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異世界人受付カウンター  作者: 唐科静玖
第一章 窮地の受付嬢と4人の来訪者
11/48

10.エヴァン・ザッカリア

≪エイデアス 530/3/30(土) 10:20≫


 時はアンナたちの卒業式の日まで遡る――。


 舞い落ちた桜の花びらが敷き詰められふわふわの絨毯のようになっている専門棟の校舎裏。一人の男子生徒、いや、もう生徒では無くなった卒業生が、散る桜吹雪をその身に浴びながら、約束の相手を待っていた。

 生徒会長であり、今年度卒業生最優秀成績者でもあったエヴァン・ザッカリア。成績優秀者として配属先の近衛兵のトップたる人物との対談を終えたばかりの彼が待つ相手、それは、ギルド職員科の卒業生であるアンナ・ガーネット。そして、彼女の兄であり自身の親友でもあるジル・ガーネットの二人である。

 エヴァンは普段、冷静で何事にも動じず対処することに定評のある人物だ。だが、この時ばかりは緊張の滲み出る顔つきを隠せないでいる。


(僕の想いに、アンナは応えてくれるだろうか?)


 伝えたい想い。そう、エヴァンは今からアンナに愛の告白をしようとしているのだ。

 そして、アンナに告白をするためには、兄のジルを倒さなければならない。いつからか学校内に広まっていたそのルールにエヴァンも則り、アンナの目の前でジルと決闘しようとしている。

 告白、決闘、それぞれが高い壁としてエヴァンの前に立ちはだかっていた。エヴァンがアンナを恋慕うようになったばかりの時は、どちらも成功は絶望的に思われた。しかし、今ではエヴァンの努力の成果が実り、告白も決闘も五分五分くらいの成功率だとエヴァンは目算している。


 アンナは会計になるための生徒会選挙の時、会長であるエヴァン狙いの他候補者達を蹴散らす為に、自分にはエヴァン狙いという不純な動機が一切ないことを公言した。それが功を奏してアンナが見事会計になったことはエヴァンからすれば喜ばしい反面、アンナと親密になる障害にもなっていた。任期中はアンナに告白しても断られるのは間違いない。だから、生徒会が解散する卒業の日まで待つことにし、それまではアンナとは仲を深め信頼を勝ち取ることに専念した。

 唯一のチャンスである今日ですら断られるのなら、最初からアンナを落とすことなど不可能だったと結論付けてもいい。


 そして、より問題なのはジルとの決闘の方だった。

 エヴァンとジルは兵士科の2トップ。組が違うため実際に戦ったことは無いものの、戦闘力ではエヴァンとジルは互角、知恵も持ち合わせるエヴァンの方が強い、というのが他の兵士科生徒たちの総評だった。

 平常時であれば、その総評は正しい。

 しかし、実はジルの強さには二段階ある。互角と言われるのが平常時、そして、ジルは特定の条件下では平常時の10倍以上の力を発揮する。その条件というのが『アンナの為に戦う時』なのだ。ジル本人は『愛の力』などとふざけた表現で片付けているが、理外魔法という魔法の一種だろうとエヴァンは推測している。

 何であれ重要なのは、アンナへの告白権を賭けた決闘の時、ジルの強さはエヴァンの10倍近くなるという訳だ。ただ強くなるだけでなく、触れたものを光の粒子に変えて消し去る『光る拳』も発動するため、守りの戦術が得意なエヴァンであってもエヴァンの攻撃を防ぐことは非常に困難なのである。

 その突破口を見出すため、一年間ひたすらジル対策を講じ、修行した。ジルのあまりに理不尽な強さに、決闘を突破する者は現れないと決めつけ、先を越される心配をせずに済んだのは幸いだった。後は、その対策が通じるかどうか、それだけである。



(それにしても、遅いな。卒業式はとっくに終わっているはずだが。まあ、アンナはギルド職員科の最優秀者だろうから、彼女もギルドのトップである総帥との対談があって時間が掛かっているのか。ジルはともかくアンナが僕の呼び出しを忘れているわけはないだろうし。すっぽかし……、いや、彼女との関係値はこの1年間で良い方向に進んでいるはずだから、呼び出しを受け入れておいて何も言わずに帰るなんてありえない。大丈夫、大丈夫……)


 二人がなかなか現れないことに心が動揺し、落ち着けるために来ない理由をあれこれ見出しては否定する、という思考を繰り返していた。常に彼の凛々しい表情しか見てこなかった他の生徒たちが今の不安そうな彼を見れば、目を疑うこと間違いなしだろう。


(今日失敗すれば、もうアンナと関係を保つのは難しくなる。そうなれば、彼女に救われた恩を返す機会も無くなるだろうな)


 エヴァンは目を閉じ、裏瞼(りけん)にアンナの姿を思い浮かべる。日の光を浴び、鮮やかに輝く赤い髪。彼の心の闇を照らした眩い宝石。


 エヴァンは元々、赤色が嫌いだった。最早嫌いという言葉では表せない程に。

 原因は、冒険者であった彼の両親が、ある日突然肉片となって家に帰ってきたせいだ。当時まだ10歳であった彼に、幸せな家庭がいつまでも続くと信じるまでもなく疑わなかった少年の目の前に、ダンジョンの魔物によって無残な赤黒い血肉の塊にされた両親の死体が届けられた。血の赤、死の赤。彼の記憶と視界に移る全ての赤は、この時より死と絶望の象徴となって彼の精神を蝕んだ。

 そして、15歳になり教会から身分証が発行され、自分の将来の職業とステータスが明らかになる時、彼は更なる苦しみを抱えることになる。何せ、彼に与えられた職業は、兵士という血を見ることから避けられないものだったのだ。

 身分証に記された職業は神によって定められたものであり、別の職に就きたいという特別強い願いとその職に関わる技術を神に示さない限りは変更は許されない。残念ながら、エヴァンは特別なりたい職業など考えたことも無かった。だからこの時エヴァンは、どうして神は自分にこのような仕打ちをするのか、と呪うことしかできなかった。

 だが、エヴァンは幸いにも活路を見出した。唯一の救いとして、彼の属性は防御を特徴とする土属性だった。人を傷つけるのではなく、守ることで戦うことができ、それならば血を見る場面も減らすことができる。

 更に、学校で最優秀者に選ばれさえすれば、兵士でありながらも、よほどのことが無い限り血を見ることがない王城に勤務することができる。それが彼の活力となり、座学においても実践においても一つ頭抜けた成績を誇ることができたのだ。

 そして、血を避ける為に血の滲むような努力をひたすらに重ね、3年の学生生活の内の2年が過ぎようとしたその時……。それらの努力は無意味となった。

 教室の窓から覗いた冬明けの中庭。春の陽気に照らされる少女。

 拒否しようとも勝手に瞳が吸い寄せられる赤い髪、呼び覚まされる悍ましいトラウマ、次の瞬間には吐き気が喉を埋め尽くす――そのはずだったのだが、その嫌悪の波はやってこなかった。記憶にある冷たくどす黒い死の赤が、光輝たる生気に溢れた赤によって塗り替えられてしまった。

 今まで意識して感じないようにしていた己の体を巡る血が沸き立ち、心臓が跳ねる。両親を失ってからずっと空虚だった愛情が、エヴァンの心に再び満ちた瞬間だ。

 友人からの情報で、彼女が『紅の姫君』と呼ばれていることを知った。本名はアンナ・ガーネット。

 この出会いから、エヴァンの残り1年の学生生活の使い道は大きな変更を余儀なくされたのだった。

 今でも鮮明に思い出せる、あの時のアンナの暖かな笑顔はまるで太陽のようで……。



「おーい、エヴァン!アンナはまだ来てないのか!」


 エヴァンが脳内にあるアンナの笑顔アルバムをめくっていると、校舎裏に木霊する大声が響き、ハッと目を開けた。


「いや、来てないが、お前こそ一人なのか?ジル」


 声の主であるジルの姿を確認して、エヴァンは眉をひそめる。ジルとアンナが仲の良い兄妹であることは分かりきっていて、二人同時に呼び出したならばまず間違いなく先に合流してから来るだろうと思っていた。だが、ジルの側にアンナは居ない。

 この時、エヴァンがごまかしていた胸騒ぎが抑えられないほどにざわつき始めた。


「ああ、さっきまでアンナのことを探してたんだが、ギルド職員科の塊の中には居なくてよ。そんでユナに聞いたら、アンナは修了書を貰う前に一人別の場所に呼び出されたって。けどよ、そこに行ってもアンナは居なかったんだ。だから先にこっちに来てる可能性の方が高いと思ったんだが」

「一人別の場所に……?そんな前例、聞いたことが無い。いや、それよりもアンナはギルド職員科の最優秀者だろう?それなら修了書は壇上で受け取るはずだ」

「いや、それが……。最優秀者は、フィリって奴だったらしい」

「何、フィリ……だと?」

「なんだ、知ってる奴なのか?」

「知っていると言えば知っている。ギルド総帥の孫で、子供の頃、何度かギルドで遊んだことがある。だが……。なんだこの奇妙な感覚は?フィリに関する記憶が、もう何十年も昔のことのように薄れている」

 

 エヴァンは記憶力に非常に優れている。今でも幼少期にギルドで出会った人物の顔と名前はほとんど全て覚えているほどだ。中でもフィリは頻繁に遊んだ方であり、思い出せることも他の人物より多いはずであった。しかし、フィリのことを思い出そうとしても、長い時を掛けて底なし沼に沈んだ石のように取り出すことが困難になっている。


(何かの魔法の影響か?怪しむべきはフィリ、だが、フィリに何かをされた覚えも……無い。恐らくフィリ以外の何者かが裏で動いている)


 何とか手繰り寄せた記憶で判断していくエヴァン。最優秀者の不正、アンナの個別呼び出し、記憶の混濁、これらの異常にフィリが関わっているのは確かだが、主犯ではない。フィリが底抜けの馬鹿であることは薄れたエヴァンの記憶にもしっかりと残っていた。フィリにエヴァンを出し抜くほどの知恵は無い。何者かがフィリを隠れ蓑にしてアンナを陥れようとしているのなら、フィリを問い詰めたところで情報を得られる確信はなく、相手の思う壺になる可能性が高い。


「おい、黙ってどうしたんだよ?あれだろ、総帥の孫ってことは、総帥に頼んでアンナから最優秀者の座を奪ったんだろ?そうじゃなきゃアンナが成績で他の奴に負けるはずがねえ。なら、今すぐフィリとかいう舐めた真似をする奴をシバきに行こうぜ」


 ジルは既にブチギレていた。エヴァンも気持ちは同じだ。しかし、フィリのことは後だ。アンナの身にさし迫っている危険を排除すべきである。


「いや、フィリのことは僕が調べておく。ジルはとにかくアンナを探してくれ。何かしらのトラブルに巻き込まれている可能性がある」

「おいおい、トラブルってどういうことだよ!あいつの身に何か起きてるってのか!?」

「いや、そこまでのことではないかもしれない。だが、万一の可能性を考えているだけだ」

「そ、そうか。お前がそういうなら信じるぜ」

「とにかく、アンナの行方を探ろう。彼女が呼び出された場所に行けば何か痕跡が見つかるかもしれない」


 エヴァンは本当は一大事が起きていると考えている。だが、それをそのまま伝えてはジルが暴走して余計に事態が拗れるのは目に見えていた。だから、冷静さを保ってジルの手綱をしっかりと制御しつつ、アンナを探す役目に集中させることにした。

 この時、大切な者の為、二人の男の奔走が始まっていた――。


 


エヴァンとアンナの出会いを描いた『凍土の王子と紅の姫君』投稿開始

恋愛音痴なエヴァンと超鈍感なアンナが織り成す、どこかズレた学園ラブコメです

読んでもらえると『異世界人受付カウンター』の恋愛要素をより楽しめるので、お時間があれば是非読んでみてください

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