊と未契約で且つ理力が自身の強さと釣り合う人間の元へ向かうが、逆を言えば条件に合う人間が居なければ精霊は動かない。現に他の3体は箱の中に残ったままであるし。では、飛び出した3体は一体どこへ向かったのだ?上位精霊が飛び付くような理力の持ち主が未だに精霊と契約していないわけが無いのだが)


 バスタバは知らない。精霊が飛び去った西側にある廃ダンジョン都市のコルヴァに、上位精霊と釣り合う理力を持った者たちが異世界からやって来ていることを。


(これは精霊に関する知識を再勉強する必要がありそうだな)


 最終的に、自身の勉強不足という結論に行き当たり、バスタバは一流のおもちゃ職人への道がまだまだ長いと嘆いたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ