第二章【離れた地で】大膳が狙う者
大膳忠行、水元家純水の頭であるこの男が任された仕事、それは中央に潜む十傑を始末する事だ。
(暗殺は黒水の仕事だろ······気が進まねぇな)
気が進まなくとも、水元茜の命には逆らえない。昔誓った忠誠が、大膳忠行を縛り付けていた。
(忠誠を誓った日から、どれだけ立った?)
今より120年程前、水元家との抗争で敗れた紅狼會。そこに在席していたのが大膳忠行だ、当時の水元茜は、水元家に敗れた組織から気に入った者を、水元家の家臣として迎い入れていた。
その際、水元茜に生涯を掛けて忠誠を誓わせる······そして、忠誠を誓った者だけが生き残るのだ。
半ば脅しに近い形で、水元家に仲間入りをした者達も、次第に水元茜を慕う様になる。少女が、常に前線で力を示す姿に心を動かされるのだが······この時に水元茜は、既に90歳を超えているのであった。
大膳忠行が管理している組織は、少し複雑になっている。大きく別ければ、管理者と探索者に別れるのだが、管理者は大膳忠行を含め7人だけだ。
探索者は、大半がアカデミーで上位の成績を納めた者、水元家がスカウトした新人達であった。
水元家の探索者として、組織に加わった者を教育するのが大膳忠行の役目である。教育を終えると、才ある者は何処かの派閥に入るのが通例となっている。これが水元家が大きくなっていった要因の1つだ。
「当日5人は、周りの警戒だけ頼むよ」
大膳忠行の部下6人に、水元茜から指示された内容を伝えたが、実行するのは自分だけだと言う。
「マジっすか、四ノ扉の中じゃなきゃいいんすけどね······」
異界の中で襲撃をする。聞いた内容から弱音を吐くのは、部下の一人、鍵野昇。古くから流水で活動しているのだが、争いには消極的な性格であった。
「全員の装備を強化してやるからよ、頑張ってくれや」
大膳忠行が頭を務める理由は、2つある。1つは、アイテムを強化出来る特殊スキルを持っている事であった。
特殊スキルの内容は、大膳忠行が出現させた箱、強化ボックスに強化したいアイテムを入れるだけ、それで全ての数値が凡そ3倍まで効果が上がるとゆうものだ。だが、1日入れておかなければならない事と、効果が2時間しか持たないデメリットが存在した。
「短時間で勝負が決まるんすか? 相手は十傑とか言うヤバい人なんでしょ······」
大膳忠行が頭を務める2つ目の理由は、自身の能力の高さと、Sランク武器、防具を持っている事であった。
強化されたSランクの装備を付けて闘えば、余程格上の相手じゃない限り、能力値で劣る事はないのだ。
「問題はそれだ······能力値で上回っても、絶対に勝てるとは言えねぇからな。だからよ、楓には観察眼で相手の能力を探ってもらいてぇのよ」
高梨楓は、観察眼(大)のスキルを持っていた。万能とは言えないスキルだが、相手がスキルを使っている状態などを見抜く事が出来る、得体の知れない十傑を相手にする上では、心強いスキルだ。
「もしかして、私の役目って重要なんじゃないですか······もう、やだなぁ」
(はぁ、俺の部下達には向いてねぇよな)
大膳忠行の部下達は、頻繁に争いが無く、平和になってから仲間になった者達だ。日々の仕事は、探索と新人指導、人と争うような作戦に参加するのは初めての経験である。
数日後、大膳忠行の元に流水の上尾泰士から連絡が来る。それは、作戦実行の報せであった。
「了解した、直ぐに向かうので監視を続けてくれ」
予定通り四ノ扉に向かったターゲット、扉の前で連絡をしたのは上尾泰士一人だ。次に連絡が取れるのは、大膳忠行達が四ノ扉に入ってからになる。
四ノ扉では、尾行するにも命懸けである。モンスターに見つかっても、ターゲットに見つかっても終わりの状況を冷や汗を垂らしながら続けて行く。
20分程立った時に、魔導具へ連絡が入る。大膳忠行達が四ノ扉へ入って来た報せだ。北に移動していると報せて到着を待つ。
ターゲットがモンスターを倒した道を進んだお陰で、戦闘無しで上尾泰士と合流を果たす事に成功した大膳忠行が、強化ボックスから装備を取り出して準備をする。
効果時間を最大限活かす為に、5メートル四方の、重い大きな箱を担いで来た部下達は、闘う前から疲れきっていた。
「お前等、此れからが本番だぞ。集中しろよ」
準備が終わり、部下達はターゲットを囲む様にバラけて行く。大膳忠行と高梨楓は、静かに近づいて行き······
(奇襲で仕留められるなら、それが一番なんだがな)
心で呟きながら、ターゲットの背後から斬り掛かる。
物音に気付いたターゲットと一瞬目が合うと、さらりと斬撃を躱されてしまった。
「これを躱すか、流石はSランク探索者で十傑の春日谷龍さんだな」
北のスパイ、ターゲットの名は春日谷龍であった。以前に、黒街彰も参加した中央と北の決闘。その時に3回戦で棄権した男が春日谷龍だ。
「なんだ、お前達は?」
「俺は、水元家の大膳って者だが······知らないか? 個人的な恨みは無いが、命令なんで悪く思うなよ······北のスパイさん」
戦闘を再開する前に、近くに居た高梨楓が、大膳忠行に耳打ちをする。斬撃を躱す少し前に、スキルが使われていたのを観察眼が捉えていた。
(先程、大膳さんが斬り掛かった時にスキルを使ってた様です)
春日谷龍も大膳忠行も、使っている武器は似たような剣である。
お互い剣を構え、戦闘態勢に入ると、先に動いたのは大膳忠行だ。
様子見のつもりで斬り掛かる、様子見と言っても全力で振られた剣。一般の探索者には反応すら出来ない程の速さで剣が襲いかかって行く。
大膳忠行が気付いた時には、首元に春日谷龍の剣先が当たる寸前であった。
上がった能力でなんとか躱し、一度距離をとる。
(変な動きしやがって、軌道が読めなかったな······)
この後も攻撃を仕掛けるが、攻撃を繰り出す前に相手のカウンターが決まり掛けていた。大膳忠行は、能力値の差で何とか回避出来ている状態であった。
(ハァハァ、何かしらのスキルだな······動きは俺の方が上なのに近づけねぇ)
打開策として、Sランク武器のスキルを使う事にした大膳忠行。武器の名は『凍界の剣』スキルは、広範囲を凍結させる事が出来る。強化ボックスでスキルの効果も3倍まで上がっていた。
高梨楓に手で合図を送ると、大膳忠行の後ろに居た高梨楓が更に離れて行く。
『凍界の剣』に魔力を籠め、剣先を春日谷龍に向けた瞬間、周りを白く染め、白銀の世界へと変えていくのであった。
春日谷龍は、剣先を向けられた瞬間、空高く跳び上がる。身体中が凍りついたが、地面に着地した衝撃で、身体に付いた氷は砕けていった。
だが、氷点下まで下った気温のせいで、動きに差が出始める。大膳忠行のSランク防具である胸当て、そのスキルは熱気。魔力を熱に変える防具を身に着ける事で武器スキルのデメリットを補っているであった。
遂に大膳忠行の剣が、春日谷龍の右足を掠める。掠っただけで、右足の自由が奪われる程のダメージがあるのが見て分る。
(此処で決める)
大膳忠行がとどめを刺す勢いで動き出した。先ず、上段から振り下ろしの斬撃を繰り出すのだが······
春日谷龍の武器もSランクの性能を持っていた。武器の名は『怨嗟の剣』相手を怨む程、剣速が上がるスキルである。
春日谷龍のカウンターでの斬撃が、自身の特殊スキルと武器のスキルの効果で先に届く。直撃すれば大膳忠行を真っ二つにする軌道だ。
大膳忠行も反応するが、予想外に速く躱しきれない。武器を持った腕ごと斬り落とされてしまう。そこで後ろへと跳び、距離をとった。
(不味い······腕より、武器を持ってかれたのは本当に不味いぞ)
武器を失えば、能力向上の効果を失う事になる。最後の望みを賭けて、高梨楓の側まで来ると、何か解った事がないかと聞いてみるのだった。
「う、動く前に、必ずスキルを使っています。先読みするスキルとかじゃないでしょうか? てか、これヤバくないですか······」
春日谷龍が『凍界の剣』を拾うのを見ながら、大膳忠行が考える。
(確かに、攻撃が読まれてるとは思ってたよ。って、うわぁ······やっぱ武器拾うよなぁ)
春日谷龍の特殊スキルは、行動予測。視界に入った者の動きを予測出来るスキルであった。
大膳忠行の動きは予測されていたのだが、春日谷龍の得意技である、カウンターが決まらなかったのは、大膳忠行との能力値に差があったからだ。
『凍界の剣』を拾われるということは、能力値の差が大幅に縮んでしまう。それは大膳忠行にとって絶望と同義であった。
春日谷龍が癒やしの薬を飲みながら、大膳忠行の元へゆっくりと近づいて行く。
「勝負あったな、最後に聞きたい事がある。いつから俺が北の人間だと気付いていた? 俺を始末した後は何をする気だったんだ?」
「分かった、質問には答える、だから俺以外は見逃してくれねぇか?」
大膳忠行は諦めて、部下の命だけでも救う為に言葉を発する。
「いいだろう、ちゃんと話せばお前も見逃したって俺は構わ······ぐっぶふぅ」
春日谷龍が話をしている最中、大膳忠行の視界に映ったのは、春日谷龍の腹が赤く染まり、黒く炭になる光景であった。
春日谷龍の後ろから、二人の男が歩いて来る。一人は此処まで案内してくれた上尾泰士、もう一人は佐久間仁だ。
春日谷龍の腹が炭になったのは、佐久間仁の炎による攻撃であった。如何に強い者でも、一瞬の油断で命を失う事になるのだ。
春日谷龍は白目を剝いて倒れる。
北の地で本城尊に憧れ、力を求めて探索を続けた末に仲間になった春日谷龍。十傑まで上り詰め、特殊スキルの内容から中央で行動する命を受け、長い時間が経過していた。此れも本城尊の為だ。強い者に憧れ、忠誠を誓う······そんな男のあっけない最後であった。
「大膳さん、大丈夫ですか?」
上尾泰士が、大膳忠行の斬り落とされた腕を持って駆け寄って来る。
「あぁ問題ない。腕を渡してくれ」
斬り落とされた腕を身体にくっつけると、大膳忠行のスキルで強化された癒やしの薬を一気に飲み干す。すると、腕は見事に元通りにくっついていた。
強化された『癒やしの薬』で切断された身体が元に戻る事は、立証済みであったのだ。
「この男は、佐久間仁か。いつから水元家に加わったんだか······」
最初から囮にでもされていたのか、そう思うと、酷く虚しい気分になる。
浮かない顔をした大膳忠行に、上尾泰士が「3日前です」と応えると、部下を迎えに行く為に動き出した。
「任務成功、お疲れ様でした」
大膳忠行の背中へ声を掛ける。此れで、2つ目の計画が成功した事になる。
そして地上では、同時に行われた作戦が、今も実行されている最中であった。




