14.フィリ・セアダズル~主人公サイドが強すぎたお馬鹿悪役令嬢、大逆転後の末路~
もう一人の主人公、フィリ始動
サイドストーリーではなくがっつり本編です
≪エイデアス 4/1(月)7:40≫
王都ローザリアは十字の大通りによって区画が分けられている。その左上の区画で最も存在感のある施設であるギルド本部は、とにかく巨大な敷地面積を誇る。初めてこの王都を訪れた者からすれば、これが王城かと誤解してしまうほどの威風を放つ佇まいだ。
その誤解を加速させてしまう原因として、正面の巨大な門を入った先にある巨大な庭園の存在は大きいだろう。街路から扉をくぐってすぐに受付と対面する支部ギルドとは異なり、手入れの施された花壇や薔薇のアーチの間を通り抜けてからやっとギルド内のエントランスへと繋がる扉と邂逅するのだ。
また、庭園内の各所には、歴代ギルド総帥の像が建てられている。伝説級の偉業を成し遂げた冒険者、あるいはギルド職員だけが成れる総帥の地位は冒険者たちの憧れであり、ギルド本部を本拠地とするプライドの高い冒険者たちも、伝説の人物たちの像を前にすれば萎縮せざるを得ない、少なくとも像が建てられた意図としてはそれが狙いだ。実際のその効き目は充分とは言いがたく、横柄な冒険者の往来が絶えずとも。
そんな像の群れの中の一つに、ギルドという少々厳つい場所には不似合いな小さな少女が駆け寄る。いや、駆け寄るというよりは助走をつけて突撃している。
「とうっ!!」
その像の真下で力強く左足を踏み込み跳躍、右手を上に思いっきり伸ばす。その指先が、差し伸べられた像の手のひらを掠める。朝日を受けて白金色に輝く長い髪に風をふわりと含ませながら着地した少女は満足げに唇を震わせた。
「やったわ!自分でおじいちゃんの像とハイタッチできるだなんて、あたしって立派になったわね!」
その像のモデルは、現ギルド総帥のロウリー・セアダズルである。彼を『おじいちゃん』と呼べる人物はこの世でただ一人、彼の孫娘であるフィリ・セアダズルのみだ。
職業学校でアンナを蹴落としギルド科の最優秀者に成り代わったフィリは、この日、初の出勤日を迎えギルド本部にやってきたのである。
フィリが幼い頃から通ってきたこのギルド本部は彼女にとって夢の城となっている。お菓子をくれるギルド職員、冒険譚を自慢気に話す冒険者、そして一緒に遊んでくれる子供たち、その中の愛する人。色褪せない思い出の場所だ。
(あたしからこのお城を奪おうとするだけじゃなく、イヴ君まで惑わそうだなんて、本当に身の程を知らないあんぽんたん女だったわね。イヴ君があたしじゃない他の女に惹かれる訳が無いのに!)
フィリはアンナに最後の最後で逆転勝利した達成感を何度も反芻して楽しんでいた。
(後はイヴ君に愛を告げることができれば完璧だったんだけど、卒業式後に見つけれないのは想定外だったわね。一体どこに居たんだろ?ま、あたしとイヴ君は赤い糸で結ばれてるし、『けっこんしょ』もあるんだもん。邪魔者は排除できたんだから焦らなくてもいっか♪)
エヴァンが校舎裏でアンナを待ち続けていたことなど露知らず、パンケーキが詰まったようなお気楽な脳でエヴァンとの心の距離を計っていた。実際は卒業式の日に告白をしていたとしてもエヴァンの心に届くはずも無かったこと考えると、会えなかったことは彼女にとって幸運だったと言えるかもしれない。
ちなみに、『けっこんしょ』というのは、ギルドの受付で遊んでいるときにエヴァンの名が書かれた依頼受注用紙を勝手に書き換えて自分との婚約を示す物だとフィリが至極勝手に言い張っているだけの、何の価値もない紙切れのことだ。フィリはそれを今も宝物入れで大事に保管している。
上機嫌のままフィリはギルド内に入る扉を勢いよく開け放つ。
「あら、フィリちゃん、いらっしゃい。今日は一人で来たの?」
受付カウンターを拭き掃除していた、落ち着いた雰囲気の女性が、フィリの姿を見てそう尋ねる。
「そうよ、エリシラ。なんたって、今日からここが私の職場なんだから!」
「ふふっ、分かってるわ。ちょっとからかっただけ」
腰に手を当ててドヤ顔を決めるフィリに、エリシラは微笑みを返した。
エリシラは王都ギルド勤続20年のベテラン職員であり、フィリが今よりもずっと小さい頃から何度も遊び相手を務めている。
「それにしても、びっくりしたわ。まさか、あのフィリちゃんが、最優秀成績を取ってこの王都ギルドに配属されるだなんて。お勉強、頑張ったのね」
フィリのことをよく知るエリシラは、当然フィリの頭の悪さを知っている。だから、その言葉には含みがあった。
だが、当のフィリはその含みには気付かず、エリシラに認められて嬉しがるだけであった。
「ふふん、すごいでしょ!」
「ええ、すごいわ。でも、ここで働く新人になったのなら、ちゃんと敬語を使ってね。間違っても他の先輩やお客の前で今みたいな態度を取っちゃダメよ?」
「え?えっと、は、はい!?」
いつも底無しに優しくしてくれるエリシラから、何かピリリとした気を感じ、フィリは困惑を覚えながらも姿勢を正した。
「うんうん、それで頼むわね。それじゃ、もうすぐ朝礼が始まるから、早く制服に着替えてらっしゃい」
「うん、じゃなくてぇ、はい、分かりました……?」
以前のように甘やかしてもらえると思い込んでいたフィリは、エリシラの距離感のある接し方に戸惑わずには居られなかった。別に邪険にされた訳ではないが、昔との差は歴然で心にチクリとした痛みが走る。
(エリシラ、今日は機嫌が悪い日なのかしら?そうよね、昔はあんなに私に良くしてくれてたんだから……)
フィリが自分にそう言い聞かせながら更衣室で着替えを済ませると、程無くして朝礼が始まった。係長の男が挨拶をしてから、連絡事項を話し始める。
「えー、今日からフィリ・セアダズルさんが私たちの仲間に加わります。彼女がギルド総帥の孫であることはご存じの方も多いでしょうが、甘やかさずに立派な職員に仕上げてくれ、と総帥からの指示が出ていますので、一新人としての扱いを徹底してください」
皆の注目がフィリに集まる。フィリは彼らの口から紡がれる言葉に期待を持った。すごい、かわいい、来てくれて嬉しい、そういったいつもの賛辞を浴びて気持ち良くなろうと。
が、他の職員たちは黙ったまま軽く頷いて、すぐに係長へと視線を戻してしまった。
「えー、他に連絡事項は特にありません。今日も忙しくなることが予想されますので各自急いで持ち場に入ってください。よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
(え?え?)
締めの挨拶を終えると同時に四方へと駆け出す職員たち。そのあまりもの勢いにフィリは呆然と立ちすくむしかなかった。
思い描いていた初出勤とは全く異なる展開。幼い頃のギルドでの砂糖菓子のような甘い思い出との食い違いが激しすぎて、フィリが硬直してしまうのも無理が無いのかもしれない。
だが、現実は非情だった。昔、ギルド職員がフィリに良くしていたのは、当時フィリが立ち入っていたギルド受付に『総帥孫娘接待係』なる当番が存在していたからなのだ。
ギルド総帥のロウリー・セアダズルは厳格な人物として知られていて、当人に対する接待は逆に怒りを買う恐れがあった。
だが、孫のフィリに関しては別だ。接待だろうとなんだろうとフィリを喜ばせればロウリーも喜び、彼の受付への心証が良くなる。総帥の心証が良くなれば当然待遇にも色を期待できる、という打算があった。
そうは言っても、誰もフィリを嫌ってなど居なかったし、仕事中に子供の相手をすることで癒しを得ている職員も多かった。フィリの愛らしい容姿も相まり、当時は確かにギルドのアイドルではあったのだ。
だが、今は時期が悪かった。今は職員の誰もが多忙なのだ。主に、魔物素材の供給源であるダンジョン都市コルヴァの3か月前からの機能停止が原因である。
簡単に言うと、今までコルヴァと分け合っていた魔物素材関連の依頼のほぼ全てが、この王都のギルド本部へと集中してしまっている。王都のギルドを拠点にしている冒険者は、かつてコルヴァで活躍し大金を稼いだ実力者が多く、コルヴァのダンジョンで狩れる魔物の素材を依頼する相手としては適任だ。プライドが高く少ない金では動かないため依頼料は嵩むが、この供給が不安定な時勢に早さと確実性が得られるのであれば依頼する側としても呑める範囲であった。
そういうわけがあって、本部には依頼が殺到。需要過多による依頼料の更なる高騰もあって、久々に稼ぎ時が来た、と悠々王都生活を満喫する冒険者も次々と重い腰を上げた。
増える依頼受注。それらの事務処理、受付業務を行わなければならないギルド職員に、新人に気を配っている余裕など無かった。今の彼らが新人に求めるのは、即戦力たるかどうかであり、アイドル性や総帥の身内であることなどは微塵も興味が無いことであった。
「フィリさんはこっち!」
若い男の職員がフィリに向けて素早く手招きをする。比較的新しい職員で、かつてギルドに入り浸っていたフィリも彼のことを知らない。
硬直していたフィリも呼びかけには一先ず応じる。いつまでも突っ立っていても仕方ないからだ。
男性職員に呼ばれた先、そこはカウンター裏で、事務机の上に大量の紙の束。昨日持ち込まれた依頼外魔物素材の買取用紙である。冒険者たちは依頼で必要な素材以外にもついでに魔物を狩ってくるため、その買取もギルドが行っているのだ。
「計上の仕方は分かるよね?こっちの表に買取用紙にある各素材の総数を計上表の方にまとめて、単価に掛けて支出総額を出すだけだから。それじゃ、よろしく!」
「え、ちょっ……!」
男性職員はフィリに格子状の線が引かれた集計用の紙を渡して、すぐに自分の机へと駆けて行った。残されたのはフィリ、そして目が錯覚を起こしそうな縦横線だらけの紙。
自分と大して歳が変わらなそうな男子からの雑な扱いに、フィリもそろそろ怒りが湧いてきそうだった。だが、ふと積み上げられた買取用紙に目を落として、そこに書かれているものに怒りなど引っ込んでしまった。
「なにこれ……。阿修羅ゴーレムの目、ひゃくさんじゅうご……?単価が、一、十、百……、えと、何ケタ?」
それは、一つの冒険者パーティが持ち込んだ素材である。そして、フィリに求められる仕事は、昨日持ち込まれた阿修羅ゴーレムの目の数と支払額をそれぞれ全て合計し、間違った支払いが無いかを確認し、総支出額を算出することだった。
これらの仕事は、学校で何度も練習させられるものだ。だが、学校で練習させられるものとは桁数が違う。いや、学校ではちゃんと二桁以上の掛け算も教えられるため、それを応用すれば計算は可能なのだが、授業をまともに受けていなかったフィリには、二桁以上の掛け算などできるはずもなかった。
空っぽの脳を沸騰させながら、何とか集計しようとするフィリ。だが、ただ阿修羅ゴーレムの目の個数を合計するだけでも、二時間を要してしまった。本題の支払い額には全くの手付かずで、計上表の半分以上が白紙のままだ。
「終わった分を回収しに……。え?なんでこんだけしか進んでないんだ?何か分からないところでもあったか?」
フィリの仕事の確認の為に戻ってきた男性職員が、その進捗の無さに目を丸くする。自然と声にも圧が掛かる。
「えっとぉ……。数字が大きくて、頭がパンパンになって……」
「いやいや、君もギルド職員科で最優秀だったんだろ?なんでこれくらい出来ないの?てか字も汚いし、これじゃ上に提出できないよ」
この本部に配属された時点で、普通の新人と見なされることはない。働き始めた時点でエリートであり、求められる最低限こなせる仕事のラインも当然高くなる。学校で真面目に授業を受けていれば確実にこなせる程度の仕事内容、それが出来ていない時点で彼の中には嫌な予感が漂い始めていた。
男性職員の刺すような態度に、フィリは慌てて弁明しようとする。
「あ、あの、あたし、計算は、計算だけはたまたま特別苦手で……。その、受付なら得意です!」
「なんだそりゃ。苦手ったって限度があるだろ……。それで最優秀って、今年の卒業生はレベルが低かったのか?……まあいい、これなら受付の誰かと代わってもらわないと仕事にならないや」
嫌な予感が的中したことに溜息を吐きながら、男性職員は頭をポリポリと掻いて面倒くさそうに受付の方へと歩いて行った。それに合わせてフィリも受付の方に目を向けた。
そこでフィリは、信じられない光景を目にする。
(え……?何?何なの!?このとんでもない人の列は!)
受付の前に並ぶ、人の長蛇の列。複数ある依頼者用受付と依頼受注者用受付、そのどれもが出入口の向こうにまで列が続いていた。列の全貌は受付越しでは知る由もないが、その応対が地獄であることは確約されている。
何度もここを訪れたことがあるフィリも、ここまでの行列は見たことが無かった。苦し紛れに受付が得意と言ったことを、まさか一分もしない内に呪いたくなるとは思いもしなかった。
「彼女が代わってくれるって」
「本当はこんな人の山を新人に捌かせるわけにはいかないんだけど、フィリさんが得意だって言うなら任せるね。私、受付あんまり好きじゃないから助かるなあ」
無かったことにならないかと祈るも、男性職員が受付に居た女性職員を連れて戻ってきて、フィリの命運が尽きる。女性職員は地獄から解放されたような満面の笑みだ。
「あははは……、あたしに任せといて……ください」
乾いた声でそう言うフィリは、もはや半泣きである。得意と言い張ってしまった以上、今更取り下げることなどできないのだ。もし取り下げれば、無能のレッテルを張られるだけでなく、ホラ吹き認定までされてしまう。
(うぅ……。こんなはずじゃ無かったのにぃ……。アンナ・ガーネットさえ蹴落とせば後は上手くいくはずが……)
仕事がここまで大変だとは考えておらず、徐々に現実が見え始めたフィリ。泣き言を心で唱えながら、それでも受付に立たざるを得ない。
フィリが受付業務が得意だと言ったのは嘘を吐いたわけではない。幼い頃に遊びに来た際によく受付の仕事を横から見ていた。そして、受付ごっこで遊んだ名残でそれは楽しいものだという先入観があり、学校での受付演習もそこそこまともに取り組んでいた。依頼受注者受付に関してはあまり小難しい段取りもないというのも、フィリにとっては良いことだった。だから、演習通りであれば業務自体はこなせるはずなのだ。しかし……。
「あぁん?なんで急にガキが受付に立ちやがったんだ?ふざけてないでさっさと依頼受けさせろや」
「ひぃぃ!?」
窓口越しにいきなりスキンヘッドの巨漢に凄まれ、思わず悲鳴を上げるフィリ。
「ケヒヒヒ、兄貴、きっと人手不足なんでさぁ。天下のギルド本部サマがガキに仕事を押し付けるたぁ、落ちたもんだな!」
スキンヘッド男と一緒に並んでいたモヒカンの男が、気味の悪い笑顔で嘲る。
子供にしか見えない容姿のフィリ、そして長蛇の列で待たされ煮え立つ冒険者。プライドの高い者からすれば、ギルドからの煽りだと捉えてしまうのも仕方の無いことだった。
「そ、その……。依頼書の確認をするので出してください……」
「なんだってえ?聞こえねえなあ?もっと大きくなってからじゃねえとちっこくて顔しか見えねえしよお。あ、なんならおじちゃんが持ち上げて高い高いしてやろうかあ?」
モヒカン男がひたすらに煽り散らかし、その横でスキンヘッド男が静かに怒りを募らせていくのが分かる。
周りにいる他の受付嬢は、皆それぞれの客の相手に手一杯で、或いは見て見ぬふりで手を貸してくれそうにもない。
助けを求めようにも、恐怖で頭が真っ白になり、言葉を発しようとする口からはハァハァと荒い息が漏れるだけだ。
(た、助けて、イヴ君、イヴ君!)
心の中でエヴァンの愛称を叫ぶも、それが本人に届くわけがない。届いたとしても、今のエヴァンはアンナの行方を探すことに全力であり、フィリに構うことは決してありえない。しかし。
「その子、怖がってるじゃないか。良い大人のすることじゃないな」
スキンヘッド男の後ろから、フィリたちのやり取りに割って入る声があった。
「うげ、て、てめえは!」
「……イヴ君?じゃない、誰??」
フィリは心に思い描いていた人物が来てくれたのだと目を輝かせる。が、その声の主は整った顔立ちのエヴァンとは似ても似つかない、蛮族のようなゴツゴツした顔つき、体つきの男だった。
「怖かっただろう?だが、俺が来たからには大丈夫だ!」
男は豪々と伸び広がる縮れた茶髪を掻き上げながら、フィリにウィンクする。
フィリからするとやはり、誰?と困惑するしかないのだが、お陰で恐怖の方は薄れる。そして、逆にチンピラたちが彼に恐れ慄く素振りを見せたことで、すごい人が助けに来てくれたんだ、と勝ちを確信した。しかし……。
「あ、あなたはすごい冒険者なんですね!この怖い人たちから助けてください!」
「冒険者?何を言っている。俺は今代きってのおもちゃ職人、バスタバだ」
「え?おもちゃ職人?」
縋ろうとしたフィリの目が点になる。
おもちゃ職人。その名の通り、おもちゃ、子供の遊び道具を作る職業。当然冒険に出るような職種ではない。
「……ここ、依頼者受付じゃないですよ?」
「分かっているとも。だが、おもちゃ職人が依頼を受けてはいけない摂理は無い!」
「気を付けろ嬢ちゃん!そいつは『ロリコンのバスタバ』だ!ガキしか恋愛対象にしないイカれ野郎だ!助けた振りして後でヤベえことされんぞ!」
「後、おもちゃ職人ではなく落伍冒険者だ。道で出会った子供に怪しげなおもちゃを配って懐柔しようとはしているがな」
「??えぇ?どゆことぉ?」
フィリが一度に理解するには情報量が多すぎた。バスタバという男が味方でチンピラたちが敵。そのはずだったのが、何故かチンピラたちにバスタバには気を付けろと注意され、フィリは何がなんだか分からなくなる。
「勘違いしてくれるな。俺は子供の笑顔が好きなだけでロリコンなどではないし、助けに入ったのも純粋なる善意……、むっ!?君、よく見たら俺の好みドストライクだ!俺と結婚してくれ!」
「ひいぃぃぃぃっ!?寄らないで変態!」
バスタバが突如フィリにずいっと詰め寄り求婚したことで、フィリはスキンヘッド男に睨まれた時よりも大きな悲鳴を上げた。
「な、何故だ!?どうしてそんなに嫌がる!?俺の何が駄目だというのだ!」
「ほんとに寄るなあぁぁぁ!!あたしはもう立派なレディだから、あんたの好きな子供じゃないのよ!分かったら今すぐ離れて!」
「君が年齢的に大人なのは知っている!が、君の心はまだ子供だ。その年でまだ子供心を忘れていない奇跡!それを俺は好きになったのだ!」
「失礼ね!あんたにあたしの何が分かるのよ!子供子供って、こないだピーマンを食べれるようになったんだから!これ以上気持ち悪いこと言ったらおじいちゃんに言いつけるわよ!」
とうとう問題のチンピラ達を蚊帳の外に、ギャイギャイ言い合い始めるフィリとバスタバ。騒ぎが大きくなり、周りの受付嬢も流石に迷惑だと止めに入ろうとする。
が、その前に鶴の一声が入る。
「そこまでにしておけ、バスタバ。少しは周りの迷惑も考えられるようになってくれ」
そう言って現れたのは、銀色の弓を背負った銀髪の美青年だった。フードの下に隠れた中性的な顔立ちと、それと同じく中性的のな涼やかな声。その声に、渦中のフィリたち以外の人間すらもお喋りを止めて静まり返った。
そんな中、チンピラたちがポツリ呟く。
「『星霜の矢』、やっぱり来ていたか……!」
「やべぇですぜ兄貴、バスタバに喧嘩を売ったと思われりゃ俺たちが殺されちまう!奴が居るからバスタバと関わっちゃいけねえんだ!」
「ッチ、今日のところはずらかるぞ。星霜の矢に射られた者は人間だろうと魔物だろうと塵すら残らねえからな。分が悪すぎる」
チンピラたちは銀髪の青年の姿を見るや、せっかく長く並んだ受付をあっさり捨ててギルドから逃げるように出ていった。
銀髪の青年は何もしていないが、この青年の影響であることは誰の目にも明らかである。この場に居る他の人間はこうなるのが当然といった様子だ。唯一フィリだけが状況を飲み込み切れていないが、それでもこの青年に助けられたことまでは把握できた。
「あ……、ありがとうございます……?」
「どういたしまして。いきなりあんな輩に絡まれて、怖かっただろうね。大丈夫かい?」
「まあ、はい。お陰で……」
フィリは青年の顔をポーっと眺める。顔も言動もイケメン。他の上級冒険者と比べても別格な強者の風格。こうして助けられれば、一発で恋に落ちてしまうのも無理もない。
が、フィリが呆けているのは恋によるものではない。フィリはこの青年に対し、何かちぐはぐな印象を受けている。超直感的に受け取られるその奇妙なズレに、フィリの脳がフリーズ気味になっているのだ。
「レックス、良いところだったのに邪魔をするな」
「邪魔なのはお前だ。ここは受付だ。喧嘩だろうと求愛だろうとやるなら外でやれ」
「ぬぅ。ならば、愛しき少女よ、俺と共にデートを。欲しい物があればなんでも買ってやるぞ!」
「馬鹿、フィリ嬢は仕事中だ。それに僕たちは今からダンジョンに行くのだから、そんな時間はない」
「お前が外でと言うから誘っているのに!……ところで、フィリ嬢、とは?この子はフィリちゃんと言うのか?レックス、お前はこの子のことを知っているのか!?」
青年はレックスと呼ばれた。二人のやり取りからバスタバの仲間であることは間違いない。野人とスーパーイケメン、不釣り合いな二人だとフィリは思う。
「ああ、あの頃はまだお前とは組んでいなかったな。8年くらい前になるか、フィリ嬢はよくこのギルドに遊びに来てたんだ。まあ、僕自身が遊んだ訳ではないし。この様子だとフィリ嬢も僕を覚えて無さそうだが」
「全く記憶が……。それよりも、8年前……??レックスさん?は若そうですけど、8年以上前から王都のギルドを拠点にしてたんですか?」
普通、王都に居る冒険者は一度地方で活躍し大成功を収めた一流だ。まだ20代前半に見えるレックスがそんなに昔から王都を拠点にしているのはどうにも奇妙だ。
「若いのは見た目だけさ。僕はエルフだからね。ほら、これが証拠だ」
フィリの疑問に答える為に、レックスはフードを取ってエルフの特徴である長い耳を露にする。それと同時に晒された美顔に女性職員や女性冒険者が色めき立った。更に、自身の身分証を差し出して、年齢の部分を指し示した。
「よ、440歳!?」
「あまり大声で言わないでくれ。年寄りだと思われるのも恥ずかしいからな」
「あ、ご、ごめんなさい。まさかここまでとは思ってなくて」
フィリもエルフの寿命が長いことは知っていたが、440歳は流石に予想外だった。何せ、この世界が生まれてからまだ530年しか経ってないと言われているのだから、レックスは歴史の生き証人とも言えるレベルの人物なのだ。
「おい、彼女の名前を知っているだけでなく、身分証まで出してアピールするとは、まさかレックスもフィリちゃんを狙っているのか!?」
バスタバが、二人だけで会話するフィリとレックスに、嫉妬心丸出しの横やりを入れた。
「そんな訳ないだろう。受付で身分証を見せるのは決まりだ」
「そうですね、バスタバ……さんも依頼を受けるのなら身分証を出してもらわないと」
「うっ、それは出来ん!」
「えぇ……?」
おかしな事態になったが、なんとか受付業務に戻れそうだとフィリは安堵する。だが、バスタバはレックスが身分証を見せたのがアピールだのなんだの言っていた割に、自分が身分証を見せるのを頑なに拒み出した。
「ふっ、こいつは落伍冒険者であることを知られるのを酷く嫌がるんだ。だから身分証を誰にも見せない」
「な、なんですかそのダサい理由……。レックスさんはよくこんなおかしな人と組んでいられますね」
「これでも腕だけは立つからな。身分証は大冒険者である僕だけが見せれば十分だろう?『大冒険者は自身の責任で如何なる者ともパーティを組みあらゆる依頼を受注することができる』、そういう規則だ」
「あ、あ~。そういえばそんな規則があったような~?てゆうか、えぇ!?大冒険者!?」
フィリは慌てて視線をレックスの身分証に戻す。その職業名の欄には確かに、冒険者の頂点たる大冒険者の文字が刻まれていた。
「それと、順番抜かしをするつもりはない。バスタバ、最後尾に行くぞ」
「ぐぬぬ、それはやむ無しだが……。俺を除け者にして自分だけフィリちゃんと仲良くしおって……!やはり顔か?世の中は顔なのか!?」
驚くフィリを気にも留めず、レックスはそっと身分証をフィリの手元から回収した。そして、バスタバの腕を掴んで扉の方まで引っ張っていく。
大冒険者ともなれば傲慢に列に割って入ったところで誰にも止められない、むしろ他の冒険者の方から場所を譲るほどの地位なのだが、レックスは律儀に後ろの方まで戻っていく。戻るどころか本当に最後尾から並びなおそうとまでしたのは元々彼らの後ろに並んでいた冒険者総出で止められ、元の位置から並ぶことになった。
それを見届けた後、フィリはへにゃりと受付テーブルに体を預ける。
「つ、疲れた……。受付なんて学校じゃ相手の身分証を写してハンコを押すだけのラクチンなお仕事だったのに。あんな変人の相手の仕方なんて知らないわよ……」
チンピラに絡まれ、変態のバスタバの相手もさせられ……。最早一仕事成し遂げたような疲労感だが、現実まだ何もしていない。依頼受注者の行列は一人も捌けていないままだ。
一息つく間もなく押し寄せる人の波を相手に半泣きになりながら、ひたすらに書類とペンを持ち換えるフィリ。ようやく昼休憩の時間になったころには、右手の感覚がほとんど無くなるほどに疲労しきっていた。
これで第一章は終わりです。第二章から色んなキャラクター同士が絡みコメディ度アップで話が進みます。
この作品を見つけてくれた方、追ってくれている方、ありがとうございます。面白いと思って頂けたならブックマーク、評価、感想を是非お願いします。大変励みになります。