第三章【異世界からの願い】銅谷京之介の殺意
高速で刀が振られる。今はまだ全力を出していない銅谷京之介の斬撃を、時坂純也が魔力膜を使いながら防いでいた。
(こいつ速い、探索者にこんな奴が居たなんてな。まだまだ俺の知らない実力者が沢山居そうだ······)
時坂純也は、相手の方が自分よりも速度は上だと判断すると、相手の実力を認めていた。それでも余裕があるのは、自分よりも速い相手であっても闘い方は幾らでもあるからだ。
一撃、また一撃と、銅谷京之介に打撃があたる。時坂純也は、銅谷京之介の斬撃に合せカウンターを繰り出す事で、速度の差を埋めて攻撃をくらわせていた。
(ちっ、時坂さんの防御を突破しなきゃ僕だけダメージを貰ってしまうな······)
攻撃を貰っても、銅谷京之介は下がる事はしなかった。逆に押し込んで行く。
(僕は、結界とやらの位置が知りたいんだよ。時坂さんは、今の内にダメージを稼いでいればいい)
結界が視認出来ない事が、銅谷京之介にとって一番厄介であった。何故なら、銅谷京之介の狙いは異世界の人間なのだから。
時坂純也の動きを結界側に誘導する為に、一段回速度を上げる。時坂純也から見たら、苦戦している状態を打破する為に、本気を出している様に見せかけていた。
(まだ速くなるのか、打撃を何度か当てても平気そうだし、攻撃もまだ本気じゃないんだろうな······)
狙いに気付いた訳ではなかったが、本気で闘っていない事は察知していた。魔力膜を簡単に斬り裂かれる可能性も踏まえて、速度に反応しなくてはならないと慎重に考えていた。
時坂純也は、いつの間にか結界に近づいていた事に気付くと、方向転換する為に、結界とは離れる様に距離をとった。
(ん? 急に方向を変えたね······)
銅谷京之介は、時坂純也に背を向けて動き出した。少し移動した所で、壁にぶつかる様な感覚がある。
(此れが結界か、こいつは壊れるのかな?)
時坂純也を無視して、結界へ斬撃を繰り出していく。其れは、闘っていた時より速度も威力も増した斬撃であった。
20程の斬撃で結界に罅が入っていく。その空間が割れる様な罅は、視認が可能であった。
「何をしてやがる? 相手は俺だと言った筈だぞ」
「すまないな、何だか見えない壁があったからさ······」
時坂純也が、言葉と同時に銅谷京之介を蹴り飛ばす。それを片腕で防ぎ、言葉を返していた。
(結界とやらの強度は解ったぞ、後はタイミングだね)
結界に攻撃を仕掛ける姿を見て、時坂純也は結界から離れる事にする。攻撃の合間で銅谷京之介を掴むと、思いきり遠くへ投げ飛ばした。
更に魔力の爆発を利用して高速で近づき、ラッシュを掛ける。何度か攻撃が入る度に、吹き飛ばして距離を離していった。
(痛っ、時坂さん少し本気を出してきたかな。でもさ、結界から距離を取るのは逆効果だよ)
✩✫✩✫✩
移動するチャンスを窺っていた黒街彰が、皆に声を掛ける。
「今がチャンスだと思います。移動を開始しましょう」
「うん。作戦通りに幻術を創って行くから、私の後ろを皆直線に着いて来てね。直線から出たら見つかっちゃうから気お付けて」
ミクレリア・ピグが、トンネルの様な形で幻術を創る作戦であった。闘って居る人達の合間を縫って、目的の地点へと移動する。
「テラネウス、レミアノを頼んだぞ」
「はい、俺の命に変えても助けてみせます。ガイさん、此処の戦闘はお願いします」
ファリアンス・レミアノを救出する為の作戦が開始される。見つける事が出来ても、強敵が待ち構えている······作戦の成功を成し遂げるには、多くの障害を乗り越えなければならないのであった。
✩✫✩✫✩
銅谷京之介の斬撃が徐々に威力を上げていく。今度は時坂純也の魔力膜を破り有効な攻撃を当てる為、魔力膜の強度を測っているのであった。
(どんどん威力が高くなってやがる、こいつ遊んでやがるのか?)
吹き飛ばす為に、時坂純也は全力で攻撃を当てていた。それでも平気で動いている銅谷京之介に、底の見えない恐ろしさを感じる。
時坂純也の感覚では、このまま威力を上げられたら、魔力膜が斬り裂かれるのも時間の問題であった。
(こいつが強いのは認めるが、闘いは単純じゃない事を教えてやろう······)
魔力操作の真髄は、何処にでも魔力の塊を創り出せる事にある。防御にも攻撃にも使える事、時には足場にして、空を翔ける事、この使い勝手の良さは更に多様さを見せていく。
銅谷京之介が刀を振るう、魔力膜を斬り裂ける様な手応えを感じた。そんな時に異変は起こった。
(ん? がはっ)
刀を振るう腕を、阻害する様に魔力の塊を創り出す。銅谷京之介は、其れに引っ掛かった瞬間に殴り飛ばされた。
(今のは諸にくらってしまったな、流石に原初の者を手玉に取るのは骨が折れるか······)
時坂純也が本領を発揮していく、阻害するのは攻撃だけではなく、動く事も自由にはさせない。
更に、攻撃を当てた後も威力を逃さない様に、銅谷京之介の背中側にも魔力の塊を設置する。
(くそっ、そんな所に魔力を創ったら、腰が折れるじゃないか······)
銅谷京之介は、予定の変更を余儀なくされる。時坂純也の実力が、今迄闘った事のない強さまで達していたからだ。
(しょうがない、予定を繰り上げるか。うん、一番の標的は捉えてるぞ)
銅谷京之介が自身の特殊スキルを使うタイミングを窺う、スキルを使う予定を繰り上げたのだが、最大限活かす事は諦めていなかった。
時坂純也が拳を繰り出した瞬間、此処が最善だと特殊スキルを発動させた。
電撃の威力を最大まで上げ、更に至近距離での発動により、初見で最大限ダメージを出すのが狙いであった。
スキルが発動すると、激しい光が2人を包み込む。一方には、焼く様な痛みに痺れ。一方には、素早さを格段に上げる効果を付与させていた。
(僕のスキルは、この後が本番だからね)
身体から煙を上げ、全身が痺れた状態の時坂純也に追い打ちを掛けていく。致命的な一撃を与えられれば、元々の予定と変わらずに次に進めるのだ。
今迄も、銅谷京之介の方が速かったが、スキルを発動した後は、倍近くの速さが出せる。誰にも追いつけない速さまで達する事が、このスキルの本領だ。
実力者であっても、反応出来ない速さで攻撃が可能だと疑わない。そんな一撃が時坂純也を襲う。
「うがっ」
左から右へと振り抜いた腕、速度が一番乗った位置に魔力の塊がそっと置かれる。肘が来る位置にあった魔力の塊は、自身の力で曲がってはならない方向へと腕を曲げていく。
(くそっ、欲張り過ぎた。侮ってるつもりじゃなかったんだけどね······)
折れた右腕から左手に刀を持ち替え、即座に方向転換する。
(ハァハァ、身体が痺れて上手く動けないぞ。ん? 何処を向いて······)
時坂純也は、身体が痺れた状態に警戒を強め、痺れが治るまでどう凌ぐのかを考えていた。まさか、自分を攻撃するチャンスに背を向けるとは考えもせずに······
銅谷京之介は、光の様な速さで時坂純也から離れていく。そして、結界に刀を突き刺す様にして突っ込んで行った。
結界の罅は修復されていたが、今度は一撃で刀が突き刺さった。其処を蹴り飛ばすと、結界に穴が空いてしまう。
結界の中に侵入すると、狙っていた人物へ一直線に向かって行く。
「結界を突破されたっ、皆気お付けろ」
反応出来たのは、ビクサス・ガイだけだ。その反応も、声を上げるので精一杯であった。
本当に少しの時間だ、油断していた訳でもない。ビクサス・ガイも時坂純也も止める為に動き出したのだが、間に合わない······
マクリーク・フルムの首が地面へと転がる。
時坂純也が結界へと入ると、入れ違いで銅谷京之介は結界から出て行く。速度の差が銅谷京之介を自由にしてしまう。
「くそっ、やられたっ。おいっ、結界を張り直せ、二重や三重に出来ないのかっ?」
銅谷京之介が離れた今、結界を張るチャンスだと大声で叫ぶのは時坂純也だ。結界を張り直す事は出来たが、結界の中は混乱に包まれるのであった。
✩✫✩✫✩
郷倉未知瑠が一歩前に出ると、桜井小夜も一歩前に出る。
この2人が、前衛として闘う素振りを見せる。後ろの2人、ダ・ビャヌと佐久間仁は後衛からサポートしていく形だ。
「女性の中で強くて有名なのは、郷倉さんと水元さんだよね。その郷倉さんと闘えるのは、ちょっと楽しみですよぉ。宜しくお願いしまっす」
「それはどうも······」
(油断出来ない相手ですね、私の闘い方も知られてると思った方が良いでしょう······)
郷倉未知瑠は、正面から闘えば勝てないとは思わない。だが、二度勝利している佐久間仁が後ろに居る事が、こんなに危険と感じるとは思ってもいなかった。
(ビャヌさん、牽制は頼みましたよ)
パートナーを信じて動き出す。郷倉未知瑠は、双剣での斬撃で、桜井小夜の様子を見ていく。
桜井小夜の得物は、妖剣だ。細みの妖剣は、レイピアの様に見えるが、長い間鍛え上げられた妖剣は高ランクの大剣であろうと負ける事はない。
双剣が速度を重視して襲いかかる。それを、妖剣が簡単に捌いて見せる。出だしはお互いに様子見から入っていった。
最初に一段階上の攻撃へと移ったのは、桜井小夜の妖剣だ。緩急をつけた攻防の中、隙を見つけると鋭い突きが郷倉未知瑠へ向かっていく。
突きは紙一重で躱していたが、風圧だけで肉の一部が持っていかれたと錯覚する程の鋭さを放っていた。
(これは本物です。この戦闘は、尊様への良い土産話になりそうですね)
突きの一撃だけで、郷倉未知瑠に火が付いていた。相手にも同じ気持ちを味合わせる為に、心を込めた一撃をお返しする。
上段から頭上へと一直線に斬り掛かる。受けて貰う事で、気持ちを伝える事が出来る一撃であった。
桜井小夜に想いが伝わったのか、振り下ろされた一撃は、妖剣によって受け止められた。地面に深く足跡が残る程に重い一撃だ。
(へぇ〜、案外熱い人なんだぁ。その笑みは、闘いを楽しみましょって意味だよね)
2人は一度離れ、態勢整える。リハーサルは終わり、此れからが本番になるのだ。
離れた後、攻撃を仕掛けたのは郷倉未知瑠からであった。手札を知られていると予想している事もあり、得意の戦法で襲いかかる。
飛び出した瞬間、氷魔法を同時に放つ。広範囲を凍結させる魔法で自由を奪った後に、双剣でとどめを刺すのが狙いであった。
郷倉未知瑠の接近に反応して動き出そうとするが、身体の反応が鈍い事に気付く。能力値が高くとも、必要以上に温度が下がれば身体機能は低下してしまう。
(寒っ、って、やばっ)
思考回路も低下したのか、対策もしないまま斬り合いに発展していく。桜井小夜に傷が目立ち始め、明らかに郷倉未知瑠が優勢になっていた。
郷倉未知瑠が動いたのと同時に、ダ・ビャヌも行動に出ていた。佐久間仁へと槍を投げ牽制し、桜井小夜へのサポートを阻止する。
4人の中で最後に行動したのは、佐久間仁。やはり経験の差が出てしまう······それでも炎を操り郷倉未知瑠が創った氷を溶かすと、桜井小夜の劣勢を救って見せた。
「仁君ナイスっ、ちょっと焦ったよぉ」
礼を言いながら距離をとる。明らかに遅かったサポート、傷を回復出来ない者の闘いであれば、勝敗に左右されるだけの傷を負っていた。
それに文句が出ないのは、桜井小夜が回復のスペシャリストだからだ。会話をしてる内に傷は消えていく、戦闘する前と何ら変わりのない姿が其処にはあった。
砂煙を上げて何かが近づいて来る。そう思った瞬間には、桜井小夜の隣には人が立っていた。
「小夜、悪いんだけど腕を治してくれる? 折れちゃった」
「もう、よく怪我をするなぁ。相手の攻撃を受ける癖はやめたほうがいいよっ。おまけも付けておくからね」
いつも通りの軽い会話をした後、折れた腕を回復魔法で治す。折れていた右腕とは反対の、左手に掴んだ刀からは、赤い血が垂れていた。
闘いは始まったばかりだが、既に1人の命が失われた。万全の状態まで回復した銅谷京之介の殺意を、止める事は出来るのであろうか······




