第九話 思い出話①
ーー2030年 春
「れおなちゃん、れおなちゃん。」
そう話しかけてくるのは幼稚園の担任の先生。当時の私はほとんどの他人に興味が無く、両親と担任の先生以外ろくに名前も覚えてなかった。
「ん?せんせ、なに?」
幼稚園で黙々と積み木で遊んでいた私は、先生の方を見た。先生の隣にめっちゃ笑顔の男の子がいた。
「れおなちゃん、一人で遊んでるところ悪いんだけど、この子も積み木で遊びたいらしくって、二人で分け合って遊んでもらって良い?」
「・・・」
他人とあまり関わったことのない私はどう返したら良いか分からず、無言で固まった。どう言えば良いんだろう。そう考えていると、
「おれ!こうもとあすま!もうすぐ4歳!よろしくな!」
彼はそう言うと私が使ってない積み木をすぐに判断して、積み木で遊び始めた。
なんでずっと笑顔なのかは知らないけど、私の空間に彼が居るのは、まるで以前からこうしていたかのように心が落ち着いた。
「・・・嘘…。」
担任の先生は物凄く目を大きくパチパチさせながら驚いていた。
それが彼との出会いだった。
それから幼稚園の自由時間は毎日彼と遊ぶようになった。私の親もあすまくんの親も担任の先生も珍しいものを見るような感じでいつも話していた。
「あすまくん。」
「ん?どうしたん?」
「なんで先生やママたちはいつも私達を珍しそうに見るのかな?」
あすまくんはあまり見せない考えるような動作を少ししてから、こう言った。
「うーん、わかんね!ってかあれは珍しそうに見てたのかぁ!それじゃあ俺とれおなが一緒にいる時は爆レアだな!」
そう言いながら彼はずっと笑顔で癖の強い言葉を混ぜながら積み木を再開した。
「なんであすまくんってずっと笑ってるの?」
すると彼はこう答えた。
「ん?だって笑ってた方が楽しいからそりゃ笑うよ!今も楽しいんだもん!」
「なにそれ、ずっと楽しいじゃん、へんなの。」
楽しいから笑う、笑うから楽しい、私からしたら彼はずっと楽しそうだった。誰が見ても能天気、燦々と降り注ぐ太陽のようにずっと笑っていた。
「ん?へんじゃないよ?だってれおなと一緒にいるときはずっと楽しいからな!」
・・・ずるい。たまに彼はサラッと良いことを言う。
この時には、私の中で彼は居たら安心するぐらいの存在から、いないとすごく不安になる存在になっていた。
「おーいあすまー!ジャングルジムで遊ぼーぜー!」
「お!今行くー!」
しかし彼はその陽気さから沢山の同級生と遊んでいた。私だけではないのだ。誘われたらどこにでも行ってしまう。そんな人だった。
晴れの日は絶対に止められない。しかしその日の私は気持ちを抑えられなかった。
「あすまくん…。」
私はあすまくんと少しでも一緒にいたくて、袖の裾を掴んだ。
「ん?一緒に行こうぜれおな!」
彼は何の躊躇いもなく、手を握って私を連れて行ってくれた。
「しんくん!遊ぼーぜ!れおなも一緒で良い?」
「ん?別に良いけど、その子一緒で大丈夫?外だし。」
私はそれまであすまくん以外とは殆ど話してなかったから、初対面の様なものだった。
「大丈夫。後、・・・れおなでいいよ。」
一人の時じゃ絶対に入れなかったけど、彼とだったらどこへでも入れるような気がした。
「おっけー、れおなちゃんよろしくね〜。」
しんくんと呼ばれていた優しそうな大柄の男の子は朗らかな笑顔で歓迎してくれた。
それからあすまくんのお陰で外でも遊ぶようになった。周りに人が増えて、あすまくんがどういう感じの人なのかも知った。
あすまくんは基本的に呼ばれなければ遊びに行かないし、行っても暫く遊んで少し飽きが来たら突然消える。そんな子だったらしい。
「あすまくん、どうして私とはいつも遊んでくれるの?」
ふとした疑問だった。彼には沢山の友達がいるし、遊びたい人も山のようにいる。なのに私とは他の友達に誘われない限りいつも一緒に遊んでくれる。いつも飽きが来たら消えるようなあすまくんが消えない理由がわからなかった。
すると彼は考える仕草をした。いつもよりすごく長い。そして目も瞑った。
「うーーん。ごめん、ほんとにわかんない。」
いつも彼は誰かと競うのが好きで、一番になることに拘っていた。ついこの前も遊具のアスレチックの渡りレースみたいなので競って勝っていたところだ。
「私とはいつも積み木と迷路だし、別に戦ってもないのに、なんでだろうね?」
あすまくんと同じように私もわからなかった。彼がいるときは他の人がいても楽しいのだが、彼がいないときは前と同じで大して楽しくなかった。
「うーん、難しいことはわかんないけど、なんかさ、れおなと遊ぶのはみんなとは違うんだよなぁ。」
あすまくんも私も二人で遊ぶのと、他の人と遊ぶのは何か違う認識なのは同じだった。
「みんなと遊ぶのも楽しいんだけど、なんかつまんなくなるんだよなぁ。それなのにれおなと遊ぶ時はずっと楽しいし、時間が足りないぐらいなんだよ。こんなの今まで無かったんだ。」
「・・・そうなんだ、この遊び、一番とかないのにね。」
「そうだな〜。俺はれおなと遊ぶのが一番楽しいから別に良いんだけどな!」
その日は顔がめちゃくちゃ熱かったのを今でも忘れない。